最悪のプロローグ
「ん・・・」
気が付くと薄暗いコンクリートで覆われた塀の部屋に一人、足枷でもはめられたかのような感覚とともに横たわっていた。
そこは自分の心当たり辺りがある場所ではなく、ここに来るまでの記憶が曖昧だ。
「ようやくのお目覚めかな?」
後ろから声がして振り返るとこちらを鉄格子の窓から蔑むような眼で見る一人の細身の男がいた。
男は細目で白衣のような魔導衣を着ており、モノクル(片眼鏡)を掛けていた。いかにも研究所の博士といった風貌であった。
「稀代の英雄がこのザマですか・・・斥候の全滅報告は手違いだったようで。」
頭痛がする、めまいがしてまともに立てない。貧血でも起こしたのだろうか。
「ふふ・・・ご安心をあなたの血液を少しばかり搾取しただけでございます。」
「やはりか・・・わざわざ爆破テロを引き起こし俺を誘導させ、数万いたであろう魔導兵を使ってまでこんなかわいくない大男の血が欲しかったのか?あんた相当な物好きだな。」
「それはそのこと、我が国ヴィルヘルミ国は魔物・動物・虫、ときには人間も使い軍事向け生体実験を主として行う大陸一の軍事国家ですからねぇ・・・私もできればこんな幻獣比の化物なんぞより血を抜き取られ苦しむ女の姿を見たかったもんですよ、それこそあの聖王テラ様のような美しいお方が苦しむ姿をね、まぁ生きていればの話ですが。」
「もういい黙れ、殺してやる。」
自分がどうなろうと知ったことではないが男が言った事は許せなかった。
ふらつく体を何とか起こし立ち上がり鉄格子に手をかける。
「おやおや、この状況においても威勢だけは良いこと。あまり無理はなさらなずに、これから私の貴重な実験材料になるのですから、活きが良いのは結構なことですがね。」
「・・・黙れと言ったはずだが?」
ドゴオオンーーーー凄まじい轟音とともに厚さ数十センチはあろうコンクリートの塀に穴が開いた。
この捕らわれていた男はとても並の人間とは比べものにならないほどの身体能力を有しており、190はあろう身長と強靭な肉体で前動作も見えないほどの一瞬の蹴りで壁を破壊した。
「流石は英雄と呼ばれるだけの力でございます、この程度の塀では到底あなたを拘束するには無理がありましたか。」
大男の靴は異常に厚い皮靴で底には5キロはある鉄板を仕込んであった。恐らく足枷のような感覚はこれが原因であった。血を抜かれ力がうまく入らずこの感覚を引き起こしたのだろう。
「しかし、多大な犠牲をはらって捕らえたのです。逃がすわけにはいきません。」
男はそういうと短剣とおぼしきものを取り出し距離を取りつつ何らかの詠唱を始めた。
「自分でも何があったかわからんがなめられたものだな。」
正直この男を殺し、ここを抜け出すことなど造作もないが、それより何故自分がこの状況に至ったのかというほうが気がかりであった。
「とりあえずはここから出てからだ、」
「随分と余裕ですねぇ。」
男はそう言って遮ると、魔法を繰り出した。
「ツヴァイトサモン(第二召喚術)!!」
男が狂い笑うようにそう叫ぶと魔法陣が浮かびあがりあたりは青白い霧に包まれ、とてもこの世の生き物とは言い難い獣が現れた。
現れた獣はケルベロス(双頭犬)に近しいものだったが様子が異常であった。
「ケルベロス・・・いや違うな、顔面を無理やり真っ二つにでも裂いたようだな。」
「ククク・・・この子は飼い主が実験所に提供してきたもので躾されていてとても忠実ないい子でしてね、実験体は凶暴で戦闘に関しては申し分ないのですが大抵はこちらの命令を聞けるほどの頭脳はなく、データが取れれば処理するのですがこの子のように主人の命令を聞ける実験体は貴重なのですよ。」
男が言う実験体はとても見ていられるようなものではなく、頭部から首にかけて真っ二つに裂かれており脳や気管が剥き出しになっていた。
「・・・」
「おやおや絶句してどうされました?私は見捨てられたこの子に新しい生き方を与えてやったというのに。」
「その犬はお前が無理やり国で徴収したものだろう、犬が主人に忠実なのは飼い主の事を信頼しているからだ。お前はそれを利用したんだ、脳を手術し自分の命令を聞くようにな。そんな醜い姿になってしまったのは手術の後遺症だ、この犬の傷以上に腐ってるぜ、アンタ。」
「見るなり即殺すだけのとても英雄とは呼び難い人間よりかは慈悲深いもんです、それにこの国のための犠牲となるのです、本来喜んでお受けするのが普通でございます。」
「もういい貴様と話すことはもうない。」
大男は激昂していた、彼にとって生体実験や奴隷、性の冒涜は彼の最も嫌う事であり湧き上がる殺意の衝動を抑えられなくなった。
「そうですね、おしゃべりはここまでにしておとなしくーーー実験材料になってもらいましょうか!!」
男はそう叫ぶとすぐさま犬に何らかの合図をおくり、魔法を放ってきた。
「さぁ私のかわいい実験体(モルモット)よ死なない程度に貪り殺せ!」
犬は大男めがけ一直線に走ってきた、後に続いて男も遠距離魔法らしきものを放ってくる。
しかしながら大男は動じることなく敵の攻撃が迫る中ただ立っていた。
「犬を先に差し向けて俺に攻撃させない根端か・・・だが、俺も今更可哀そうな犬を前に手を出せないほどあまくない。」
小声で囁くようにそう言うと身構え目を閉じた。ーーー
カランーーー先の見えない暗闇の廊下に男の短剣が落ちる音だけが響いた。
「ぐうぅ・・・」
男はただ呻いていた。
「確かに俺は今まで数え切れないどころの話ではないぐらいの人間の命を奪ってきた、貴様が言うことは間違ってはいない。」
一瞬のうちに大男は男の背後に回り肋骨辺りを腕で貫いており剥き出しになった心臓を掴んでいた。
「貴・・様ぁ・・・」
「だが・・・俺ではなくとも貴様が殺される理由は十分だ。」
そう言うと男の心臓を握り潰した。
「・・・」
手を離すとグチャリという音を立てて男は倒れこんだ。
大男は返り血を払い回収された自分の戦利品を持ち、立ち去ろうと振り返るとあの犬が行儀よくお座りをしてこちらを見つめていた。
「・・・本当に可哀想にな、あの男は初めからお前を生かしておく気なぞなかった。あの時あいつはお前を囮にお前ごと巻き添えにする気で魔法を放ったんだ。」
「お前もこんなこと本望ではなかったはずだ、飼い主といきなり離され痛みに苦しみやりたくないことも強制されていたことだろう、せめて安らかに死なせてやろう。」
男の研究器具から安楽死の薬を見つけ犬に注射すると裂かれた犬の顔は穏やかになっていき、最後に目から血を流して死んだ。
犬の最後を見届けると死体を布で包み、抱きかかえ廊下端の扉を開け出口へ進んでいく、あの男の実力はよほど信頼されていたのか辺りに警備の人間はいなかった。
自分が監禁されていた場所は施設の地下深くであったようで上の階層に上っていくうちに実験で使われたであろう動物や人間の死体まで処理されず鉄檻の中で放置されていた。
途中こちらに気づき吠える動物もいたが大男は見向きをせず止まることなく進んでいく。
地下から上がるにつれ光が差し込み辺りを照らした、しかし、外は雨が降っているようで雲がかかっており心地の良い光ではなかった。まるで自分の心を表しているようで嫌な気分だった。
しばらく進むうちに出口らしきところに着くと、門前に門番が二人立っていたが見た目に合わず長い銀髪で顔を隠し構わずに進んでいく。
・・・が、無言で立ち去ろうとするとライフルを構えた体格の良い門番の男に肩を掴まれた。
「待て、お前その血はなんだ。何を抱えている?」
「・・・」
男の腕を払い無視して通ろうとしたが、すると男は後ろからライフルを突きつけ言った。
「ここは国にも機密にしている特別な実験体が保護されている収容所だ、認められた者以外の出入りは禁じられている!」
「素性の知れない者は侵入者とみなし即刻射殺しろと博士に命じられている。早くその抱えているものを置いて顔をみせろ!」
「・・・見るなり殺すとはアイツも俺と変わらないじゃないか。」
「なに?」
男の言葉をよそに腰に隠した双剣をいち早く取り出し振り向きざまに剣を投げ、門番達の額に突き刺した。
男たちは呆気にとられた顔を浮かべながら倒れた。
「さて・・・あとやる事はひとつだ。」
施設を上がるうち中心部辺りに小型の中性子爆弾を仕掛けておいていた。
動物達には仕方のない事だが自分の血液を利用される危険性があったのでこの収容所ごと抹消することにしたのだ。
「収容所の中に救済の余地のある生存者がいなかったのは上がる際に確認済みだ、仮にあの国の人間がいたとしても知ったことか。」
そう吐き捨てるとスイッチを入れ、走り出す。
「ッつ・・・」
まだ体がふらつく、ましてこんな厚皮靴では尚の事きつかった。
顔を上げると辺り一帯死体の海であった、しかし気にせず前だけを見て走る。
ある程度の距離を取ると振り返った。気づかぬうちに爆弾は爆破したようで死体の海に大きなクレーターのようなものが出来ていた。
しばしその様子を眺めていると、雨は止み、暗かった空も晴れていき日の光が辺りを照らした。そして男は改めて思った。
「俺には果たすべき目的がある、こんなところでつまづいてはいられない。」
そう言うと振り返り、辺り一面雨の光で反射する道のりを再び歩き出したーーー
「あ、俺の剣ごと爆破した。」
そう、これは世界を救った歴代の英雄の中でもかなり変わった第17代目の物語である。