うちはサスケの里抜け、および黙雷悟が行方不明になってから二か月ほどたったころ……
日向ハナビは早朝からの修行を終え、風呂場にて汗を流していた。
日向の屋敷にある広い風呂場に1人、静かに湯船に浸かるハナビ。
その表情は決して明るいものではなく、湯に染みる掌の傷に顔を歪ませていた。
ふと、風呂場の戸が開きもう1人の少女が姿を現す。
「ハナビ……隣良い?」
その少女は日向ヒナタであった。
任務帰りだったのであろう彼女は、汚れた体を軽く洗い、ハナビの隣に浸かる。
「姉様……お帰りなさい……」
声に元気のないハナビにヒナタは
「うん、ただいま」
と朗らかに答える。
「……ハナビ、また無茶な修行してない?」
心配するヒナタはハナビの掌に目を向けそう語りかける。
悟が行方不明になったことを知らされてから、ハナビは厳しい修行を己に科すようになっていた。
「別に……無茶は……していません……」
目を逸らして不貞腐れたように答えるハナビに対し、ヒナタは湯船の中でハナビの手を取る。
「嘘……ほら、こんなに傷ついてる。 ハナビの気持ちも分かるけど……こんなこと、悟君は望んでないと思うよ?」
優しくその手をさするヒナタ。 幼馴染の悟の行方不明についてヒナタも、辛く感じてはいるがハナビの落ち込み様に自身は幾分かの冷静さを保てていた。
二か月という時間も経ち、気持ちの整理もつき始めているのだろう。
姉として気丈に振舞うヒナタの様子にハナビはただ俯いて
「……ゴメンナサイ……」
そう呟くことしかできなかった。
~~~~~~
風呂場から上がり、姉妹はそろって朝食の席に着く。
「思えば、悟君との付き合いも……色々と複雑というか……奇妙な関係だよね」
静かに2人で朝食を食べているときにヒナタがハナビに話題を振る。
「……そうですね」
ハナビの相槌には元気はない。
「ハナビが初めて悟君と会ったのは、さっきの女湯でだったし……その時は私もまだ悟君のこと女の子って勘違いしてて……それに悟君は私たちのことを色々と助けてくれて……」
ヒナタの優しい声色で振り返る過去にハナビも少し笑みを見せる。
「そうですね……私も最初は悟さんのに対して『不審者』と呼んでキツク当たっていました……でも何時しか――」
互いに悟の事が好きなのであろう。 しばらくぶりの姉妹の会話は昔話に花が咲き、儚く力強くもないが、確かに明るい声がそこにはあった。
~~~~~~
朝食も食べ終え、身支度を整える姉妹。
「ハナビ、今日は何か予定ある?」
ヒナタの問いかけにハナビは即
「試してみたいことがあるので修行でも……」
と今さっきのことで後ろめたさを感じながらも答える。 心配してくれている姉にわざわざ言いたくもないが嘘をついても直ぐにバレてしまうので仕方がない。
「だーめっ! やっぱりそう言うだろうと思った……今日は私とお出かけしよ?」
優しい声色のヒナタの注意と誘い。 ハナビは目を見開く。
「姉様……とですか? しかし……」
「遠慮しちゃダメだよ? たまにはね、ゆっくりすることも大切なの」
ハナビの前でだけ見せる、ヒナタの姉としての姿にハナビは絆されその誘いを受ける。
「……わかりました。 それでは父様に話をつけてきますので、姉さまは準備をして待っていてください」
普段から跡目であるハナビは、当主であるヒアシに逐一自身の行動を報告している。 そのため今回もヒナタと出かけること告げに立つ。
「分かったわ。 それじゃあ待ってるね」
ヒナタの言葉を受けハナビは、父親の部屋へと向かう。
ここ最近、修行をつけてもらうことばかりをねだりに行っているせいで今回もそうであろうと勘違いされてしまうかもと少し心配をするハナビ。
縁側を歩くハナビがヒアシの部屋の襖の前まで来ると、中から何やら会話が聞こえてくる。
「例の男――所在についてだが――里抜け――俺が――」
「本当に――兄さん……無茶――」
恐らく日向ヒアシと日向ヒザシの兄弟の会話であることを察したハナビは部屋に入るのを躊躇する。 すると
「ん? ハナビか、何か用か?」
部屋の中のヒアシから声をかけられ、ハナビは礼儀正しい所作で襖を開け頭を下げる。
「これは、ハナビ様……失礼しています」
ヒアシの弟であるヒザシの、兄よりも優しい雰囲気にハナビもつい頭を下げて挨拶を返してしまう。
……立場的にはハナビの方がヒザシよりも上であるので所作という面では間違いだが、親戚同士と思えば微笑ましくも思える。
「あの……父様……これから……」
「何だ、今日も修行をつけろというのか? 最近無茶を――」
「いえ、あの……姉様とこれから、外出しようかと……」
普段しない会話の流れにハナビはぎこちなさを出す。
その話を受け、ヒアシは少し目を見開くも、その厳格な顔をわずかに緩ませ
「……そうか、ならナツも連れて……いや、五代目の手腕で最近治安も安定してきている。 たまには姉妹水入らずで出かけてくると良い……」
ハナビの外出の許可を出す。
「……っ! ありがとうございます、父様!!」
緊張させていた表情を笑顔にし、ハナビは頭を下げその場から急いで立ち去った。
その様子を見送った、ヒザシは呟く。
「兄さんにしては珍しい……本当に良いんですか?」
ヒアシはその言葉に
「偶には良いだろう……黙雷悟が居なくなってからの様子を思えば、流石の俺も厳しくは出来ない……」
ため息をまじりで答える。
「そうですね心配になる気持ちもわかります……ネジも、悟君の件から修行に対する身の入り方がかなり鋭くなり……最近だとあのうずまきナルトと手合わせをしてお互いにボロボロになったりもしたとか」
「っほう……あのネジとやり合うとは、あのうずまきナルトという下忍もやるものだな?」
「ええ、流石はヒナタ様の……おっと」
咄嗟に口を紡ぐヒザシに
「どうした? 何故そこでヒナタの名が……」
疑問を感じたヒアシだが
「いえいえ……ふふ、気になさらないでください、兄さん」
はぐらかす弟の態度に、疑問を感じながらもヒアシは深く追求することはしなかった。
~~~~~~
「お待たせしました、姉様。 それでは行きましょう」
身だしなみを整え外出用の服に着替えたヒナタは、屋敷の門の前でハナビに声をかけられ彼女の服装に目を奪われる。
「……すごいハナビ、可愛い服だね。 どうしたのそれ?」
「これは……悟さんに頂いたモノです……」
「そう……とても似合ってるよ」
ハナビの見慣れないワンピース姿をヒナタは心から褒める。 ハナビもその言葉を心から喜び、2人は日向の屋敷を後にした。
少し歩くとヒナタがハナビを見つめながら、何かを悩んでいる。
「どうしました、姉様?」
何か自分のことで気になることがあるのか、少しだけ不安になったハナビがヒナタへと声をかける。
「ううん、え~と……。 一緒にお出かけして、遊ぼうかなって思っていたけど……まず」
そういうとヒナタはハナビの手を取る。
「女の子の手が傷だらけなのは駄目だと思うの、せめてクリームを塗るとかケアだけでもしないと!」
「だけど、私そういうのはあまり興味がなく持っていないので……」
「なら今から買いに行きましょう、ハナビ!」
買い物に行こうと、ヒナタは提案しハナビの手を引っ張り走り出す。 内気な姉があまり見せない活発な姿にハナビは(姉様が楽しいのならいいか……)と1人思い歩幅を合わせるのであった。
~~~~~~
2人は木ノ葉の商店街まで来る。 昼前の時間帯、人がそれなりいる通りには買い物をするために訪れている一般の人たちが日常を形作っていた。
(ナツと出かけることはあっても……悟さんと会わないときは最低限必要な物しか買わないから、ゆっくり見て回るのも新鮮かも)
キョロキョロと周囲の店を見渡すハナビ。 すると
「ハナビ何か興味があるものある? 私は先に薬屋に軟膏とか傷薬買いに行こうと思うんだけど」
その様子を見ていたヒナタはまず、別行動することを提案する。
「ここら辺にあるお店で寄りたいところに目星をつけておいてね。 私は直ぐに戻ってくるから遠くにはいっちゃ駄目だからね?」
「わかりました、姉様」
ヒナタはそういうと小走りで、薬屋がある路地へと進んでいく。
(動きに迷いがない……姉様はよく薬屋に行ってるのかな?)
なんてことをハナビは考えつつも、商店街の探索に意識を向ける。
普段は1人では来ない場所に、妙な罪悪感とそれを楽しんでいる感覚が出てつい小走りで辺りを見回すハナビ。
(いつもは目を向けてこなかったけど……人を見て回るだけでも楽しいかも……以外に動きの観察が修行に繋がって……)
楽しんではいるものの、つい修行のことが頭をよぎり頭を振りその雑念を飛ばす。 その時ふと目線を向けた先には一つの雑貨屋があった。
(! あそこは……)
その雑貨屋に近づいたハナビ。 そこはかつてテンテンとナツと共に参加した抽選会を催していた場所であった。
(……そう言えばあの時、一等の化粧品をテンテンとナツに渡してから二人との仲も良くなった気がする……)
思えば当時はナツの事をさん付けしていたことや、テンテンとも今ほど距離の近い付き合いではなかったことを思い出し少し微笑むハナビ。
(あの時は私は本当は4等の髪飾りを当てて……親切な女性の方に1等の化粧品と交換して頂いたのでした。 そう言えば……)
ふとハナビは、気がつく。 記憶の片隅にある違和感に。
(あの女性と交換したはずの翡翠の髪飾り……あれと同じものをどこか別の場所で見たような……?)
抽選会の景品で、一応非売品であった髪飾り。 それを交換した後の自身記憶をたどるハナビ。
(……ハッキリと覚えてないけど……何だか引っかかる。 ……私の本能が思い出さないといけないって警告しているみたいな……)
思い出せそうで思い出せないもどかしさに、唸るハナビ。 ふとヒナタがあとどれくらいで戻ってくるのかを考え、(そろそろ見て回るお店の目星にを着けに行かないと)と思ったその時。
(姉様が
「悟さんの机の引き出しに……入ってた……っ!!」
ハッキリと思い出したハナビがそれを口に出す。 すると雑貨屋の中から1人の女性が出てきたことをハナビは、無意識に目で追い確認する。
白髪で、黒目。 肩の下ぐらいまで伸びている髪を束ねた薄化粧の女性。 歳はヒナタと同じぐらいに見える。
そうかつて、ハナビが当てた髪飾りと化粧品とを交換した女性、その人であった。
雑貨屋から離れようとするその人物に対してハナビは、咄嗟に無意識で声を張る。
「ま、待って!!!!!!」
その声に、周囲の人間が少しだけハナビを注視するも、何か異変があるわけではないと確認が取れ次第興味を失くし再び日常が流れ始める。
しかしその雑貨屋から出てきた白髪の女性だけは、ハナビを見たままであった。
「あ……そ……そのっ」
混乱と焦りが混じるハナビの様子を少し見つめたその女性は口を開く。
「あら……貴方は……確かここで抽選の景品を交換した子じゃない?」
随分と明るく優しい声色。 その人物はニコニコとしてハナビの顔を見つめる。 逆にハナビは、まるで睨むかのような形相でその人物を頭の先からつま先まで観察する。
(まさか……でもそんなわけ……でもちゃんとよく見れば骨格と顔の形とかが
震えるハナビの手。 渇望する何かがそこあるかのようにその手は行き先を求める。
「――ですよね?」
小さすぎるハナビの呟き。
「ん? 何か言ったかしら?」
その女性はその呟きに対してハナビに聞き返す。
涙目のハナビは声を震わせながら、再度その言葉を口にする。
「悟さん……ですよね?」
期待、願望、焦燥感。 様々な感情でぐちゃぐちゃになったハナビの内心を見抜くようにその女性は黒い目を薄めゆっくりと口を開く。
「ごめんなさい……私
丁寧に、落ち着いた声色でハナビの願望が否定される。
「……う……嘘です……っ」
体を振るわせそう呟くハナビ。
「そ、そうは言われても……私は旅芸人の娘で、この里に定住しているわけじゃないから……」
マリサと名乗った女性はハナビの言葉に困ったような表情をする。 それでも一度
「だっ……だって!! そうだ!! あなた私と交換した髪飾り、今もっていないはずです、そうでしょ?!?!」
「ああ、貴方と交換して頂いた髪飾りね? あれなら……」
ハナビの追及にマリサは……
「貴方と別れた後、一緒に来てたパパとはぐれた時に悪い人に襲われてしまって……その時に助けて頂いた仮面をつけた忍びの方にお譲りしたの」
優しい声色でそれを肯定しそのハナビが望まない理由を口にする。
「……っ!」
それを聞きハナビは歯ぎしりをする。
(そんなわけない……そんなわけない……そんなわけ……っ!)
「大丈夫? ……貴方随分と顔色が悪いようだけど……」
マリサの心配する声は届かない。 ハナビは事実の確認だけを欲する。 焦りは自制心を狂わせ、ハナビを無茶な行動へと狩り立たせる。
「……貴方は……悟さんのはずです……男性で……そんな……」
キッと目を見開いたハナビの手が勢いよくマリサへと伸ばされる。
「……なんのつもりだ?」
ふと、頭上から低い男性の声が聞こえ、そのハナビの腕は横から伸ばされた手に掴まれ動きを止める。
帽子をかぶり、外套に身を包んだ長身の黒髪の男性がハナビが気がつかないうちに傍に立っていた。その男性は腕を引き上げマリサからハナビを引き離す。
「……いたっ……!」
「ちょっとパパっ!? 乱暴は駄目っ!!」
マリサの言葉にパパと呼ばれた男性は長い前髪の間から覗かせた黒い右目をマリサへと向ける。
「……だが今」
「女の子相手に暴力何て駄目よ……
「クッ……ああ、わかった」
マリサの説得に、マリサの父親は渋々と謝罪しながら手を離す。
「手荒に扱ってすまない……」
「……っ……ぅ……」
ハナビの腕が解放されても、彼女の顔の浮かないようすにマリサはしゃがみこんで目線を合わせる。
「貴方にとって……悟さんという方がとても大切な人だということはわかりました、私では代わりになってあげることが出来ないほどの」
「……ぅぅ……グスッ……」
涙を流し、感情の振れ幅の大きさにハナビは嗚咽を漏らす。
優しい笑顔で対応するマリサに彼女の父親は気まずそうにその場から離れる。 そのタイミングでマリサはハナビと目を合わせる。
少しの間を置いて、マリサがハナビを抱き寄せ背中をさする体勢になる。
「……きっとその人は貴方のそんな辛そうな顔は望んでいないと思うわ。 自分のせいで、こんなに可愛い子を悲しませてしまうなんて!! ってね?」
少しお道化る様子のマリさに、不思議とハナビは感情を落ち着かせ小さく笑顔を見せる。
「悟さんは……私のことを可愛いなんて……」
「いいえ、絶対思っているはずよ!! 女性の私でも思うんだもの、男性なら皆思うはず!! そうよねぇ~パパぁ?」
少し離れた位置にいる男性は小さくうなずく。
「ほらね? 大丈夫、自信をもって……そう笑顔でいてくれたら私、嬉しいわ!」
マリサの寛容な態度はハナビの精神を落ち着かせ、冷静さを取り戻させる。ハナビは強く抱きしめられた状態で。何とか涙を拭い謝罪を述べる。
「はい……ごめんなさい、急に……手を出すマネなんてして……そしてありがとうございます、こんな私を心配してくださって」
「良いのよ、良いの……ほらもう大丈夫よね?」
そうしてマリサが抱擁を解く。 瞬間ハナビは名残惜しさを感じ小さく声を出してしまうが、口を押させ我慢をする。
そんな様子のハナビにマリサは慈しむような目線を向ける。
その時遠くの方で誰かが大きな声を出しているのが聞こえた。
「姉ちゃ~ん、まだ用事終わんねぇーのかよぉ~」
その声を聞き、マリサは何かに気がついたようにハッとして口を開く。
「……っていけない……弟を待たせているんだった……ごめんなさいね? 私もう行かないと」
そうしてハナビから遠ざかろうとしたマリサにハナビが声をかける。
「あ、あの……私は日向ハナビと言います。 マリサさん……また会えますか?」
背中を見せていたマリサが立ち止まり振り返る。
「……ええ、きっと……また会いに来るわ」
微笑んだ彼女は、父親の手を引き走り出していった。
マリサの姿が見えなくなると遠くで
「どこ行ってたんだよ、姉ちゃん」
「ごめんなさいねぇ……友達と会ってたのよぉ」
そんなやり取りが聞こえ、ハナビは小さく微笑む。
「仲が良さそうな姉弟……ってそうだ、姉様!?」
ふと我に戻ったハナビはヒナタとの合流地点へと向かった。
……不思議と晴れやかになった心を持ち合わせて。
「ハナビっ! どこ行ってたの?」
「姉様、私決めました」
「ん……何を?」
「笑顔で……待ちます。 そして彼が返ってきたときに……今度は私が彼を守れるように、強くなってみせます……絶対」
~~~~~~
…………
吹く風は留まらない。
例え目の前に壁が立ちはだかろうと。
木ノ葉は舞い、高くへと、遠くへと、まだ見ぬ地を目指して。
例え友たちが傍を離れようとも。
例え愛する者がその手に届かぬ場所に行ったとしても。
例え今ある光を捨て去ろうとも。
一人の少年は自身の力のなさを悔やみ、憤慨した。
一人の少女は、再会を信じ彼の者の力に成れるように邁進した。
母は血の繋がらぬ我が子を信じ、居場所を守り続けた。
闇へとその身を投じた者は、暗闇から世界を覗き、その身に宿る火の心を絶やさずにいた。
「約束の時まで……後わずか」
そこはどこでもない、
1人漂う仙人は忍界を案じる。
「だが信じるしかあるまい。 九喇嘛と共にいる少年を。 闇から光を臨む少年を。 そして……」
次回から、所謂疾風伝編。
投稿期間はそれなりに開いてしまうかも知れません。
すみません。