ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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努力 未来 a beautiful star

 今月くらい穏やかに過ごせまいか――

 

 薊のささやかな願いが引き裂かれ、初週が明けた。

 学校生活に刺激は要らない。粛々と課題に取り組んで週末の休日を円滑に消化して、また翌週を迎える。そんな機械的な日々を望んでいたにも関わらず、魔法省からは再聴取への協力要請が寄越された。大迷惑もいいところである。

 その件で放課後、菫ともども呼び出しを食らった。

 マクゴナガル教授の研究室に出頭した薊を待ち構えていたのは、満面の笑みで険悪な面相の変身術教授と対峙するドローレス・ジェーン・アンブリッジであった。この()()()()()()()()()()()を目にするだけで一週間分の食欲が消し飛ぶ気がするうえ、吐き気を催す。

 ただの作り笑いにさえ邪悪さが充満している。

 早く要件を済ませて解放して欲しかった。

 マクゴナガル教授は羊皮紙を二枚示し、それぞれの差出人について説明する段階から開始した。

 

「……今朝、魔法大臣室付下級補佐官イスメルダ・マーク女史から、次の日曜日、再聴取を行いたい旨とミス・アオイ両名への協力の要請が届きました。無論、あくまで()()ですから、お二人には正当な理由があればこれを断る権利があります」

 

 無論断る。毎週毎週ホグワーツと魔法省を往復するなど御免だ。

 

「そしてこちらも今朝、速達で届いた手紙です。ミス・アオイ……アザミのお父様から。先の証人喚問に際し、ダンブルドア校長が特例で外出許可を与えた事に対する抗議が記されています。やむを得ず聴取が必要であればホグワーツの敷地内で、教職員臨席のもとが望ましい……と」

 

 父親というだけに留まらず、薊の留学費用を全額負担している。

 よほど厳しく責め立てる文面だったのかマクゴナガル教授は溜め息を吐いた。言われてみれば父は教職を毛嫌いしている節がある。脱獄騒ぎで留学が延期と決行で二転三転した時もわざわざ母校に乗り込み直談判して、担当教員に相当強く迫ったという。

 薊の中では一貫しているように思えた。

 少なくとも、葵菖蒲は沈黙しない人物である。

 そういう意味で四人の姉とは少し経路が違う。

 マクゴナガル教授はアンブリッジ高等尋問官の存在を無視して菫と薊変へ「ダンブルドア校長と相談した結果、貴女方二人の意思を尊重すべきとの結論に達しました」と告げた。あの癇癪持ちを上手く手玉に取れるとすれば、やはり階教授くらい理屈も屁理屈も自在に操れなければ難しいのだろう。

 菫は「どうします?」と薊を伺った。

 ご機嫌取りとか丸投げの意図は全くない。

 面倒臭いから拒絶したいが、独断では決めかねているのだ。

 

「日曜日以外の放課後に、ホグワーツであれば……」

 

「証人の要望はこの通りですドローレス。コーネリウスも承知しているでしょうが、五年生は普通魔法レベル試験を控えたとても重要な時期にありますから可能な限り学業を優先させるべきと考えます」

 

「無論コーネリウスもその点は重々理解した上でこの要請を発したと、大臣閣下の配慮を考察するなど畏れ多い限りですけれど、私はそう思いますわね。もちろん学生の本文が勉学にある事は当然……父兄が抗議に及ばれるのもまた当然の結果ですわ」

 

 あくまで教育改革担当者として、双方の意思に理解を示す。

 その上でダンブルドアの裁定の是非ついて言及を避けた。あくまで校長に対しては批判的なスタンスを示すのだから、副校長としては不快極まるものがある。

 ひとまず聴取の件はファッジが承認するか否かである。

 それで菫は解放された。だが薊だけは、残るよう名指しされた。

 

「ミス・アオイ、先の月曜日にミスター・ポッターとミスター・フィネガンの私闘を仲裁したというのは事実ですね?」

 

「そうです」

 

「その際、両名へ暴力を振るったと聞き及んでいます」

 

「そうですか」

 

 肯定とも否定とも、曖昧な返事になった。

 マクゴナガル教授はその姿勢すら厳しく指弾した。

 

「言葉尻をはぐらかし煙に巻こうと考えているのでしたら愚かな事です。衆人環視の前で、マグルの剣闘士を真似る如き振る舞いは慎まねばなりません。能動的に暴力を行使して良い理由は一つもありません」

 

「男子二人をまとめて引き剥がすなんて無理ですよ。それに喧嘩は素手でやれと、父からも伯母からも教わっていたので」

 

 あのとき周りは皆が囃し立てていた。まともに仲裁へ乗り出したのは薊くらいで、もしアーニーが隣にいれば異なる手法もあっただろう。しかしいくら鍛えていると言え成長期真っ盛りの男子が我を忘れているところへ飛び入って、女子の体力ではどうにも出来ぬ。

 理屈の上ではそうなる。試してみない事には断言しかねる。

 

「あくまで、事情が他の選択を許さなかっと言うのですね?」

 

「はい。混乱を解決に運ぼうとしたのは自分だけでした。マクミランは列の後方にいて、手が届く状況にありませんでした」

 

 本来なら衝突した時点で制止すべきだった。薊は限られた選択肢でその役を代行しただけである。

 ただ、白状すると蹴飛ばしたのは邪魔だったからに過ぎない。

 多少殴られる事を覚悟するなら()()()()()も不可能でなくなる。

 片方を羽交締めにするなり引き剥がして割り込めた。

 もっとスマートなやり方はあったが、八つ当たりを優先した。

 マクゴナガル教授の眼差しは薊の魂胆を見透かす。

 

「ミス・アオイ、貴女は知識量に加えそれを最大限に活用し得る発想力と想像力を備えた素晴らしい才能の持ち主であると私は確信しています。その貴女が何故これほど短絡的な手段に及んだのかと、驚きを隠せなかったのですよ」

 

 改めて指摘されると耳が痛い。引き千切れそうになる。

 自分がいまどんな表情をしているのか薊自身も分からない。

 こんな風に説教をされるのは何年ぶりかと記憶を辿りたくなる。それが現実逃避であると理解しているから、この場では自制した。

 

「仲裁した立場としては甚だ不本意でしょうが、暴力行為については罰則を与えねばなりません。スリザリンから五点減点。加えて反省文を提出するように」

 

「分かりました」

 

 処分が言い渡され、処分内容を把握して、終わった。

 だがアンブリッジがまた甘ったるい咳払いを始める。

 地声すら誤魔化したいのかと思うととことん薄気味悪い。

 

「本来ならば賞賛されて然るべきミス・アオイが、甚大な迷惑行為に及んだミスター・ポッターやミスター・フィネガンと同じ罰則を受けるのは、私些か不公平ではないかと思いますわミネルバ。孤立無援の状況であった点を考慮なさっていないのではないかしら」

 

 何を始める気かと薊は怯んだ。

 マクゴナガルも同様である。

 

「生徒に対する褒賞と罰則は教職員の権限ですよドローレス。よもやホグワーツ高等尋問官の職権であるなどと言うのではないでしょう、ご自分の職務を理解するのは貴女の得意分野ではありませんか」

 

「残念ながら、その通りになりましたのよ副校長……今朝布告された教育令により、ホグワーツ高等尋問官は新たに以下の権限を得ました」

 

 アンブリッジが読み上げた条文に従えば、ホグワーツ高等尋問官の職位に就く者はホグワーツ魔法魔術学校に在籍する生徒に関する全ての処罰・制裁・特権と認可の付与並びに剥奪において最高権限を有し、かつまたホグワーツ学校長により任ぜられた全ての職員が決定した処罰・制裁・特権と認可の付与並びに剥奪を変更する権限を持つ――となる。

 当然、コーネリウス・オズワルド・ファッジの署名もある。

 この二ヶ月で連発されてきた教育令と書式は同じままだ。

 アンブリッジは勝ち誇った顔で羊皮紙を巻き直し、ピンク色のハンドバッグへ仕舞った。

 

「さて……それでは高等尋問官として、三名の処罰を是正しなくてはなりませんわね。まずミス・アオイの処罰は全て()()として……」

 

 それだけでも不味い。自分はスリザリンで、他二人はグリフィンドールなのである。

 どうにか雪解けを画策してきたのが全て吹き飛んでしまう。

 だが、アンブリッジは終始薊の計画、その本丸はおろか空堀の外に追いやられていた――何も知らないのである。

 

「最初に暴力行為へ及んだミスター・ポッターこそ厳罰に処すべきですわね。反省文程度ではとても足りません、たっぷりと時間を掛けて、自らの犯した行いが如何に愚かであったか……骨身に沁みるまで反省出来る内容が良いですわ。そう――クィディッチの永久禁止、とか」

 

 マクゴナガル教授だけでなく薊までよろめいた。

 それを歓迎する人間など、学校中を探しても一人しか見つかるまい。

 ハリーの不幸に唇を歪めるセブルス・スネイプの顔が脳裏を過ぎる。

 この決定にまで対処しなければならないのだから、どうして自分ばかり貧乏籤なのだと叫びたくなる。

 ドローレス・アンブリッジの虚栄心までは扱い切れない。

 末梢から緩やかに血の気が引いていく。

 こんな感覚は二度と御免である。

 

 

 試験対策会の参加者は緩やかな微増傾向を示した。

 学年問わず難関科目の変身術と魔法薬学を主軸に置いたためだ。

 変身術は理論の複雑さとマクゴナガル教授の採点方針が大きい。一方、魔法薬学は調合の手順のみならず材料となる薬草学と魔法生物飼育学の知識まで要求される。備えるべき情報の広範なあまりパンクするのである。

 菫に言わせればただの暗記である。面白くも何ともない。

 それにここまで苦戦するというのは、単純な努力不足としか思えなかった。

 魔法薬学で課されたレポート課題を持ち込むのも不本意である。

 ただ、相手の方が多数派なので拒絶するのも難しい。

 教科書――魔法薬学ではなく、薬草学の方を広げて説明をする。

 

「ウィゲンウェルド薬の素材になるハナハッカの葉は、古来から生薬として単体でも使用出来ます。魔法薬にするのは傷薬としての効果を増幅する目的にあって……だから必要なのは葉の成分であって葉そのものじゃないんですよ。だからそのまま鍋に入れるよりは……」

 

「だったら潰して汁を搾った方がいいんじゃないの? ホラ、『頭冴え薬』のときもアルマジロの胆汁は絞って取るって教科書にあったでしょう?」

 

「葉っぱ一枚すり潰してどうやって汁を搾るんですか。葉脈も何もかも混ざって使い物にならなくなるだけです。一度にまとまった量を作るなら何枚も使ってすり潰せばいいでしょうが、小瓶一本分には過剰です」

 

「まとめて作った方が効率的だと思うけど」

 

 スーザン・ボーンズはあくまで意見を言わずにいられないようで、それが余計に菫の神経を逆撫でする。エロイーズ・ミジョンもそうだという風に頷いてスーザンの主張に賛同する。

 

「たかが学生の作った低純度の魔法薬を誰が好き好んで買いますか。誤作用が起きるかもしれないのに、そんなバカな人間がいるわけないでしょう」

 

「フレッドとジョージの『ズル休みスナックボックス』は、みんなオカネを払ってでも試供品が欲しいみたいだけど……需要はあるんじゃない?」

 

「傷薬なんですよウィゲンウェルド薬は。下手をすれば命に……だいたいドクシー妖精の毒腺液なんて、事故が起きたらどうする気なんでしょうあの二人は……いえ、そうではなく」

 

 すぐに話が脱線する。意図的な仕業としか思えない。

 

「ですから。教科書では『擂り鉢で十分な量のハナハッカの葉をすり潰し』とありますが、スネイプ教授が一人一枚に拘ったのはもっと良い方法があるからなんです。こうやって掌に葉を置いて、一度か二度ほど叩いてあげれば十分なんですよ」

 

「それじゃ汁が出ないわ」

 

「出るんですこれで。こうして組織を壊せば一枚からでも沸騰した鍋に入れれば必要量の成分を抽出できて……そうすればホークランプの体液で薬効が増強できるんですよ」

 

 最終的に小瓶へ移し替えるのだから葉が混入している点は無視出来る。教科書の手順に従っても最終的に漉し器で不純物を取り除く必要がある。同程度の効果を発揮するならより不純物が発生せず、少ない材料と工程で調合出来る方が良いと菫は思っていた。しかしスーザンをはじめハッフルパフ生の多くはそうした理論に疑問を投げ掛ける。

 ジャスティンもやはり菫に対して質問をした。

 

「確かに一人用として作る分にはそれで良いと思います。けれど傷薬として何かと重宝するのですから、常備薬としてまとまった量を家庭や職場で保管するのならやはりすり潰して多く作っても良いのではありませんか?」

 

 頭が痛い。とうに血もリンパも止まっているのに、頭の奥が痛む。

 

「…………小さな擦り傷や切り傷なら絆創膏で十分。まして『治癒呪文』を使えば指の一本や二本、すぐに戻るのでしょう? ウィゲンウェルド薬を大量生産する意味がありますか?」

 

「もちろん成人した魔法使いや魔女であれば杖で解決出来ます。しかし結婚相手がマグルであったり、あるいはまだ杖を持っていない未成年者の場合はこの魔法薬の恩恵は大きいと考えます」

 

「なるほど緊急時の万能薬としては有用です。ですがジャスティン、魔法薬にも『有効期限』があるのですよ。特にこうした生薬ベースのものはすぐに劣化して、効果が衰えたり、時には思わぬ副作用を引き起こします。ですから家庭用であれば最低限を備えるだけで足りるのです」

 

 ジャスティンはマグル出身であるから、薬の有効期限という説明をすんなり理解したらしい。反応が芳しくないのはスーザンを筆頭に魔法界育ちの面々であった。劣化しない魔法薬などこの世ではごく僅か……それこそベゾアール石や賢者の石など、天然であれ人工物であれ鉱石に類するモノに限られる。しかも極めて希少なモノばかりだ。

 ポリジュース薬や真実薬など適切な環境下であれば長期保存可能な魔法薬は、そもそも家庭で調合するような代物ではないのだ。

 そこまで説いてようやく聴講生たちはみな納得出来た。

 対する菫は机に突っ伏したくて仕方がない。

 ここまで常識が通じない相手に勉強を教えるのは疲れる。

 おまけに集中力も乏しい。難題を一つ片付けるとすぐにお喋りが始まり、あっという間に菫は蚊帳の外だ。

 

「…………ハリーのクィディッチ禁止、アレ本当だと思う? いくらなんでも無茶苦茶だよ」

 

「例の教育令第三十五号でしょう? 大広間前に掲示されているのは目にしましたよ。ザカリアスとアーニーも絶句していましたね……あんまりにも横暴だ、魔法省の圧政ですよこれは」

 

 ジャスティンの表情といい話し方といい、ワイドショーのコメンテーターにしか見えなかった。何の専門家なのやら曖昧な得体の知れない馬骨が、あらゆる事象を快刀乱麻を断つが如く()()を喝破しているようで滑稽だった。たかが学生が随分偉そうなモノである。

 ウィゲンウェルド薬の効率的な調合法も知らないで政治は詳しい。

 ザカリアス・スミスがいればさぞ気の利いた返しをしただろう。

 不必要なときばかり無駄口を叩き、肝心なときに不在なのだからとんだ役立たずだ。

 菫は不貞腐れて頬杖をついた。

 たまに顔を出すとこの調子だ。いい加減に抜けたくなる。

 

「ラベンダーから聞いたんだけど、シェーマスはホグズミード行き禁止だって! しかも永久に!」

 

「かのネロ帝の如しだ! 魔法省は正義を失ってしまったのですか!」

 

 別に行けなくて何が困るのだろう。

 本屋なら手紙で目録を取り寄せられる。

 他の店で取り急ぎ買い揃える品が、いち学生にあるとは思えない。

 どういう魂胆なのか理解に苦しむ。

 ハリー・ポッターからクィディッチを取り上げ、後に何が残るというのだ。ましてシェーマス・フィネガンはごく一般的なホグワーツ生である。ホグズミード村での休日を心から楽しみにしている。それを剥奪したところで魔法省どころかアンブリッジに対する反感を助長するだけだろうに、愚かな人間の考える事を理解しようと励むのはやはり無意味である。

 虚空に焦点をあわせながら黙々と考え込む。

 エロイーズ・ミジョンは無神経にも――あるいは、会話に参加出来ないでいる菫を気遣って、先の日曜日の事を話題に挙げた。

 誰の目にも後者として映るのだが菫は前者として解釈した。

 

「マダム・パディフィットの喫茶店、どんなだった?」

 

「どうとは?」

 

 マダム・パディフィットの喫茶店というのはホグズミード村にある飲食店のうち、最も女子人気が高く男子人気の低い紅茶専門のカフェである。濃淡二種類のピンク色を惜しみなく駆使ししたほか、ポップともグロテスクとも取れる水玉模様の壁紙や、しっとりとムーディーな、あるいは粘つく音楽の流れる演出が特徴である。主にデートスポットとして重宝される。

 

「私こんなブツブツまみれだから、ああいう恋人同士で行くようなお店、縁がなくって……」

 

「入ってません。私、温かい飲み物はコーヒーか緑茶しか飲みませんから。フラーも『クスミ』か『ダマン・フレール』の茶葉が一番良いと言っていましたし」

 

「そ、そうだったの。知らなかった。けどちゃんとした拘りがあるのも大人っぽくて憧れるなあ」

 

 滅多に接する機会がないエロイーズは極めて肯定的に感想を述べた。

 だが『防衛協会』発足に立ち会ったジャスティンとスーザンは、より本質的な()()()()()だと判断した。

 よほどフラーは苦労しているのだろうとスーザンは思った。

 母の遺品である日本人形に似て整った顔立ちと裏腹に、おそろしく神経質だ。

 三大魔法学校対抗試合でホグワーツに滞在したときは傍若無人でいけ好かないと感じていたのが、菫を間近で観察する機会が増えてからというもの、実は気遣いの天才なのではないかと思い始めている。

 

「あんな店で砂糖だらけのお茶を飲むくらいなら『叫びの屋敷』で舞踏会でもします」

 

「よく言うよ。ヒンキーパンク見て泡吹いてたくせに。ルーピン教授のとき、スミレって二回目か三回目のあとからほとんど欠席して補講だったじゃない」

 

「化け物が怖くて何が悪いんですか」

 

「それって自分自身も含めて言ってるの?」

 

「当然でしょう」

 

 スーザンも、ジャスティンも、エロイーズも、理解を得られる相手と認識した事は一度たりともない。この三人が良き理解者となる日は金輪際訪れないと菫は思っている。問いに対する最低限度の解答だけで沈黙したのは不快感や悲嘆よりも相手への諦観が理由として大きい。価値観が断絶して調和出来ないものと割り切ってしまえば腹立たしさも和らぐのだ。

 大広間にいると肌寒さがますます気になってしまう。

 そうでなくとも底冷えする身体だ。冬になると凍えてしまう気がする。

 どんなに上等な外套よりもフラーに抱きしめられるのが温かさを感じられる。

 そのフラーがいつも隣にいてくれればと、つい思ってしまう。

 

 無理は百も承知だが一番の欲はこれになるのだ。

 

 あれほど色褪せて、無味乾燥とした田舎町でしかなかったホグズミードも、彼女と散策しただけで随分鮮やかなモノに映った。

 

 その分、ホグワーツの色調が暗くなったのであるが。

 

 どうあっても薔薇色というのは難しい。菫の小さな嘆息には無数の諦めが籠められ、華奢な体躯から想像出来ない重々しさを秘めていた。

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