玉座の間に真紅と金刺繍で彩られた八つの旗が掲げられている。旗の中心にある紋章、それは三つの形が組み合わさって、各々の特徴を表しているようだった。それらは『
“髑髏の様に荒々しい紋章”……『
そして、最後の一旗には“十五角にも及ぶパーツからなる両翼の如き紋章”……『
そんな荘厳な雰囲気の中、絢爛たる扉が軋むような音を立てて開き出した。玉座に座った黒衣の女帝、その傍に控える神父の視線が巨大なドアへと集まっていく。
「………………」
コツ…コツ…、と金属音が大広間に響く。目に突き刺さる黄金の輝きが後光となって溢れ出た。
「カルナ。呼び立てて申し訳ございません」
胸がはだけた服の男が立っていた。隙の無い歩みが赤い翼の様な衣を揺らし、半神の彼は入室して来る。……一瞬、シロウは其処に太陽を幻視した。大広間に寝そべり頬杖をついていた『若草色の髪を持つ男』も、壁に寄りかかっていた『獅子獣人の女』も片目を開けて彼を見る。
「構わん……残りは三人か」
血色の悪い白髪の美青年、『空中庭園七大戦騎・槍兵』カルナが周囲の人物等を睥睨した。
「例の
「女帝サマをセミだのカメムシだの罵って、な。ははは!」
「ふっ、貴様の杯よりもセイバーの舌の方がよっぽど強烈な毒らしい」
寝そべっていた青年は起き上がると胡坐をかき、にやりと笑った。先の愉快な出来事を思い出し鼻を鳴らすのは鬣の女性。暗殺者の金目が不愉快気に歪む。
「アーチャー、ライダー。黙っておれ」
「ふん」
「あーはいはい、こいつぁすまん」
俊足の騎兵はこの場で暗殺女帝の機嫌を損なうのは下策と判断したようだ、両手を挙げて降参のポーズ。獅子の耳と尾を持つ弓兵は黙ってカルナの後方に移動した。
「バーサーカーはすでに『器』へ送っておいた。しばらくは…いいや、我の召喚以外の手段では出てこれまい」
「間もなく最後の一人もやって来ましょう。それまで……」
セミラミスの言葉にシロウも続ける。だが、二人の言葉は突如として途絶える事となった。
「おぉ!これは皆様方におかれましてはご機嫌麗しく!」
厳粛な場に声高らかに愛想を振りまく一人の道化。一瞬にして現れたその男に、奇異の目線が殺到した。中世ヨーロッパの気品ある服を纏っているが、ダンディな顔に浮かべる子供のような笑みによって、彼の者から受ける印象が噛み合わない。
「『シェイクスピア』……お主、今の状況を分かって言っておるのか」
「無論でございます女帝よ。“
大仰に腕や体を動かし、芝居がかった動作で玉座に侍る『空中庭園七大戦騎・魔術師』。赤茶けたマントを靡かせると即座に詩的な言葉を紡ぎ、女帝や狩人の神経を逆撫でした。
「
額に手を当て頭を振るう。そして一気に捲し立て、喜びと興奮に打ち震えながらこの場にいる
「…シロウ、こ奴最悪だの。何故こんなキャラにした……」
「だが落胆することなかれ!“『
……絶句。玉座の間に静寂が訪れる。そんな中で“はぁ…”、と眉間を揉むセミラミス。これには設定者のシロウさえ苦笑いだった。
「…ともあれこの文筆家が言った通り、この城はヴァナヘイムとは全く異なる外界に浮かんでおる」
気持ちをいち早く切り替えた女帝は呪文を呟く。そして庭園を飛び回る鳩の使い魔達と視覚を共有させ、自分等の拠点をあらゆる角度から観測する…因みにこの鳩要素は課金である。
「《クレヤボヤンス/千里眼》、《クリスタルモニター/水晶の画面》」
続いて彼らの視線の先に巨大な波紋が広がり、何百羽の使い魔達の視覚が立体映像の様に映し出された。なお、これはユグドラシルのルールに縛られない事を読み取ったセミラミスが独自に命じて表現させたものらしい。彼女、とんでもない適応力である。
「…ほぉ、今いるのは海の上か」
「何だ姐さん。船旅でもしようってか?」
「……いや、なぜか知らんが二重に疲れてしまう予感がする…。月の女神スイーツ?顔だけが取り柄の英雄(笑)…?アルゴナウタイ、オケアノス?ぅう……」
苦虫を噛み潰した表情をする『弓兵』と、気さくに茶々を入れる『騎兵』。…
「…では、これより『
シロウの言葉に異を唱える者はいない。如何に胡散臭い神父と非道気な女帝であったとしてもその判断力は明晰であった。その沈黙を是と受け取り朗らかに笑う彼。
「…よろしい」
「神父、そんな御託は良い」
その腹の底を咎める様に睨んでくる『空中庭園七大戦騎・弓兵』のアタランテ。『ライダー』と呼ばれた男も胡坐を解いて立ち上がり、槍を担いだ。
「些事を言うためにこの場に集めたのでは無いだろう。ずばり本音を我等に話せ」
狩人の様にキラリと光る『空中庭園七大戦騎』の眼。シロウは一瞬呆けた様に顔を緩めると、セミラミスと視線を交え……頷いた。
「では…問いましょう」
咳払いした彼の顔には笑みなどは無く、ギルドマスターとして、一人の長としての表情がありありと浮かんでいる。真摯に向かい合おうとする少年とその言を聞こうとする英雄達。
「貴女方はこの世界でどう生きたいですか?」
「………………なんだ、そんな事か」
「そんな事、とな?言ってみよ『アキレウス』」
まず真っ先に口を開いたのは韋駄天の英霊。『空中庭園七大戦騎・騎兵』の名を賜ったNPC、『アキレウス』だった。カルナと同格の性能を誇り、正攻法で彼に勝るのはユグドラシルの上位数パーセント程になってしまった出鱈目NPCである。
「俺の理由はユグドラシルの時と変わらねぇよ。“英雄として生きる”。それだけだ」
そうあれかしと定められたものだったとしても、それが過去の英雄の名を引き継ぐに相応しい行いだと信じている男。数多の英雄たちと同じように、彼が『彼』である事にそれ以外の理由など必要ないのである。
「汝はロマンチストだな……、まぁ私も似たようなものか」
言葉を続けるは純潔なる狩人。鋭い視線を少しだけ柔らかくして微笑した。今まで触れ合ったことも無い無垢なる魂に思いを寄せて、少しの我儘を唇に乗せる。
「私は子供たちが笑顔で幸福に過ごせる日々を護る。その為に英雄でありたいのだ。……
アタランテに尋ねられたのは施しの英雄。太陽神の産み落とした混血児は、その力に奢る事無く謙虚な願いを口にした。
「我が身はこの庭園の守護者として創出された。ならばオレはこの槍を振るうだけだ」
その在り方は最も従者に近しいだろう。だが、余りの高潔さに会得しない者もいる。不潔極まりない現実に生き、不自由がどれ程の苦しみなのか…踏みにじられる事がどれ程の屈辱なのか嘗めさせられて来た、『セミラミス』と言うプレイヤーである。
「…NPCとしてそのまま仕えると言うのか。自ら自由を放棄するとは呆れたな…」
「それが願いであり、ギルドマスターの従者であるオレへの報酬だ」
憐憫と高潔、困惑と信念の視線がぶつかり合い、………………先に折れたのは黒衣の女帝であった。
「……勝手にするが良い」
「感謝しよう、アサシン」
無表情のまま淡々と頭を垂れるカルナ。“はん!”と面白くなさそうに鼻を鳴らすセミラミス。視線を彼から外すや否や、椅子の肘掛けを指で弾きつつ仏頂面になってしまった。
「さて、ではこのユグドラシルとは異なる世界にて!このキャスター、精一杯見守らせて頂きますとも!吾輩執筆の準備がありますので、残りの皆様頑張ってください!」
「……待たんか」
「うぉぅ!?」
フラストレーションが溜まっていた彼女にコレである。毒鎖で胡散臭いオッサンの目前の床を削る位には苛ついていた。
「どこへ行こうと言うのだ劇作家…」
「…吾輩戦闘だの魔法だの滅法苦手でして。“
“ぴきっ”、だか“ぶちっ”、だか変な音がシロウの隣から聞こえてきた。アタランテ達にも聞こえたのだから幻聴の類では無いのだろう……。
「貴様……」
「良いですかな?吾輩は自分自身の事を書かないのですよ。吾輩は他人の物語を紡ぐしか能が無く、それ以外に書きたいものが無いのです!」
プルプルと肩が震えている女帝陛下。俯いているので表情を窺い知る事が出来ないが……猛毒・劇毒の効果のあるオーラが抑えきれずに溢れ出る。シロウも思わず距離を取ってしまった。
「そして!吾輩はこの有り得ぬ会合のエンディングを目撃したい!いやしなければならない‼幸福であれ不幸であれ、或いは絶滅的な真実であれ!皆様方の物語を、最後まで傍観することこそが!吾輩に課せられた使命なのです‼」
「……~~~っっっ!」
オリジナルとなった英霊と同じくで芯が全くブレないNPC、ウィリアム・シェイクスピア。この魔術師、協力する気/ゼロである。
「……一先ずアサシンとキャスターの事は置いておきます。他には?」
「集められた状況は分かった。んじゃ今度は…こちらの質問にも答えて貰おうか」
アキレウスが槍を掲げてシロウに詰め寄る。彼はその挙動を眉一つ動かさず受け入れた。
「返答次第では……その首を頂く」
「……何でしょう。言って下さい」
アキレウスから言を引き継いだのはアタランテ。それは、彼等の根幹を如実に証明していたのだった。
「ギルドマスターの神父。お前に問いたい。私達とは『何だ』?」
自分達が『彼の者達の影』だと本能で知っているが故に彼らは問わずにはいられない……何故自分達がそうあれと望まれたのか。
………一瞬の逡巡の後、顔を上げたシロウは一人の人間としての声を上げた。
「…貴方達は英雄達の影法師。歴史に刻まれた伝説。その
その言葉に『アタランテ』が……、『カルナ』が、『アキレウス』が視線を動かす。
「人間誰しも“平凡”で“一般”です。ですが、だからこそ思うのです……星々の海を渡る為、標として貴女方英雄が必要だと。どれ程の絶望があったとしても、その絶望の後には希望が残る…その希望に縋る為に折れない心、それが人間であり英雄なのだと…」
彼が言ったのは英雄であるのが何たるか。正義を守るのは何なのか。その言葉にアタランテは苦言を呈す。
「随分と耳触りの良い台詞だな。救世主でも気取るつもりか?」
「…まさか」
ふっと自嘲気味に笑みを浮かべた。それは聖人の様で、あらゆることを是認し包み込む慈悲か……はたまた諦観の重荷であったのか。
「
聖者の衝撃的な言葉に従者達は眉を吊り上げる。いや、その在り方は、破綻した正義の味方の方が正しいのだろうか……。
「あの世界は地獄でした。自分を救うことは度し難く、競っても逃げ出しても勝利はない。助けを求める腕は弾け飛び、立って歩く為の脚は腐り落ちた。……そうなった理由など定かではないが、私が『正義』であったから弾圧を受けた」
含みを持ったシロウの声。ユグドラシル時代から、リアルの彼について踏み入った知識はないが、英雄達は彼もまた英雄に連なる精神性を持っていると薄々感じとる事が出来た節があった。その一端が口から洩れる。
「人間という基盤の元、創り上げられた世の醜さと弱さ、下等さすら知っている……故に人間というのは幸福になどなれはしない。……あぁしかし」
勘違いするな、とでも言うかの様に慈悲深い笑みを顔に浮かべた。
「
それが精神の柔軟さから出たものか、はたまた欠落したナニカから来ているのか…。個人を度外視し、諦観を超えた覚悟が滲み出る彼の瞳。ただ、彼の真正面から人間を受け止めるあり方は、英雄らの顔を歪ませた。
「……は」
口を開けたのは誰だったのか。途端にシロウに対する評価が少しばかり変化した。
「ははははははは!」
「何ですかライダー。私がおかしいのは知っていますが、面と向かって言われると少しばかり…」
「いやいや。……まぁなんだ、胡散臭さと危うさはあるが、スカッとするのは事実だわな」
ライダー『アキレウス』は破顔し、一方のアタランテは苦々しそうな顔をしながらも言葉を続けた。
「…仕方あるまい。こちらの世界でも汝をマスターとして認めよう」
「オレもそれに異論はない。……ただし一つ言っておく。人間は平凡で一般だといった。だがお前はその様な人間ではなかろう」
カルナは一言多くシロウに言った。淡々と何か含みを持たせ主に言葉を伝達する。傍から聞けば侮蔑にもとれる言動である、事実シェイクスピアと睨み合っていたセミラミスは非難めいた視線をカルナへと送っている……。
「努忘れるな。その非凡、逸脱は最早お前を損なう。身の丈に合わぬ旗は持つべきで無い」
「……もしや、励ましの言葉ですか?」
そう言えば原典のカルナも一言多い言葉足らずだったな、と思い返すシロウ。え?とアサシンは彼らの顔を順繰りに見た。
「そうだが」
「…そうなのか?お前は口下手だな、施しの英雄」
「……………………………………そうなのか」
暗殺者の的確なツッコミが冴え返る。槍兵の表情は変わらないが、纏う空気がどんよりと淀む。意外に気にしているらしい施しの英雄であった。
「あのー女帝殿、吾輩そろそろ執筆があるのですが…」
「……知っておるか?我は完結した話より未完の物語の方が好みなのだ」
「なんと!?それは勿体無い!いや締切よりも悪辣な!」
「……《トリプレットマジック/魔法三重化》《ショック・ウェーブ/衝撃波》」
「お、お待ちを女帝陛グフッ!?……ぐぅ…吾輩、原稿より薄い紙装甲なのですが…」
吹っ飛ばされる劇作家。だが、そんな彼を心配する人間はここにはいないようだった。南無。
「ともあれ…先程遠見の術を使って索敵したのだが、見よ」
キャスターを放っておき、セミラミスはクリスタルモニターに映る景色を移動させた。そこに映っていたのは闘争、戦い。血を流して戦う騎士達と、それに襲い掛かる獣人だった。
「亜人と人間種が戦い合っている?」
「おぉっと、如何なさるおつもりで?吾輩こう思うのです、“
……それを見て、シロウはこう言った。
「魔法や戦闘行動に問題が無いとは言え、我々がこの世界でどれ程の強者であるのか皆目見当がつきません。…見捨てる事も吝かではないですが」
「では、生涯この城で閉じこもっておくか?くく…」
人間嫌いの聖人を暗殺の女帝が嘲笑する。それに続く形で、NPC達も各々の意見を交わし始めた。
「……流石に天に漂い惑うなど御免被るぞ」
「ふぅむ。一国に奉仕するのも一興やも知れませんな!」
「オレはお前の命じる儘に槍を振るうとしよう」
「止めるってんなら別にいいぜ。その場合令呪でも切ってくれや」
それを見て、シロウはにこりと笑う。存外、大した異世界転移だと。
「折角の異世界とやらだ。今の我は非常に興が乗っておる」
セミラミスは声高らかに宣言する。己が自由を、支配を、権利を証明する為に。
「この世に招待を受けた恩、返さねばならぬ。派手に往こうではないか、のぅ?」
セミラミス
異形種
驕慢なる慈悲の女帝
役職―――虚栄の空中庭園七大戦騎「暗殺者」兼ギルドマスターの一人
住居―――王座の階の自室。
属性―――邪悪[カルマ値:-400]
種族レベル―半神(デミゴッド)10lv.
ほか
職業レベル―マスターアサシン5lv.
ポイズンメーカー10lv.
エンプレス5lv.
ファニーヴァンプ10lv.
ロード・オブ・ア・キャッスル15lv.
など
[種族レベル]+[職業レベル]―――計100レベル
種族レベル取得総計20lv. 職業レベル取得総計80lv.
能力表
HP――64%
MP――100%以上
物理攻撃――42%
物理防御――45%
素早さ――47%
魔法攻撃――82%
魔法防御――93%
総合耐性――76%
特殊――94%