拙作『フーガ』より後の時系列になります。『トゥギャザー』『ノンアスコルト』の流れを汲んでいますが、読んでいなくとも話は通じます。
一部死ネタ注意。
(初出:2019/06/01)(他サイトと同時投稿です)
・『フーガ』https://syosetu.org/novel/176379/
・『トゥギャザー』(R18)https://syosetu.org/novel/189865/
・『ノンアスコルト』(R18)https://syosetu.org/novel/194696/
時系列 > AXZ終劇(9月中旬) → フーガ(10月上旬ごろ) →(約一週間後)→ トロイメライ‘ →(1~2週間後)→ トゥギャザー(10月下旬ごろ)→ ノンアスコルト(11月上旬ごろ)→ 今作(???)
↓これまでの設定あらまし↓
・AXZ事変後、エルフナインは改修Beatriceを自分に用いて心象空間でキャロルと出逢い、キャロルは元の自我を取り戻し済。
・キャロルの自我は表に出ようとしないが、エルフナイン就寝時、二人は心象空間で夜毎に対面し、想い出を複写している。
AXZ事変よりずっと後、○年後のキャロルとエルフナインの話です。
拙作『フーガ』より後の時系列になります。『トゥギャザー』『ノンアスコルト』の流れを汲んでいますが、読んでいなくとも話は通じます。
一部死ネタ注意。
・『フーガ』https://syosetu.org/novel/176379/
・『トゥギャザー』(R18)https://syosetu.org/novel/189865/
・『ノンアスコルト』(R18)https://syosetu.org/novel/194696/
時系列 > AXZ終劇(9月中旬) → フーガ(10月上旬ごろ) →(約一週間後)→ トロイメライ‘ →(1~2週間後)→ トゥギャザー(10月下旬ごろ)→ ノンアスコルト(11月上旬ごろ)→ 今作(???)
↓これまでの設定あらまし↓
・AXZ事変後、エルフナインは改修Beatriceを自分に用いて心象空間でキャロルと出逢い、キャロルは元の自我を取り戻し済。
・キャロルの自我は表に出ようとしないが、エルフナイン就寝時、二人は心象空間で夜毎に対面し、想い出を複写している。
一分間に約八十回。
規則正しく繰り返される高い音色の電子音は、生命を繋ぎ留める機器の拍動。
仰向けで目を閉じたままでいると、聴こえるそれを子守唄に、意識はやがて深い闇の底へと沈んでいく。
鼻口を覆うプラスチックのマスクにこもる吐息の音も、忙しなく立ち回る人の足音も遠く小さくなって、やがては聞こえなくなった。
暗闇に浸されるままに身を委ねていると、しぜん想い出が脳裏に思い浮かんでは消えていく。
最も古い想い出は、彼女との初めて出逢い。ふと目が覚めると、鏡写しのように自分と同じ顔からだの女の子が目の前にいて、こちらは十一番目の廃棄躯体なのだと告げられた。
世界をバラバラするという彼女の計画を知って逃げ出し、超常脅威から人類を守る組織に計画阻止の助けを求めた。自分らしく自分の錬金術で戦い、命尽きようとしたところを彼女に掬われ、彼女の躯体とひとつになった。
南米での異端技術の軍事利用を阻止する任務が、S.O.N.G.に協力者として籍を置いた後の初めての任務だった。人類の支配を目論見、神の力を手に入れようとしていた人形の企みを破り――以後も、異端技術や超常脅威にまつわる数々の事件の対処に携わってきた。
流した涙は、海や湖や川の水と同じく数パーセントは蒸発して空に登るという。
水蒸気となり雲になり、大気で冷やされ雨となってまた地上に戻ってくるまでには約八十年。雪になるには、結晶が大きいため約百年かかるという。
あのときの――何もかも壊れてしまえと泣き叫んだ彼女の涙とは。止まらない彼女が悲しくて昏倒のさなかに流した自分の涙とは、既に二十年前に出会っていたことになる。今年は年が明けてすぐに初雪となったので、雪になった涙とも再会していた。
その歳月は、人が生まれて死にゆくまでには十二分の時間。既に生を受け、世に存在していた者にはなおさら。
――天羽々斬の装者が最後。装者現役も、風鳴翼が最後かつ一生涯現役だった。
装者たちとその縁故者、S.O.N.G.職員は皆それぞれ天寿をまっとうして、全ての始まりである日本の地で眠っている。
みなと暮らした日々が脳裏に思い起こされていくさなか、ふと気付くと、身の浸たる暗闇には星や星雲が見渡す限りに散りばめられていた。
身体は現実と同じく仰向けで、身体の横たわる鏡面の床は無限遠に果てなく空の闇と星々を曇りなく映して、まるで銀河の中を身体一つでたゆたっているかのよう。
地上の生き物は、死ぬと神に召されて夜空を飾る星になると、ある神話は語る。
神の被造物ではない自分は、あの星々の一つになることができるのだろうか。
意識のある生物は先天的に身体の喪失、自我の消失に恐れを抱く。人を模して造られた自分も、そう違いはないのだろう。
隣に横たわる、もうひとりの自分にも。
「怖く、ないんですか?」
仰向けのまま、星空を眺めたままでエルフナインが問うと、キャロルも同じように、星空を見上げたままで言う。
「臨死など、これまで幾度も経験している。……怖いのか」
「……少し」
指の背だけでかすかに触れ合っていた手が、そっと重ねられてやんわりと握られる。
思わず顔が緩んで、知らず顔がこわばっていたことを自覚する。
キャロルには、これまで何度も助けられた。
心象空間での対面時に話される助言めいた言葉を元に困難を乗り越えられたことは少なくなく、右手を握るこの手のように、物言いは素っ気ないけれど言葉の下にある思いやりに励まされもした。
けれども結局、世界を識るという命題は果たしきれなかった。
今生という時間の内では、人と人とが分かり合うことは、できなかった。目指したそれへ到達できなかったことを申し訳なく思う。
「こんなことになって、すみません……」
「もとより、お前に拾われなければ無かった命だ。それに、躯体の耐用年数はとうに過ぎていた。仕方のないことだ」
「……ともに歩んでくれて、ありがとうございました」
「……成り行きに身を任せたまでだ」
天頂を起点に、夜空から星々が消えていく。
なにもない真っ黒の暗闇が、徐々に広がっていく。
まるで、石炭袋――天の冥界の入り口とされる空の孔とは、きっとこのことなのだろう。
その帳が身体にまで降りてくれば、何もかも消え失せる。心も、記憶も、想い出も。
どこまでもふたり、手を取り合って、ともにいこうと誓った。
ふたりを分かつその日まで――それは、今この瞬間。
「さよなら、キャロル」
「……さよならだ、エルフナイン」
漆黒の帳が、彼女を、こちらを覆う。
喜びも悲しみも恐怖も不安も感じない。
ただただ、無が限りなく広がりゆくばかり。
音がかすかに聴こえる。
遠くから近くへ。だんだんと大きくなっていくその音は、時を刻むかのように規則正しい。
一分間に八十回の、高い音色の短い電子音。
真っ暗闇の世界に横一文字にぼんやりとした光が差す。それは徐々に上下に幅を増して、やがてその光の中に、白い天井が見えた。
手術灯の端、モニターパネルの一部も見える。手術帽とマスクをした人の顔が、入れ替わり次々とこちらを覗いては去っていく。
成功、急げ、バイタルチェック、モニタから目を離すな――飛び交う声からは、そんな言葉が聞き取れた。
「わたし、は……」
身体に掛けられている薄い掛布の下から腕を出し、痺れの少し残る手で声をこもらせるプラスチックのマスクを顔から外す。
手術灯の端の鏡面部分に映る、自分と目が合う。
襟足までの長さの柔らかそうな金色の髪。
蒼と菫の取り合わさった瞳の、色白のあどけない少女の顔。
手術灯の光に透かすように、手のひらを眼前にかざす。
肌に衣ずれる掛布の感覚。腕を上げたときの関節の動く感覚。手のひらを握ったり開いたりしたときの、手指の感覚。
身体に感じる感覚の全てが、久方ぶりに思えてならなかった。
「オレ、は……」
寝台に腕を衝いて、のろのろと上半身を起こす。掛けられる気遣う声を手で制しながら、動くのに邪魔なコードの生えたカチューシャのようなヘッドギアや、額や裸の肌に貼りついているセンサーパッドを引っ張り剥がす。
探さなければならなかった。
見つけなければならなかった。
自身から失われた、もうひとりの自分を。
寝台から降りようと、身体の向きを替えた、そのとき。
機器や人の行き来のために離れた隣にある寝台の上で、自分と同じように上半身を起こした者がいた。
襟足までと短い、緑がかった金のような色合いの髪。こちらと同じ年頃の少女は、脚の上に載せた手の握り開きを繰り返し、そして。
「ボク、は……」
寝台を降りる。こちらに気づいた少女も同じように、寝台を降りる。
引力に引かれ合うかのように、互いに歩み寄る。
ベッドとベッドの間の真ん中で、もうひとりの自分に、抱きしめられる。
触れ合う素肌の感覚と体温とに懐かしさと心地よさを覚えながら、その小さな背中に腕を回した。
空は、地平沿いの雲の白とコントラストも鮮やかな青空。
午前の透明な日差しを浴びて、境内にまばらに植わる樹木の茂った葉が青々と映える。
敷地一帯には陽光を清廉に照り返す、台座に乗った子供の背丈ほどの石柱群――墓石群。
ニ畳ほどに小さく区切られた区画に置かれた高低さまざまな御影石が、この国の地の普遍的な墓の形ということはすでに知っている。
そして、盂蘭盆会。夏の盛りのこの時期に、墓に参るという風習も。
並んでいる墓のうちの一つに、持ってきた仏花を花立てに供え、エルフナインは両手を合わせる。
墓地は毎年、エルフナインが参る少し前に清掃されていた。おそらくは装者たちを手厚く遇した風鳴家の者の手回しなのだろう。
「お久しぶりです。今年の夏も暑いです……響さん」
新生躯体へ想い出と記憶を転送してからすでに十日。装者の墓前への躯体更新の報告の一人目は、響となった。
検査入院を経て、退院後の外出はこれが初めてになる。こちらが再び自分自身で世界を歩むのに、外界に慣れるにはちょうどいい機会だとして、エルフナインが毎年参っている装者やS.O.N.G.職員、知古の墓参りに同行することになったのだった。
「これだけ暑いと流しそうめんも一層作りがいがあります。……毎年おいしそうにたくさん食べてた響さんの姿を思い出します」
かつてエルフナインの探求心に火がついて制作された流しそうめん装置は、少しづつ改良を重ねながら毎年、地上支部(自衛隊基地近くで表向きは防衛研究所の一種としてされている)の置かれた土地の地域交流会の催しで可動している。
民間人に混じってそうめんを思い思いに頬張る装者たち、職員たち。夏のこの時期には毎年、そんな想い出を複写されたものだった。
「今年は、ボクたちは二人なんです。みなさんと初めて出逢ったときのように」
斜め後ろにいるこちらを振り返り、墓前に紹介するかのようにエルフナインが言う。
“立花響”。初めて出逢ったときも、季節は夏だった。
――あの夏の炎の夜から、百年。
人類の相互理解は、未だ至らなかった。
パパから託された命題、人と人とが分かり合うこと。
今生という限られた時間の内では、目指したそれへの到達には時間が足りない。
そう悟ったエルフナインは、こちらを説得し、次にS.O.N.G.に掛け合い、最後の装者であり現S.O.N.G.司令の後見人もある、国防を司る風鳴家の隠居の風鳴翼の後押しを得た。
当初想定していた躯体の耐用年数は約五、六十年。
完璧以上に完成された躯体の質の高さが幸いしてか倍近くの年月に耐え、その年月をかけてエルフナインはホムンクルス躯体のレシピに自力で到達した後、ベアトリスで培われた仮想空間に脳領域を投影する技術を応用してホムンクルスの想い出や記憶を転送する装置の開発に成功した。
かつてチフォージュ・シャトーの最奥、玉座の間に座していた聖遺物のパッチワークでできた装置と同機能だが、ヒトには無効で作用はホムンクルスに限定されること、膨大なデータ量となる想い出の貯蔵はできず転送のみが可能ということが大きな違いに挙げられた。
かつての躯体は高品質だったとはいえ、複数の自我――電気信号の同一躯体内の共存はそもそもイレギュラーな運用だった。
エルフナインの造る躯体は耐用年数こそシャトーで造られた最後の予備躯体と同程度だったが、別躯体への想い出と自我を形成する電気信号の転送の失敗の可能性はゼロでなく、不測の事態を避けるため、元はそうであったように、自我を個別の躯体に宿らせることとなった。
ともに世界の中に身をおいて、世界を識ろう――そんなエルフナインからの申し出には、頷きかねた。
かつて世界を危機に陥れた自分にそんな資格はない。しかし未だ世に蔓延るアルカノイズを創造した者としていくばくかの責任を感じていないでもない。
兵器は悪用する者が悪なのだと、エルフナインや風鳴翼は言う。
通常兵器の通用しにくいアルカノイズの私的利用は、人と人とが分かり合うという命題の妨げになる。
シンフォギアによる討伐以外の手段や対策の研究もS.O.N.G.の任務であり、アルカノイズや聖遺物の悪用に知でもって立ち向かうことは命題の探求に繋がる。
命題を探求するという贖いであるのならば、申し出に頷かない理由はなかった。
手を合わせたあと、火の始末をしてから立花響の墓前を辞した。
霊園は山肌の車道から石段を上がった先にある見晴らしのいい高台にあり、霊園へと続く道の途中には見晴台が設けられている。
道から逸れてデッキへと歩むと、新緑のつくる木陰を通るせいか、吹いてくるそよ風はひんやりと涼しい。
「いい風です――」
欄干の手すりに手をかけたエルフナインの、白いワンピースの裾が風に揺れる。
その左に並び立って、最後の未曾有の事変の被害の癒えて久しい町並みを眺める。
装者たちの守った町並みを。
――人間だけを殺すノイズとは違い、アルカノイズは万物を分解する自律兵器。
人のみならず建造物にも甚大な被害をもたらすアルカノイズに最も有効な手段は、改修バリアコーティングを施したシンフォギアをおいて他にない。
聖遺物の欠片から作った被験者の歌声より適合の可能性を測ることのできる測定器によって、S.O.N.G.は適合の可能性のある者を見つけ出し協力要請をしようとしているも、適合者は未だ発見できないでいた。
アルカノイズは今も闇の下で流通し、紛争地帯などでたびたび凶刃として振るわれている。
主義主張を力で押し通すために。個々の価値観に依った己が正義のために。
五世紀ほどの生を経て、世界を識れば識るほど人類の相互理解とは不可能事に思えてならなかった。
バラルの呪詛の存在いかんと無関係に、種として不完全、不均一な生物に生まれついたからこその相互不理解なのだろう。
ゆえに。人と人が分かり合うこととは、完全な相互理解は無理でも、それを理想として目指し合うということ。
そのためには、相手が何を思うかを識る必要がある。そのために、人となりを識る。思想を識る。歴史を識る。文化を識る。宗教を識る――世界を識る。
そうして対話に臨む。
互いに相手を良く識り、多様性を認め尊重し合い、手を伸ばし合ってたゆまず努めて言葉を交わし続ける。
対峙する相手が神であっても、神を殺す力をその手に宿しながらも常に話し合おうとしていた、あの立花響のように。
「あっ――」
ふと、強めの風が吹いて、エルフナインが髪を抑えながら小さく声を上げる。
ざあ、と風に揺れた木々から離れた緑葉が数枚、羽を思わせて舞い飛んでいった。
エルフナインにもそれが見えたのか、同じ方向を目で追う。
夏の午前の日差しを浴びて白く輝く眼下の町並みを背景に、六枚の葉が遠くの空へまろびつ舞い飛ぶその様はまるで、かつて空に舞い歌った六人の少女たちのよう。
手すりのエルフナインの手に、右手をそっと重ねた。
エルフナインは彼方の空を眺めたまま、もう一方の手をその上へと重ねる。
――我々の胸に歌は浮かばないけれど。
かつて唄われた歌を、次に伝えることはできる。
継ぎ繋ぐことはできる。
二人、輪舞曲を紡ぎ続け。
歌は、未来へと響き続ける。
タイトルは分島花音さんの歌曲から。
歌詞の一部が自分のエルキャロ観と合致してて、この曲を知って以来ずっと個人的エルキャロテーマ曲でした。
ノンアスコルトと今作の間の位置するR18エルキャロ/キャロエルの1本を飛ばしましたが、AXZ終了時点まででのキャロル関連の二次創作、XVが始まるギリギリ前に最後の話を投稿する運びとなりました。
キャロルとエルフナインは、人類の完全な相互理解は種の限界で基本無理だけど、相互理解を理想として努めてたゆまず対話するという思想をギアとともに守り伝える、定命の軛を超えた伝道者になるのかも、という想像が今作でした。
エルフナインがキャロルと再び出逢い、父親の遺した命題が人と人が分かり合うということだと知ったら、キャロルは託されたほんとうの命題を探求するのではないか、先の未来はこう続いていくのではないかという想像を元にした話のこの顛末までの構想は数年前から持っていて、ようやくここまで書くことができて満足です。
その他よもやま話はhttp://sizu1885.blog.fc2.com/blog-entry-50.htmlにて。