ダンジョンでサーヴァントに出会うのは間違ってるでしょう!? 作:夕鶴
──パラケルススとの騒動から数日後。
「ええと、それでは、ベル様。リリはこれで」
「えと、あぁ、うん。ま、また明日ね! リリ!」
ベルとリリは未だに契約を結んでいた。
気まずい空気の後、立ち去ろうとしたリリをベルが強く引き留めたのだ。
彼はそのまま強く拝み倒し、リリとの探索がいかに有意義だったか、自分にとってプラスになったか、どれだけ自分がリリを必要としているかを強く語った。
正直、かなり気恥ずかしかったが────そうでもしないと、目の前の少女がどこかに消えてしまいそうで、不安だったのだ。
ベルの必死さに面食らいながらも、リリが了承してくれた時は嬉しかった……が、あの時の微妙な空気を、未だに二人は引きずっていた。
「あ、いえ、その……実は、明日は用事があって……出来れば、お休みが頂けると……」
「あっ、そうなんだ! ええっと、じゃあ、折角だし、二日くらいお休みにしようか……?」
「そうですね! ベル様もこのところ潜りっぱなしでしたし、しっかりとお身体を休めることも必要かと!」
なんだかぎこちない別れを告げ、帰路につくベル。
(……ダメだなぁこんなんじゃ。僕がしっかりしないと)
自分から誘ったのだ。いつまでも気まずいままではいられない。
早急に何らかの対策を取るべきだ。
それに、ベルの中で消化出来ていない問題は他にもある。
エイナから聞いた、生き急ぐようなソーマ・ファミリアの冒険者達の様子。
ファミリアの仲間達と上手くいっていないらしい、リリの心配。
そして何より────
(パラケルススさんのことを、ロビンさんに相談出来ればなぁ……)
あの日、何故パラケルススがリリを襲った(?)のか、結局リリから確かな答えは聞けなかった。
気にはなったが、明らかに踏み込んで欲しくなさそうなリリにそれ以上問い詰めることは出来なかったのだ。
ならば直接アンリマユ・ファミリアのホームに乗り込むかとチラッと考えたところ、思考を読んだようにリリに『それはするな』と釘を刺されてしまった。
実際のところ、仮にベルが乗り込んだとしても門前払いに合っていたと思うが。
最終手段として、最近知り合った緑衣の弓兵に相談に乗ってもらおうと思ったのだが、ここ数日は彼が普段うろついている酒場を覗いても姿がなく、エイナに確認したところ、数日前から同じ派閥の仲間と共にダンジョンに潜ったままだそうだ。
心の中にモヤモヤとしたものを抱えたままオラリオを歩き……ふと、シルに今日の分のバスケットを返していないことに気づいた。
(そう言えば、今日は神様もいないんだっけ……)
何やら『うおおお! 夜勤なんて聞いてないよヘファイストスー! ベルくんとの甘い夜が〜! ボクの唯一の癒しが〜!』という叫びを思い出して、とある考えが思いつく。
(久しぶりに……シルさんのところで、ご飯食べようかな)
「なるほど……つまり、ベルさんは、小さな女の子が好みということですね?」
「なんでそんな話になるんですかシルさん!?」
あまりに酷い解釈に、思わず悲鳴を上げるベル。
シルはそんな少年のリアクションを満足そうに眺めた後、ペロっと小さく舌を出す。
「ごめんなさい、ベルさんの元気が無かったから、励ましたくて……」
「からかいたかっただけですよね!?」
「…………。えへっ⭐︎」
【豊穣の女主人亭】で食事を取りながら、ここ最近の悩みをシルに打ち明けたところ(パラケルススやリリの具体的な話は省いた)、返ってきた答えがこれである。
ヘナヘナと脱力しつつ、しかしシルの可愛さに全部許してしまうチョロいベルであった。
「そうですねー。私は冒険者さん達のトラブルや、派閥同士のトラブルにはあまり口を出せませんけど……気分転換なら、良い方法知ってますよ!」
「え、なんですか!?」
「ずばり、読書です!」
バーン、と手に持つ真っ白で、表紙や背表紙に何も書かれていない本を掲げるシル。
「冒険者の方が忘れていった本だと思うんですけど……同業の方が読んでる本なら、ベルさんの良い刺激になるんじゃないでしょうか?」
「確かに……でも、良いんですか? 持ち主が現れたら……」
「うーん、置いてから何日か経ってますけど誰も現れませんし、何よりミア母さんがこの本を置いてるのに難色を示していて……だから、ベルさんが預かってくれるなら私も助かります!」
そういうことなら、良い、のだろうか……?
とりあえず受け取って、パラパラとページをめくるベル。
シルの『あっ』という声が聞こえた気もしたが、好奇心が勝った。
(えぇっとタイトルは、中に書いてる……【二人はカレイド!〜プリズマ⭐︎コーズ〜】? 聞いたことのない題名だな……。あ、あらすじが書いてる。ひょんなことから
「シルさん、じゃあこの本お借りしますね!」
読んだことのないジャンルの本に興味を覚えて、やや上向きの気持ちと共に顔を上げると、微妙な表情のシルと目が合った。
「あっ……すみません、食事中に本を開くなんて、行儀悪いですよね」
「い、いえ……そういう訳では……あー、ベルさんがお喜びなら、大丈夫です!」
その後シルはミアに怒鳴られて給仕に戻り、ベルもベルで睨みを利かされたため、速やかに食事を終えてそそくさと退店した。
「ただいま戻りました〜ってそうだ、今日は神様いないんだった……」
一人きりの教会地下に戻り、ベルは借りた本を開く。
可愛らしい女の子達が主要人物だから、どこかほのぼのとした物語かと思っていた。が、なかなかどうして。確かにほのぼのとした場面(あとちょっとエッチな場面)はあるが、メインテーマは中々に骨太だ。
純粋で健気な主人公や周りの人々との交流の中でもう一人の少女の心を溶かし、共に最大の敵を倒したシーンでは思わず拳を握り締めてしまった。
「ん〜っ、面白かった……。シルさんに感謝しなきゃ」
気づけば、夜通し読みふけってしまっていた。
外に目をやれば、夜が明けかかっている。徹夜で読書をするなんて、いつ以来だろう。
確かに良い気分転換になった。これを渡してくれた少女に感謝の気持ちを覚えつつ、最終ページの作者後書きに目を通し────ピシッ、と固まった。
「著者:ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス……!?」
まさかの不意打ちである。
アンリマユ・ファミリアが娯楽小説の出版にまで手を出しているとは聞いていなかった。
あまりの衝撃のフリーズからなんとか立ち直り、ベルはふぅ、とため息をつく。
シルには申し訳ないが、せっかく切り替えた心が一気に現実に引き戻された気分だった。
「『我等を正義の味方などと盲信しない方が良い』って、どういうことなんだろう……」
ベルにとって、アンリマユ・ファミリア────アルトリア・ペンドラゴンこそ正義の象徴だ。
だが、彼女の仲間であり、伝聞だけなら彼女に近いのではないかとさえ思っていたパラケルススは、ベルの仲間であるリリを襲い、さらには自分達を貶めるような言葉を残して消えた。
これは言葉通り、パラケルススが悪党なのか……いや、ならば彼を見逃しているアルトリアまで悪になってしまう……それはありえない……なら、リリが────。
「違う!! 僕は、あの子のことをそんな目で見てなんか……!」
思わず声を荒げかけた。
ダメだ、寝不足で思考がまとまらない。
寝台に深く身を沈めながら想う。
あるいは────
「それこそが、アルトリアさんを理解することに繋がるのかな……」
「……そうですね。それもまた、良いかも知れません」
一人のはずの室内に響く声──
咄嗟にナイフを手に取り反転──
──長い黒髪の男
こちらに伸びる手──
「パラケ──」
「おやすみなさい」
瞬間、ベルの意識は暗転した。
(ここは……)
波間に揺蕩うような感覚。見回せば、白い霧の中を漂う身体。
ベルは自分が夢の中にいると気づいた。
なんだろう、先ほど、とてつもなく
(い、今寒気がした……! このことを考えるのはやめておこう……)
何故か悪寒がする思考を打ち切り、夢の中でふわふわと浮かぶベルの前に、ぼんやりとした白い人影が現れる。
『こんにちは、ベル・クラネル。気分はどうですか?』
(貴方は……?)
『私は貴方の友人────そうですね、【P】とでも名乗っておきましょうか』
(P……さん……?)
あぁ、そう言えば、そんな友達もいた気がする……。
『えぇ、そうですよ。私は貴方が魔法を覚えるお手伝いをさせて頂いた、ただのお友達です』
(魔法……そうだ、僕は、炎が……)
確かに、彼とは先ほどまでたくさん話した。
自分にとっての魔法とは何か、魔法に何を求めるか、魔法で何を為したいか──彼と、長いようで短い話をしたではないか。
(ごめん……なさい……僕、すっかり……忘れちゃってて……)
『いいえ、良いのです。魔導書のインストールには負担が掛かるもの。記憶野の負荷を取り除いたのは私なのですから』
(……?)
彼が何を言っているかは分からない。
だが、彼が言うことなのだから、きっと良いことなのだろう。
だって、彼はベルの【お友達】なのだから……。
『おや、何やら思ったより暗示が深く掛かっていますね……? おかしい、精神耐性は強い方と思っていたのですが……まさか憧憬関連でだけ発動するのでしょうか……』
(……?)
彼が何を言っているかは分からない。
だが、彼が言うことなのだから、きっと良いことなのだろう。
だって、彼はベルの【お友達】なのだから……。
その後も彼の独り言は続く。
『おや、これ私、セイバーやアーチャーに怒られる奴ですかひょっとして……?』
セイバー……その名前は知っている。
(アルトリアさん……)
『……そうです。今日はセイバーのことで、貴方をお呼びしました』
(誰かが……アルトリアさんを……正義の味方じゃないって……)
『……えぇ。貴方は、セイバーのことを無欠の正義の味方と思っている……違いますか?』
声が、問うてくる。
答えは決まっている。彼女こそ、光だ。
(そう──)
『■■なぁ、■■■は止めた■て聞いちゃ■■ねえんだ。こっち■■持ちなんてお構いなしに■■■■』
世界に、ノイズが走った。
『オレたちじ■■■■んだ。ああ、■■■まで付き合う覚悟は■■てるさ。でもな、本当にどうしようもない■■が来た時、オレたちじゃ一緒に沈んでやる■■しかできねえ。わかるんだ!』
どこかで聞いた、言葉が響く。
『それが■■かはわからねえ! 本当に来るのかもわから■■! でもあいつを救うには、きっと■■誰かが必要になる!』
血を吐くような、願いを聞いた。
『だから、なぁ、頼むよベ■・クラネル……お前があ■■を想っているなら、あいつに少しでも恩を感じているなら!』
捧げるような、祈りを聞いた。
『お前が、あいつの英雄になってやってくれ!!』
それは、少女の救済を願う、一人の男の咆哮だった。
(違う……)
『おや?』
(僕は、知ってるんだ……あの人がいつか……立ち上がれなくなる日のことを……救ってくれと……約束したんだ……!)
世界の霧が晴れる。果たすべき誓いが胸に火を灯す。
(……最初から、わかっていたんだ。僕は、彼女を見なきゃいけなかったんだ。周りの人全員が彼女を正しいと言っても、僕だけは、僕の目で見たことを信じなきゃいけなかったんだ……!)
そうだ、わかりきっていたはずなのだ──ベル・クラネルに、彼女を──アンリマユ・ファミリアを【盲信】することは許されない。
かつて騎士王が愛した、一人の少年の末路をベルは知っている。
同じ道を歩もうとする、少女の姿を知っている。
そして────いずれ来る破滅を知りながら、騎士王に付き従う者達の覚悟と祈りを、ベル・クラネルは知っているのだ。
ならば、彼が取るべき道は決まっている。
誰もが讃え、敬うアルトリアの歩みを────それでも、その道は間違っていると。貴方が悲しい結末を迎えることはおかしいと。彼女を否定する何者かにならねばならない。
そうでなくては、どうして彼女を救えるというのか──!!
完全に霧が晴れた世界で、ベルは見た。
自分のお友達を名乗った白い人影────パラケルススの姿を。
彼は穏やかに微笑む。
不思議なことに、ベルはその時初めて彼の本当の笑みを見たような気がした。
彼への不信が全て拭えたわけではない……だが、ベルはもう一度、真実を見つめ直し、アルトリアにも────リリとも向き合うと決めたのだ。
恐らく、この青年はロビンフッドから何かを聞いていたのだろう。
そして、ベルを見極めようとしたのだろう。
こうして姿を晒してくれたということは、少しは認めてもらえたということだろうか。
(だから……任せてください。皆さんの願いは──)
──僕が、絶対に形にしてみせます。
その誓いと共に、
『あぁ────安心した』
鋭い痛みと共に、ベルの意識は再び暗転した。
「──くん、ベル君、起きなよ。こんなとこで寝てると、風邪ひいちゃうぜ?」
「んっ、んんん……あれ、かみさま?」
主神であるヘスティアに穏やかに揺り起こされ、ベルはテーブルから身を起こした。
「ひゃれ? ぽく、ぱらけるすすさんが……」
「ぱるるるるる? なんだいそれ、早口言葉?」
なんだろう、何を言おうとしていたのか忘れた。
目を擦って眠気を覚まそうとし。
「あいたっ!」
額から、鈍い痛みが走る。
「あーあーこんなに大きなコブ作っちゃって……さては、慣れない読書で寝ちゃって、テーブルに頭をぶつけたね? まったく、かわいいなぁ君は!」
「そう……なんでしょうか?」
読書。そう、読書を自分はしていたのだ。
目の前に広がりっぱなしの本を手に取り、しかし首を傾げた。
「『化粧品とジャム論』著者、ノストラダムス……?」
こんなタイトルだったろうか? 中身は……料理本?
わからない、何も思い出せない。
「その分だと、今日はダンジョンには行ってないみたいだね。いやー、ボクもさ、夜勤の後に急な欠勤のヘルプで丸一日働き詰めさ。おかげでもう夕方だよ!」
ブラック企業はんたーい! とよくわからないことを叫ぶ女神は可愛らしいが、その発言には聞き捨てならないところがある。
「夕方!? もう夕方なんですか……!?」
「そうだよ? いや、正確にはもう夜かな?」
おかしい、なんとなく明け方に起きていた記憶があるのに!
頭に疑問符を浮かべるベルを不思議そうに眺めながら、ヘスティアは寝台をポンポンと叩く。
「さ、そんなことよりベルくん! ステイタス更新をしよう!」
「え、でも神様、仕事明けで疲れてるんじゃ……」
「だからこそ、君と触れ合いたいゲフンゲフン。おいおいベルくん、ボクは、自分がいくら疲れてても主神としての役目を放棄するような女神じゃないぜ?」
「神様……!」
なんて優しいのだろう、心なしか後光も見える。
「それじゃあお願いします……!」
「任せてくれ! ハァ、ハァ、一日分の疲れを発散させてもらうよベルくん、ジュルリ」
なんだろう、後半はよく聞こえなかったが、神様も嬉しそうだからまぁいいか。
そしてステイタス更新が終わり────
「ベルくん! 魔法発現キタ────!!」
「ええ!! 本当ですか神様!?」
ヘスティア・ファミリアのホームに、仲が良い主神と眷属の歓喜の叫びが木霊するのであった。
────時は少し遡り、ヘスティアが帰還する少し前。
黄昏に包まれた路地裏を、音を立てずに進む人影があった。
彼こそはヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。オラリオに名高き錬金術師。
いつもは霊薬を詰めている荷車に、今日は少し毛色の違う荷物を載せていた。
穏やかに寝息を立てる、白髪の少年だ。
いくら人通りの少ない路地裏とはいえ、そんなものを載せていれば目立ちそうなものだが、何故か周辺には人っ子一人もいない。
目的地までもう少し、と荷車を引く手に力を込めた彼は、しかしその足を止めざるを得なかった。
「こんにちは、パラケルスス。いいえ、もうこんばんは、かしら?」
「あぁ、これはこれは……どうなさいました、フレイヤ様?」
都市最大派閥の長たる女神フレイヤと、その腹心にして都市最強──の一人、オッタル。
間違いなく、オラリオで最も影響力のある主従が立ち塞がったのだ。
「貴方ほどの賢者が、そんなに白々しい演技なんてどうかと思うわ」
「困りました……全て、お見通しでしたか」
言葉とは裏腹の、あまりにも落ち着き払った態度。
思わず額に青筋を浮かべた武人が前に出ようとするも、女神が視線一つで制する。
「
「職業柄、手札は多く隠し持っているものでして……。それに扱いが難しくて、私以外には使えませんし、神々や第一級冒険者には看破されますので使い所も難しい」
「ふぅん、そうなの? いいえ、でもやっぱり大したものよ?
押し留められていた殺意が、物理的な重みすら伴ってパラケルススに襲いかかる。
そして、それでもなお、錬金術師は表情一つ変えなかった。
それを見て、フレイヤは口を尖らせる。
「あぁ、好みの色ではないけれど、貴方もやはり勇士なのね────そんなに怯えているのに、私に偽の魔導書を掴ませるなんて、普通出来ないもの?」
初めて、パラケルススの表情が歪む。
神を謀るという大罪。
女神直々の審判に、さしもの大賢者すら遂に仮面が砕けたか、と女神は微笑む。
「質問に答えなさい。どうしてあんなことをしたのかしら?」
そう。事の発端は錬金術師の嘘。
ベルに目をつけたフレイヤは、彼の成長に必要なものとして魔法に目をつけた。
そこで彼女は、都市最高の魔道具製作者である目の前の男に以前から依頼していた魔導書の納品を命じた。
それが手元に届いたのが数日前。
彼女は配下に命じてベルの手が届くだろう場所に配置させ──とある理由により、それがただの娯楽小説であることに気づいた。
この時点で事情を聞いたオッタルは怒り狂っていたのだが、ことはそれだけに留まらない。
放っていた配下の者が言うには、錬金術師がヘスティア・ファミリアのホームから
報告を聞いたフレイヤは、怒るでもなく、叫ぶでもなく──ただ、静かに微笑んだ。
そしてオッタルを呼びつけ、キャメロットから這い出た薄汚い詐欺師を今まさに断罪しようとしているところだ。
「答えは慎重に選んで良いわよ? もし納得のいく答えでなければ、ダンジョンから戻った可愛らしい騎士王は、瓦礫になった白亜の城を見ることになるでしょうね」
アルトリアの悲しむ顔は見たくないわよね? と女神はうそぶく。
これに対しパラケルススは、少しの沈黙の末に、小さな声で囁いた。
「────全ては、我が神の企て」
その時のフレイヤの表情を、なんと呼べば良いのだろう。
幸いなことに、目の前の錬金術師は頭を垂れており、傍の従者は油断ならない強敵を相手に全神経を注いでいたため、誰の目にも留まることはなかったが。
「──続けて?」
フレイヤは笑う。
自分があの忌々しい神の掌の上で踊っていることを自覚しながら。
「御身に捧げる書をすり替えたるは我が主神。御身が書を委ねた相手を見定めしも我が主神。そしてその少年に力を与えることを命じたのもまた、我が主神でございます、麗しき女神よ……」
フレイヤの神としての感覚が囁く。
目の前のこの男は、何一つ嘘をついていない。とても、女神を謀った大悪人とは思えない。
それどころか、フレイヤと対面した時からずっと恐怖と後悔の念を抱いていた。
初めは、フレイヤやオッタルの怒りを買ったことを恐れているのかと思っていたが──違う。これは、もっと大きなもの──そう。まるで運命の大河に抗うかのような、悲壮な覚悟だ。
「……えぇ。とても満足のいく答えよ、パラケルスス」
初めから、違和感は覚えていた。
パラケルススは、善良な男だ。
彼の行いは全て、オラリオの住人の幸福を願ってのもの。
あまりに無私を貫く在り方は時に諍いの種となり、多くの既得権益との争いを生んだものの……今回の快楽目的にしか見えない悪事は、あまりに彼のイメージとかけ離れていた。
だが、蓋を開けてみればどうだ。
あまりにわかりやすい答えがあるではないか。
「ねぇ、パラケルスス。アンリマユは、私に何か言っていたんじゃないかしら?」
半ば確信を持った質問。
であるならば、答えもまた確信通りであった。
「『ロキもフレイヤも好きにすれば良い。ここは女神達の箱庭なんだから。オレも勝手にやらせてもらう』」
「うふ、くすくす、フッ、は、はは……アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
あぁ、おかしい。
これはいけないだろう。美の女神である自分が、はしたなくも腹を抱えて大笑いをするなんて。
あぁ、でもオッタルは見惚れてる。なら、この姿もまた
涙すら流しながらの笑いが収まった後、未だに頭を垂れるパラケルススに、美の女神らしい慈愛の笑みを向ける。
「その子は、魔法が使えるようになっているのね?」
「間違いなく」
「なら良いわ。今回は、見逃してあげましょう」
少年に力を授けたのがあの悪神という事実に思うところが無いわけではないが……まぁ、今回はフレイヤの望みと重なっていた。ならば、これを口実に騒ぐのはあまり美しくない。
それにどうも、かの悪神はこの都市全体での遊戯を望んでいるようだ。
ロキがきな臭い事件に首を突っ込んでいることは知っているが、その事件の黒幕が彼なのか────あるいは、黒幕すら嘲笑いながら、遊戯そのものをひっくり返す機を伺っているのか。
真意は不明だが、初めてあの神が明確にこちらを誘ってきたのだ。
乗らねば女神の名折れというものだろう。
フレイヤは海よりも深い慈愛の心で今回の件を水に流すことに決めた。
……とは言え。
「ねぇ、パラケルスス。たとえどんな理由があれ、神を謀るなんてあまりにも罪深いと思わないかしら?」
「……我が身に叶うことでしたら、なんなりとお申し付けください」
「殊勝ね。嫌いじゃないわ……そうね、近い内に一度、貴方の知識を頼ることになると思うわ。その時はよろしくね?」
「……心得ました」
錬金術師にはしっかりと釘を刺し、その背を見送った。
「ねぇ、オッタル」
「ハッ」
「カルナとの再戦だけど、意外と近いかも知れないわね?」
「……ハッ」
歓喜の震えを隠せない愛らしい従者を愛でつつ、女神は笑う。
あぁ、これだから下界は愉しいのだ────!
悪神(笑)「ぶええっくしょん!!」
これでシリアスパートは終了。次回からは夕鶴が大好き、ポンコツパートです
なお、作中で非道な洗脳実験のような描写がありますが、アンリマユ・ファミリアでは副作用・後遺症無しのオーガニックなカウンセリングしか行われておりません。
本編更新以外で許せるのはどれですか?(※あくまで参考です! 優先順位は変わるかも)
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