ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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努力 未来 a beautiful star

 日刊予言者新聞を広げる度、日曜日を()()にさせられた記憶が蘇る。最初の証人喚問から解放されてすぐ薊は購読を止めてしまった。貴重な休日が吹き飛ぶに飽き足らずフラー・デラクールと鉢合わせしたうえ、父親の部下として働いているという。泣き面に蜂とは正しくである。それもオオスズメバチに襲われた気分だ。

 機嫌を悪くする理由を増やすのも馬鹿げている。

 魔法生物飼育学の授業へ行くのも億劫だった。

 ホグワーツの論調は大きく二分されていた。

 

 ハリー・ポッターを信ずるか、否か――それに尽きる。

 

 日刊予言者新聞ではシリウス・ブラックの無罪に対する疑念が連日取り沙汰され、彼の()()()()()()()()()()()()を報じるに飽き足らず、最重要の証人であるピーター・ペティグリューの身柄保護に失敗した魔法法執行部の責任を問うている。つまるところコーネリウス・ファッジがアメリア・ボーンズ部長へ公然と攻撃を開始したのである。さらにダンブルドアがシリウスの身柄を隠蔽し再‪々‬審査を妨害しているとも訴えている。

 薊は月曜日の朝刊を読まなかったので詳しく知らなかった。

 事情を把握したのは薬草学の授業で三号温室へ向かう途中である。

 シェーマス・フィネガンが菫を無視して薊へ話し掛けてきた。

 短く刈り上げたブラウンの髪と広々した額が、少しあどけなく感じさせる。だがこの年頃に独特のひび割れた声が成長期を雄弁に物語った。

 

「君もシリウスが怪しいと思ったんだろう?」

 

「何の話だよ。順番に話せフィネガン」

 

 菫もシェーマスの存在を無視した。多分、名前も知らないだろう。

 

「シリウス・ブラックさ。例のあの人の手下なんじゃないかって、日刊予言者新聞でも書いてたんだ。ママも同じ考えだ」

 

「オマエの母さんがどう言おうがオレに関係あんのか」

 

「ペティグリューが死んだいま唯一の証人じゃあないか。そうじゃなきゃあんな大騒ぎして魔法省へ呼び出されたりするもんか」

 

「時間の無駄だった。前に話した事をそのまんま繰り返しただけだ」

 

 証人としての義務を果たした。それだけの事であり、あの程度ならばわざわざ大法廷を使うまでもなく適当な放課後にホグワーツの空き教室で聴取すれば済む。それを敢えて魔法省……と言うよりファッジはあんな派手なショーを開催したのか理解に苦しむ。

 だがシェーマスは表面的な情報に踊らされていた。

 十五歳に期待し過ぎるのも酷かもしれない。

 付き纏われる側としては心底迷惑なのだが。

 

「怪しいも何もオレの知ったこっちゃねえ。それを判断するのは裁判長であって学生のオレには無関係だ」

 

「殺人鬼が野放しになるのを見過ごすなんて間違ってる。もしブラックが有罪(クロ)ならアズカバンに送り返すべきだ。それが正しい判断だと思う」

 

「そうかい」

 

「ブレーズ……アザミと同じスリザリンのザビニも同じ考えだ。罪人が野放しになるのは正義じゃない」

 

「知るかよ。勝手にやっててくれ、冬休みには実家帰るからオレ」

 

 正義不正義と言われても肌に馴染まない。

 政治論争ですらない、極めて観念的な理論である。

 そう言う哲学に類する言説は不得手だ。言葉遊びにしか感じられず、いくら説明されても理解したという感覚が訪れない。

 

「何を呑気な事言ってるんだ。アザミも、それにスミレだって渦中にいるんじゃないか」

 

「来いと言われりゃ行くさ。年末年始以外はな」

 

 脱獄犯を捕まえて驚かせてやろうとしただけでこの様だ。

 自分の浅はかさに腹が立つ。腹が立って、怒りの矛先をぶつけようにも自分の顔しか思い浮かばない。こんなに間抜けな羽目になると分かっていればもっと大人しくしていたモノを……失敗した。失敗以外の言葉が見たらない程の大失敗である。

 授業前だと言うのに疲労感が押し寄せる。

 五年生は比較的に大人しかった。育ての親であるアメリア叔母が名指しで攻撃されているスーザン・ボーンズを前にしては、この話題を持ち出す勇気を失う者が大半だった。

 グリフィンドールが特に割れていたように薊は感じた。

 ハッフルパフとレイブンクローはまちまちで、スリザリンは薊と菫がどちらに就くかを見守っている。

 放課後にスプラウト教授の元を訪ねた薊は、ダフネへの差し入れに()()()()()()()を譲って貰うのと引き換えで、植え替え前のマンドレイクの世話を手伝った。年配の、体格のよい魔女である。いつでも年季の入ったエプロンと厚地のグローブをしている。

 借り受けた剪定鋏で根元に近い枝葉を切る。

 こうすると萎れた葉が養分を横取りせず、より立派に育つ。

 菫はクィディッチの練習に励んでいる。部活動に打ち込んでいるのだから結構な事だと思う。

 

「フリットウィック先生と相談して、貴女が主催している試験対策会用に問題集を作ろうかと言う話が出てる」

 

 授業中より幾らか砕けた話し口調だった。

 この方が雰囲気にも馴染んでいる。

 意外な申し出に薊は軽く一礼して返した。

 

「課外活動にそこまでして頂けるのは恐縮です」

 

「なあに。バスシバの性格はみいんなよく知ってる。ギルデロイと、クィレル先生は……そうかアオイは三年生から来たんだったね」

 

「バブリング教授から聞きました。同学年で、親しかったとか」

 

「ギルデロイとは誰とでも打ち解ける学生だったがね。クィリナスとバスシバは……似たモノ同士だった。もう一人も入れて、四人でよくあれこれと議論ばかりしていたよ」

 

「もう一人。ルーピン教授ですか」

 

「いんや。ルーピン先生はスネイプ先生の同期だから、学年が違う。パンドラといって……そう、ルーナ・ラブグッドの母親だ。彼女と随分親しげにしていたが、あの頃から人嫌いな性分だった」

 

 人間、変わろう、変わりたいと思っても実行するのはなかなか難しい。スプラウト教授はそんな風にかつての教え子を評しつつさらに続けた。

 

「顧問をしてるが、きっと顔を出しもしちゃいないだろうと思って、なら私らがちょっかいを出しても構わんだろうと。そう言う理屈だよ」

 

「教授考案の問題集を用意して貰えるならありがたいです。折角マルフォイ氏に参考書を用意して頂いたものの、同学年でもかなりレベルにバラつきがあって、使ってるのはほとんど自分とグレンジャーばかりで」

 

「勉強が出来るだけじゃ教育者は務まらん。教科書の選定も生半可ではしくじるだけだ」

 

 なるほど、優等生は()の成績に目が向かない。

 三者面談で担任から指摘された点だ。

 まさか父娘二代で同じ教師の受け持ちになるとは思わなかった。

 

「出来る事ならマクゴナガル先生にも一肌脱いで欲しいんだが、とみに忙しいのが悩みどころだよ。ダンブルドア共々近頃は慌ただしくしてる。例の『不死鳥の騎士団』の事だから口を挟めない」

 

 教職員全てが参加しているのではないらしい。

 意外な所から新発見が転がり込んできた。

 

「魔法生物飼育学は出来ればグラブリー=プランク教授にお願いしたいです。ハグリッド教授は二ヶ月休職されて、まだ復職のご予定も不明ですから……」

 

「うむ、確かに書類仕事ならウィルヘルミナの方が手早いか。ハグリッドも戻って早々じゃあ手が回らんだろうから、それが良さそうだ」

 

「ありがとうございます」

 

「構わんさ。アンブリッジ風情に口出しされる前に、防波堤を増やしておかないといかんだろう?」

 

 ウインク一つにしても粋な教授だ。しかし試験対策活動の発足にはアンブリッジも関与しており、既に魔法省内でもそこそこ評価されているらしいから、今更攻撃されるとも思えない。もしくは教授たちはあの課外活動がダミーであると承知している可能性も考えられたが……そうだと仮定して、休止させる理由にはならない。

 いくら説得したところでハリーは耳を貸すまい。

 揺らいだところで周囲が反発するだけだ。ならばこの件は胸に仕舞っておく他ない。

 

「キザハシ先生は、どうだろうね。あの先生はちと闇の魔術について独特な価値観を持ってるようだが。『形而上学的対象に干渉可能な魔法の本質に対する論考』だったか、なかなかユニークな視点ではあった」

 

「母校でもあんな風です。実践主義とは違いますが、あくまで魔法の事をただの道具として見てるなという印象はあります。剣術を教えるのと実際に剣で人を斬るのは別だと思ってるのではないかな、と」

 

「道具、道具か。確かにその通りだがね。魔法の力というのはその人間の生き様を表す……価値観だとか、経験だとか、人生を通して積み重ねて来たモノを映す鏡みたいなモンだ。だからこそダンブルドアは闇の魔術を好ましく考えておらなんだ」

 

「鏡、ですか」

 

 スプラウト教授は無言で頷いた。

 深入りするなと、警告しているのだろう。

 情報は共有されているようだ。それで止まれる段階は過ぎている。

 はじめからブレーキがあったとも思えない。

 薊は最後のマンドレイクの手入れを終えた。

 約束通り紙袋に一杯のオレンジを受け取る。

 みっちりと果肉が詰まっている。柑橘の爽やかな香りがする。

 オレンジの礼を伝えて三号温室を離れる。校舎の廊下では下級生が『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』なる悪戯道具の試供品の宣伝に聞き入っていた。フレッドとジョージはこんな時でも持ち前の剽軽さを遺憾なく発揮ている。

 ドクシー妖精の毒腺液を使ったらしき『ゲーゲートローチ』をはじめ、『鼻血ヌルヌルヌガー』や『気絶キャンディ』と言ったストレートな商品名が聞こえる。人工香料を相当使って誤魔化したらしいが厭らしい甘ったるさで分かる。

 言ってくれれば安い業者を教えたのだが。どれだけ苦労したのやら。

 そもそも開発費の出所もかなり怪しい。

 夏休みの間、魔法薬の密造でもしたのだろうか。

 知った事ではない。無意識に足早となっていた。

 医務室ではマダム・ポンフリーが革製の氷嚢を片づけ終えた所だった。

 要件を伝える。いま病床を利用している生徒は一人しかいないのだが。

 

「ダフネ・グリーングラスの見舞いに。これは差し入れです、スプラウト教授から戴いたオレンジです」

 

「奥のベッドです。いましがた落ち着いたばっかりですから、必要以上に長居しないように」

 

「分かりました」

 

 無事、紙袋の持ち込みが許可された。

 山盛りのオレンジを抱えてダフネの元へ向かう。

 一番奥の窓際に置かれたベッドで仰向けになっている。

 足音に気づいて少しだけ視線を寄越してきた。

 

「暇そうだな。差し入れのオレンジ、食うか」

 

「ありがとう……食欲がないから。いまは大丈夫」

 

 早朝、発熱のため担ぎ込まれて夕食前に回復したらしい。

 季節の変わり目である。気温の急降下で風邪を拗らせたのだろう。

 薊は遠慮無く適当な丸椅子に腰掛けてベッド脇のチェストへ紙袋を置いた。

 バランスを崩す気がして一番上のオレンジだけ水差しの横へ下ろす。

 

「風邪なんてな。真っ裸で寝たワケじゃあるまいし」

 

「誤解されるでしょ、その言い方じゃあ」

 

「従姉の愛なんて真冬にヘソ丸出しで寝たってピンピンしてたぞ」

 

「その愛さんという人は特別に丈夫なのでしょう。私はそうじゃないの」

 

「ああ。丈夫な分アホだから、帳尻は合ってる」

 

 しかも怪力である。固い瓶の蓋を開けようとして力を籠めすぎたあまり、瓶がひび割れてしまった事もある。その時の様子を聞かされてダフネもつい笑ってしまった。

 

「瓶を割るのと開けるのは違うわね。薫さんの表情が目に浮かんで来そう」

 

「天性の馬鹿力だからなぁ。素手でスイカくらい割れるぜアイツ」

 

「会ってみたかった……残念だわ。そんなに愉快な人なら、きっと楽しいのに」

 

「サインが欲しいなら直接言え。愛なら二つ返事でくれる」

 

「そう。そうしたら、次の夏休みにはまたお邪魔しようかしら」

 

「毎年来たって構わねえよ。あの家にいたって暇だしな」

 

 事実、地元にはこれと言った娯楽がない。炎天下に自転車を漕いでまで外出するのも億劫だし、あるいは電車を乗り継いで遠出するにも自宅から駅までが遠すぎる。遊び相手が来てくれるならこれ以上ありがたい事はない。何もせずにいると時間の流れが静止したのかと錯覚するほど退館時間が間延びして、ちょっとした拷問じみてくるのだ。

 見舞いが来てダフネはようやく退屈から解放されたようだった。

 長居して体調に障っても悪いから、と中座しようとした薊を呼び止める。

 

「ねえアザミ……日曜日、何があったの」

 

 やはり聞かれるかと腹を括った。

 何か重大な、語弊があってはいけない気がした。

 考え込んで慎重に言葉を選ぶ。

 

「シリウス・ブラックの無罪放免で、手続きに不備があったんだと。証人になるはずのピーター・ペティグリュー……大量殺人の濡れ衣被せた張本人が、護送中に死んだらしい」

 

「護送中に? 死喰い人の報復があったという事?」

 

「分からない。そこはオレも菫も聞いてない」

 

 後は概ね二年前にバブリングへ打ち明けた事を、そのままウィゼンガモット大法廷で再確認するだけだった。時系列に沿った薊の説明を一通り聞き終えてダフネは大きく息を吐いた。心なし萎んだようにも見える。よほどの心労だったらしい――発熱という形で表面化するほど神経が張り詰めた状態にあったようだ。

 薊と菫が語ったのはあくまで客観的事実である。

 感情的に声を荒げた部分はあるがそれは別問題である。

 秘密の部屋で恐喝した点は魔法省すら知らない。どころかそれを証言し得たペティグリューが葬られたいまや、完全に封印されたに等しい。

 敢えてダフネに教える必要は皆無だ。

 そうでなくとも寝込んで、少し落ち着いた矢先である。

 

「ロンドンまで呼び出されて、無駄足だった」

 

「お土産、ないのね」

 

「バカ言え。遊びに行ったんじゃねえぞ」

 

「もちろん。貴女の事だから、寄り道しないと思った」

 

「何買えばいいんだよ。紅茶もチョコレートも、そんくらい学校で食えるし……ショートケーキとかか?」

 

「お堅いのね。フラーに笑われるわよ」

 

「何でそこでアイツが出てくるんだ」

 

 唐突にフラー・デラクールの名が飛び出した。すぐさま厭そうに目を細める薊がおかしくて、ダフネはまたクスクスと笑いを忍ばせた。よほど相容れない気質なのだが出会ってすぐの頃は菫も同じだった。この調子ならおいおい薊も転ぶはずだ。

 指摘したら本気で嫌がるだろう。

 それくらいは容易く予想出来た。

 意外と分かりやすい性格をしている。

 好き嫌いが明瞭なのは、菫と似ている。

 

「じゃあ、また明日」

 

 校医のわざとらしい足音に急かされ、薊はダフネの元を辞した。

 去り際にまた一つ大玉のオレンジが転がり落ちそうになる。

 床を転がるよりはいいだろうと、それも水差しの側へ並べた。純白のカーテンに遮られて見えない夕日に代っているようだった。

 

「一人で食べきれないわ。片方は薊にあげる」

 

「そうか。悪い」

 

「いいの。夕日が二つもあったら、変でしょう?」

 

 それはそうだ――思わぬ土産を手に入れ、薊は今度こそ医務室を離れた。

 夕暮れ時はあっという間に過ぎ去る。

 もう晩秋である。雪国は尚のこと日没が早い。

 腕時計を見れば夕食前の時刻を示している。課外活動もそろそろ切り上げのタイミングで、生徒もみな大広場へ向かっている。そろそろ夕食が始まる頃合いである。薊も素直に――さほど空腹ではなかったが――胃袋に何か詰めておこうかと思った。幸い寮に引き上げたあとで空腹に襲われてもこのオレンジがあるから問題ない、そんな判断だった。

 どんどん廊下の人口密度が増していく。

 十分な広さがあるといえ、生徒の総数には負けるらしい。

 雑然として形成された()()に身を任せているうち、前の生徒の背中にぶつかった。

 

「おい、止まるなよ。危ねえだろ」

 

 苦言の相手はアーニー・マクミランだった。

 

「ああ、失礼しました。怪我はありませんか?」

 

「この顔は生まれつきだから心配すんな」

 

 笑って返していいのか、悩ましいラインである。

 とりあえずアーニーは「前で喧嘩が起きたみたいです」と言った。

 上背があるので最前列まで見通せるようだ。

 

「喧嘩? 腹減ってイラついたのか?」

 

「どうでしょう。誰が揉めているのやら……」

 

「こんな時に傍迷惑な連中だ」

 

 周囲と比べて背丈が足りない。薊の視界に映るのは他の生徒の背中や後頭部ばかりで、囃し立てる声すら聞こえてくる。この手の無責任な輩はどこにでもいるらしい。大人しく談話室へ行けばよかったと内心で舌打ちをしつつ、廊下の両端に置かれたベンチへと飛び乗る。これで少しは高さを稼げる。ようやく開けた視界の先ではグリフィンドールの二人が揉み合いになっていた。

 ベンチからベンチへと伝って器用に前進する。

 野次馬が円形に囲んで仮設リングが形成されている。

 その中心で、シェーマス・フィネガンとハリー・ポッターが大乱闘を繰り広げていた。

 適当な下級生を捕まえて問い質す。レイブンクローの青いネクタイをした男子生徒は、目を白黒させるばかりだった。

 

「おい。アイツらなんであんな真似してんだ」

 

「ええっと、何か、その、言い合いしてたんです」

 

 シェーマスとハリーの口論など理由は一つだ。

 

「バカじゃねえのか。揃いも揃って」

 

 ネクタイとローブを手早く脱ぎ去る。冬服の長袖を折り畳んでまくり上げ、荷物をまとめて下級生に預ける。脅し文句も忘れず添える。信用出来ない相手にはこれが一番手っ取り早い。オレンジを指差してアメジスト色の瞳を凝視する。

 

「食うなよ。もし食ってみろ、前歯全部引っこ抜いて上下逆さに移植するからな」

 

 手早く身支度を調えてリングの中へ飛び込む。

 眼鏡が吹き飛んで廊下の片隅に転がっているのも構わずシェーマスの腹に拳を撃ち込むハリーと、ガラ空きのボディーにフックを見舞われるのも無視してハリーの顔へ掴みかかるシェーマス。双方の脇腹へそれぞれ一発ずつ右脚爪先の蹴りを見舞う。革靴の先端が鋭くめり込んだ痛みで二人ともノックアウトされ、うずくまった。

 何より邪魔な野次馬も突然の事態に言葉を失う。

 薊の怒気は真っ先に野次馬へと向いた。

 

「何ボサッとしてんだ。さっさと失せろ」

 

 預けた荷物を受け取るや、力任せにシェーマスとハリーをベンチへ座らせる。

 大行列の渋滞は進行命令に服従してのろのろと動き始めた。無傷のオレンジを鞄へ仕舞いながら大渋滞の原因二人を睨む。丸眼鏡を受け取ってようやくハリーは乱入者が薊だと理解した。ダドリーでもあそこまで強烈なキックを放った記憶がない。暴力を振うにもバカより賢い方が効果的なのだと奇妙な感想を抱いた。

 行列がもとの速度を取り戻した頃、抜け出してきたアーニーも加わった。

 けろりとして男子二人と対峙する薊の姿に安堵を見せた。

 

「アオイさん、よかった無事で」

 

「無事なもんか。もう疲れ果てたよオレは」

 

「ご冗談。疲れ知らずではありませんか」

 

 アーニーもハリーとシェーマスの姿を見て、全てを察した。

 

「シリウス・ブラック氏の件でしたか」

 

「だろうな。どうぜ有罪だ無罪だが発端だろ」

 

「例の再々審査は形式的なものと聞き及んでいますが」

 

「オレが知るかよ。当のブラックが行方くらませてんだぞ」

 

 無駄な労働で酷使された身体を労るように薊は肩を揉みほぐす。

 凝り固まった関節も筋肉もないので、特段効果はないのだが。

 やれやれ、と愚痴を溢す薊へアーニーが耳打ちをする。

 

「そうではなく。大臣と法執行部部長の権力闘争というのが、目下のところで」

 

「いい耳だな」

 

「魔法省に勤めている親戚が幾人か」

 

「手品の種明かしとは痛み入るよ……さっさと退散しよう」

 

 薊がアーニーを促す形となった。もし騒ぎを聞きつけた教授が現れたら、自分のみならず監督生であるアーニーまで巻き添えを食う。可能性は十分にあり得る。三十六計ではないが面倒事がやって来ると分かっているなら避けるのが一番賢い。

 そうでなくともピーブスという厄介者がいる。

 どんな嘘八百で混乱をもたらそうとするか、知れたものではない。

 痛みが落ち着いたハリーとシェーマスを立たせる。証拠を消すのはもちろん、恩を売って告げ口の選択肢を封じる意味もある。

 四人仲良く連れ立って大広間へと走り出す。

 罰則を食らうのが厭なのは寮も性別も関係ないのである。

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