2138年、環境破壊や巨大企業が打ち出した学業破棄政策により、世界はディストピアへの一途を辿っていた。
現在の世の中で、心穏やかに過ごせる人間はどれ程いるだろうか。荒んだ空しか見えず、鼠色の路地で這いつくばるように歩み、毎日を過ごす只の
小汚い酸性雨が降る嫌な日だった。その時前後の記憶が唐突に吹き飛んだ。そして、自分が気付いた時は
爆炎の発生と共に聞こえなくなった耳が、周囲の騒々しさを捉えだす。
『……?……ッごほっ、ごほっ…がふっ』
周囲には地獄が広がっていた。火の手が上がり、瓦礫が崩れ、マスクは外れて汚れた外気が流れ込む。
“地獄を見た。地獄を見た。地獄を見た。”
血反吐を吐く口、そしてそこから入って来る毒の空気が喉を焦がす。何とかマスクを取ろうにも、ぐしゃぐしゃに砕かれたパーツがあるばかり。立ち上がろうと足を動かす…失敗した。道端で見ていた、誰か等に向かって手を伸ばす…、だが、自分の腕を掴む手は存在しない。そう、『手を掴む自分の腕も存在しない』。両手も右足も無くなっていた。
『……、あ。ぁ……あぁぁ……!?』
体中から赤い液体が流れ、焼けるように熱い。しかし、生温かい血の海に浸った身体は凍えるように冷たい。頭を動かそうと思っても、視界がどうにも狭すぎる…そして気付けば、片目から涙のように血と混ざった体液が流れていた。眼球が潰れた。
『……、がッ…ぁ、ぁぁ……』
そして、容赦なく襲い掛かってくる業火。血液と混ざった化学物質に引火し、そして……。痛い。苦しい。火が体中を蛇のように嘗め回す。紅蓮が這いずり回った痕が体の大半になった時、………………自分は意識を手放した。
“その顔を覚えている。目に涙を溜めて、生きている人間を見つけ出せたと、心の底から喜んでいる男の姿。―――それが、あまりにも嬉しそうだったから。まるで、救われたのは俺ではなく、男の方ではないかと思ったほどに。”
……目を開ける。
『……、……っ』
『初めまして、だ少年。私がお前の執刀医になるかもしれん女だ…まぁ、執刀するのは安楽死という施術だがな』
あの事故の後、ぼやけた視界の中に一人の女性が佇んでいた。水気の失われた髪、くすんだヘーゼルの瞳、こけた頬をした白衣の人物が自分に近づく。
“誰も助けてくれなかった。誰も助けてやれなかった。その中でただ一人助けられた自分と、ただ一人助けてくれた人がいた。”
『………………』
『ぁあ、まだ身を起こすな。…しかし防毒マスクが外れて救援が来るまでの時間が長かったな……、肺胞組織に毒素が……』
ぶつぶつとタブレットに映ったカルテに目を走らせている女医。その人を見て、ふっと思う。……あぁ、この世界が『過去』と同じ美しい
“死の直前にいる自分が羨ましく思えるほど、 は何かに感謝するように、ありがとう、と言った。見つけられて良かったと。一人だけでも助けられて救われたと、誰かに感謝するように、 ないという をこぼした。”
だが……――――。
それから幾日が過ぎると、自分の身体が急激に発熱しだした。聞いてみれば、衰弱した身体に様々な有害物質が入り、疲労と相まって身体を蝕んでいるというのだ。唯一残った片足も動くことが無くなった。……その結果を半ば納得しながら、自分は一言女医に呟いた……。
……死にたいと。
それに闇医者は、こくりと静かに首を傾けた。
『……それにしても、まさかこんな少年が安楽死を望むとは世も末だな』
『…そうかもね、お医者様』
十数歳の少年と三十路半ばの二人が病室の中で会話する。少年は包帯が巻かれた右側の顔を庇いながら、無機質な印象の左目を向けた。十字架がベッドの柵に当たり、ちりんと小さな音を出す。安楽死の準備を進めているようだが、それでも彼女の予約は意外に多いらしく、次だ次だとはぐらかされているようだった。
『…生きたいとは思わんのか』
『…、この苦しさと痛さが無くなったら。この手と足がもう一度生えてくるなら…、生きたいと思うかもしれないね…』
闇医者の襤褸病院に運ばれた自分は、欠損した体を見て薄く笑った。笑うしかなかった。今のこれは夢か?現か?はたまた幻か…?諦観と失意が口から洩れていく……。
そして、数か月が経ることとなる。闇医者の病院には何人もの大人が入り込み、そして穏やかな顔の遺体となって出て行った。それでも、なぜか自分は後回しにされていた。そんなある日のことだ。
『…、……、ダメ元だがこれをしてみるか?』
『…、…?ユグ…ドラシル?』
闇医者の傍らには、ヘッドセットであるデータロガーとナノマシーン注射器が置かれている。それらは、瞬く星の様に、ちかちか瞬く電灯に照らされ…少年を待っているようだった。
「…あれから十二年、ですか」
雲海の中、花弁と鮮やかな蝶が舞う庭園が浮上する。大理石と蔦によって絡み合う浮島の一つ、その噴水広場に腰掛け『彼』は呟く。過去の出会いに思いを馳せれば、光陰矢のごとく様々な事が思い出せた。
「嗚呼、ここまでの自由を謳歌できたのは僥倖でした……。何と満足のいく世界だったのでしょう」
『Yggdrasil』。それがこのDMMO-RPGのタイトルであり、自由な冒険や未知の発見が楽しめる体験型ゲームだった。十二年前に少年はこの世界を初めて知り、そして見る間に魅了されていった。少年の頃の心が刺激され、始めの頃は年相応の顔を覗かせゲームの続きを闇医者にせがんだ。そして特殊な何かを追加したデータロガーだったのだろうか、身体に伝わる病の痛みも、熱の暑さにも、気持ちの悪い嘔吐感さえも、この世界には無かったのだから……。
(あの
白い長髪を揺らし、リアルで失った四肢をゲーム内で自由に動かす少年のアバター。褐色の肌を包んだ神々しい切支丹の陣羽織が目にまぶしい。少年……否、十二年の歳月を経て既に青年となった彼は、この世界でもリアルの世界でも生涯を閉じようとしていた。
(もう、私の身体は生きているのが不思議なくらいにボロボロですし……闇医者の先生にこれ以上待たせるのも申し訳ないですし……、この世界と運命を共にするのも一興でしょうか)
生前と合わせて、六十年は生きてしまいましたね…と笑う。それは、以前のような諦観の笑いではなく、心の底からの声だった。無論、データの集積である顔が歪むことは無かったが。
「本当にありがとうございました……。このアバターも、ギルドも、拠点も、私のエゴで創り上げたようなものですし……最後まで一緒にいてあげますよ」
そう言って空を仰ぐ彼のアバター、『シロウ・コトミネ』。生前の記憶の中から、『彼』が憧れて止まなかった英雄譚『Fate/Apocrypha』。その中の少年を何とか形にしたソレは、ギルドの拠点……『
「この庭園との別れは済ませたか」
「……!……これはこれは」
パッシブスキルの気配遮断を解いたのか、彼の隣にはもう一人のギルドマスターが立っている。
「『セミラミス』……、いや、最後まで申し訳ない……」
「それはゲームでの事か?それともリアルについてもか?」
「……意地の悪い人だ」
「当たり前だ」
黒髪を纏め上げた側頭部に黒い鳩のティアラ、手に突き刺さった棘の装飾、純黒のドレス……まさに女帝と言った風貌のアバターがそこにいた。両耳が尖り、長く伸びてはいるものの、種族は異業種の
「有態に言えば、お前は死ぬ。この世界では
「でしょうね……」
セミラミスが言った言葉にシロウ・コトミネも頷いた。何を隠そうこのセミラミス、シロウに『ユグドラシル』を進めてきたあの闇医者なのである。本来ならば患者に深入りしない主義だったあの女医だったが、シロウはサブ垢を創れない仕様のユグドラシルでの使用アバターを悩みに悩み、さらには年齢制限云々と無理矢理言い包められ、彼女もゲームに付き合う事になったのである。初めは渋々と言った様子でシロウの傍らに控えるだけのセミラミスであったが、異業種狩りの時期などの期間を経て徐々に彼と共にゲームを楽しむようになっていた。……これにシロウが『原作の様だ』と興奮していたのは別のお話。
「サービス終了まで、まだ間がある。……一つ聞いておこうか」
「何でしょう?」
「……、この世界は、楽しかったか?」
表情の変わらない顔で、彼の心に直接尋ねる毒薬使い。
「えぇ、とっても。コレで、ようやく……満足して人生を閉じられる」
シロウは既に諦観も苦しみも無く、晴れやかな口調で彼女の手に全てを委ねた。事実、彼の身体は騙し騙しの投薬と切除手術を繰り返しても……助からないレベルにまでなっていたのだから。
だが。それでも。徐々に壊死し、カビが生えていく身体であっても、……彼は生きる事を選び続けた。失った世界、失った体。そして失った憧憬全てが詰まり、人生をかけて何かを成そうと足搔いた世界。それが彼にとっての救いであった。
たかがゲームに私を……、といった皮肉の一つでも来ると覚悟したシロウ。……だが、隣の女性からは、吐息の一つも漏れはしなかった。
「……怒らないのですか?」
隣にいる黒衣の女帝に恐る恐る尋ねてみた。ゲームが終われば、自分を殺す事になっている無免許医。十二年を患者と主治医の関係で過ごしてきた故か、彼女は自分を殺したがっていない。彼はそう気づいていた。
「それは死を求めることか?それともこの
「……、……両方です」
二人の間に優しく柔らかな沈黙が流れる。
「…むしろ今まで良く生きた、あの姿で過ごす人生は苦痛だったろうに……、それにな」
彼女のデータの上で固く結んだ唇が、解れた様に感じた。
「……楽しくなかった、と言えば嘘になるからな」
「…。…そう、ですか……」
二人は腰かけていた噴水から立ち上がり、ギルドの拠点『
「……それにしても」
「……む?」
様々なギルドが乱立するようになり幾らかのギルドと交流を持ちだした頃から、彼女のinの割合が高くなったのだ。『お前が言うには此処の主は私なのだろう?』と言って王座に座り、不本意げな雰囲気で頬杖をついた日の事を忘れはしない。傲岸不遜に下賜する女帝が誕生した瞬間だった。
シロウの留守には戦闘も行い、何とかギルドランクを11位に落ち着けた功労者……それがセミラミスである。魔法職としてプレイヤースキルが高い彼女だったが、それでもリアルの時間を削ってまで十二年もゲームに付き合わせてしまい、シロウはセミラミスに些かの罪悪感を抱いていたのだ。
だが、彼女は自分に言ってくれた。この世界で一緒に冒険をして退屈しなかったと、この世界には意味があるのだと。
「まさか……貴女に『そんな事』を言ってもらえるなんて、思ってもいなかったな…」
そんな自分の声音を聞いて、女帝はぽつりと呟いた……。
「馬鹿だな……お前は」
「……かもしれません」
その言葉にどんな意図が含まれていたのか……それは二人には分からない。
道すがら、様々な言葉を交わし合った。セミラミスは『何故手間のかかるアバターを創ったのか』やら、『この浮き島を原型すら残さずにこんな要塞に変えたのか』等の質問をし、シロウは生前云々の事情をぼかしながら説明した。浪漫だ、夢で見た、歴史が好き……等ののらくらした返答だったからか、セミラミスからは「……不思議ちゃんか?」と突っ込まれたシロウ。肩を落としながらも空を見上げると、もう間もなくサービス終了の時間と相成った。
23:59:50
「嗚呼、世界が終わるな……」
23:59:51
その言葉に、シロウの言葉は『重なった』。
23:59:52
「出来れば……もっと世界を見たかったものです」
23:59:53
石造りのベンチに座り、相棒とも言える女帝を見て冀う。
23:59:54
「……看取らせてしまって、申し訳ない……」
23:59:55
「………………」
23:59:56
女は過去に彼を重ね合わせ。男は物語に彼女を重ね合わせ。静かにその時を待った………………待っていた。
23:59:57
23:59:58
23:59:59
「「………………ありがとう」」
00:00:00
そして、頭上の青空が……星空へと変わった。
あと人智統合真国シンでのアレ。赤の陣営でやったらな思いつきネタ
劇作家「反逆三銃士を連れてまいりました」
猫耳&韋駄天「「反逆三銃士?」」
・スパルタクスの反乱
「圧政!」
・島原の乱
「貴方に恨みはありませんが」
・カム乱
「父上ェェェェェェェェェ‼」ウワァァァァァァァ
蝉様「待て待て待て、最後おかしい」
(ぶっちゃけこの小ネタを後書きでやりたいがために本文を書いてみました)