マイネリーベのマリーンに転生したけども詰んだかもしんない   作:むぎすけどん

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ナオジ

私が最初に話に行く相手はすでに決まっていた。

まずは、ルードヴィッヒの右腕だ。

 

「朝、確か、ここに来て、弓の練習をしているのよね。」

これは、ゲームのイベントで予習済みだ。

 

中庭を見ると、東洋系の顔立ちをした美青年が、武道着をはだけさせ、和弓の的当ての練習に精を出している。

 

ナオジ・イシヅキ

…うん、っていうか、私、もともと日本人だし、直司(ナオジ)でいいだろう。石月(イシヅキ) 直司(ナオジ)

名前から分かると思うが、彼は、日本からの留学生だ。

 

日本の華族(伯爵家)出身で、クーヘンには異文化を見聞するためにやってきた、というのが表向きの理由だ。

そして、クーヘン聖教・ドルイドの信託を得た、れっきとしたシュトラール候補生である。

異国の人間でさえも、国の運営を任せ、全権を握らせる度量があるのに、女性の国政への参加を(かたく)なに認めようとしない、この国の、何ともいびつで、根強い、男尊女卑の形が見えてくる。

 

2年後、彼はルードヴィッヒが起こすクーデターの片棒を担ぎ、クーヘン国を混沌(こんとん)へと導くことになる。

私たちの没落フラグを発生させないためには、彼を、「ルードヴィッヒの『革命ゴッコ』に協力させないようにする」ことが、必要になってくるのではないだろうか。

 

 

「石月さん…」

 

振り返った直司(ナオジ)は意外そうな表情で、私を見た。

 

「...フロイライン・カーレンベルク。

この国に来てからそんな風に呼ばれることは初めてだ。」

 

クーヘンでは、男性を呼びかけるとき、ドイツ式に、名字のまえにヘル(Herr)を付けることが一般的だ。

 

しかし、直司(ナオジ)の場合、東洋人だからなのか、名字と名前が混同されることが多い。

 

見も知らぬ、初めて会った女性からナオジ、と呼び捨てにされ、内心苦々しく思っていたこともあったらしい。

 

「さん」付けは日本で一般的に使われる敬称であるが、

日本は当時、欧米列強において一段下に見られていた存在。

まさか、異国の女性から、日本式に呼ばれることになる、とは考えてなかったのだろう。

 

ちなみにフロイライン(Fraulein)というのは、未婚の女性の名前の前につく。

授業中、先生から指されるときは、基本的にこの呼称になる。

しかし、どうも、私の場合、前世での『銀英伝』を思い出してしまって、思わず、背筋がぴしりと伸びてしまう。

...近いけれども、ギリギリ、マリーンドルフじゃないからな。

 

彼は、日本人らしく、大義で動く。

ルードヴィッヒはおそらく、彼のそういった性質をうまく思考誘導させ、クーデターに協力させたのではないだろうか、と私は考えている。

 

そうであるならば、彼にとって、もっと重要な大義とは何だろうか?

そんなことは決まりきっている。

私に言わせれば、彼は、こんなところで「革命ゴッコ」に興じている場合ではないはずなのだ。

 

「『五・一五事件』を覚えてますか?」

 

私の言葉に、直司(ナオジ)は驚きに目を見開いた。

 

「フロイラインは、3年前に、私の国で起きた軍事クーデターのことを言っているのですか。」

 

日本の首相が、暴走した軍部の青年将校らに殺された事件は知っていても、さすがに日にちまで覚えているとは思わなかったのだろう。

 

そもそもこの事件の名称は、事件の当事者であった犯人たちが檄文(げきぶん)の中で勝手に決めたものだ。

しかし、そんなことまでは、さすがに、国外で報じられている内容ではない。

 

 

私も日本人だからね。これぐらいのことは歴史の授業で習う範疇(はんちゅう)だ。

 

「そうです。

当時の犬飼(いぬかい)首相が犠牲になったあの事件です。

あの時に、銀行や、変電所、警察署まで襲撃されたことは覚えていますか?

...断言しましょう。

これから、あれ規模の、いや、あれ以上の軍事クーデターが日本で起こります。

私の予測では、早くとも、来年には。」

 

「...何で、そんなことを。」

直司はあまりのことに困惑しているようだ。

 

「今まで隠してきたのですが、

私は、リューネブルク伯爵令息と似た性質の予知能力を持っているのです。」

 

ハッと息をのむ、直司の声が聞こえる。

 

普通疑うだろ。

なんつーか、ホントに(だま)されやすいな、この男。

 

ルードヴィッヒが調子に乗るわけだよ。

 

「あなたは確か、この学園に来るまでは、陸軍士官学校に行っていましたよね。

それでは、『皇道(こうどう)派』と『統制派』の長年の確執(かくしつ)についてはご存知でしょう?」

 

この頃、大日本帝国陸軍には、「皇道(こうどう)派」と「統制派」の二つの派閥(はばつ)があり、両者が対立し、しのぎを削りあっていた。

当時、この2つの派閥(はばつ)を表す言葉はあまり一般的に使われていなかったかもしれないが、陸軍畑の直司に、だいたい、意味は伝わるはずだ。

 

皇道(こうどう)派というのは、天皇親政による、武力による、軍政改革を目指し、一方で統制派は当時の支配権力と結びつき、内部から軍政改革を理想に掲げていた。

 

後に、太平洋戦争にまで繋がる『二・二六事件』は、この二つの派閥(はばつ)の対立が激化し、一方の皇道派の青年将校らが、暴走して起こるテロ事件だ。

 

幸い、当時の天皇の勅令により、このクーデターの首謀者らは、朝敵(ちょうてき)として鎮圧されることになるが、高橋是清(これきよ)などの優秀な人材が失われ、この事件がきっかけで陸軍の発言力が強化され、日本は戦争の道へと突き進むことになる。

 

直司の顔は青ざめていた。

自分の国でこれから起こる出来事だ。

現実を直視しなければ何も始まらない。

 

満州国でこれから起こる盧溝橋(ろこうきょう)事件のこと。

日中開戦がもとになり、始まる、欧米各国の経済封鎖と圧力。

ABCD包囲網とハルノートによる最終通達(つうたつ)

追い詰められた日本によるハワイ沖での奇襲攻撃。

ミッドウェーでの致命的な敗戦。

ガダルカナル島までの往復8時間の悲愴(ひそう)なフライトミッション。

疲労困憊(こんぱい)のベテランパイロットを待ち受ける、容赦ないアメリカ軍の砲撃。

ベテランが死に絶え、新人だらけの零戦(ぜろせん)隊を包囲し、一方的な七面鳥狩りをするマリアナ海戦。

ついには、日本本土にまで、敵襲。民間人らを無差別に蹂躙(じゅうりん)爆撃される始末。

 

神風(かみかぜ)特攻隊とか、人間魚雷(米兵にはバカ爆弾と呼ばれ、嘲笑(あざわら)われていたっけ。)のくだりに入ると、さすがの直司もむせび泣いていた。

 

うん、気持ち、すっごい、わかる。

自分で語っていても、胸糞(むなくそ)感、半端なかったわ。

これ以上、原爆のこととか、語らなくてもいいよね?

 

最初っから、完全に不利の負けゲーだもんね。

 

確か、日本の暗号タイプ機が四台ほど、複製(ふくせい)されてたんだよね。

そんで、日本が考える作戦は、ダダ()れ。

ミッドウェーなんか、アメリカ軍は、ただ指定された場所に全艦隊でもって、待ち受けるだけで、良かったなんて言われてるし...

 

もうちょっと、陸軍が海軍の言うことを聞いていたらなぁ...。

「陸軍としては、海軍の提案に反対である!」なんて言わずにさぁ。

..,ってこれはゲームの話か。

全部が全部、陸軍の無謀さが原因じゃないからな。

 

あと、よく言わてれることだけど、空母(くうぼ)主体の海軍戦力に早めに切り替えるべきよね。

戦艦大和(やまと)なんて、金かけて作っても、結局は出し惜しみして、大和(やまと)ホテルなんて、お偉いさん方の歓談(かんだん)する場にしかなってないわけだし、最後、沖縄に特攻するだけだし。

 

 

「フロイラインっ!私は決めましたっ!!

愛するべき祖国、家族、そして、同胞たちを守るために、私は、即刻、この留学を取りやめなければならない!

私の父は、(こころざし)(なか)ばで帰国する私に対し、激怒することでしょう。

シュトラール候補として、私に期待してくださったクーヘン国に対しても、今は、申し訳ない気持ちで一杯です。

しかし、そんなことはほんの瑣末(さまつ)のこと。

母国がこのように最悪の未来に向かって突き進んでいこうとしている、この大事な局面に、私は、こんなところで、のほほんと過ごすことなんてできません!」

 

お、おぅ。

...これは予想以上に、うまくいったな。

 

直司1人でどうにかなると考えるほど、私も楽観的ではないが、これで、日本の陰惨(いんさん)な未来を、少しでも変えることができれば、こんなに良いことはないだろう。

 

直司は涙を流しながら、私の肩を抱いた。

ん、へ?い、息が...。

 

「あぁ、フロイライン! いや、マリーン殿とお呼びしてもいいだろうか!

貴女(あなた)叡智(えいち)、その素晴らしい能力に私はどれだけ救われたことか!

マリーン殿は、私の祖国の恩人、そして私の恩人だ! そして、私の....」

 

た、たんま、たんま!

息、できない。

マリーン、身体、小さいし、つぶれちゃうよ!

それに、直司くん、あなた、いい加減、服着てくれない?

 

私は、直司の半裸の背中を必死にバンバン叩いた。

 

「こ、これは失礼をした。マリーン殿。

つ、つい、感情が、(たか)ぶってしまって...」

 

直司は顔を真っ赤にして、私の拘束を解いた。

 

ふひー!やっと息がつげる。

男の人の力って、時に怖いのよね。

ラビィちゃん発動前に逃れられて本当に良かった。

 

私はその後、ぷんすかと、直司に向かって、お説教モードに入ってしまっていたので、すぐ近くの草むらでガサゴソッと音がして、何者かが、足早に立ち去ってゆくのに気がつかなかった。

 

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