OVERLORD 赤の陣営―試し書き―   作:サルミアッキ

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動き出す運命

―■■■■王‼■■■■王は何処か⁉―

 

 言葉を言えぬ我が身が恨めしい。

 

―貴方は何故私を認めない!?認めてくれない!?―

 

 遠ざかって行くあの背を追えない。星々を絡め合わせたあの光の下へ動けない。

 

―憎いか!それほどまでに私が憎いか‼魔女の子である私が憎かったのか!?―

 

 

 純白の甲冑と獅子の兜を被ったあの人(人物)が、手の届かない遠くに…、取り戻せない遠くに行ってしまう。

 

 

―答えろ■■■■ァァァァァァァァァッッッッッッ‼―

 

 

『……行くのですか、獅子王』

『はい、モードレッドを宜しくお願い致します。シロウ』

 

―何故……何故だ……!何故、私を最後まで……円卓に居させてくれないのか……!―

 

あの場所(王位)は、この者には相応しくない』

 

―ッッッ…―

 

『さようなら、もう二度と会う事も無いでしょう』

 

―…………………ぁ、ぁあ、ぁ―

 

 

 ……………………、どうして……。

 

 

―……………………ち、ち……ぅ、え……―

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 目が覚めれば、薄ぼんやりとした朝霞に混じり焚火の熾がゆらゆらくゆる。周囲には昨日食べた干し肉や安酒の空き瓶が転がっていた。

 

「よぉ、起きたか」

「……、…ちっ」

 

 『サングラスをかけた強面の男』の言葉に舌打ち一つで不機嫌を伝える。嫌なものを見た、とでも言いたげなしかめっ面のトゲトゲ髪。露出度の高い服に赤いレザージャケットを羽織った彼女は寝惚け眼で頬を掻く。終わってしまった思い出であっても、彼女が彼女である限り、その夢から覚めることはないのだろう…。

 

「どうした?セイバー(・・・・)

「何でもねぇよマスター(・・・・)…さて、そろっと出発か」

 

 男勝りな粗暴な口調の通り、はるかに年上な同行者に敬意の欠片も見せない剣士の少女。筋骨隆々の男が出立の支度を始めているのを見た途端に跳ね起き、その身体に白銀で有角の全身鎧を出現させる。

 

「ん?おいおい、マスターはあの神父サマと女帝様だろ」

「あ゛ぁん?」

 

 『神父』と『女帝』、彼女はその言葉に強烈な反感を抱いた。彼らの下に集った従僕は忠義や尊敬が殆ど無い者たちであるが、『空中庭園七大戦騎』の『剣士』の彼女はもっともそれが顕著である。……だが、それも全く道理であろう、彼女は…『モードレッド』は『虚栄の空中庭園(ハンギング・ガーデンズ・オブ・バビロン)』の為に生まれたNPCではないのだから。

 

「ギ・ル・ド・マスターな。確かに俺は『赤の陣営』の所属だが、それとこれとは別問題だ。俺はアイツを主人だとは認めてねぇ。……つーかよ、あのカメムシの方は『母上』と同じクランメンバーだって言うじゃねーか…そんな奴ら信用できるか!」

「おいおい……ま、信用できないと言うか怪しいと言うか、そう思うのは同意見だがな」

 

 モードレッドと会話するスカーフェイスの男。彼の名前は『獅子劫界離』。とある過程でシロウが手に入れた公式NPCの改造品であり、ガンナーの職も修めるネクロマンサーである。

 

 ユグドラシル時代、シロウが攻略していたクエスト内で傭兵NPCを購入できるイベントがあった。初めはゲーム内とはいえ『赤の陣営』に世界観を崩すキャラを入れたくなかった彼であったが、雇用選択できるNPCの中に強面で筋肉質な人物を見つけその考えを取り消した。ちょうど良いことに武装や名前は『ある手段を用いれば』変更も可能だということだったので大枚を叩いて彼を『獅子劫界離』にプロデュースしたのだった。

 

「……マスターこそどうなんだよ、俺は『別のギルド(キャメロット)』で創られたホムンクルスだぞ?良く城を一緒に出てくれたよな…」

「お前さんは俺をマスターと言った。……それは設定からか?それとも直感からか?」

「……そりゃ、傭兵の職を取ってるからか、似た感じがあったっつーかさぁ…」

 

 つまり、この二人は立ち位置が非常に近しい。一人は騎士として創出された王の現身のホムンクルス、もう一人は故郷など無い雇われるだけの死霊魔術師。そんな彼らがギルドの支配者足らしめる神父と女帝の命令を従う理由はゼロであった。

 

「なら、これが正解って奴だ。お前の直感を俺は信頼する」

「そりゃーどうも。うん、まぁ…なんか安心したぜ。傍にいると落ち着くっていうかさ、カチッと噛み合うっつーかさ」

 

 バンバンと鎧姿のまま獅子劫の背を叩くモードレッド。その様子はシロウが意図したわけではないものの、外典の原点と瓜二つだった。

 

「あ、少しだぞ。少しだけな」

「そいつはどうも。さて、地図だけはあのアサシンから奪ってきた」

「いろいろ国があるもんだなオイ……、…!」

 

 地図を見て、現在地を確認していたモードレッド。だが、その途端に進行方向を見て声音を潜める。……真っ直ぐ見つめるその先にあるのは人類至上主義を謳う『スレイン法国』。

 

「……マスター。行くんならこの国は止めた方がいい」

「…そうか」

「…やっぱ理由は聞かねーのか?」

 

 手を頭の後ろで組みながら鎧兜で首を傾けるセイバー。だが、そのマスターは一本煙草に火をつけると一服し、煙とともにぽつりと零す。

 

「言っただろ、“お前の直感を俺は信頼する”ってな」

「!…♪」

 

 一瞬体の動きを止めるモードレッド。冷静を務めているが鼻息がちょっと荒くなる…。それを見て“分かり易い”と思うマスターなのでした。

 

「それじゃ、まずはリ・エスティーゼ王国だ」

「ん、おーっし…んじゃ派手に行くとしようぜぇ‼」

 

 自信満々で元気な声が、朝日とともに青空へと昇っていった。

 

 

 

 

 

 

 派手にいこうとは言ったものの、セミラミスは病的にまで疑い深く、それゆえに既知や未知に対しての情報を第一に考える狡猾なプレイヤーである。ユグドラシルがまだゲームだった頃……、彼女が冒険によって得た情報は『形のない武器』とまで言わしめられ、また他人にとっては無価値な噂であっても容易く混乱を呼ぶ毒に仕立て上げられた。誰が呼んだか情報系戦闘職、現代に蘇った奸計の女帝とまで揶揄され、ドリームビルドなロールプレイヤーでありながら数々の都市伝説を打ち立てた実績がある。

 

「まぁ、情報を集めるのにいくらかリソースを割かなければならないのはわかりますよ?そしてユグドラシル金貨を使うべきではない事も」

 

 さらに言えば彼女は金に糸目をつけない派手好きな浪費家でもあった。おそらくリアルでの反動もあるのだろうが、ゲームの中でしか得られない富や力に愉悦を感じ、その趣向はシロウのギルド拠点の趣向と相まって豪華絢爛な醜悪さと相成った様だ。実際、城内にPOPするモンスターの中には、彼女が選んだ『素材アイテムにもならない宝石型ゴーレム』などなどが嫌がらせのように発生する。

 

「……だからと言ってこれはやり過ぎでは…」

「仕方がないのではないですかな?ユグドラシル金貨はこちらの世界では流通しておりません。えぇ、ならば宝石物品の物々交換こそが波風立てない行商の仕方ではございませんか」

「その物品の質が波風が立つレベルなのですが…」

 

 若草色の洋服に身を包んだ男が往来を堂々と歩いている。そしてその彼が持つ小箱、その中身を思い出し護衛として寄り添う褐色の少年は気が気でない。白い短髪がしんなりしているのは気のせいではないだろう。そして丁度良い卸問屋の中に入るや否や、野太い男の叫びが上がった。

 

「お…オタクら、何者です?こんなに上玉な金細工に宝石…見たこと、ないんですが…」

「詳しいことは申せませんが、実は吾輩没落した家の者で。流浪の旅をしている傍ら、金策としてこういう風に家財を売り払っているのですよ」

 

 やっぱりこうなったか、と騒ぎを尻目に外に出るシロウ。人間の文化レベルを把握する過程で、貴金属や宝石の価値もゲーム世界のはるか下位であると発覚していた。ゆえに、中級アイテム以下を作る金銀宝石程度のゴミ素材であろうとも、こちらの世界では十分な価値があるわけで……。

 

「……な、るほどそれで…。……では売っていただいた宝石のお代金として、これくらいかと…」

「ほう?いやいやしかしこれでは少し足元を見過ぎではございませんか?ここはやはり…」

「成程、只の貴族殿では無いと見える…では……」

 

 職人気質な店主と上品で洒落た貴族服の男が店内で値切り交渉を行う中で、褐色白髪の少年はじろじろとこちらを見てくる街中の視線に晒されつつ天を仰いだ。

 

「…それにしても褐色の肌というのは珍しいのでしょうかね…」

 

 情報収集のために『虚栄の空中庭園(ハンギング・ガーデンズ・オブ・バビロン)』に最も近いこの国、『ローブル聖王国』を訪れていたシロウとシェイクスピア。なお、シロウはゲーム時代に使用していた神器級アイテム――切支丹大名の様な着物である『スティグマータの陣羽織』――を脱ぎ、神父服に装備を変更した。そしてその上からマントとストラが融合した赤い外套を着用している。頭部も『天草四郎時貞』の長髪の状態ではなく『シロウ・コトミネ』と同じ様な逆立った短髪に変化していた。

 

「どうもありがとうございます、また御贔屓にー」

「…おや、終わったようですね」

 

 ようやく十分な資金を得られたウィリアムと少年。彼らは次々と店を回り、旅支度を開始した。

 

「さて、では馬の準備を!」

「はい。畏まりました、ウィリアム様」

 

 因みにだが、身振り手振りが多い演者の様な貴族の姿も往来の目線を集めている。快適な車輪(コンフォータブル・ホイールズ)が搭載された馬車を買い取り、ぽんと現金を出せる財力もさることながら、二人とも整った顔立ちの青年と中年ゆえに周囲の視線…特にご婦人方の眼が痛いほどに刺さる。だが二人ともそんなことどこ吹く風。一人はソネットにもなりはしないつまらん題材だと無視し、もう一人に至ってはどこの鈍感か気付いてない。供に連れた亜麻色の髪の女性に運転を任せ、彼らは馬車内に乗り込んだ……。

 

 

「…さてマスター。如何でしたかな吾輩の演技は?なかなかに悪くは無かったでしょう?」

「キャスター、ご苦労様でした」

 

 馬車の中にて、二人は芝居の仮面を取り払う。シロウが彼を人選したのには理由があった。…無論庭園に置いておくと女帝の精神衛生に何を及ぼすか分からないというのもあるのだが…閑話休題(それは兎も角)。シェイクスピアはかなり異質な魔法詠唱者である。キャスターの名を冠しているにも関わらず、歴史上やFateの彼を再現するため演劇に関するクラスが大多数。それゆえ獲得している職業は魔法職よりも『バード』や『オーサー』といった特殊な生産系クラスであり、バッファーとして役に立つかどうか、というレベル。……ただし、それはゲーム時代という枠組みにおいての話である。今の彼は、職業の影響で、設定したキャラクターが紡ぐ物語(バックグラウンドストーリー)通りに他人になりきることさえ可能となっていた。

 

「では…まずはマスターに冒険者登録でもしていただきましょうか?」

「この国での冒険者は丘陵の戦いの為に使われる傭兵でしょう?自由に行動ができなくなりますが…」

「ですが、吾輩は戦えませんぞ?この場でこの世界の力の一端に触れることができるのはマスターのみ!戦うべきか死ぬべきか、それが問題だ(To be, or not to be: that is the question)

「……貴方は本当にブレませんね」

 

 ……こんな異世界でもハムレットの台詞を聞くことになるとは思わなかった。そして絶対安全圏から高みの見物をしようとするこのチョビ髭にいささか苦笑を溢さざるを得ないシロウ。ただ、この伊達男が言うことも一理ある。

 

「どちらにせよ、この世界における自分の戦闘能力を何時かは調べなければなりませんしね…。まぁ、セミラミスの見せてくれた映像のお陰で強さの標準は大体判明してますが」

「あぁ成程成程。確かにあの場に召喚されておりましたね…ユグドラシルのモンスターが!」

 

 その後朗々と気の利いた一文を語っていくが、シェイクスピアの言葉を無視したままシロウは熟考する。

 

(おそらくだが、この世界でもユグドラシルの魔法が流用されている。であれば蘇生魔法も行える可能性は極めて高い。現にスパルタクスを殺したが、『例の器』に保存された為証明としては十分…)

 

 黒い神父服の上から胸板をなぞる。そこにあるのは彼と従僕たちを繋ぐ呪の様なもの。とあるアイテムを使い彼のみが保有する強大なリソース。

 

(まぁ復活が及ばない仮定も考えておくべきですね。ワールドアイテムの『アレ』か、はたまたこの世界特有の何らかの力があるやも知れませんし……)

 

 未知に対する警戒は怠らない。しかしあまりに慎重になりすぎることはしない。彼が世界を上手に生きるため心掛けてきたことの一つであった。

 

(だが……死んで生き返ることができるのならば、生きる為の目的があると言えるのか?)

 

 しかし、彼の心の中に暗雲が突如立ち込める。

 

(食料を摂取する事はできるが、飲食不要のアイテムで食べる必要もない。ギルドでPOPする宝石型モンスターの部位を売り払えばこちらの世界の金になる。ユグドラシルのモンスターも存在するが、認知されているものは脅威とは言い難い。そもそもレベルが我等よりも低いと予想される。宿はギルド拠点がある……。そして、死もほぼ無い……)

 

「死んでいないだけ、か。……結局こちらでも俺は本当の意味で『生きていない』、救われていないのだろうか…」

「む、如何なされた?さぁ行こうではありませんか!」

 

 馬車を出るまで熟考していたシロウは、キャスター・シェイクスピアのマスターから没落貴族ウィリアムの従者にくるりと変わる。

 

「承知しました、では参りましょう。ウィリアム様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロウたちが地上へ旅立って四日程。100レベルのNPCたちが各々の行動を開始する中で、庭園で吉報を待つ女がいた。

 

「やれやれ、今のシロウには心を満たす愉悦が必要のようだの……。未だこの世界に執心していない様だ」

 

 手元の帳面を見て頬杖をつくのはもう一人のギルマス、セミラミス。だが、動きやすい様に床にまで届く射干玉の黒髪を解き、玉座の間で着込んでいた神器級アイテムもファー付きのライトなものに変更したようだ。(……口が裂けても言えないが、あの恰好のままだと露出度が高くて気が気でないらしい。)医学書や哲学書だらけの本棚が目立つ薄暗い彼女の自室……そこで彼女は着々と世界に適応し続けていた。

 

「それにしても、我等はこの世界では異質過ぎたる超越存在という事か。……なんともつまらぬ」

 

 この身の在り方を吐き捨てると同時に、力なく日誌帳を机に置く。開いた頁は右から左に『シリア文字』が躍っていた。

 

 セミラミスのアバターの女が生きたリアルの世界……この時代、既にこの文字は途絶える寸前となっており、理解できる者達は言語学者程しかいなかった。運良く学習する事ができた彼女だったが、会話をする相手もいないのに何故覚えていたのか。それは彼女の職業に関連している。医者は英語やドイツ語でカルテを書くが、彼女の場合は安楽死を多用する闇医者だ。彼女がアブジャドを使う場合、それは理解されてはならない事の隠蔽である。患者が望んだ死に方、病ごとに区別した“苦しまずに死ねる薬物”の配合、患者たちの個人情報に至るまで全てをシリア文字で示してきた。

 そして、この世界でシロウ達が収集した情報も自分達が異質な存在を示す証明足り得る為に極秘であり、盗難防止策の為にカルデア現代アラム語…カルダヤ語で書かれている。無論、異世界でこの言葉が分かる人間など絶無だろう。

 

「……(シロウはよもやこのアッシリアの女帝(アバター)と『私』を重ね合わせたのか?)……全く。多少知恵があるとは言え、我がサンムラマットの様な執政ができる確証は無いのだが…」

 

 やれやれと頭を振りながらサイドテーブルに置いてあるデキャンタを手に取った。虹色の華奢な金属細工で装飾されたデキャンタの中は暗褐色の液体で満たされている。……ちなみにこれはワイン蔵の中から適当に選んだ一本なのだが、手に取った後に一本魔法のように追加されてびっくりしたのは完全なる余談である。

 

「しかし…だ」

 

 トクトク…と小気味良い音を立て、血色の液体が豪奢なワイングラスに注がれる。彼女にとって晩酌はリアルから引き継いだ趣味の一つだった。しかし、碌な食料飲料がない世界で買える嗜好品が美味であるとは言い難く、彼女は異世界に来て初めて美食を堪能している。

 

「紛い物を真の物にして初めてこの世界に立つことができる。私が『我』になる為に、ヤツが『シロウ』になる為に……」

 

 窓辺でグラスを傾ける彼女。喉元を通り過ぎる毒にも似たアルコールの熱。彼女はワインの好ましい苦味に顔を綻ばせる。その様子は絵の様に美しく蠱惑的だった。

 

 かつては使用者にバフをかけるだけの只のデータだった酒。それが本物の『酒』になったことが、ここが虚構で無くリアルだと言う事をまざまざと理解させてくる。そして何より、その味を受容しているこの身にも信じ難い影響が出始めている………。

 

「黒魔術師である女帝の身体は十分に『本物』になりつつあるな。これならば一つや二つの帝国程度なら………クク」

 

 リアルでも毒殺を得意とする彼女は、眉目を鋭く光らせると女帝の覇気をまき散らす。その様子は『あのアッシリアの女帝』と同じ……。傲慢さと狡猾さ、そして一種の清廉さを抱かせる孤高な『毒婦』の顔だった。

 

「おっと……はてさて、我も随分と血気盛んになったものよ。これほどまで毒に塗れた覚えは無いのだが。………まぁ良いか(・・・・・)

 

 その時、女帝の私室に軽快な音が響いた。ノック四回、相手に配慮した静かで耳に届きやすい音だった。

 

「む、入れ」

「失礼する」

 

 ドアが開く。そこには黒いエプロンをつけた赤いワイシャツのカルナが立っていた。ちなみにこのカフェテリア店員のような服装、『フラワーコーディネイター』とか言う名前の聖遺物級アイテム一揃えであり、例え戦闘職のキャラであっても調理や生花、果ては自分の主が例えエリートニートであっても甲斐甲斐しくお世話できるクラス編成になるのだとか。……制作したシロウは何を思って作ったのだろうか、聞いた時は「謎だ」とさえ思ったセミ様であった。

 

「お待たせした。カフェの店長に作ってもらったぞアサシン。『セーフリームニルのプロシュートとイザヴェル産ルーコラの付け合わせ、ヘイズルーンのシェーブルチーズ添え』だ」

「ほう、心得ておるではないか」

 

 サイドテーブルに皿を置き、品良くスターシルバー製のフォークを動かすセミラミス。塩味と爽やかな苦みが広がる口の中、彼女は思わず舌鼓を打つ。

 

「うむ、これは中々……」

「そんなことよりも、聖王国とやらに潜伏したマスターとキャスターから定時連絡が来ている」

「ふん、…分かっておる。繋げ」

 

 女帝の命に恭しく従う戦士(クシャトリア)。言葉少なく彼の人の令を伝達する。

 

「《メッセージ/伝言》。会話を許可する」

 

 ランサーの言葉の後、セミラミスの頭の中にピコンという気の抜けた着信音が届いた。唯一の同郷との会話の為、生ハムをもきゅもきゅと咀嚼しながら赤ワインで胃の中に流し込む。

 

「(…ンク)…あぁシロウか?我だ」

『いいえ吾輩でございます!女帝陛下におかれましてはまるでマスターと新婚夫婦の仲の様ですな!』

 

 

 ガチャン。

 

 

 片手のワイングラスが砕け散った。ひくりと頬が引き攣った。ついでにカルナが箒と塵取り持ってきた。握りしめた手からポタポタとワインが零れていく……なんと勿体ないと思う間も無かった。

 

「カルナ……何故我に言わなかった…」

「言ったはずだが、キャスターとマスターが話があると」

 

 ……確かに言ってはいた。だが致命的に言葉が足りない。『王国一座の書庫』にある本の中の“コミュ力アップの技術書”でも探そうかと思うアサシンである。

 

「………キャスター、誰と誰が夫婦だ。歳の差を考えよ歳の差を」

『でしたら勢いが足りません。こう言った方がよろしいのでは?“食事にするか?それとも褥か?(Or wilt thou sleep? we'll have thee to a couch softer)寝床は鳩の羽毛の様な極上の設えだ。(and sweeter than the lustful bed)優しく柔く大層気持ちが良いものだぞ?(on purpose trimm'd up for )我の膝の上の様にな(Semiramis.)”と』

「おい待て貴様。なぜ貴様がそれを知っている?」

『おや、墓穴を掘りましたな?』

 

―…ぶちん―

 

 毎度のことながらかなり苛つく。同名の偉人(シェイクスピア)の作品から言葉を引用するところが特にイラつく。よりにもよって『じゃじゃ馬ならし』のセミラミスの一節を持ってきたのがさらにイラつく。要するにこのNPCはこの上ない程無性にイラつく。

 

「…死ね、さもなくば死ね」

 

 何とか口からひねり出した言葉の答えは一択であった。……地でかなり暴君なお人なようだ。

 

『何と容赦のないお言葉っ!吾輩恐ろしさに手が滑って、詩かはたまた喜劇を執筆してしまいそうです!』

「……、(プチッ)」

 

 ……今後はシロウの方に鳩を飛ばそう、そして《ファミリアピジョン・サイト/鳩の使い魔・視力》で茶々を入れてくる劇作家を蚊帳の外にせねばと思い至った女帝陛下なのであった。

 

「…早く《メッセージ/伝言》を切ってシロウに替われ。いい加減にせねば縊り殺すぞ」

『ふむ、分かり申した。ではその様に』

 

 カーペットの上に零れ落ちたガラス片……それを片付けるランサーをしり目に、彼女は夜空を見上げてた。満天の星空が無性に綺麗でなんか悲しくなった。

 

『お疲れ様でしたセミラミス』

「…で、どうだ『ローブル聖王国』とやらの様子は」

『えぇはい。では先の続きから話させてもらいます……』

 

 疲れた顔で指を鳴らすと、机の上に七×七マスのチェスボードが出現した。そこには剣士などの七つのチェスピースとマスター駒と呼ばれる七つのピースが配置されている。彼女はシロウの話を聞きながら、その内容を整理する為駒を忙しなく動かしていく……。傍眼から見れば無意味な行為だと思われるが、存外彼女にはそうでも無い様だ。脳内に明確なヴィジョンが浮かび上がり、世界を俯瞰した映像が刷り込まれていった。

 

『………と、まぁこの様な具合ですね』

「ふむ、可もなく不可もない国だな。ところで現国王の………カルカ・ベサーレスだったか?」

 

 その絵に描いた様な清廉さに、かすかな興味と踏み躙りたい衝動を感じたセミラミス。リアルからの性分か、偽りの支配者を嘲る口調で彼女を皮肉る。

 

「聞いた話ではオルレアンの乙女の様では無いか」

 

 行きつく先は火にくべられるのやも知れんな、と続けた毒婦。……だが、冷淡で残酷な微笑みは次の彼の言葉で笑みへと変わる。

 

 

『まさか』

「…?」

『……かの“聖処女”には程遠い俗物ですよ、聖王女は。彼女には聖処女にあった覚悟が無い。犠牲の上に立つと言う責任が無い。これまでの政策では失敗が無いようですが…このままではいずれ破綻するでしょうね』

 

―戦争に加担した時点で、聖なる人など血に塗れた殺戮者と何ら変わりないのだから……―

 

 彼の…『シロウ』の聖女に対する言葉の奥。達観した少年にあった、憧れとも違う聖者への認証。無いと思っていた彼のある感情の発露。それら全てに『付き合いの長い彼女(セミラミス)』は驚き、憐み、……そして大層『愉しい』と感じた。芳醇な、だが歪んだ愉悦を彼女に与えた……。

 

「そうか…なぜお前が嫌悪するのかは分からんが、才能だけはあると思うが」

『嫌悪?…私が?……それこそ、まさかです』

「そうか?……まぁ良い。お前が苦しむ顔も一興よ、くくっ」

 

 女帝は見透かす、人間になりきれていない少年の心を。憐憫と、共感と、ほんの少しの羨みを以て吐いた台詞を。それをただただ見守り続ける。リアルの世界では“善良や寛容などに興味はなく”、“破滅や絶望”と共に生きてきた。人の今際に立ち会うものとして、苦痛、悲嘆、無常、安息、あらゆるものを見てきたが……世界の絶望に弄ばれてもなお、『彼』の心は見えなかった。故に…『絶望』であれ『希望』であれ見届けたいと思った。…いいや、思ってしまった(・・・・・・・)

 

『話を戻しますよ…』

「うむ。ではどうする?この国にこだわる理由が無いのなら……」

『いえ、我々はこの聖王国にしばらく腰を落ち着けるべきだと考えます』

「ほぉ、その理由は」

 

 先ほどまでの腹に一物持った声色は遥か彼方、シロウ・コトミネは外見年齢相応の人懐っこい声で言う。試すようなアサシンの言葉にも冷静に返答、解説していく。

 

『正体を隠しながらこの国の情報を収集するのは時間がかかります。我々のギルドには隠密系のNPCは少数であるため情報収集は後手に回るしかないでしょう。それに移動しようにもギルド拠点を動かすには時間も金もかかります』

 

 その通りだな、とセミラミスは頷く。ギルドマスターはアサシンとシロウの兼任だった。それ故シロウもまた彼女と同格の先見の明は持っていたらしい。女帝の傍に控えるのは伊達ではないようだった。

 

『丘陵の向こうのスレイン法国は人類至上主義を掲げる国家、アサシンやアーチャーは外見から迫害の対象になります。しかしこの国は一部の亜人やドラゴンと交易を行うという比較的寛容な政策を推し進めているようです』

「確か…それでも国境の獣人共とは戦争をしている様子だったが…」

『アベリオン丘陵には様々なビーストマンが存在しているという話。ですが、聖王国へ流れ込んでくるのは縄張り争いで敗れたものが多いようですよ』

 

 なるほど、やはりな…と自分の仮定が合っていたことに満足するアサシン。そして、これから生きていく新世界の最重要事項を確認した。

 

「薄々感づいているが、再三だと思うが聞いておこう……。奴らの中に危険な者はいたか?」

いいえ(・・・)

 

 見下すことも、嘲笑することもせず、ただ淡々と事実として報告するシロウ。その言葉に彼女は、今日もまたふぅとため息を漏らす。

 

「そうか…ならば良い。ただし目立つような行為は未だするなよ?」

『分かっていますよ。対抗する事も可能ですが、ユグドラシルの想定以上の戦力を保有しているという仮定を忘れてはなりませんし、何より転移してきたプレイヤーが我々だけとは限りません。敵対は避け協力をしたいところですので、反感を買う様な行為は慎むとしましょう』

 

 その後二言三言の会話の後、定時連絡は途絶えたのだった。

 

 

 

「…ふむ、シロウとキャスターは聖王国に、セイバーと獅子劫はリ・エスティーゼ王国へ向かっている。残りはアーチャーとライダーだが……」

「聞くまでも無い。奴らなら今頃丘陵を駆けているだろう」

「あぁ、シロウが先手を打っていたのだったな」

 

 中心にある聖杯のピースに一手、また一手と近づいていく暗殺者の駒。

 

「さぁて、下拵えはもう間もなくだ…。杯は我の毒で満ちておるぞ。この世界の喉元に注いでやろるとしよう。そして……世界を見届けよう」

 

 彼の誉れ高い女帝の様に、リアルからの繋がりを愛おしむ様に、彼女は優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 そんな報告を受けたのは三日前。再びセミラミスの元へシロウ・コトミネの連絡が届いた。届いた、のだが……。

 

『…申し訳ないセミラミス。聖王女様に王国に仕えないかと問われています』

「………は?」

 

 カチャン……。開口一番に聞かされたあまりの言葉に、アサシンのモニュメントピースがすっ飛んで行った。

 

『ついでに言えば、恐ろしい顔の騎士見習いが“正義の味方になりたい”と私に師事を………』

「……待て待て待て、一体ホントに何があった」

 

 カラン。……聖杯の駒が、倒れた。

 




英霊のセミラミス様……「良かろう、貴様に毒酒を呷る機会を与えてやろう、光栄に思え(カリスマ感)」

セミラミス(ハリボテ臭)の中の人……「せみせみせみらみす!……………だとぉ!?えぇい、何故我がこのような愛想を振りまかねばならんっ!?(ぽんこつ)」


 あまり進まなくてすみません……。
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