Zeroから始めるネット犯罪者更正計画   作:アカルイミライヲー

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タスケル

 地下で見つけたディスクの解析には、あまり時間はかからなかった。

 トラップのつもりなのか、いくつか対抗ウィルスが仕込まれていたようだが、シエルは呆気ないほどに短時間でハッキングして見せてしまった。

 

 

「…………妙ね」

 

 

 逆に、違和感を覚えるシエル。

 例の研究室に入る時のハッキングに比べればお粗末もいいところだった。仮にも世紀の天才が所有していたものにしては些か拍子抜けすぎる。

 

 二つ、シエルの頭に理由が思いつく。

 ひとつは、見つけて欲しかったのか…………否、ならば研究室を固く閉す必要はないし、あんな山ほどある本の中の一冊に忍ばせる意味はない。

 

 

「そういうこと…………」

 

 

 もう一つは、『知っても意味がないから』だ。その予感は、データの中身を見た瞬間に確信へと変わった。

 ディスクの中には、何もなかったからだ。

 

 正確に言えば、保存されているファイルが全て破損しており、開くことはできないのだ。なるほど、確かにこれなら誰かが見ても「せっかくセキュリティを突破したのに、これでは骨折り損だ」と落胆させられ、ディスクごと処分されることだろう。

 

 シエルは自作のプログラムを起動させ、復元作業に取り掛かる。破損していようが、あの祖父が残したもの。(本来ならオフシャルなり科学省なりに引き渡すべき証拠なのだろうが)何かしら意味はあるはず…………そんな期待を胸に復元されたデータの中身を確認していく。

 

 ぽつぽつ、とデータが復元されていく。

 破損データの正体は、ただの画像ファイルだった。

 ところが、中身を見ていても何の画像かわからない。表示されるのは紙の断片の画像ばかり。

 

 

「う」

 

 

 シエルは思わず眉をひそめてしまった。

 紙切れの画像ばかり入っている理由がわかってしまったからだ。

 

 一見、ただの紙切れのようだが、よく見てみると切れ目や模様から察するに、元々はひとつの紙だったものを粉々に破き、その後にデータ化されたものだとわかる。

 つまり、画像ファイルひとつひとつがジグゾーパズルのピースだ。全てを決まった場所に当てはめることで、ようやく画像の全貌を確認することができるわけだ。

 

 …………何とも回りくどい上に原始的、そして性格の悪いセキュリティだろうか。これでファイルひとつひとつに数百桁のパスワードが設けられたりなどしていたら、さすがのシエルも途中で諦めたかもしれない。

 

 

「まあ、おじいちゃんらしいかもしれないわね」

 

 

 くすり、と笑いが出てしまうシエル。微笑ましいものではなく、苦笑いの方だが。

 ここにいるのはその性格の悪い男の血縁者。

 …………いや、性格は真反対だが、能力面では迫るものがある。

 

 復元作業に並行して、キーボードに指を走らせる。数分も経たずに即席で組み上げたプログラムを起動する。

 機能は至って単純。

 ただ、画像を解析し、形状や文字など関連する部分を自動で判別、並び替えを行うだけのものだ。使用する機会は、おそらくこれが最初で最後。

 

 

『デハ、アトハワタシガヤリマスノデ、シエルサンハヤスンデイテクダサイ』

「うん、お願いね」

 

 

 あとはプログラムくんが作業を終わらせるのを待つだけ。ひとまず手持ち無沙汰になったシエルは、白衣を脱いでベッドへと向かう。

 バレルの前では大丈夫と言っていたが……限界が来ていたのだろう。大人しく仮眠を取ることにした。

 

 仰向けに横たわり、見慣れた天井を見上げる。

 …………ふと、ディスクに書かれていた文字を思い出した。

 

 

 “Zero”

 

 

 あの文字に、どのような意味が込められているかはわからない。

 祖父のテロ計画に関するヒントがあるかもしれないし、そうでもないかもしれない。

 ……ただ単に、祖父の考えていることを知りたいだけなのかもしれない、と、シエルは心中で自嘲した。

 

 使命感と好奇心がせめぎ合う胸中。

 それすらも些事と言わんばかりに、今まで誤魔化していた分の睡魔の波が、シエルの意識を攫っていった。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 アイリスはシエルのPCに拠点を構えているが、別に拘束されているわけではない。

 WWW(ワールドスリー)やウラインターネットに近づきさえしないで欲しい、という約束をしているが、外出は自由に行える。元よりシエルは、アイリスを縛り付けるつもりは毛頭ないのだ。

 

 現在、アイリスが訪れているのはニホン国にある、“よかよか”と呼ばれる温泉村のエリアにいた。

 理由は、あの親子のためである。

 

 バレルとシエル──────二人の親子関係は悪くない。

 バレルが不器用なせいで距離感を掴みかねていることや、シエルがアイリスのことを匿っていることを話していないこと、それも相まってシエルがバレルに遠慮がちになってしまっていることを除けば、良好と言っていいだろう。

 

 しかし、あの二人は色々と多忙すぎる。

 方やアメロッパ軍の元総司令官、方や日々研究に没頭する科学者。団欒の時間なぞ、朝に顔を合わせて朝食を共にできればマシくらいだ。

 

 もうすぐ、シエルが10歳の誕生日を迎える。ならば、それに合わせて家族旅行に行ってもバチは当たらないだろう。

 そんな思惑を胸に、二人に合いそうな旅行先を探していた。候補のひとつとしてアイリスが思いついたのが……この温泉である。

 日々の仕事や研究を忘れ、日頃の疲れを癒し、羽根を伸ばすには絶好の場所だ。

 

 しかし、アイリスはナビだ。

 ネットワークを通じてあらゆる場所へ行けても、詳細は数値的なデータを通してしか物事を測れない。だからこそ、実際の様子や効果を確かめるため、現地の電脳に訪れたわけだが──────

 

 

「えっ……?」

 

 

 温泉の電脳──────何やら、他の電脳世界に比べてそこだけ異質だった。

 地面には切り取られたように穴が空き、中からは赤いスライム状の物が飛び出している。

 この電脳にはウィルスも現れることは知っていたが、あんなものは見たことがない。見れば、元々いたはずであろうウィルス【ガルーダ】たちが、次々とその赤いナニカに取り込まれ、ところどころノイズに覆われてしまっている。

 

 

「ウィルス……じゃない?」

 

 

 新種のウィルスかと思ったが、すぐに違うと断定する。ウィルス同士が捕食し合うことは今まで見たことなかった。何より、あの赤いモノがいる場所がみるみると別のモノに作り変えられている様子から、そんな生易しい存在ではないことを目の当たりにしている。

 

 バグか──────いや、バグにしても明らかに異様だ。ウィルスであろうと構わず捕食するバグなぞ、アイリスは知らない。

 

 とにかく、この場からはやく立ち去るべきとアイリスのナビとしての本能が働く。

 他のナビと違い、PETを通じて電脳世界に入ったわけではないため、即座にプラグアウトすることができない。

 ゆっくりと、ゆっくりと出口まで後退する。幸い、向こうはアイリスに気づいていない。このままこの電脳を脱することはできる──────はずだった。

 

 

「■■■■■■───!」

 

 

 一体のガルーダが、アイリスめがけてヒートショットを放とうとする。こんな状況でも関係なく、ナビを含む電脳世界を荒し回るからこそウィルスなのだろうか。

 

 アイリスは最強のナビであるカーネルの片割れだ。

 ただ、直接的な戦闘能力はカーネルの方に集中しており、彼女の能力は電子装置などの操作に特化している。その為、他のナビのような標準装備は持っていない。

 

 焦ることもなく、アイリスは髪飾りの一つに手を触れる。

 すると、赤い盾が展開された。

 

 もしもの時、護身用としてシエルが預かったプログラムであるリフレクト。攻撃を反射する性能をもった盾にヒートショットが衝突するだけで、ガルーダは呆気なくデリートされる。

 

 この程度の窮地であれば、長年逃亡生活を続けていたアイリスにとって造作もないことだった。無駄のない、見事なバスティングに成功する。

 

 

 

 

 

 

 ──────誘爆したヒート(・・・・・・・)ショットの行方に(・・・・・・・・)目をつぶれば(・・・・・・)

 

 

「…………」

 

 

 ぬるり、と足元に火が灯った赤いスライムの一体が捕食を止め、アイリスの方へと向く。それにつられる形で、他のスライムもアイリスへ意識を向けられる。外見上、目はないはずなのに、睨まれているような錯覚と、ガルーダとは比べられない危機感がアイリスを襲う。

 

 あれに取り込まれたらマズい。

 傷がつくだけならまだいい。最悪、あのガルーダのように吸収されてしまえば、形すら残らないかもしれない。

 

 先ほど使用したリフレクトを再展開する。

 ほとんどの攻撃を反射する盾。並大抵のウィルスであれば、防ぐだけでダメージを与えるプログラム。しかし、それすら構わず赤いスライムは次々とアイリスに群がってくる。捕食本能に赴くままに。

 

 

「──────っ」

 

 

 もう片方の髪飾りに触れる。

 シエルから託された保険(・・)はもう一つあった。それを使えば、この窮地から簡単に抜け出すことは可能だ。

 ……使うことができれば、の話だが。

 

 

「ダメ……間に合わないっ」

 

 

 一瞬──────ほんの一瞬だけ、時間が足りない。

 赤いスライムは一目散にアイリスとの距離を縮めてくる。バスターやキャノンがあれば時間を稼ぐことができたのだろう。リフレクトという、受動的な攻撃手段しか持っていないことが仇になった。

 

 

 ──────助けて。

 

 

 誰が口にした言葉なのかわからない。

 アイリスが思っていただけで、実際に発することができなかった言葉なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「タス、ケル。助ける、か。わかった」

 

 

 ──────そんな声なき声を、聞き届けた者がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に、温泉の職員が点検のために、この電脳にアクセスする。

 

 

 スキャン実行。

 ウイルスの痕跡…………なし。

 ナビのアクセス記録…………なし(・・)

 感度…………良好

 

 

 ──────本日も、異常なし。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「ん…………」

 

 

 ゆっくりと瞼が上がる。

 程よい倦怠感のある体と、霧が晴れたかのようにすっきりとした頭から、連続の徹夜の疲れは溜まってたことを自覚するシエル。

 自分のことを他人事のように考えてしまっているあたり、これではバレルやアイリスに心配されるのも無理はない。

 

 

「ふわぁ……おはよう、アイリス……」

 

 

 ほら、まさにアイリスが心配そうな声が──────

 

 

「…………あれ? アイリス?」

 

 

 しない。

 異変を感じ取り、PCに呼びかける。画面にはアイリスの姿はなかった。

 珍しく、今回の外出は遠出のようだ。

 ……シエルとしては不安ではあるが、アイリスだって長きにわたって祖父から逃げ続けている。いざという時のために保険(・・)を用意している。

 

 保険といっても、大したものではない。

 一度だけ強制的にプラグアウトしてシエルのもとに戻ってくることができるという単純なプログラムだ。

 一応、野良ナビとして扱われているアイリスが、他のナビのようにプラグアウトできるようにするための単純なものでしかない──────たとえ檻に入れられても、ウラの奥の奥にいようとも、遠い宇宙にいようとも、シエルが想定し得る範囲でいかなる事態において、阻害されることのなく起動できるという点を除けば。

 

 何度も使われる仕組みを理解し、ジャミングすることができる科学者はいるだろう。しかし、既存のプログラムとは全く異なる組み方をしており、まず初見では対応できることはできない。

 当然、余程のことがないかぎりは使われることはないものだ。

 

 だが、それが使われたということは、それだけ緊急的で切羽詰まった状況であることを意味している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエル!」

 

 

 現に、こうして例のプログラムを使用し、血相を変えたアイリスが、シエルのもとに舞い戻ってきたのだから。

 激しいノイズがかかった──────紅いデータを両腕に抱えながら。

 

 




■よかよか村
 エグゼ3で事件の舞台になる村。秋原小の修学旅行先で温泉旅館や動物園がある、のどかな村のように見えるが、実は…………詳細は本編を参照。
 ちなみに、ストーリーを進めるとプラグインできるようになる「おんせんライオンの電脳」には【????】という謎のウィルスが出現する。


■????
 エグゼ3終盤で名称が明らかになるウィルス(厳密には違う)。その前に前述の電脳で戦うことはできるが、結局なぜ温泉にいるのかは最後まで判明しない。ロックマン相手に熱いル○ンダイブで襲いかかり、捕まるとHPが奪われていく。倒してもチップは出てこない。
 本作ではアイリスと遭遇したが、何者かに助けられた模様。絶対服とか溶かすでしょアイツ。


 
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