OVERLORD 赤の陣営―試し書き―   作:サルミアッキ

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忠義無き従僕

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「……む?」

「………………はて?」

 

 急激に変化した空を見て、庭園にいた二人は頓狂な声を漏らす。

 

「……。ログアウトしない?いや、確かにサービス終了は今日だったはず……?」

「コンソールが…出ませんか。チャットも……GMコールも?」

 

 吸い込まれる様な星空を仰げば、微かな生前の記憶が過る。彼がベンチから立ち上がれば、耳に水が流れる音やひゅうひゅうと風が吹く音が入って来る……。急激に変化した体感覚が、突如として彼の脳幹に膨大な負荷をかけ始めた。

 

 くらり……。現実には無いはずの脚が、覚束ない感覚に絡まり体勢を崩す。

 

「……っと、大事無いか」

「すみません。少し……立ち眩み…が……?」

 

 セミラミスの膝の上へと仰向けに倒れたシロウは、触覚、嗅覚、視覚を驚きで奪われた。その柔らかな感触と毒婦の様な艶めかしい匂い、怪訝そうな女帝の顔……そのどれもがゲームではありえない現実味を帯びていたのだ。

 

「……口が動いている?何か異常が……と言うか、何故風も水も……匂いも再現されている?これは一体……」

「何、真か?……ふむ」

 

 彼女はシロウの頭を手持ち無沙汰に撫でながら、ほっそりした指で顔に触れた。そこにあったのは肉の感触。玉の様な滑らかな、リアルでは有り得ない健康的な肌だった。

 

「……と言うか」

「?」

 

 彼女が見下ろした先に、悪戯小僧のはにかみ顔が映り込む……。

 

「膝枕はR15に入るのでは?」

「……!…、…莫迦が」

 

 先程までの余裕は欠片も無く、髷を慌てて掴んで起き上がらせた。些か狼狽した顔で目を細め、声を整えるセミラミスのプレイヤー。

 

「……アカウントがBANされなかったのを見ると、この世界はユグドラシルとは別物という事になるな」

 

 話題を変えるために、現状の把握に勤しむことにしたようだ。羞恥と未知の狭間で冷静に状況判断ができている自分達に驚きつつ、お互いに情報の共有を開始した。

 

「……つまり、ここは本当にゲームの世界、若しくは異世界であると?」

「まぁ、何らか試してみれば良かろう……、ところで口調がもとに戻らんな……」

「……傲岸不遜なところがお変わりないので宜しいのではないでしょうか?」

 

 どうやら二人とも精神が身体に引っ張られ始めている。ロールプレイ時に意識していた口調が一番しっくり来てしまう様で、セミラミスの顔も些か困惑気味である。

 

「――Anfang(セット)

 

 いつの間にやら手に持っていた投擲武器を放り上げ、空中に魔法陣を浮かび上がらせるシロウ。一旦運動を停止した聖遺物級(レリック)アイテム『黒鍵』は、目にも留まらぬ速度で噴水の石瓶を破壊した。……因みにこのアイテム入り石瓶、破壊するにはレベル85以上且つ伝説級(レジェンド)アイテムでの攻撃でなければ破壊できないものだが、シロウはスキルのバフなどの強化によって何ら問題は無い。ガラガラと零れた欠片の中から、金貨と宝石が現れる。

 

「……どうやら、魔法や特殊技能(スキル)などは使えるようだな」

 

 黒鍵を摘まみ上げ、優雅に微笑むセミラミス。以上の行動の結果から、この世界の法則が段々と明確になってきた……。

 

「仮にここが異世界だとして、……お前は戻る手段を模索する必要があると思うか?」

 

 ふと、リアルの自身たちの事を思い、そして尋ねる。……未知に満ち満ちた世界か、はたまた暗黒と苦しみが蔓延する世界か。自分達は、どちらを選ぶべきなのか。

 

「…………むしろ、神の思し召しだとさえ思いますよ」

 

 ……その時、シロウは晴れやかに笑い、そして言う。

 

―奪われた手が……再び私の下に戻ってきたのだから―

 

 余計なものが混ざった魂の鎮魂も、生み出してくれた顔も知れない両親への愛も、自身の身を傷つけた汚れた世界への報復も、悲劇にしか進めない人類の基盤にも、憎しみが無いと言えば嘘である。だが……憎んだ(・・・)ところで(・・・・)何が変わる(・・・・・)?それが失望の理由になるのだろうか。今、私は幸いである。聖人でも英雄でもない自分は、新たなる福音を見つけたり。

 

「……、……。一旦玉座の間に行く。あそこならコンソールの確認もできるやもしれん」

「ではその様に」

 

 呟いた二人は懐から赤い十字架を取り出すと、星空の下から転移する。手に持った十字架は『外典礼のロザリオ』と言うマジックアイテムであり、その数も十六個しかない特別なモノ。転移ができない『虚栄の空中庭園(ハンギング・ガーデンズ・オブ・バビロン)』内で、名前のついている部屋に回数制限無しで転移ができる。

 

「さて……と」

 

 絢爛豪華な壇上へ座すと、魔法陣に似せたマップやコンソールが投映され、ギルド『赤の陣営』の現状を映し出す。幾つもの旗の下の玉座。そこで女帝が指を弾けば、その途端に拠点のルートや階層、部屋数までがセミラミスの意思のままに(・・・・・・)切り替わった。……どうやら拠点の能力や特性に不備や欠陥は無い様だ。一安心している女帝を見て、シロウもほっと一息を漏らす。

 

「……、現在『虚栄の空中庭園(ハンギング・ガーデンズ・オブ・バビロン)』は海上300m程の場所に浮遊しておる。ふん、ユグドラシルではヴァナヘイムの雲海の上だったはずだがな……」

 

 これで『この世界がゲームの中である』、などと言う仮定はほぼ無くなったと言える。そして、二人は完全に気付く事となるだろう。あまりに『かけ離れた場所』と『現実味を帯び過ぎた仕様』、そして……最後の一つである判断材料要素が迫ってきた。

 

「……待て、何か聞こえてこぬか?」

 

―ドドドドドドドドド……―と何かが突貫突進してくる音がする。

 

「ハッハッハッハ‼」

「……なっ!」

 

 灰色の躰を砲弾の様に丸め、玉座の間に飛び込んで来た拘束具の戦士。だが、そんな隕石の様な攻撃を阻むため、鉛色の肉塊へ紫の鎖が殺到した。捕縛され、雁字搦めに押し倒される笑顔の襲撃者は高らかに叫ぶ。歓喜の狂乱をまき散らす。

 

「おぉ‼汝を今こそ抱擁せん!!!」

「…っ!?」

 

 最上級の毒でできた鎖に巻かれながら笑顔を浮かべる屈強な男。彼は『虚栄の空中庭園(ハンギング・ガーデンズ・オブ・バビロン)』の中ボスに相当する狂戦士。『空中庭園七大戦騎』という地位に就く……狂戦士『スパルタクス』である。それが……生きている様に動いている。否、命を吹き込まれ動き出したとも言えるのだろうか。

 

「圧政者よ、我が愛を受けよ!その傲慢で存分に受け止めるが良い‼」

「ほぉ…抜かせ奴婢が。この玉体、お前如きに触れさせると思うてか」

 

 形の良い眉目を鋭くすると、紫電と共に下級のモンスターが玉座の周りに出現した。

 

「《サモン・ドラゴントゥース・ウォーリアー/竜牙兵召喚》」

 

 数十体のモンスターを召喚するのと同時、鎖縛をレジストした狂戦士は悦びと誉れを露わにする。

 

「ハハハハハ‼自由である!自由こそ我が本懐、我が闘争であり、弱者を守る為の反逆である‼」

「ふむ…………成程。さっぱり話が通じんぞ」

「…ですねすみません」

 

 職業:バーサーカーの影響と書き込んだ設定故に、意思疎通の二重苦を強いられている女帝と切支丹。特にシロウ・コトミネは頭を抱えている……このNPCも彼が生前の記憶からデザインした故に、罪悪感がどっしりとその肩に圧し掛かっていた。

 

「おいシロウ、どうやらこの者はフレーバーテキスト通り我に刃を向ける様だ……」

 

 鬱陶し気に髪を掻き上げると、セミラミスの周囲に魔法陣が浮かび上がる。そして鎖に繋がれた鉤状の爪が、好戦的に揺れ動いた……。

 

「ならば『器の中(・・・)』へ送っても、構わぬよな?」

「…仕方ありません。面倒を起こされても困るので、一旦保存してしまいましょう」

 

 シロウは頭を振って諦めた。『セミラミス』と言うプレイヤーの心の奥にある苛烈さも、NPCとしてかの者を再現しようとしてできた『スパルタクス』の行動心理も、加味して考えれば相容れないことなど解りきっていた。

 

「解った。ではシロウ……出て行け」

「……良いのですか?」

 

 ユグドラシルとは異なるであろう世界で最初の戦闘、それも自分の拠点のNPCが相手である。何が起こるか不明な為、二人で協力した方が得だと思ったシロウだったが……。

 

「我が負けると思うてか。ほれ、『ブラッド・オブ・ヨルムンガンド』に『例のアレら』、『我の特殊技能(スキル)』を使う前に逃げた方が利口だぞ?フレンドリーファイアが有効だった場合、毒無効すら意味を為さんしな……」

 

 最上級の毒効果持ちアイテムの名前が挙がり、頬が若干引き攣った。

 

「そうでしたね……貴女の力に関しては疑うべくもない事ですし」

「おいおい、未だ此処が如何なる世界か、如何なことができるかも分からんと言うに」

 

 コレを無謀と断じる事もできる……だが、何故だろうか。シロウには、そうならないだけの『説明できない確証』があった。

 

「貴女なら『そうできる』と思ったのです」

「……まぁ良い。()()ね」

「頼みましたよ。では……他のNPC達を呼んできます」

「うむ、良きに計らえ」

 

 シロウ・コトミネはロザリオを光らせ、彼は毒霧が届くよりも先に別の部屋へと転移せんとする。去り行く時の玉座にて、これから長い付き合いになるだろう女帝が笑った気がした……。

 

 

 

 

 風景が変わる。本来この『虚栄の空中庭園(ハンギング・ガーデンズ・オブ・バビロン)』は黒と金、そして紅白の装飾で彩られた大部屋しか存在しない。だが、ある一点を除いて、その室内は劇的に装いを変える。それは、この拠点を守護する『空中庭園七大戦騎』と言うNPCがスポーンした時だ。ユグドラシル時代ではランダムにスポーンしたキャラクターによって別のステージが構築され、プレイヤーは突発イベントの様にNPCが優位な空間で戦わなければならない。つまり、このギルドの拠点のシステムは、マップの情報は当てにならない事と同義となっている。

 

 閑話休題、シロウの目の前には……地中海の砂浜と鬱蒼とした森林が広がっていた。

 

「さて……此処には……、!」

 

 ひゅかん、と足元に一本の矢が届き、乾いた音を響かせる。

 

「……いるのでしょう、『アタランテ』」

「………………、………………ふっ!」

 

 ザザザザ、と木の葉が揺れる音が近づいてきた。そして上空の太陽を背に一体の獣が空を舞う。あらゆる遮蔽物を飛び越え、翠緑の衣をなびかせ着地した女。神器級アイテム『天穹の弓(タウロポロス)』を担ぎ直す様子は、あどけない少女などでは無く、狩人の英雄そのものだった。

 

「一体何用だ、ギルドマスター」

 

 彼女もまた、先の襲撃者であるスパルタクスと同様の100レベルNPC。『空中庭園七大戦騎・弓兵』の肩書を与えられた麗しの狩人、『アタランテ』。無造作に編まれた髪と獅子の様な瞳がシロウの眼前に揺れている。何より特徴的な獣の耳が用心深く(そばだ)っていた。

 

「どうやら、外界はユグドラシルとは異なる場へと移り変わったようです。これから貴女方『空中庭園七大戦騎』を含めて言葉を交わしたいと思ったのですが……ここで会うとは僥倖です。散歩でもご一緒しませんか?貴女の事も知っておきたい」

 

 人の良さそうな顔を綻ばせ、シロウは手を差し伸べる。だが……その笑みに苛立ったのか、はたまた信じられないのかNPCであるアタランテはその手を素早く払いのけた。ぱしっ、と乾いた音が響く。

 

「どうでも良い」

「おや……これは失礼」

 

 ギルドマスターにして創造主であろうとも、彼女の言葉に敬意は幾らかも含まれないのだろう。静かな獣の目が、シロウの金の瞳を冷たく見て告げる。

 

「世界が変わった?……それがどうしたというのだ。これからお前達が如何な事を成そうが、惰弱さ故に死のうが…私はお前達にそれと言った未練はない」

 

 その口から流れ出るのは獣の論理。弱肉強食にして戦い、生き延びるというシンプルな真理(答え)

 

「……」

「対話は玉座の間で良いな。先に行く。努々遅れるな、マスター」

 

 風を切る音と共に去り行く七騎の一体、『弓兵』。その場に残されたシロウは頬を掻きながら困った様な笑顔を浮かべた。確かにかの英雄然とさせるのに、フレーバーテキストにそう言った要素を書入れた覚えはある。だがこうもすげなく扱われると、どうにも苦笑する事しかできなかった。

 

「何でしょうね……この低評価……」

 

 

 

 一方玉座の間では、蹂躙の一幕も終わりを迎えていた。ここは様々なギミックが組み込まれた――例え毒無効の力があったとしても大ダメージを負う仕様の――まさに驕慢王の為の闘いの場。そんなところで戦えば如何にレベル100の戦闘職であろうとも、その部屋の主に勝る理由など大概ない訳である、が……。

 

「ふ、は……はは…これが……スパルタクス…で、ある……」

 

 消えゆく最中まで笑みを絶やす事が無かったNPCに、一抹の恐れを抱いたセミラミス。

 

「……何とも言えん輩よな。笑っておったぞ……」

 

 青白い色の粒子となって『虚栄の空中庭園(ハンギング・ガーデンズ・オブ・バビロン)』の中枢へと送られた狂戦士。一通りの戦闘と魔法、スキルの確認が終わった女帝は呟いた……。

 

「こ奴ら……マジか……」

 

 早くも寝首を搔かれかけたギルドマスター達はどうなってしまうのか、それは全く分からない……。

 




シロウ・コトミネ
人間種
「全人類の救済」を追い続ける少年

役職―――虚栄の空中庭園七大戦騎「監督役」兼ギルドマスターの一人
住居―――庭園にある聖堂教会の自室。
属性―――極善[カルマ値:500]
職業レベル―セイント5lv.
      サムライ5lv.
      マーター5lv.
      バプテスト10lv.
      ホリー・バニッシャー5lv.
      メシア10lv.
      ほか
[職業レベル]―――計100レベル
職業レベル取得総計100lv.
能力表
HP――71%
MP――88%
物理攻撃――52%
物理防御――46%
素早さ――97%
魔法攻撃――85%
魔法防御――92%
総合耐性――98%
特殊――100%以上
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