Zeroから始めるネット犯罪者更正計画 作:アカルイミライヲー
「時折、思うことがある」
キーボードを叩く音が止む。軽快なリズムが途切れた途端、無機質なモーターの機械音がやけに大きく聞こえた。
地面には根のように散乱したケーブル。壁面には林のように乱立するサーバー。窓は少なく、今が朝か夜かすら、彼らにはわからない。
独房のような部屋でも、それが彼らの研究所だった。
そんな折、黒髭をたくわえた男のひとりがポツリと呟いた。
「こうして、ネットが普及しようとしている世界が実現できたのであれば、ロボットが普及する世界もあったのではないかと」
髭の男は薄々感づいていた。己の居場所が狭まって来ていることに。
元より彼の専門はロボット開発だ。電子工学に通じるものがあるからこそ、こうしてもう一人の科学者とともに、ネットワークの共同研究を行っている。
それは世の中が必要としているから。裏を返せば、世の中は彼が理想とするものは必要としていないと言うことを意味していた。
そんな独白に、ふくよかな茶髪の男は言葉を失う。
同じ科学者で、なおかつ途中まで志を同じくしていたからこそ、残酷なまでにその無念を理解できてしまった。
「……今からでも、遅くないんじゃないか?」
ふくよかな男が、どうにか絞り出せた言葉がそれだった。
……自分が方向を転換せずにいたら、本当にロボットと共存する世界が実現したのかもしれない。
そんな思惑が男にもあったが故の返答だった。
「よせ。もう世界はネットにしか関心がないのはわかっている」
髭の男も理解して、諦観の表情を浮かべた。
今となっては
ここでいくら話しても詮なきことだ。
無駄話はここまでにして、作業に戻ろう───そう言葉を続けようとした時だった。
「──────よしっ」
突然、ふくよかな男が立ち上がった。
机が揺れる音がした後、今度は打ち合わせ用のデスクに腰掛けた。
乱雑においてあった書類やゴミなどを押しのけ、机いっぱいに広げたのは─────ただの真っ白な模造紙であった。
「決めた。私もロボットを作ろう」
「馬鹿かお前は」
髭の男は呆れた。
体力と納期……双方を鑑みてもスケジュール的には余裕があるわけでもない。にもかかわらず、この男はそんな“
「こう言った息抜きもいいだろう。実物はともかく、ちょうどおあつらえ向きに仮想空間があるんだ。ちょっとくらい設計図を歩かせてもバチは当たらないさ」
へらへらと笑うその姿に髭の男からため息が溢れた。
……この男の発想と技術力は大したものだと認めているが、こう言った子供っぽいところには付き合いきれない。
髭の男は内心呆れながら、無視して己の作業に戻ることにした。
「ふむ、完成図のイメージは……あとは製図して、パーツのデザインを詰めていけば……」
お構いなしに模造紙に定規を当てて、線を引いていく。手捌きからして素人ではないにしても、髭の男から見れば拙い域を出ない。
「……そんな組み立て方じゃ何年もかかるだろうに。こういうのはだな……」
結局、髭の男は黙っていられずに椅子から立ちあがった。実のところ、近くで己の得意分野の話をされていると、うずうずしてしまう質の人間であったわけだ。
初めは部品の知識や工程の組み方の話をしていた。ふくよかな男も、そういった“ものづくり”のノウハウは持っていたためか、すぐに吸収していく。
やがて、当のロボットの仕様の話になると…………
「やはりバスターだろう。砲撃は派手であればなおのこといい」
「いや、ビームソードだ。肉弾戦こそが華だろうに」
意見が割れ…………
「そうだ。後付で強化できるパーツがあれば……」
「ワシだったら変形機能をつけるな。可変はロマンだろう」
「そうだな! さすがは■■■■だ! では、いっそ動物をモチーフにするのはどうだ? 犬やライオン……恐竜とかもいいな!」
「ほう、いいセンスだぞ■! では、駆動部にいくつか工夫をしなくては!」
己の趣味に走っていき、本来の研究からみるみる逸れていく。
後日、二人は上司からこっぴどく叱られることになるのだが、この“遊び”は休憩時間を使っても続けられていった。
やがて『どちらが最強のロボットを作れるのか』なんて本当に子供じみた、飛躍した論争まで行き着いてしまうほどに。
…………世の中から見れば、それは無駄で無意味な時間だったかもしれない。
けれど、これだけは言える。
後に道を分かつことになる二人の男にとって、色褪せない
◆◆◆
───これは一体、誰の夢なのだろうか。
なんて他人事のように夢を切り捨てた。
「ふぅ…………」
僅かな明かりが灯る部屋。
やや、うたたねしかけていた少女は、ため息とともに、今の世界について思いを馳せる。
ネットの発達に伴い、世の中の子どもたちは外で遊ばなくなった、と世間の大人たちから嘆かれたのも今や昔。
時は20XX年。ネットワークは急速に発達し、今やライフラインと同義とされるほどに人々の生活に密着した存在になっていた。大人子ども関係なく、
この薄暗い部屋の主である少女もまたその一人だ。電子モニターの無機質な光源を目の前に、かけていた眼鏡をデスクに置いて背伸びをする。若さゆえ凝り固まった関節が鳴ることはないが、代わりに疲労が込められた吐息が漏れる。
程よく集中力が切れてきた頃、少女は傍らにあった旧時代的な瓶を手に取って呷る。中身から水滴しか垂れて来ず、飲み切ったことすら忘れてしまっていたらしい。
今回の作業で何度目かわからないラストスパートのために眠気覚ましが欲しかったが、無いなら無いで仕方ない。早々に見切りをつけた少女は再び眼鏡に手を取ろうとした。
コンコン、と背後から扉を叩く音が耳に入った。少女が返事をする間もなく、普遍的なデザインとなった木製の扉が開く。
「入るぞ」
「あ、バレルおじさん。こんばんは」
入ってきたのは無精髭を生やした筋肉質の男であった。このバレルと呼ばれたその男こそ、少女の親……代わりの存在であった。
少女は何てことなく挨拶したものの、暗がりから見えるバレルの表情は固いままだ。
そのまま、彼は手元のスイッチを押す。
壁面の窓の特殊ガラスから、外の風景が一気に映し出される。
「もう朝だが」
「……え」
窓から差し込む温かな陽。
疑いの余地なしに、朝の陽の光を浴び、今度は少女の表情が固くなる。
「……その年から夜更かしは感心しないと何度も言ってるだろう。今日で何日目だ?」
「………………まだ、二日目、かな?」
バレルが呆れるのも無理はない。
少女の年は未だ10歳も満たない。成長の大敵たる徹夜を、こともあろうか二日連続で続けている。少女自身も“非常識なこと”という認識があるのか、バレルの方を向いて申し訳なさそうに視線を落とす。
「ご、ごめんなさい……どうしてもやっておきたいことがあったから……」
「全く、今度は何をしている?」
「えっと……ナビのプログラム、組んでた……」
ナビ、とは疑似人格プログラムのことを指す。専門知識がなくてもネットの恩恵を真に授受できるのは、このナビがPETのインストールされてこそ、と言われるほどに人々の生活を支えている存在だ。
そんな高度なプログラムを、生まれてから10年も満たない少女が一から作ろうとしている、と言うこと自体、世界単位で見ても驚異的なことである。
「血は争えない、ということか」
ただし、バレルの表情からは憂う気持ちが露わになっていた。しかし、それも一瞬。すぐに真顔へと戻る。
「別に止めるつもりはない。だが、それはそれとして規則正しい生活をしろ。もし今度同じことをしたら、カーネルに監視させる」
「はい、気をつけます……」
少女はその変化をあえて無視し、叱責を甘んじて受け止めた。育ての親として、彼なりに使命を果たそうとしてくれていることを理解しているからだ。
「……朝食は?」
「た、食べます。着替えてから行くので……えっと」
「わかった。下で待ってる」
そう言い残し、バレルは部屋を去る。
いつもなら作ってすぐに外出するはずだが、今日は一緒に朝を過ごせるらしい。少女としては喜ばしいことなのだが、つい先ほどまで張り詰めていた空気にいた反動か、再び椅子に身を預けてしまう。
「ふぅ……」
『……怒られちゃったね』
「アイリス、どうして声かけてくれなかったの?」
モニターの隅にひっそりと映る少女───アイリスにじとっとした視線が送られる。
見た目からして同い年に見える二人だが、アイリスはネットナビである。
生い立ちがかなり特殊なため、残念ながら少女のナビではないし、少女としてもそちらの方が良いとも思っている。
『こ、声はかけたけど……すごい集中していたから……』
「う……反省しなきゃ、だね」
それでも、二人の関係は友人に近いものであった。引っ込み思案のアイリスであるが、おずおずとしながらも非を口にする。
アイリスがあまり嘘をつけないことから察するに、声をかけてくれたことに間違いない。徹夜による判断能力の低下は著しいことを学んだ少女であった。
気を取り直し、身支度をする。
メットール柄のパジャマを脱ぎ、着慣れたブラウスとスカートに着替え、その上に白衣を羽織る。背中まで伸びた金色の髪を梳いて、ひとつに束ねる。同じ年頃の女の子に比べたら粗末なものかもしれないが、それだけで充分だった。
「それじゃあ、アイリス。わたしが戻ってくるまで隠れててね」
『あ、あの……』
バレルの後を追おうと、PCをロックしようとした時、ふと、アイリスが呼び止めた。
『えっと、前々から気になっていたんだけど、そこまで熱心に取り組んでいるものって、何なの?』
奇妙なことを聞いていると思われるかもしれないが、前述のとおり、アイリスはナビではあるが、少女専用のナビではない。
こうしてPCに現れているが、アイリスから何の作業をしているかはわからないように細工が施されていた。無論、その気になれば簡単に見れてしまうが、興味本位でそんなことをするナビではない。現に、こうして直接聞いてきたのだろう。
……もっとも、少女としてはアイリスには特段隠すつもりはなかったようだが。
「おじさんにも言ったとおり、ナビを作ってるんだ。
『わ、わたしを……?』
意外な答えに、アイリスは驚愕する。
見れば、少女の顔は先ほどまでの穏やか表情から真剣なものへと変わっていた。
「……今はわたしが匿っているけど、何年か経ったら限界は来るはず。そうしたら、おじいちゃんはアイリスを見つけて、利用しようとする。もしかしたら、お父さんもアイリスの存在を知ったら、何かするかもしれない」
「だから、おじいちゃんたちからの刺客からアイリスを守るための───それこそ、カーネルにだって負けないナビを作らないと」
『でも、貴女はワイリーの……』
「違うの、アイリス。家族だからこそ、間違っていることは間違っている、って言わなきゃ。おじいちゃんも、お父さんも同じだから」
瞳には、真っ直ぐとした信念が込められている。
アイリスは、その姿に彼女の育ての親と、己の兄の姿を重ねてしまった。
じゃあね、と言う言葉とともに、PCにロックがかかり、アイリスからは少女の姿が見えなくなる。
一人になったアイリスは、少女の言葉を反芻する。
……純粋に嬉しかった。
不器用なバレルの教育は、間違いなく少女の中で生きていること。少女自身、余裕なんてないはずなのに自分の身を案じてくれること。
───それに、道を踏み外してしまう機会はいくらでもあったのに、ここまで真っ直ぐに育ってくれたことに。
『貴女が、どうしてそこまで知っているのかはわからない……けど、迷惑かけてごめんね、
犯罪組織“WWW”のリーダーとして名高いDr.ワイリーの
両手を重ね、祈るアイリス。
そこにはネットナビではなく、間違いなく一人の女の子がいた。
■Dr.シエル
主人公。エグゼと同時期に発売されたロックマンゼロという作品のヒロイン……の、そっくりなナニモノかさん。本作では悪役のワイリーの孫娘という立場で登場。
某光さん家とは異なり、身内がやべーやつばかりなせいで、闇落ちしそうな機会は多々あったが、養父と謎の少女ナビの教育のおかげで正義感の強い真っ当な少女に育った模様。
腹黒とかいった輩は例外なくイレギュラー認定する。
■アイリス
エグゼ6のヒロイン兼キーパーソン。謎の多い少女の姿をしたナビ。詳細な設定は原作6を参照。
本作ではワイリーから出奔した後に身を隠していたところまでは原作通り。育児に四苦八苦する養父と、シエルの境遇を不憫に思い、シエルのPCに匿われる形で共同生活を送っている。その関係は友達というよりは姉妹のような距離感で、原作よりも性格が若干明るい。
ゲームでは6のみの出演であったが、そのヒロイン振りは数多の小学生の性癖を歪ませるほどに印象に残ったことだろう。