とある屋上から始まった物語   作:GSAK

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五つ子の転校を四月と勘違いしていた人がいるらしい……。

はい、私です。

すみません、一話二話少しばかりテコ入れしました。

いや、普通物語の始まりは春という思い込みがありました。すみません。反省します。


第三話

――はぁ。

 

重い重いため息を吐くのを現実で我慢して、その内心で吐き出す。

 

その日は特筆して語るようなことはないう普通の平日だった。まぁ、あえて何かを付け加えるとすれば、ここ数日続いた晴れの日の反動のように頭上を重い曇天が覆っており、晩夏にしては過ごしやすい陽気になっていたことだろう。そんな日の放課後俺は例にも漏れず屋上にいた。

 

転落防止用のフェンスの前には真っ白なキャンバス。そして、その横には何時ものように絵の具やら筆やらが雑多に並べられていた。

 

さきほども言ったように今日は別になんてことないある秋の平日だ。俺はいつも通り学校に来て、いつも通り出席日数に余裕のある午後の授業はサボり、そして何時通りに放課後から屋上にて画の勉強をする予定だった。字際にその様に手配していた。そしていざ、放課後になったその矢先のことだった。

 

予想だにしていなかった悩みの種がやってきた。

 

「あははははは……」

 

トレードマークのうさ耳リボンを付けた少女は苦笑いを浮かべながら一枚のA4サイズのプリントを俺に見せる。ペラペラと秋風に揺れるそれの一番上の行には国語小テストの文字。そして、その一段落下には、中野四葉の四文字。別にここまではいい。普通のどこにでもある小テストだ。しかし、名前の横、得点の欄に書かれた数字が普通ではなかった。

 

――0。

 

堂々と書かれたその数字は見間違えしようにも出来ないゼロと呼ばれる数字だ。パッと回答欄を見てみたが、一応全ての回答欄は埋まってあった。それにも関わらず得点はゼロ。全ての回答欄にはペケ印。全ての回答欄を埋めて尚且つそれが0点ともなればそれは一種の才能かも知れない。才能にしろ何にしろ頭が痛いことだけは確かだ。

 

「確かに俺はあの日、もしもサボった授業で分からないことがあったら教えてやるよとは言ったが……」

 

あの日というのは、彼女にサボるように進めた例の日だ。ちなみに今からだともう既に一週間近くになる。

 

「えぇ、だから教えて貰いに来ました! 教えて下さると約束してくれましたのでっ!」

 

空はこんなにも曇天だというのに彼女方は関係ないらしく、元気に満面の笑みでニコリと笑う。

 

「……はぁ」

 

思わず我慢していたため息が出た。別に教えるのは構わない。幸いに国語は苦手ではないし、それなりに教えられる自信がある。しかし、これは別な気がする。この小テストは九月から今までの復習を兼ねてのテストだと聞いた。そして、それが行われたのが先週彼女がサボった日だとも聞いた彼女が屋上にてサボタージュを謳歌していた時にたまたまこの試験が行われたそうだ。

 

サボった彼女はその次の日に小テストを受け、その結果が返ってきたのが今日という訳らしい。

 

確かに彼女がサボる原因を作ったのは俺だ。それは全面的に認める。しかし、ここまで壊滅的に出来てないということはきっとあの日授業に行ったとしても点数に違いはないような気がする。いや、間違いない。行こうが行くまいが彼女は0点だ。

 

水が高い所から低い所に流れるように、日本で太陽が東昇り西へ沈むように、当たり前の事実として彼女は0点をとっていただろう。

 

「な、なんですか。そのため息は! ため息はついてはダメですよ! 幸せが逃げてしまいます!」

 

「そのため息をつかせているのはお前なんだがな……」

 

頭が痛くなってきた。きっとこの頭痛は気のせいではないだろう。

 

――しかし、約束はしたもんなぁ……。

 

約束は守るべきものだ。契約は履行すべきものだ。

 

いくら人情を嫌って屋上にて非人情を謳歌しているとはいえ、これくらいの事は分かる。情に棹させば足元をすくわれるとはいえ、情を失くすわけにはいくまい。情をなくしてしまえばそれは人でなしだ。人でなしにはなりたくはない。

 

「OKOK。分かった分かった。約束したもんな。約束は守るよ。お前がしっかりと理解できる様に、一から教えてやる」

 

両手を上げ降参のポーズを取った俺を見て、

 

「へ!?」

 

彼女は驚愕の表情を浮かべた。

 

「いいんですか? 本当に!?」

 

「何だよ、お前が言ったんだろ? 教えてほしいって。それに俺はあの日確かに君に約束した。まさかテストがあったとは予想外だったけど、約束は約束だ。それは守るよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「良いって良いって。それじゃあ問題用紙を見せてくれ」

 

彼女から問題用紙を取り出し、上から順に流し読む。勿論回答は全て間違いだ。しかし、その間違いの中に彼女の一番の弱点を見つける。回答欄をみれば何が問題かくらいは分かる。

 

――なるほど、これは問題に入る前に読解力だな。

 

「なるほど、ある程度は分かった。根本的に読解能力が足り無いようだ」

 

「はい」

 

俺の言葉に彼女は力強く頷く。どうやらやる気はあるようだ。

 

「だから、キミにはこれから毎日本を読んでもらう」

 

そう言ってたまたまカバンに入っていた一冊の本を彼女に差し出す。別に意図して持っていた訳ではなく、たまたま読み返していた本だが、彼女のように国語が苦手な人間が一から読むにはちょうどいい本だろう。

 

「へ……この問題の復習をやるんじゃないんですか?」

 

彼女にしてみれば本を渡される展開は予想外だったようで、首を傾げている。

 

「復習も確かに悪いことではないけど、この問題を復習して完璧に出来るようになっても意味がない。魚を食べる方法を学んだところで魚を取る方法を知らなければ意味がないだろ? それと同じさ。キミにはまず魚を獲る方法を学んでもらおう。つまりは基礎力だ」

 

そう例えこの小テストの問題を完璧に出来たからと言って何のためにもならない。何故なら問題は毎回違うからだ。同じような問題あったとしても全くもって同じ問題はない。だからこそ、必要なのはどんな問題が出た時にでも対応できる基礎力だ。逆にそれさえ出来ればどんな問題でも100点を取れる。

 

「な、なるほど! 私感動しました!」

 

納得がいった様子で彼女は俺から本を受け取り、表紙を見た。

 

「――『こころ』ですか?」

 

「そうそう、夏目漱石の名作だ」

 

「夏目漱石? 聞いたことがある様な……」

 

うーん、うーんと唸る少女を無視して続ける。彼女が漱石を知らないことくらい予想出来ていた。

 

「まぁ、知らないなら知らないでいいよ。作者はさして問題ではないから。それよりも、それを先ずは二日で読んできてもらおうか」

 

「ふ、二日!? こんな分厚い本をですか!? 聞き間違いですよね!?」

 

「いや、別に聞き間違いでも何でもないぞ。二日で全て読んでもらう」

 

「む、む、む、無理無理無理です! 無理ですよ!」

 

首を物凄い勢いで左右に振る少女。速すぎて残像でも見えそうな動きだ。

 

「大丈夫大丈夫出来るさ」

 

「画家さんは私に寝るなと言うんですか! はっ! まさか寝不足にさせておいて屋上で寝てしまった私にあんなことやこんなことを……」

 

そんなバカなことを言っている奴を

 

「するか馬鹿」

 

一刀のもとに切り捨てる。

 

「いいかよく聞け、俺は別に読めとは言ったが内容を理解しろとまで言ってない。ただ最後ページまで文字通り目を通せばいい」

 

「最後のページまで目を通す?」

 

「そうだ。多分今のお前では分からない漢字や、言葉が沢山あると思う。でもそれらは、全て調べなくていい」

 

「え、でもそれじゃあ内容が分からないんでは?」

 

「それでいい」

 

「――え?」

 

「それでいいんだよ、初めは。寧ろ内容も何も分からなくていい。登場人物の名前さえ分からなくてもいい。この物語が何の物語かさえ分からなくても全然かまわない。とりあえず、最期のページまで文字通り目を通せばそれでいい。これからの一週間はひたすらにそれを読め。二日で一回だから、一週間で三回、必ず目を始めから終わりまで目を通せ」

 

「そ、それで本当に国語の点数が良くなるんでしょうか?」

 

「それだけではだめだ」

 

「――――――っ」

 

息を飲む音が聞こえた。

 

「今回の中間テストに間に合うか分からない。でも、俺に時間を貰えるのなら、期末試験で平均点以下になることはない。これだけは保証しよう」

 

自信たっぷりに胸を張って言葉を発する。

 

――何故こんなことをしているんだ?

 

自分自身に問いかける。分かっている。彼女にそこまでしてやる義理がないことくらい。しかし、どうしても許せなかった。彼女のあの目が……。

 

溢れんばかりの未来への希望も、日常の小さな幸せを噛みしめる喜びも、抑えきれない怒りも、溢れでんばかりの嘆きも、堪え切れないほどの悲しみも、そして、この世全てに対する絶望も、その何もかもを映していない彼女の瞳が、どうしようもなく許せなかった。

 

だから俺は彼女を――

 

――見捨てられないのだろう。

 

「分かりました。これからよろしくお願いします。先生」

 

今ではもう彼女がその本のことを既に知っていたかどうかなんて分からない。しかし、彼女はこの日から俺の事をこの屋上では“先生”と呼び続けるのだった。


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