ダンジョンでサーヴァントに出会うのは間違ってるでしょう!?   作:夕鶴

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(´・ω・`)お待たせしました


第12話

 

(すごい……)

 

 なんとか身を起こせる程度には回復したレフィーヤは、ただただ驚きに目を丸くしていた。

 アンリマユ・ファミリアは全員が全員、一騎当千の猛者であることは知っていた。

 二年前のカルナとオッタルの決闘はレフィーヤも見ていたし、模擬戦でアルトリアがアイズを全く寄せ付けずに勝利したことも知っている。

 だが、その二人がかりでも倒せなかった相手を、後衛のロビンフッドが倒してしまうとは想像すら出来なかった。

 

 トラップや透明化を駆使して相手を翻弄し、毒を以って仕留める冷徹な戦法。

 せめて戦士として果てたいという敵対者の祈りすら踏み躙る、誇りなき殺戮技巧。

 その在り方を、卑怯卑劣と罵る者もいるかもしれない。

 

 だがレフィーヤには、どうしてもその戦い方を否定する気にはなれなかった。

 

 彼の戦いは、強者が弱者を嘲笑う為の戦いではない。

 彼の戦いは、弱者の戦いだ。

 

 絶対に敵わない強者相手に諦めるのではなく、誇りも名誉も打ち捨てて懸命にもがくような戦い方。

 そこにあるのは真摯な祈りだ。

 たとえ敵に恨まれようと護ったものに蔑まれようと、命を繋ぎ、最後に温かなモノが残れば良いという、英雄と呼ばれるものにはあまりにささやかで、ちっぽけな願い。

 

 

 ──そんな彼を見たからこそ、レフィーヤの心に火が灯った。

 

 今、自分に出来ることを全力で果たす。見失っていた、そんな当たり前のことを思い出したのだ。

 

(謝って、お礼を言わなくちゃ……)

 

 ずっと誤解していたことを。

 立ち向かう勇気を与えてくれたことを。

 

「あ、あの、ロビン、さん……!」

「はい? どうかしましたかー?」

 

 未だに痛む喉を震わせながら声をかけると、何処から取り出したのか、太い縄を怪人に掛けようとしていたロビンフッドが振り返る。

 先ほどまでの真剣さは何処へやら、すっかりいつものヘラヘラとした顔だ。

 

「わたし、ロビンさんに謝らなくちゃいけなくて────上です!!」

「うぉ!?」

 

 

 先のロビンフッドによる、烈風の奇襲の意趣返しの如く。

 

 天から黒雷が降り注いだ。

 

 怪人との戦いで残っていたのだろう、不可視の爆弾をまとめて焼き払った爆煙が晴れた後。

 

 ソレは、立っていた。

 

 

「ヒッ……!」

 

 一目見ただけで、喉が干上がるような恐怖を覚えた。

 

 仮面を被り、肌も晒さない謎の怪人。

 アレは駄目だ。あまりにも危険過ぎる。

 

 先の赤毛の怪人を遥かに上回る────【施しの英雄(カルナ)】や【猛者(オッタル)】に匹敵する圧倒的な存在感。

 彼(?)が行使したのだろう、リヴェリアの魔法すら上回りかねない恐るべき威力の黒雷。

 

 しかし、そんなものはまだ表面的なものに過ぎない。

 

 視線すら分からないのに────レフィーヤは、彼が放つ不気味な気配を感じていた。

 

 あまりに複雑に絡み合い、どう表現すれば良いのかさえわからないその気配の持ち主が眼を向けるのはただ一人────ロビンフッド。

 

 

 

「マサカ、彼女ガ敗北スルトハ……。流石ハ、穢レ無キ正義ノ味方(アンリマユ・ファミリア)ト言ッタトコロカ。……ダガ、ソレモココマデダ。今日、騎士王ハ己ノ目デアル狩人ヲ喪ウ」

「おいおい、遅れてノコノコ出てきて随分と大物ぶった発言じゃねえか。見てなかったのかよ。あんたのお仲間は、オレに何も出来ずに負けたんだぜ?」

 

 無機質な声に対して、レフィーヤを庇うように前に出たロビンフッドの軽口。こんな時でも薄い笑みを浮かべる彼だが、レフィーヤは気付いてしまった。

 微かに引きつる口元に。震えを誤魔化すように固く握られた手に。頬を伝う冷たい汗に。

 

 都市最強派閥の一角、オラリオ最強の弓兵、無比なる殺戮技巧を誇る狩人が、明確に気圧されているのだ。

 

「……アァ、ワカッテイル。タトエ罠ヲ全テ破壊シテモ、命アル限リ貴様ハ油断デキル相手デハナイ。──ダカラ彼女ヲ真似ルトシヨウ」

 

 何気なく。本当に何の気負いもなく。その手が伸ばされた。

 その先には不可視が解かれたティオナとルルネの姿。

 次いで、小さな声で歌が紡がれた。

 

「チィッ──!」

 

 狙いを悟ったロビンフッドが身を翻すと同時、黒雷が再度奔る。

 

「くぅぅっ……!」

 

 巻き起こされた圧倒的な爆発に身を伏して耐えるレフィーヤ。

 光と爆煙が収まり、目を開けたその先には。

 

 

「そんな!」

「……ホウ」

 

 少女達を背に、腕を広げた構えで真っ向から滅びの光を迎えたロビンフッドの姿が。

 その背後には、傷一つ無く横たわる少女達。

 全てを消し去る一撃から、ロビンフッドはその身一つで少女達を護り抜いてみせたのだ。

 

 

 ──だが、その代償はあまりにも大きかった。

 

 

 装備は焼け焦げ、隙間から覗く素肌に無事な場所は微塵も残されていない。

 虚ろな眼はもはや何の光も湛えず、中空を見据えている。

 

 崩れ落ちるように膝をついた彼の衣服から、焼け焦げた紙片が零れ落ちる。

 

「錬金術師ノ、対魔ノ呪符カ。今ノ一撃デマダ生キテイルトハ、凄マジイモノダ」

 

 無感情だった仮面の怪人から溢れる、初めて感情を露わにした言葉。

 命を賭して正義を為すロビンフッドに、仮面の怪人は明らかに心を乱されていた。

 しかし彼は、その間にも一歩一歩ロビンフッドへと近づいていく。

 

「ダガ、ソレモモウ尽キタダロウ。最期ハ、コノ手デ葬ッテヤル」

 

 

 

「させない……!」

 

 レフィーヤは気力を振り絞り自らを奮い立たせる。

 今の精神力では、もって後一撃が精一杯。

 それでも良い。ロビンフッドを、このまま見殺しにするようなことだけはあってはいけない。

 例えその矛先が自分に向けられたとしても。

 その先に、確実な死が待っていたとしても────!!

 

 しかし、レフィーヤの決死の覚悟は、思わぬ横槍によって止められる。

 

 

「待ち……やがれ……まだオレは、寝てねえぞ……」

「……意識ガ残ッテイタトハナ」

 

 震える声を振り絞るロビンフッド。

 先程まで光を失っていたその眼は、レフィーヤを強く睨み据えていた。

 まるで、命を捨てようとした彼女の無謀を咎めるように。

 

 

『黙って見てろ』

 

 

 言葉では無く、魂に語りかけるようなその眼に射竦められ、レフィーヤの動きが止まる。

 それを確認した後、ロビンフッドは仮面の怪人に眼を向けた。

 

「てめぇ、何者だ……あの女と、何を企んでやがる……!」

 

 ロビンフッドの言葉に、しばらく動きを止めた怪人は、やがて静かに口を開く。

 

「……アノ女ハ、我ガ主ト一時的ニ利害ガ一致シテイルダケダ。奴ラガ何ヲ企ンデイルカナド、興味ハナイ」

「なんだと……?」

「私ノ目的ハフタツ。我ガ主ノ大願ノ成就……ソシテ」

 

 ゾクリと。

 レフィーヤの背に悪寒が走った。

 

 

 

 

 

「オ前タチ、アンリマユ・ファミリアヲ犯シ、穢シ、貶メ、陵辱シ……アノ日見タ偽リノ輝キヲ、否定スルコトダ」

 

 

 憎悪。嫉妬。落胆。憤怒。悲哀。執着。恐怖。憐憫。怨念。苦悩。絶望。

 

 

 負の感情の濁流が、溢れ出るように。

 

 表情すら定かではない仮面の人物が、確かに笑ったのを理解した。

 

 

 

「オ前タチガ守ッテキタモノ、ソノ全テヲ壊シ尽クシテ、オ前タチノ眼前デ踏ミニジロウ。オ前タチハ正義ナドデハナク、タダノ道化ニ過ギナイト教テヤロウ。ソノ末ニ、オ前タチノ大事ナ大事ナ騎士王ヲ、私ト同ジモノニ堕トシ、嘲笑ッテヤロウ。────アァ、ソレデコソ、アノ日ノ私ハ許サレル」

 

 叩きつけるような悪意。悪意。悪意。

 

 常人では呼吸も出来ないようなその中で────

 

 

 

 

 

 

 ────狩人は、笑った。

 

 

「笑わ、せんなよ、間抜け。オレらへの……嫌がらせに、都市を滅ぼすだぁ? 出来るわけねえだろ」

 

 静かなその言葉には、しかし抑えきれない熱が籠もっていた。

 

 

「オレを殺したくらいで、調子に乗るなよ……。この都市には、ロキも、フレイヤも、ガネーシャも……他にも大勢、この地を護るために戦う奴らがいるんだ。てめぇらが何者だろうと、勝てるかよ。何よりなぁ────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバーがいる」

 

 

 

 凄絶な笑みを、穏やかに緩めながら彼は言葉を重ねる。

 

「馬鹿で、間抜けで、どうしようもないポンコツだが……最後の最後には、あいつが一番強い。てめぇらじゃ、勝てねえよ」

「……言イ遺スコトハ、ソレダケカ」

「あぁ、もう十分だ。あいつのこと、オレが一番わかってるみたいに褒めてやれたからな────」

 

 

 晴れやかに笑いながら。

 彼は自らに振り落とされる手刀を見る、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────おかげで、めちゃくちゃ強いお騎士様を、召喚できた」

 

 

 

 

「■■■■■■────!!」

 

 

 ダンジョンを揺らす、狂気の咆哮。

 

 怪人が思わず振り向いた直後、鞭のように振り抜かれた食人花がその身を打ち据えた。

 

「!?」

 

 あまりにも理解が及ばない光景に動転するレフィーヤの目に、一人の男が映った。

 

 

 そしてレフィーヤは、もう一人の魔人の参戦を悟る。

 

 

 山の怒り(火山)が人の形をしていれば。

 天の怒り()が人の形をしていれば。

 地の怒り(地震)が人の形をしていれば。

 

 人の叡智が創り出した全てを無慈悲に踏み砕き叩き潰す、ありとあらゆる暴威が人の形をしていたならば。

 

 それはきっと、『彼』の形をしているのだろう。

 

 

「……言いたいことはわかる。けど、状況が状況ってのも理解できるよな?」

 

 理性なき奇襲により仮面の怪人から引き離されたロビンフッドが震える声で語りかけると、『彼』は静かに頷いた。

 

「相手は、予想以上の化けもんだ。……ひょっとしたら、ランサーと同じか、それ以上に強いかもしれねぇ」

 

 ロビンフッドから語られる最上級の危険判定に、『彼』は初めて口を開く。

 

 

 

 

 

 

「つまり、私ならば勝てるということだ」

 

 

 不敵なる宣言を果たした彼こそは日輪の英雄に並ぶ、騎士王の片腕。

 

 完璧な騎士。無双なる剣士。そして────理性無き狂戦士。

 

「さがっていろ、アーチャー。奴はこの場で潰す。────我が王のために」

 

 【湖の騎士(サー)】ランスロットの、戦いが始まる。

 

 

 

 

 

「私ヲ殺ス……? タカガレベル6ノ、オ前ガ?」

 

 食人花で殴り飛ばされた仮面の怪人は、特に痛手を受けた様子もなくユラリと立ち上がる。その怪人は、ランスロットの宣言に肩を揺らした。──まるで、愉快なジョークを聞いたように。

 

「不可能ダ。湖ノ騎士」

「ならば、試してみよう」

 

 ヴォン、と。音の壁すら突破して、食人花がしなる。

 顎を開いた毒蛇の如く怪人に迫ったソレは────

 

 

 

「無駄ダ」

 

 

 こともなげに、怪人の手に掴み取られた。

 そのまま力を込めて食人花を引く怪人に、ランスロットから苦悶の呻きが漏れる。

 

「ぬぅ……!」

「ドウシタ。コノ程度ガオ前ノ全力カ?」

『キシャァァァァァァ…………!』

 

 ギチギチと食人花の茎が異音を上げる中、ランスロットの足が一歩、二歩と前に進む。

 恐るべきことに、レベル6の冒険者が──それも最前線で戦う戦士が、純粋な力比べで遊ばれているのだ。

 

「チィ!」

 

 更に一歩引き寄せられる直前、ランスロットは手を離した。

 グラリと怪人の体勢が崩れた瞬間、彼は駆けた。

 踏み込みだけで爆風を巻き起こしながら、ランスロットは進路上の木に触れる。

 すると赤黒い葉脈のようなものが彼の手から木へと伝わり、次の瞬間、棍棒へと変じていた。

 

 

(今のは……天然武器(ネイチャーウェポン)!?)

 

 驚愕するレフィーヤの脳裏に、かつてフィンが湖の騎士を語った言葉が過ぎる。

 

『武芸百般と簡単に言うけど……オラリオでそう名乗りたいなら、彼を倒してからにすべきだろうね。ダンジョンすら使いこなす男は、彼以外見たことがない』

 

 あの時は、環境や怪物の知識を利用して戦うことを言っているのかと思っていた。だが、答えはもっとシンプルだった。

 ランスロットは、ヒトでありながら迷宮の武器庫(ランドフォーム)を使いこなすのだ!

 

 

 ヒュッ、と風を切る音と共に、たたらを踏む怪人に必中のタイミングで棍棒が振り下ろされた──!

 

 

 

 

 

「遅イ」

 

 ────つまり、それが回避されたならば。

 

 この怪人は、力だけでなく、速さにおいても湖の騎士の遥か高みにあるということだ。

 

 会心の一撃を避けられ、無防備なランスロットの横っ面に怪人の拳が突き刺さる。

 

「────ッ!!」

 

 轟音。

 十八階層全体が揺れる勢いで、怪人はランスロットを大地に叩きつけた。

 

 

 

「ランスロットさん!!」

 

 思わず悲鳴を上げるレフィーヤの肩に、安心させるように手が掛かる。振り向けば、瀕死のロビンフッドがひきつった笑みを浮かべていた。

 

「心配いりませんよっと。今ので、バーサーカーのスイッチが入った」

「え……? それってどういう──」

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■────!!」

 

 

 

 

 

 咆哮。打撃。轟音。

 

 仮面の怪人に押さえつけられていたランスロットが、倒れた体勢からの蹴りで怪人を吹き飛ばしたのだ。

 

 

「レフィーヤはあいつの本気見るの、初めてだったか。なら教えといてあげますけどね、狂気を抑えながら戦うあいつなんざ、オレでも勝ち目がある」

 

 唖然とするレフィーヤに、傷の治療を始めたロビンフッドが訳知り顔で語る。

 

 

「────こっからが、バーサーカーの本気だ」

 

 

 

 

 

 

 枯れ木が、小石が、蔦が────その他、十八階層に存在するありとあらゆる資源が仮面の怪人を襲う。

 通常であれば目くらましにもならないそれらは、しかしランスロットが手に持った途端、明確な殺傷力を持って怪人の身を傷つけていた。

 手に持った物を己が武器とする、ランスロットの魔法の力────だけではない。

 

 

(力も……速さも……先程までとはまるで違う……!)

 

「■■■■────!!」

 

 咆哮と共に放たれた打撃が、怪人の身を掠める。

 先程までのランスロットがレベル6の上位だとすれば、今の彼はレベル7に足を踏み入れかけている。

 

(これが、狂戦士化というものか……!)

 

 仮面の中で、()()は眉をひそめる。

 誇り高き騎士が、理性も何もかも捨て去った暴力の化身となって暴れる浅ましい姿────彼女の半面が望む光景であり、もう半面はかつての希望が堕落した姿に悲哀を覚える。

 

 相反する二つの感情に裂けそうな心だが、身体はかまわずに戦闘行為を続ける。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「■■■■……ッ!?」

 

 防御に使った棍棒がへし折れ、減衰はしたものの、未だ必殺の力を残した拳がランスロットに突き刺さる。

 寸前で身を捻り、心臓を貫かんと迫ったソレを左肩で受けるランスロット。装甲が砕け、肉を抉り骨まで潰した感触が彼女の手に残る。

 

 常人ならまともに動けない激痛だろうに、ランスロットは次は己の番とばかりに手刀を彼女の首に向けたが、即座に距離を取りこれを回避。

 

 一連の攻防の中で受けた損傷を彼女が三とするならランスロットは六か七。

 勝敗の天秤は、明らかに彼女に向いていた。

 

 要因は二つ。

 

 一つは足手纏いの存在。

 回復薬が尽きたのか、瀕死の重傷を負ったまま最低限の手当てしか施されていないロビンフッドや、未だ気を失っている【大切断】達。

 無意識なのか最後に残った理性の一欠片なのか、常に彼等を背後に庇うように立ち回るランスロットは、明らかに動きに精彩を欠いていた。

 

 もう一つは更に単純な事実。

 狂化によるステイタスアップを考慮しても、彼女とランスロットの間に歴然と横たわる圧倒的なステイタスの差。

 

 であるにも関わらず、ここまで抗ってくること自体信じ難い話だ。理性無き身とは思えない、驚異的な技量と反射だが────それでもなお、この苦境は変えられない。

 

 無論、彼女とて無傷ではない。

 

 致命的とまではいかずとも、凶暴かつ精密極まりないランスロットの武技の数々は彼女に大小数えきれない傷を負わせているが……悲しいかな、()()とただのヒトに過ぎないランスロットでは、生命力に差がありすぎる。

 

 

 

「■■ッ」

 

 ガクリと。

 唐突にランスロットの膝が折れた。

 精神ではなく、肉体がダメージの限界を超えたのだ。

 彼女はすかさず追撃をかけようとし────僅かに、ほんの僅かに身を逸らした。

 

 

 

 ──結果として、彼女の首は、斬り落とされずに済んだ。

 

 

 

「ナ……!?」

 

 怪物の本能か、一瞬攻撃を躊躇った彼女の眼前を疾る光。

 それがランスロットの一撃だと気づいたのは、完全に振り抜かれた後だった。

 

 驚愕する彼女の前で、ランスロットが立ち上がる。

 片手には、暗く朽ちた湖光を湛えし魔剣。

 

 いつの間に取り出したのか、どこに隠し持っていたのか────そんな疑問を挟む間もなく、ランスロットが斬りかかる。

 

(これは……!?)

 

 あり得ざる敏捷。あり得ざる豪腕。あり得ざる剣速。

 

 ここに来て、ランスロットの力が飛躍的に増した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 咄嗟にレヴィスが落とした剣を拾い上げ迎撃するが────

 

 

「■■■■■■────ッ!!」

 

 

 一閃。

 

 ただそれだけで、剣ごと彼女の身は深く裂かれた。

 

 

 

 

(あり得ない……! こんな姿に成り果てても、私は、奴らに届かないのか……!?)

 

 意識ごと消し飛ばしかねない一撃をなんとかこらえ、辛うじて踏み止まる。

 だが、そんな隙を見逃す湖の騎士ではない。

 

 即座に次の一歩を踏み込み。

 

「おおおおお!? ちょ! バーサーカー助けて!?」

 

 後ろから響く間抜けな声に振り向いた。

 

 そこでは、ロビンフッドの懐から宝玉から解き放たれた胎児が飛び出して、ランスロットと彼女が力比べに使った食人花に取り憑いているところだった。

 そのまま異形の女型魔獣に変貌する食人花。

 

(……ランスロットが持つ剣……精霊の気配に反応したか……)

 

 猛然と暴れだす魔獣とそれに襲われる怪我人達。深手は負ったものの、未だ脅威秘めた仮面の怪人。

 

 両者を見比べたランスロットの瞳から、急速に狂気が薄れてゆく。

 

 

 

「……勝負は、預けよう」

 

 口惜しげに呟いた彼は、今まさに命を刈り取られんとしている仲間を救う為、躊躇わずに背を向け走り出した。

 

 

 

 

「……あぁ、今は、預けるとも」

 

 先の一撃でヒビが入り、今まさに砕けた仮面を打ち捨てながら。

 エルフの少女は、赤毛の女を回収して離脱する。

 最後に一度だけ振り向き、魔獣を打ち倒さんと猛る騎士を睨みながら。

 

 

 騎士が振るう剣は、かつて彼女を救った星の聖剣によく似ていた────。

 

 

 

 

 

 そして、最後の怪物をサー・ランスロットが滅したことで、十八階層の事件は一旦の幕を下ろす。

 

 手負いになったとはいえ、危険極まりない二人の怪人を取り逃がし……しかし、誰一人死者を出すことはなく。

 

 

 その後、ティオネや結局一戦も交えることなく終わったアイズの強い希望により追撃部隊を編成。

 ロキ・アンリマユ両派閥の連合で結成されたこの部隊は、しかし重傷者を連れて行くわけにもいかず、治療に長けたリヴェリア、傷は回復させたとはいえ重傷を負ったロビンフッド、ランスロット、ティオナ、レフィーヤの計五名を除いたメンバーで深層まで進出。

 もっとも、この探索は空振りに終わる。

 

 

 

 正体不明の不気味な敵に危機感を募らせながらも、二つの派閥は結束を強めるのであった────。

 

 

 

 

 

 視点変更(はんせいかいのじかん)

 

 

 

 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 ………………。

 

 

 

 

「誰か! なんか!! 切り出しましょうよ!!!!」

 

 

 こんにちは、沈黙に耐えられなくなりました、役立たず一号ことセイバーもどきです。

 今我々は、二日酔いの私とランサーが休んでいた宿屋の部屋に役立たず四人雁首揃えて正座してます。

 この後私とランサーはフィン達と深層まで行くんですが、その前に仲間達と話し合うこともあるだろう? という今回に限ってはありがたくないフィンの気遣いにより地獄のような空間に叩き込まれています。

 

 

 重い! 空気が重い!! 耐えられない!!

 

 

 私の切実な叫びに、首から『私はバイオテロを引き起こしました』プラカードを下げるアーチャーが弱々しい声を出す。

 

「オレらみたいなカスに、喋る権利あるんスかね……」

 

 同じく『自爆テロを引き起こしました』ランサーが同意するように肯き。

 

「レベル6だ7だと馬鹿馬鹿しい……数字の数だけではしゃげるとは、随分と幸せなことだ」

 

 はしゃいでた自分がみっともない、ってことですね!? めちゃくちゃ凹んでますね!

 

 お通夜のように陰鬱な雰囲気の二人。ちょっ、口開いてますます暗くするのやめましょうよ、お願いですから!

 

 『二日酔いでゲロしかけました』私の祈り虚しく、加速度的に重くなっていく空気。

 最後の希望とばかりに我が騎士に振り向くと……。

 

「フゴーッ。フグ、フガー!」

 

 包帯で雁字搦めにされた『奥の手を使って取り逃がしました』ミイラ男が何らかの音を出していました。

 すみません、貴方の状況を忘れてましたバーサーカー。仮面の人物にボッコボコにされた状態で『無毀なる湖光』で無理やりレベルブーストで反撃、そのまま女体型魔獣と交戦して筋肉も骨もズタボロだったのでとりあえずポーションかけてグルグル巻きにしてたんでしたね。

 とりあえず口元の包帯ズラして、と。

 

 

「我が王よ……どうか私に、厳正なる裁きを」

 

 お前もかブルータス! いえセイバー違いですね私はあんなに赤くも丸くもローマでもないんですけども!

 

「奥の手として開帳を禁じられていた『無毀なる湖光(アロンダイト)』を使ったばかりか、その上で取り逃す不始末……もはや私に生きる価値はありますまい! 王よ、どうかこの身に罰を!!」

「いやだから全体的に重いんですよ貴様ら!」

 

 く、くそぅ、どいつもこいつも完全に心へし折られていますね。

 まぁ無理もないかも知れません。

 我々はサーヴァントのガワを被ってるとはいえ所詮は元一般人。英霊の力を使えるという一点のみを誇りにこの十年戦ってきたわけですし……。

 今後、あちこちに被害を出すのをわかり切っている一派を捕らえる千載一遇の機会を二度も取り逃すなど、確かに失態です。

 私とて本当に悔しい。辛い。

 

 しかぁし! こんなところでグダグダしていても時計の針は巻き戻りません! そういうのは蒼崎さんちの魔法を手に入れてからやるべきでしょう!

 

 仕方ありません、ここはファミリアの団長として、たまには優しい言葉で励ましてあげましょう!

 

 まずはアーチャー、貴様からだ!

 

 

「アーチャー、確かに我等はしくじりました。明確な敗北とまで言えるかも知れません。……ですが、手に入れたものは……護ったものは何一つありませんでしたか? 貴方の戦いで救われた命に価値は無いと?」

「セイバー……」

 

 私の言葉に顔を上げるアーチャー。

 

「誇りなさい、アーチャー。貴方は確かに、レフィーヤ達三人を救ったのです」

「…………へっ。オタクにわざわざ言われるまでもないっつーの」

 

 僅かな躊躇いの後、不敵に笑ってきました。

 うんうん、やはりロビンフッドが沈んだ顔を安売りするのは解釈違いですからね。基本的には、飄々と二枚目気取ってくれないと。

 

 どうやら少しは立ち直った様子に、一安心する私。口も軽くなるってもんです。

 

 

「まぁもっとも、エンカウントの経緯が馬鹿馬鹿しすぎるというか。なんで私達を迎えに来て身内で鬼ごっこしてるんです? 真っ直ぐこっちに着いてればそもそも最初からレフィーヤ達に同行できたのでは?」

 

「……あ゛?」

 

 お?

 

「……言ってくれるじゃねえか。そもそも、オレがあんな形でレヴィスと遭遇したのは、オタクんとこの騎士様が発狂して追いかけ回してきたからなんですけど?」

「……なに?」

 

 あ、バーサーカーの瞳に光が。

 

 

「私の記憶違いか、アーチャー? 最初に挑発してきたのは貴様だったはずだが」

「それは絶対に記憶違いだから! マジで!」

「……そうだったか? まあ些細なことだ。だが、毒まで使ったことは言い逃れできまい。貴様が撒いた毒でこの階層の冒険者に不調が出たらどうするつもりだった」

「本当にすみません冒険者の皆さん責任持って治療に当たらせて貰いますので許してくださいでも風で撒き散らしたのはオレの目の前のこの馬鹿なんです!」

「……結果としてレヴィスを倒す決め手になったわけなので、功罪相殺ということにはならないだろうか」

 

 バーサーカーの糾弾に土下座して関係各所に謝るアーチャー。

 そうなんです。鬼ごっこの時にアーチャーが仕掛けてバーサーカーがうちわで撒き散らした毒のせいで、階層全体に毒が拡がったらしいんです。

 幸い体調不良を訴える冒険者は今のところいませんが、アーチャーが居残りするのは万が一被害者が出た際のケアの為だったりもします。

 本当に何やってるんでしょうこいつら。

 

 ますますヒートアップするアーチャー(ポンコツ)バーサーカー(ポンコツ)

 

「そもそもなぁ! オタクがあんな発狂しなきゃ、オレが余計な怪我負う必要無かったと思うんですけどねぇ!? 言っときますけど、『めちゃくちゃ強いお騎士様』って書いて『めちゃくちゃ厄介なセイバーオタク』だからな読み方!!」

「ほう! 自分の力不足の責任を私になすりつけるか? 貴様が我が王のこと、自分が一番理解してる風に語った恨み忘れてはいないからな!?」

「うるせえ! アンタが前衛でオレが後衛やってりゃレヴィスだろうが仮面の怪人だろうが楽勝だったろうが!!」

「ならば言わせてもらおう! 格上と一騎討ちの状況になって体を張る後衛を誰が信用できる? 卿は逃げの一手を打つべきだった。騎士の誇りに殉じて死ぬことなど、我が王が望むと思っているのか? 私が間に合わなければ確実に死んでいただろう!」

「助けてくれてありがとね!」

「どういたしまして!」

 

 

 

 

 

 …………。

 

 うわ、こいつら気持ち悪い!

 喧嘩してる途中からなんかイチャつきだしてますよ! 

 どこに需要があると思ってるんですか、ボーイズラブってそういうことなんですか!?

 

 

 そのままギャーギャー喚き合う二人に、まあまあとランサーが仲裁に入ります。

 違いますよランサー! そいつら喧嘩よりよっぽどなんか、こう、ネチョッとしてそうななんかをやってますよ!

 

 

「落ち着け、二人とも。俺から見れば、お前達の戦いはどちらも無駄だった」

「うるせえランサー! 自分が最初から勝ってたらオレらが戦わなくて済んだとかそういう謝罪は今いらねえんスよ!」

「そうだ! 少なくとも貴様は確実に死ぬ運命だったハシャーナを救っているだろう! その事実でも誇っていろ!」

「ム……。そう、か……すまない……」

 

 

 おい貴様らランサーをその気持ち悪いノリに巻き込むのはやめろぉ!

 本気で叱られたと思って凹んでるでしょうが! 可哀想でしょうが!!

 

「そもそもオタクが売ってきた喧嘩だろうがセイバー!」

「はー!? 売ってませんが! 売ってませんが!! 元気付けようと頑張ったんですけど!?」

「完全に上げて落とすための話術でしたよねぇ!?」

 

 この男、なんて失礼な……!

 

「そもそも凹む意味がわかりませんし!? 次会った時に倒してみせますし!? 自信無い人はすっこんでて貰っていいですけど!」

「あー良いですよ!? もっとも、ノロマなオタクが倒す前にオレがやっちゃってますけどねぇ!」

「貴様、アーチャー……! 我が王、御身がお手を汚すまでもありません。この身が、必ずや討ち果たしてみせましょう」

「……俺も、喋っていいのだろうか」

 

 

 各々好き勝手なことを叫びながらそのまま何故か円陣を組む我々。

 

 

 

「エニュオぶっ潰すぞー!」

「「「「おー!!」」」」

 

 

「あ、ちょ、傷口開いた傷口開いた」

「いかん、また吐き気が……」

「……腕の骨が逝ったか……!」

「グダグダですね貴様ら!!」

 

 

 

 

 

 

 

 まあそんなことをしつつ、フィン達と合流して、深層に出発した私とランサー。

 

「カルナ……一つ聞いていいかい?」

「ム、どうしたフィン」

「……どうしてアルトリアは、真っ赤にした顔を覆いながら俯いてるんだい?」

「……難しい年頃だからな。色々あるのだろう」

 

 

 恥ずかしい……!

 なんで私はあんなポンコツどもにノせられてあんな変なノリに参加してしまったのか……!

 これはしばらく思い出してベッドの上でのたうち回るタイプの思い出……!

 

 

「アルトリア……? 大丈夫? どこか、まだ痛いの……?」

「……いえ、心配は要りません、アイズ。これは、心の痛みなのです……」

「!!」

 

 この歳でまた新たな黒歴史を作るとは……! 辛い……!

 

 

 そんな感じで終えた深層探索でした。

 

 その後、なんだかんだあって私とアイズが二人で残って、ウダイオス討伐を見守ることになったりするんですが……問題はその帰り道……。

 

 

 

「む。キミ、もっとそっちに詰めて……私の頭が落ちちゃう」

「うーん……柔らかい……良い匂い……うぅーん……」

「あの、アイズ? その少年は意識を失っているので、あんまり乱暴に押さないであげてくださいね?」

「……はぁい」

 

 

 

 私の左右の太ももにそれぞれ乗せられた、白髪の少年と金髪の少女の頭。

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった!!!?

 




ポンコツさん達は、身内でギャーギャー罵り合ってる時が一番元気。

これで長かったソード・オラトリア篇はいったん終了。次回からは、セイバーもどきさん達が十八階層で馬鹿やってる時、地上では何が起こっていたかのターンです。
……たぶん!

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