Zeroから始めるネット犯罪者更正計画 作:アカルイミライヲー
微睡むように、電子の海を漂うモノがあった。
ソレに形はない……否、あったが、既に原型をとどめられないほどに事切れていた。
ソレは元より電脳世界に害をなす存在。
本来なら本能のまま世界を荒し、やがて駆逐されるはずの運命を持ったモノのはずであった──────人間たちの言う、
心を持ったことにより、人間たちの営みに興味を持ってしまった。製作者の意に反して、世界をもっと知りたいと思ってしまった。文字通り、いるだけで病原菌を撒き散らす存在なのに、ソレ───
そんな夢でしかない夢を、叶えてくれた者がいた。
彼らはゼロに絆や信頼、友情の力を示し、境遇を理解し、“在るだけで害を成す”その生来からの性質すら捻じ曲げてくれた。
共に製作者へのケジメをつけた後、世界を見て回りたいという望みも、彼らは背中を押してくれた。あまつさえ、ウィルスの身であるゼロを友と呼び、再会を誓ってくれた。
当時、ゼロが抱いた感情を“奇妙”と称したが、こうして消滅間際になって見れば、“歓喜”という感情だったとわかる。至って単純明快な答えだったというのに、それすらわからないほどに無知だったことを自覚され、改めて己の出自を自嘲した。
世界を見て回り、学び、糧にした。
喜びを見た。
悲しみを見た。
怒りを見た。
嘆きを見た。
楽しみを見た。
──────そういった世界の営みを見た。
心を会得し、学んだ今なら、これが美しいものをであったと断言できる。
ああ、旅の執着点としては悪くない。
……心残りがあるとするなら、ひとつ、遂ぞわからなかったことがあった。
それは、自身の生まれた意味。
もっとも、今では確かめようのないことであるが。
……ゼロの意識が薄れてくる。
望んだ形ではない生であったが、悪くない生であったと感じていた。あとは、この電子の波に身を委ねれば無に還るだけ。
「なるほど……これが、“助ける”という感情か」
走馬灯というものか、かつての出来事が思い起こされる。
友を庇い、新たに作られた
「さらばだ。ロックマン、ガッツマン。……仲間と呼んでくれて、ありがとう」
新たなゼロとともに、製作者を巻き込んで自爆す──────違う。
ゼロは気づいた。
これはオレは知らない。
どうやら、存在が曖昧になっているせいか、時間すらあやふやな世界を漂っていたようだ、と。
そして、別の可能性のひとつとしてある、同一にして異なる存在が混ざり合っているのだ、と。
生まれた時間軸、構成しているモノは異なるが、同一の存在。他のデータよりも馴染みやすいからこそ、意志とは関係なく本能的に同化しようとしているのだろう。まるで微生物や細菌のようだが、本当に似たようなモノなのだから質が悪い。
───今度は、ナビとして生まれておいで。
ふと、そんな声が聞こえた。
もうひとつの己から流れてくる微かな記録に、ゼロは無いはずの口元を緩める。
───オレには未練はない。
───だが、このオレはまだ知らないことが多い。もっと、世界を見るべきだ。
ゼロは、己の知る友ではなくても、その願いを聞き入れるのも吝かではなかった。
無論、消えかけのゼロにできることなぞ、同化して延命してやることくらいか。とはいえ、精神は“どちらのゼロでもないゼロ”になる可能性のほうが高いし、結局のところ、空気中に舞う塵が埃になることで、目に見えないモノが目に見えるようになるくらいの措置に過ぎない。
もし、これで生き延びられなかったら、そうなる運命だっただけ。
仮に、死にかけのウィルスを助ける奇特なヤツがいれば、そいつが治してもらえるかもしれない。
メッセージカードが入った瓶を海に流し、それが宛先まで届くくらいの確率だろう。しかし、それでもいいと思った。それだけ、このゼロには可能性にかける感性を持ち合わせるほど、豊かな感情に目覚めていたのだ。
それに……このゼロが最期までわからなかったこと───己の生まれた理由を見つけてくれるのではないか。
そんな淡い期待を抱きながら、このゼロは、新しいゼロへと身を委ねた。
「─────────」
その様子を、
◆◆◆
カラン、と、フローリングから甲高い音が響き渡る。無残にも落下したスプーンが、ひとりぼっちのまま横たわっていた。
「……洗ってくる」
シエルは机を下りて小走りでキッチンに向かう。注意力が散漫になってきていることが明らかだった。
テーブルを挟んで食事に勤しんでいたバレルは、視線だけシエルの方に移したものの、特に何か注意することはなかった。
……会話というものは交わされない食卓。
険悪な雰囲気ではない。バレル自身、口数が多いわけではないし、シエルも特段おしゃべりな性格はしていない。これが二人にとっての普通だった。
ところが、今日は少しばかり違っていた。
「眠くないのか?」
「ううん、平気。目が冴えちゃったの」
はっきりとした口調で、平常運転であることを示す。育ち盛りの少女が二徹していては倒れてしまうだろうに、シエルにはもう慣れたものであった。
随分と、逞しく育ったものだ──────この点においては、喜ばしくない方向に。
「なら、これは何だ」
──────バレルが、その
……ゆっくりと、シエルは顔を背けて誤魔化す。まるで親にイタズラを看破されたときのような子どものように。
この場面だけを切り取れば、間違いなく彼女は年相応の女の子だっただろう。
「……その年でこれに頼るのはやめておけ」
「ご、ごめんなさい」
「いや、謝ってほしいわけではないのだが……」
今度はバレルの方が顔を背ける。
無論、反省し、なおかつ改善してほしいのは事実であるが……せっかく腰を落ち着かせて満足に会話できる時間をこんな空気にしたい気持ちはなかったからだ。
気がつけば、テーブルには空の皿ばかり。
…………食卓に残ったのは沈黙だけだった。
「そう言えば、もうすぐ10歳の誕生日だったな」
落ち着いた声で、話題を変えるバレル。
平静を装っているものの、この男───実は初めからシエルの誕生日プレゼントをさりげなく探ろうとしていた。
こうして直接切り出している時点で、既に苦渋の決断をしているのだ。
「そうだったっけ?」
「自分の誕生日すら覚えていないのか」
一方、当人は忘れかけていたわけだが。
咄嗟に「ごめ……」と、義父に謝りそうになるシエルだが、寸でで飲み込んだ。バレルが急に誕生日の話題を持ち込んできた意図をわかってしまったからだ。
「…………」
「…………」
再び、静かになる食卓。
何度も言及するが、この二人は仲は悪くない。ただ、互いが不器用なくせに察しがいいため、会話のペースが実に不安定なのだ。
追われる身のはずのアイリスが、わざわざ隠れて滞在している理由がよくわかることだろう。
「……何か欲しいものはないか?」
「欲しいもの……欲しいものね……」
直截的な問いかけに、シエルは思案する。
年頃の娘なのだから欲しいものなど山ほどあるだろう……と思っていたバレル。しかし、シエルの表情が平静と変わらず、むしろ頑張って“欲しいもの”を捻出しようとしている気がしているように見えていた。
数秒思案した後、シエルは漸く口を開いた。
「だったら、おじさんに休んで欲しいかな」
「俺……だと?」
ダメかな、と首を傾げるシエル。
この少女が望んだものは、育ての親にあたる者の“時間”であった。
頭から冷水をかけられた気分だった。
シエルは聡明だ。単純に頭脳のことだけではなく、精神面においてもそれは当てはまる。バレルはそう思っていた。
けれど、それ以前に彼女は、実の親たちから置いていかれたひとりの女の子であったのだ。
「……っ。すまない」
軍人という立場が、バレルを許してくれなかった。こうして朝を共にしていること自体、一ヶ月に一度あれば幸運なことだ。
「……気にしないで。軍人さんって忙しいのはわかってるから」
ごちそうさま、と席を立つ。
フォローのつもりなのか、シエルは振り返ってバレルへと笑顔を見せる。
「───私はその気持ちだけで充分だから」
けれど、その言葉に見え隠れする諦観の想いが、バレルに深く突き刺さる。
シエルは、わかっていたのだろう。どうやってもバレルの都合はつかないこと。にもかかわず、あえて我儘を言ってしまった自身に嫌気を指しているのかもしれない。
「……ままならないものだな、カーネル」
ぼそりと、独白するバレル。
そこにいるのは、“不死身”と謳われた軍人ではない。ただ、義娘への接し方に苦悩するひとりの親であった。
そんな消えそうな声に
彼には既に
◆◆◆
「あぁ〜…………やっちゃった…………」
一方、義娘の方も打ちのめされていた。
目が冴えていても、寝不足で頭が働いていないことが顕著に現れた。ベッドに顔を埋めながら、随分と意地悪なお願いをしてしまったと猛省する。
できないとわかっていて、なぜあんなことを口走った? まだ大人に甘えていい年齢だから?
関係ない。結果的に義父を困らせただけじゃないか。そんな考えがシエルの中で堂々巡りする。
まだ10歳にも満たない少女でも、甘えたいときもある。しかし、相手の事情などを全て察して遠慮してしまう。アイリスには、“難儀”な性格と称されたことは数え切れない。
シエルはあの祖父と実父と同じく、電子工学、ロボット工学において素晴らしい能力を持っていた。幸か不幸か、Dr.ワイリーという、今のネットワーク社会の基礎を作り上げた
その頭脳により、実年齢よりも大人びている性格に育ってしまった。しかし、それ以外にも彼女の性格を構成する要素があった。
「それにしても、もう10歳になるのね…………早くしないと、
──────Dr.シエルには、未来の知識がある。
きっかけはシエルも覚えていない。
朝起きた時に知ったのか、入浴中に知ったのか……物心がつく前に祖父や実父によって何かしら施されたのか、真相は確かめようがない。何の前触れもなく、
未来予知、なんて大層なものでもない。
シエルが知り得ることなぞ、所詮は歴史の教科書に載っている年表のように、大雑把かつ淡々とした事実と結果程度のもの。なぜ、どうしてそうなった、という重要な部分まではわからない。
徹夜続きの疲れのせい、と切り捨てられれば良かった。しかし、その垣間見た未来にはバレルとカーネル、アイリスの存在が関わっていた。故に、彼女には不思議と“間違いなく訪れる”という確信を持たずにはいられなかったのだ。
……もっとも、一連の事件は何者かの活躍によって解決されることとなる。最終的に祖父も実父も改心し、社会に大きく貢献する存在となるそうだ。
結果良ければ全て良し。であれば、シエルは静観を決め込んでいれば──────
「ダメよね」
───なんてことは考えなかった。
その呟きの後、スイッチを切り替えるように表情が変わった。
休憩はおわり。寝不足なんて知らない。ここからは科学者の時間だ。
気を取り直したシエルは白衣の皺を直し、自室を後にする。
あの祖父と実父と違い、幸運にもシエルは正義感の強い子に育った。
そんな彼女が、己の身内が計五回も世界存亡の危機に陥れることを知っていて、指をくわえて待つなんて真似はできなかった。その渦中に身を投じる決意をしたからこそ、
「えっと、どこにあったかしら?」
そして、辿りついた場所が家の地下。
蛍光灯が部屋を照らし、ほこりかぶった紙媒体の本たちが棚の各所で列を成す。
在りさまは時代錯誤も甚だしいが、ここはかつて祖父が使っていた、私用の研究室であった。
シエルがここを見つけたのは数年前のこと。
当時、厳重にロックがかかっていたそれを、逆探知などのトラップに警戒しながら一週間ほど時間をかけて慎重に解錠したこの部屋。オフシャルも知らない、世紀の天才が残したそれは、世の科学者からしたら持ち腐れるとわかっていても“宝”そのものだろう。
「……あ、あった。疑似人格の数値パターン」
その宝の山から取り出したのは、ナビの疑似人格に関する文献。
シエルのナビ作成の作業は既に佳境へと入っていた。外郭は既に完成しており、残るはナビの“
パラパラと、ページを捲りながらざっと目を通す。
目当てのものと相違ないか確認するための作業だ。
以前、ブックカバーに騙されて部屋に持ち帰り、いざ捲った時にティラノサウルスの絵と化石の写真が出てきたこともあった。天才科学者の意外とズボラな面を垣間見たところで、シエルにはこの作業を行う癖を身に着けた。
「うん、間違いない……あれ?」
パタン、と本を閉じた時。
片手に奇妙な感触を覚えた。
埃を払いながら背表紙を取っていくと、本の裏側に何かが張り付いていた。見れば、それは今では見ることすら珍しくなったデータディスクと、ケースに挟まれている現像写真が忍ばされてあった。
「これ…………おじいちゃんと、誰かしら?」
写真には、若い男が二人して肩を組んでいる。ワイリーの科学省時代の姿を知っていたシエルは片方は祖父だと理解した。その表情は、悪の組織の親玉には見えないほどに輝いた笑顔をしていた。
では、このディスクは写真データがあるのかと思いながら、何気ない様子でケースを開けてみた。
ディスクの表面には、何やら手書きでアルファベットが書かれている。
読めるが、聞きなれない単語だった。
なのに、どうしてだろう。
「─────────
その言葉を口にした時、シエルは胸に熱いものがこみ上げてくるような錯覚を覚えた。
■バレル
エグゼ5、6にて出演。アメロッパ軍の元軍人で、ゲームでは総司令官なのにアニメでは大佐だったりする人。ブルース版だけをプレイした人は、突然現れて「なんだこのオッサン!?」となったと思われる。詳細な設定は原作を参照。
シリーズによって味方になったり敵になったりするが、専用ナビのカーネルのかっこよさも相まってかなりの人気を誇るキャラ。今作は悪の組織のボスをやっているモノクルおじさんたちの代わりに、シエルのパパとして育児に奮闘している。
ゲーム版とアニメ版の設定が結構違う!!
エグゼのアニメ観て復習しようとしてるんですが、あれって全部観ようとすると丸々一週間は使うんですよね…………。