場面は木ノ葉の里。
里内の演習場近くの木々が生い茂る林に、素早く駆ける二つの影がある。
片方がもう片方を追う様に、距離を置いて、しかし双方高速での移動が繰り広げられる。
影同士の距離が100メートルほどとなった時、片方の影は木の枝上で止まり、様子を伺う後方の影は茂みに身を隠す。
茂みに隠れながら様子を伺う影・日向ハナビは追っている対象を白眼で監視し続けていた。
歳月を経て、かつての黙雷悟と近い背丈になった彼女の雰囲気は随分と変わっていた。
髪をロングからショートへと変え、後ろで短く纏めている。黒い服と腕全体を覆う包帯、腰には年季の入った腰布を巻きその両側には二つの木ノ葉の額当てが見て取れる。
2つの内片方の額当ては傷と歪みがあり、もう片方は新品のように金属の光沢が鈍く輝いている。
そして腰の後ろ側には、それまた傷のついた無地の仮面が下げられていた。
そんな彼女は1人、木の枝の上で休息を取っている存在に注意を向ける。
(……移動能力は対象の方が上……林を抜けられたら追いつけなくなる……距離は充分狙える、仕掛けるならここだっ!)
ハナビは掌をピンと張り、チャクラを巡らせる。
掌に集まったチャクラはその形態を変化させ、薄く、薄く伸びギザギザとした円盤状に変形する。
そのチャクラで出来た円盤は高速で回転し、空気を裂くような音が静かに鳴る。
スィィィィン……
その音に対象が気がついたのか、警戒のために頭を上げる。
(今だっ!!)
ハナビは腕を振り、その円盤を投擲する。
(八卦・
手から放った円盤と共に駆けるハナビ。 木の枝の上の生物はハナビの接近に気がつき跳躍のために屈む、が
足を延ばしたと同時に木の枝が鉄鋸輪虞に切り裂かれ、跳躍に失敗し垂直に落下する。
対象の様子を確認したハナビは腰布を外し、両手で持ち広げる。
「捕らえた!!」
そのまま木の枝から落下した対象をハナビは腰布で包みこむように確保する。
腰布にくるまれた対象は中でもごもごと暴れ狂う。
「二゛ャア゛~~~~~っ!!!」
「あなたの嫌がる気持ちもわかる……気の毒だけど……任務だから」
〈猫〉を確保したハナビはその悲痛なまでの叫び声を聴き、申し訳なさそうにしながらも任務受付場へと向かったのであった。
~~~~~~
「トラちゃん、お帰りなさいでザマスぅ~~~~っ!!!」
任務受付場で、ハナビが捕まえた猫を受け取った豪華な身なりをした依頼人はその猫に頬ずりをしながら感謝の意を述べその場を後にした。
(……南無三)
その様子を見て申し訳なさそうにするハナビの微妙な表情に、任務の采配をしていた五代目火影・綱手が声をかける。
「どうしたそんな浮かない顔して、任務は順調に終えたそうじゃないか」
「いえ……忍者は時に非情になる必要があると、痛感してました……っ」
手を合わせ拝むようにするハナビに綱手は大きく笑い声を上げる。
「アッハッハッハっ! そうかいそうかい、そりゃそうだろうだねぇwww」
その綱手の様子に、ハナビは少しムッとした表情をするがすぐに気持ちを切り替える。
「……さて綱手様、では私に次の任務をくださいっ!」
前に乗り出すように次の任務の催促をするハナビを尻目に綱手がペラペラと紙束をめくる。
「……ん~、もうお前に任せられそうな任務は一通り消化したからねぇ……今日はもう
少しめんどくさそうにしている綱手の態度に、ハナビは抗議の意を示す。
「私に任せられそうって……さっき見たいなお使い染みたものじゃなくて、忍者やならず者と戦闘できるようなそんな任務が受けたいんですよォ!」
やいのやいのと文句を垂れるハナビの様子に綱手はため息をつく。
(まるでナルトと悟を混ぜたようなめんどくささだなぁ……全く……)
「任務! 任務ぅ!!」
抗議を続けるハナビの様子に、かつての悟を知る綱手以外の任務采配係が懐かしむような感情を覚え苦笑いを浮かべる。
ハナビの口撃に綱手は青筋を浮かべ怒鳴る。
「だぁ~うるさいうるさいっ!! お前の父上との約束で、危険性のある里外に出る任務は受けさせない方針になってるのはお前も知ってるだろう?! ただでさえ、日向の跡目がアカデミーを飛び級で卒業して下忍になったこと自体異例なのに……あまりワガママを言うなっ」
その綱手の言葉に、ハナビはぶつくさと文句を垂れる。
「折角悟さんと同じ経験がしたいって、父様にお願いして下忍になったのに……これじゃあ意味ないじゃない……っ!」
不貞腐れるような態度のハナビはそのまま受付場を後にした。
ハナビの様子を見届けた綱手はため息をつく。
「やっとこさ、私が
綱手はため息をだし、他の受付係は気の毒そうな苦笑いだけを浮かべていた。
すると暗部の仮面を着けた忍びが一瞬で綱手の元に姿を現し耳打ちをする。
「……」
暗部はその後すぐに姿を消し、耳打ちの内容に綱手はさらに大きなため息とほくそ笑むような表情を作る。
「全く……噂をすれば、か……
綱手は手持ちの資料を受付係に渡してそそくさとその場を後にする。
その場に残った受付係の苦笑いは綱手への心配から、自身の仕事が増えた自分への心配へと変わっていた。
~~~~~~
受付場を後にしたハナビは木ノ葉の里の大通りを歩く。
ふと目の前から見慣れた三人組が来るのを見つけハナビはその顔を引くつかせる。
「あっ……ハナビちゃんだ!! こんにちわ」
三人組の紅一点、風祭モエギはハナビを見つけ挨拶をする。
「……どうも」
ぶっきらぼうに返事をするハナビだがモエギはそのことを気にすることなく笑顔でいる。
ハナビは三人組の様子を観察する。
(随分とボロボロ……木ノ葉丸が持ってる麻袋の中には……猫……どんだけこの里は迷い猫がいるのよ)
一瞬白眼を使い彼女らの観察を行ったハナビの様子に三人組の真ん中に位置する猿飛木ノ葉丸は顔をしかめる。
「おうおうおうっ! 何だコレっ?! 俺たちに因縁でも着けるってのかァ?!」
足を前に踏み込み怒鳴る木ノ葉丸に、脇にいる伊勢ウドンはオロオロと諫めるように「木ノ葉丸君、やめてよ~」と間延びした声を出す。
「……別に……木ノ葉丸
先輩と呼んだ部分を強調したハナビの煽るような言葉に木ノ葉丸は顔を赤くして地団駄を踏む。
「むきーっ!! バカにすんじゃねぇぞコレっ!! 一歳年下だからって手加減してやんねぇぞ?!」
木ノ葉丸は手に持つ猫入り麻袋をモエギに無理やり押し付け、ハナビを睨みグングンと距離を縮める。
「……そんな年下の私にアカデミーで歯が立たなかったのって誰だっけ? ああ、目の前のお猿さんかァ!」
ポンと片手を掌に打ち付けたハナビのわざとらしい物言いに
「~~~~~~~っ!!!!」
ついに木ノ葉丸の堪忍袋の緒が切れ、その拳を大きく振りかぶる。
「木ノ葉丸ちゃん駄目っ!!」
モエギの制止する声は木ノ葉丸には届かず、放たれた拳に対してハナビは
「遅い、白眼を使うまでもないわ」
余裕の表情でそれをいなして、木ノ葉丸の鳩尾に一発掌底を喰らわせる。
「うごぉっ!?」
呻き声を上げた木ノ葉丸はその衝撃にその場でうずくまり、ウドンは心配して傍へと歩み寄る。
その様子に麻袋持ったモエギは
「……ハナビちゃんには勝てないって言う前に終わっちゃった……」
見慣れた光景だとため息をつき、ウドンと同じく木ノ葉丸の傍へと寄る。
その様子に興味がないとハナビは鼻を鳴らして、彼らの脇を通り過ぎる。 その立ち去り際に
「ごめんねハナビちゃん。 任務終わりだろうに木ノ葉丸ちゃんが突っかかって……」
モエギに掛けられた言葉に無言で手を挙げて振って返事をしハナビはその場を後にした。
~~~~~~
ハナビはその足で木ノ葉の里の中央区の一番端にある建造物へと向かう。
暇が出来れば通うようになってたその施設「蒼い鳥」の玄関を開き
「こんにちわ~」
間延びしリラックスしたハナビの声が響く。
するとわらわらと子どもたちが集まってきて、ハナビはそのまま手を引かれ中庭へと移動する。
その様子を見ていた
「日向の……相変わらず良く来るな」
と呟く。
ふと彼の背後に人影が忍び寄る。
「まあ、子どもたちと遊んでくれているからいいじゃないかしら。 でも下忍になったばかりなのに変わらずに来てくれるのねぇ~」
その人影・蒼鳥マリエの言葉に
「……気配を消して背後に立つなマリエ」
不機嫌そうに再不斬が答える。
「これも修行よ、修行。 大人の私たちが鈍ってたら白雪ちゃんたち子どもに合わせる顔がないじゃない?」
クスクスと笑いながらマリエはその姿を消した。
「……まあいい……にしても……日向の娘……雰囲気が随分と変わったな」
フッと笑いながら再不斬もまた洗濯籠を施設の屋上へと運んでいった。
中庭で子どもたちと遊ぶハナビに対して声をかける人物が現れる。
「ハナビちゃんまた
その男性・ウルシの冗談交じりの言葉にハナビは
「いいじゃない、ナツも最近は何も言わずに『お帰りなさい』って言ってくれてるから」
と返事をする。
砕けた態度のハナビに(……最初のころの生真面目って感じの印象とは違って、どうもラフというか、気が強いというか……うん)ウルシは苦笑いを浮かべた。
「まあ、いいか。 んじゃぁ遅くなる前には帰れよ?」
ウルシの言葉に
「分かってるわよ、
ハナビは皮肉をいい子どもたちと遊びながら生返事をする。
顔を引くつかせながらも、ウルシは「分かってるならいいさ、ガキンチョ」と呟く。
少しの間を置いて互いに目を合わせたハナビとウルシは互いに舌を出して、互いに顔をそらした。
~~~~~~
時間が経ち日が沈み始めるころ、ハナビは施設を後にする。
「それじゃあまた来ます」
玄関で見送りをしてくれているマリエにハナビは頭を下げる。
「それは良いんだけど……ハナビちゃん」
玄関の扉に手をかけたハナビにマリエが声をかける。
「はい?」
「あまり悟ちゃんの影を追いすぎるのは良くないわ……」
心配するマリエの声を聞き、ハナビは少し目を見開くも直ぐに笑顔を作った。
「……大丈夫です、私は……私のしたいこと、成したいことをやっているだけです。 確かに悟さんの影響がないとは言えないですけど……私がなりたいのは」
ハナビは真っ直ぐとマリエを見つめる。
「彼を守れるような存在になることです。 彼自身になることは、いえ他人に成り代わることなんて土台無理な話ですから、私は私にできる精一杯をしたいっていうそれだけです」
ニコッと笑みを浮かべマリエを一瞥したハナビはそのまま玄関から出ていった。
マリエはハナビの背を見送り小さく呟く。
「……慕われているのね、彼女も私と同じように貴方が生きているって信じている。 貴方が居なくなってから多くの孤児を引き取り、また見送って来た……施設も少し大きくなって職員も増えた。 けどあなたの部屋はちゃんと残してるのよ……だからね」
「いつでも帰ってきて良いのよ……悟ちゃん」
~~~~~~~
ハナビは足早に里を駆ける。
急いで日向の屋敷に戻ってきたハナビは、自室へと戻り道着へと着替える。
その着替えの最中に、襖の先から声をかけられた。
「ハナビ様、今よろしいですか?」
道着を頭からかぶっている最中のハナビは
「ナツ? 何ぃ?」
と襖の先の人物に返事をする。
襖があいたと同時に、ハナビが「ぷはぁっ」と道着から頭を出す。
姿を見せたナツは従者としての姿勢でハナビへと告げる。
「
道着に着替えたハナビはナツに連れられ、ヒアシの自室へと訪れる。
「失礼します」
流石は跡目というべきか、昼間の彼女からは想像もつかないほど綺麗な所作でハナビは部屋へと入る。
中では腕を組み馴染み深い和服に身を包んだ日向ヒアシ……の振りをしている日向ヒザシがいた。
部屋の襖をしめ、部屋内にはハナビ、ヒザシ、ナツの三人だけになる。
「およびですか……叔父上」
ハナビの言葉に
「……兄上から連絡が入り、予定通りしばらくは雷の国に滞在することになったそうです」
ヒザシは優しい声色をして伝えたい内容を言う。
「ってことは白さんも帰りは遅くなるんですね、色々と稽古をつけて貰おうかと思ってたのに……」
聞いた内容にハナビは昼間のような様子で小さく文句を呟く。
それを聞き、ナツは少しだけ顔をしかめる。
ヒザシは瞼を開いてはいないがその様子に気がつき、少しだけ微笑を浮かべ
「……ハナビ様、最近は日向での鍛錬を疎かにしているとかなんとか……と、ナツが嘆いていましたよ?」
とハナビをたしなめる様に語る。
ヒザシの言葉にハナビは
「……私は、色んな事を経験したいんです。 父上が居ない今のうちに、外の世界を見て回りたいんです」
真剣に答える。
そのハナビの意思にナツはため息をつく。
「かつては、真面目に修行を受けてくださっていたのに……最近、特に下忍として第零班に配属希望を出して、受理されてからのハナビ様の行動は宗家の跡目として目に余ります……っ!」
ナツの嘆くような言葉にハナビは頬を膨らませ不愉快だと表情を露わにする。
「別に、毎日のノルマはこなしてるじゃないっ! 覚えるべき技術も、伝えられるべき術もちゃんと習得していっているわ、それなのにナツは何が不満なの?!」
ハナビの荒げた声に、ナツもまた感情を煽られ声が大きくなる。
「そもそも、日向の跡目というのは下忍などにはならず正式に宗家を継いだ後に『上忍』という扱いを里から一方的に受けるものなのですっ! それをご自身から、下忍になりあまつさえ他所の人間に稽古をつけて貰っているなどと……っ!」
「他所じゃないわよっ!! 白さんも、マリエさんも、たまにだけどテンテンさんだって色々教えて貰ってるけど、皆同じ里の仲間よっ!!!」
「他所は他所ですっ! プライベートで仲良くすることと、宗家としての立ち振る舞いは別ですっ!!! それだから木ノ葉丸様と合わせて名家の跡取りは気品が足り――」
ヒートアップするする口げんか。
その直後
一瞬場を凍てつかせるような緊張感が走る。
「……二人とも、落ち着いて」
ヒザシの調子の変わらない、けれど確実に圧の含まれた一言が場を貫き静寂さを部屋の中に取り戻させる。
「「……っ」」
息を呑む二人が黙るとヒザシは普段の柔らかい物腰で口を開く。
「ナツ、そのようなことは間違ってもいうものではない。 ハナビ様も、ナツのことをわかってあげてください、貴方のことが心配だからこそ口うるさく言ってしまうものなのです」
ヒザシの言葉に互いに一瞬目を合わせ、直ぐにそらすナツとハナビ。
(少し違うが、前のうちのネジみたいにハナビ様も我が強い……兄さんもそうだし、多分俺もそうなんだろうな)
険悪な二人を見て軽く笑ったヒザシに、二人は抗議の目を向ける。
「「笑いごとじゃないですっ!!」」
「フフフッ……まあ、お互いを理解しているからこそのいさかいもあるものだ。 どうだ、ナツ、ハナビ様……ここは日向らしく組手で白黒つけるというのも――」
ヒザシの提案に
「「わかりましたっ!!」」
二人は速攻で乗る。
「いい加減私を子ども扱いするのは無理があるってナツに分からせてあげるっ!」
「ハナビ様は周りの目を気にしなさすぎなんですっ!! まだまだ実力は子どもなんですから大人しく大人のいう事を聞いてなさいっ!!」
二人は今にもケンカを始めそうな勢いで互いを睨みながらヒアシの自室から襖を勢いよく開け出ていった。
「……ふう、やれやれ」
兄が居ないうちに、兄も経験して無さそうな娘の反抗期のような主張の苦労を負いヒザシは苦笑いを浮かべる。
すると開けっ放しの襖から顔を出す人物が一人。
ヒザシは直ぐに気配だけでその人物が誰なのかを言い当てる。
「ネジか、どうした?」
ヒザシの問いかけにネジは
「いえ、ハナビ様とナツが勢いよく出ていったのでどうしたのかと……」
と首を傾げながらも部屋の中に入り襖を閉める。
「……まあ、何というか……少し前のお前と悟君のようにお互いの主張の食い違いというものだ」
ヒザシが悟の名を出すと、ネジは露骨に嫌そうな顔をした。 背も伸び、大人びた雰囲気を纏っていたネジだがその一瞬だけ、子供じみた感情表現をしそれを感じたヒザシは
(おっと……存外にまだまだうちの息子も子ども……か)
小さく笑う。
「っ父上……今俺を笑いましたね?」
そのヒザシの様子に気がついたネジの不満げな声を聴きヒザシは立ち上がる。
「はははっ……まあいいだろう。 最近はお前も自分の班での行動が多くて稽古をつけてやれなかったからな、不満があるなら拳で語れ、ネジ」
意外と物腰の柔らかさに反して何かと拳で語りたがる父の様子にネジは
(……父上が意外とガイと似ているところがあると最近気がついたが……俺の周りには熱血漢ばかりだな)
内心自身の境遇を哀れみ、共に班で行動しているテンテンのありがたみをネジは本人の居ないところで噛みしめた。
「柄でもないが……たまには労ってやるか……」
ネジはぼそりとそう言い、息子との手合わせを楽しみにして足早に稽古場へと向かった父の背を追った。
~~~~~~
月が暗夜を照らす時刻。 夕食も取らないで組手を行っていたネジとヒザシはお互いの掌底をぶつけ合い、キリをつける。
「っはぁ……はぁ……流石俺の息子だ……俺もそろそろ、歳かなぁ……はははっ」
互いに日向の道着を汗まみれにし、ヒザシは片膝をつきネジはその様子を見下ろす。
傍から見ればネジの方が上手に見えるが、ネジ本人は肩で息をしながら
(俺は白眼を使ってコレだ……組手で互いに経絡系へのチャクラによる攻撃は禁止しているにしても、父上は視覚なしで俺の動きに対処してくる……我が父ながらに末恐ろしいな)
自身の父の確かな強さを感じ取っていた。
ふとネジは隣の稽古場での音が止んでいることに気がつく。
「ハナビ様の方も終わったようですね」
ネジの言葉にヒザシは
「そうか、ネジ様子を見て来てくれるか? 俺は先にあがらせてもらおう……」
息を切らした様子で稽古場を後にした。
様子見を任されたネジは軽く自身の汗をタオルで拭き、隣の稽古場へと移動する。
そして現場についてネジが目にしたモノは
互いに仰向けになって倒れているハナビとナツであった。
その様子を鼻で笑ったネジは持ってきていたタオルを二人の顔に被せる。
「理由は詳しくは知らないが……主張の折り合いはついたのか?」
確かめるようなネジの言葉に
「「ぜんっぜん……っ!!!」」
二人はかすれた声でそれに答える。
(ナツも分家とはいえそれなりに実戦を積んでいる忍び……それに肉薄するハナビ様は流石というべきか)
冷静に二人の組手の様子を考察するネジだが当の本人たちは
「はっ……ハナビ様は……足技……柔拳の型にない……ことをするなんて……卑怯ですっ!」
「……実戦に……卑怯もラッキョウもない……のよ、はぁ……はぁ……っ」
未だに息を切らしながら互いに対して嫌味を言い合っていた。
(……これが女同士のいがみ合いか……いや、そうというより、日向の人間は基本的に頑固なのだろうな……俺も含め)
二人の様子に軽く笑みを浮かべたネジにナツが睨みを効かせる。
「……なにっ?!」
「いや、何でもない……さていつまでも稽古場に背を預けるわけにも行かないだろう。 ハナビ様は先に汗を流してきてください、後片付けはナツと俺がしておきますので」
ナツの言葉を受け流し、ネジはハナビを起き上がらせ風呂場へと向かわせる。
まだまだ言い足りないが仕方ないと、去り際にナツに対して舌を出したハナビ。
ナツもまたムッとして立ち上がるが
「言い歳した大人が何時までもムキになるなっ」
ネジはナツに向け文字通りの白い目を向ける。
「誰が年増……ゴホッ……っムキになっていることは自覚しています……だけどっ!!」
「……本来宗家の跡目であるハナビ様と分家の俺たちがこうも対等に居られるのも昔の日向からすれば目を疑う状況だ。 心配なのもわかるが、もう少し余裕を持て」
冷めた感じのネジの対応にナツは「~~~っ!」言いたいことがあるのか、口が力むが一瞬思いとどまり肩の力を抜く。
「……そう、心配なのよ私は……」
項垂れたナツの様子にネジは仕方ないとため息をつき話を聞いてやることにした。
「ナツ、ハナビ様は優しい……お前の気持ちも理解はしているだろうが――」
「ハナビ様はだんだんと悟さんに似てきているわ……雰囲気とか、言葉選びとか」
口調が砕けたナツから悟の名が出るとネジは少し黙る。
「実際、組手をしてみて痛感した。 未だにハナビ様の中で悟さんは大きな存在でいる……その背を追うハナビ様がいつか――」
「悟と同じように自ら危険に飛び込むようになると……お前は言いたいんだな?」
「ええ……実際に居なくしまった悟さんの背を追うハナビ様が……同じ目にあってしまうかもしれないと思うと……私は怖い」
うつむいて表情が見えないナツの顔から水滴が落ちる。 それが汗か涙か、ネジには区別がつかないが
「確かに……心配になるのもわかる。 だが、それを支えてやるのが先達である俺たちの役目でもあるだろう、あまり簡単な道ばかり歩かせてはいざという時、困難な道を自分で走れなくなる。 ハナビ様は今ご自身の可能性を探っているのだろう、見守ってやれ」
自分たちの役割を自覚するように促し、稽古場にモップ掛けをし始める。
その言葉を受け、ナツは顔を上げ立ち上がる。
「……分家でも大問題児だったネジが、こうも大人びたことを言うなんてね」
ぼそっと呟いたナツの言葉に、ネジは固まる。
「……俺は別に昔から考え方を変えたつもりはない」
ネジは背を向けたまま語る。
「ただ、
そういうネジの様子にナツは
(……ここにも悟さんの影響を受けた人が一人……ヒナタ様との婚約の件と良い……彼は日向に影響を及ぼしすぎね)
黙雷悟という存在の、日向での立ち位置を改めて認識し気を持ち直すのであった。
~~~~~~
ハナビが組手での汗を流し、自室へと戻ると隣の姉の部屋に人の気配を感じるとる。
その部屋の前で
「姉様? 帰ってきてるの?」
ハナビが声をかける。
「ハナビ?」
部屋の中からヒナタの声が聞こえたことで、ハナビは部屋の中へと踏み込む。
「姉様お帰りなさいっ!」
「わっ……ちょっとハナビ……っ!」
急に抱き着いてきた妹を受け止めたヒナタ。 ふと正面から抱き着いたハナビはヒナタの腰に回した腕に力を籠め、何かを確かめるようにヒナタの豊満な胸へと顔を
「ちょっとハナビ、力入れすぎ……っ」
「姉様、何がとは言わないけどまた…………大きくなってない?」
「……っ!!!」
顔を胸に押し付けながらフガフガとそう口に出すハナビにヒナタは顔を紅くしてハナビの頭の頂点にチョップを入れる。
「いたぁっ!?」
「全くこの子はっ!! はしたない事言わないのっ!!」
怒られたハナビは涙目でその場に座り込む。 ヒナタは「もう……」と言いながら少しだけ乱れた衣服を整える。 ふとハナビがヒナタの様子を伺うと、先ほど帰って来たばかりにも関わらず、またすぐに外出しようとしていることに気がつく。
「姉様もう行くの?」
少し寂しそうにするハナビの様子に、ヒナタは先ほどチョップを入れた頭に手を置きさする。
「ごめんね? 任務が入っちゃって……」
申し訳なさそうにするヒナタだがふと、ハナビは彼女の感情の起伏に違和感を覚える。
「……ん?」
「どうかした、ハナビ?」
その様子にヒナタが問いかけると
「姉様何か良い事でもあった?」
ハナビがヒナタへと逆に問いかける。 するとヒナタは少し顔をニヤつかせて直ぐい腕で顔を隠し顔を逸らす。
「……ああわかったわ、懐かしい感じがするけど姉様のその反応、ナルトさん関係でしょ?」
「っ……鋭いわねハナビ……」
ハナビのどや顔推理に、ヒナタは隠し事は出来ないと降参するように語り始める。
「昼間にナルト君が修行の旅から帰ってきてたみたいなの。 人伝に聞いたからまだ会えてないし、今はサクラさんとカカシ先生と演習をしてるみたいで……それに私は任務で里外に出ちゃうから……」
嬉しいのやら悲しいのやら、複雑な心境のヒナタにハナビは
「大丈夫よ姉様!! 二年半も待ったからあと数日ぐらい平気よ!!」
と励ましの言葉を掛ける。
「……うん、そうだね。 よし、早く任務を終わらせて帰ってくるねっ!!!」
ハナビの言葉を受けヒナタはそくささと準備を済ませて屋敷から出ていった。
屋敷の外の門までヒナタを手を振って見送ったハナビは自身の掌を見つめ、頭上の月を睨む。
「二年半かぁ……大丈夫……私は大丈夫……っ辛くなんて……ない」
少女の自分に言い聞かせるような呟きは誰の耳にも届くことはなく、夜の静けさへと溶けていった。
~~~~~~
同じ月が照らす夜の砂漠。
風の国の巨大な砂漠を行く2つの影があった。
黒地に赤雲の模様が描かれた外套をはおり、笠をかぶる2つの影は片方は隙間から金髪を覗かせ、もう片方は四肢の獣のように低い姿勢ではいずる様に移動をしていた。
「……しっかし、サソリの旦那……あの
「俺が知るか……だが角都の資金稼ぎでは賞金首しか狙わない一方で、他の仕事をこなして財布役をこなしているそうだからな。 いざ実戦で邪魔になるならそれはそれでその場で始末してしまえば良い」
明るい口調の金髪の男・デイダラと旦那と呼ばれた赤砂のサソリは雑談をしながら夜の砂漠を進行する。
「一応オイラは
「ほぼ後半に組織に入ったてめぇが知った口を利くな……だが確かに、てめぇみたいなやつを組織に引き入れるぐらいにリーダーは節操がねぇ……今更変人が一人二人増えようが何も変わらん」
「旦那ァ……ケンカなら買う、と言いたいが
「ほざけ……」
「そういや、正式に組織のメンバーになっていない奴と言えばトビの奴もいたな……うん」
「やかましいアイツか……」
「爆弾を使うあたり、少しは好感を持てるがオイラと違って芸術性が皆無だからなアイツ。 あとうるせぇ……うん」
「どちらかと言えば、てめぇもやかましい部類だ……」
口数の多いデイダラの話にサソリがほぼ相槌を打つだけになってきた辺りで、ふと二人は背後に急に気配が現れたことに気がつき同時に振り返る。
振り返った視線の先、少し見上げた位置に人影が一つある。
その人影は手を振り、デイダラたちの前に舞い降りる。
「こんばんは先輩方! リーダーからサポートを承った天音小鳥です、以後お見知りおきを♪」
テンション高めの天音の挨拶に、デイダラとサソリは
(やっぱり五月蠅いな……うん)(やかましい……)
同じようなことを考えていた。
しかし、広大な砂漠の中目印もなく自分たちを見つけ、この距離まで悟られることもなく近づいたことは天音の実力をうかがい知るのには十分であった。
「おい小娘、何だその外套……滅茶苦茶ダセェぞ……うん」
デイダラはすぐさま天音の羽織る外套に対して言及した。
その言葉を受け、天音は手を広げその外套を良く見えるようにして返事をする。
「え~~そうですかぁ? 私暁が好きで、これ手作りなんですけどねぇ……」
少し残念そうにする天音。 その外套はデイダラたちも羽織っているものを真似た黒地だが外套のデザインの肝でもある朱い雲がとても歪んでいた。
「ガキの手作り感満載って感じのデザインだな。 ……その見た目の歳で本気でこれが精一杯なのか?」
サソリの少し心配やら憐れみを含んだ物言いに芸術の分野に明るい二人からの評価は著しく低いことを理解し天音は肩を落として落ち込む。
話が服のデザインについてと話題が明後日の方向に行きはじめたが、直ぐにサソリが軌道修正を行う。
「まあ絵やデザインが下手なのは才能がないと思って諦めろ……ところで小娘……てめぇは何が出来る?」
サソリが天音に対して質問をぶつける。 ざっくりとしたものだがほぼ情報を持たない相手には語らせた方が手っ取り早いというサソリの考えがあってのことだった。
「私ですか? え~と~……」
顎に手を当て少し考えこんだ天音は口を開く。
「私は何でもできます♪ 何でもというのは属性的な意味と覚えている術の量的な意味でですね。 さっき宙に浮いていたのは岩隠れ辺りで覚えた土遁・軽重岩の術でお気に入りの1つです!! そう言えば私自身の特徴と言いますか、私は未来に起きるできごとを知っているんですよ!! びっくりしますよねっ!! でもそれって内容を他の人に言っちゃったら駄目でぇ……だから私は暁の目指す夢にとても共感して何かお手伝い出来ないかと、資金調達をしてました!! それでそれで――」
「やかましいわ!! ……うんっ!!」
早口でつらつらと語る天音にデイダラが我慢を切らして話を遮る。
「頭が可笑しいことはわかった。 まあ機動力があるなら足を引っ張ることもない……行くぞ」
サソリは会話を続けることが吉ではないと察して天音に背を向けて歩き始める。
その傍らで
「それで私はこの世界を平和にするために暁に入ることに決めたんです♪ 最初は地道に〈暁万歳!!〉と叫びながら野盗などを蹴散らして資金を集めてました。あっデイダラ先輩ちゃんと聞いてます? んで、そうしてたら何と!! ゼツ先輩とリーダーが私の目の前に現れて直々に組織に招き入れてくださったんです!! まだ見習いと言う立場なので、先輩方が着けているような通信用兼封印用の指輪も持ってないので、もしあのリモートワークをするときは私も混ぜてくださいね? そう言えば私の得意な術とかも知りたいですよね? 知りたいですよねぇ!! 私はさっきも言った通り土遁・軽重岩の術を移動手段にしてますが、この術は一度発動すれば効果の持続する術なので、他の術との一緒に使うのが容易なんですよね。 あっでも雷遁は使った瞬間術の効果を打ち消しちゃうので落下しながら使うことになりますね♪ それでそれで――」
デイダラが天音に口撃を受けていた。
「やっかましいわ!! ……うんっ!!」