緋い羽根のおはなし   作:西風 そら

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欲しいモノ あげたいモノ・Ⅴ

  ***

 

 ナーガは駆け去る少女を眺めながら、まだ動けずにぼぉっと焼け跡に佇んでいた。

 

 今朝方、ノスリとホルズに言われた事。

「なあ、シンリィだが、ちょこっとの間、山の神殿のお袋さんに預けたらどうだ? お袋さんも喜ぶだろうし」

「何の為に?」

「里が、次期長としてのお前さんを取り戻す為だよ!」

 歯に衣を着せないホルズの怒鳴り声に、ナーガはビクンと揺れた。

 

「お前さんの身はお前さんだけの物じゃないんだ。次期長のお前が子供一人に振り回されているのを見たら、里の者が浮足立つ。里が長を大事にしないと、草原全体に悪影響が出る。蒼の長ってそういう存在なんだ、自覚してくれ」

「…………」

「それから妹からの伝言だ。エノシラがいる所に自分達が勝手に寄ってお喋りを始めただけで、あの子は何も関係ないっとさ」

 

「僕はカワセミ長に、キミに預けるって念を押されて、シンリィを託されたんです」

「なら、カワセミの為にも、あの子が穏やかに暮らせる道を考えてやってくれ」

 

 そんな会話に翻弄されている間に、デッキで待っていた筈のシンリィがいなくなった。

 話は改めて夜にする事として、ナーガは子供を探しに出たのだった。

 

 里の奥の円の焼け跡……シンリィはここからこの世に来た。

 全ての事に意味があるのなら、あの子の生まれて来た意味って何なんだ? 

 

 

 

 

 エノシラは胸に風呂敷包みを抱いて走っていた。まぶたにまだ涙が残っている。

 何だかとっても哀しい。ナーガ様はただあの子を愛したいだけなのに、どうして上手く行かないんだろう? 

 

「??」

 緋い羽毛がひとひら風に運ばれ、目の前に来た。

 風上は……向こうの風景が水底を通したように歪んで見える。そこにも緋い羽毛が揺れていた。

「結界の境目だ……」

 外へ出ちゃったんだ、あの子。

 

 蒼の里を守っている結界は、外からは上空からしか入れないが、出るのは簡単だ。

 悪いモノが迷い込んだ時に追い出しやすいように、そうなっているらしい。

 

 厩まで馬を取りに行こうか? でも今なら、すぐそこにいるかも。

「ええい!」

 エノシラは息を吸い込んで、結界を駆け抜けた。

 

 景色が歪んで、水に流されるように身体が外界へ押し出された。

 いきなり丈の高い萱草が視界を遮る。しかし少し先の草に、緋い羽毛がくっ付いている。

「なんだって、こんな先も見えない所を分け入って行こうなんて思えるの?」

 

 蒼の里で育ったエノシラだが、物心付いた頃は草原は悪魔に脅かされていて、外の世界を知らずに大きくなった。外出が解禁されたここ何年かも、『外は怖いモノ』の意識が刷り込まれていて、進んで外に出ようとは思わなかった。ましてや馬に頼らず徒歩で出るなんて、トンでもない事だ。

 

 恐々と草をかき分けて行くと、目の前に小高い丘が現れた。

 上の方のハイマツに緋色の点々が見える。

「ここを登ったっていうの? 何でわざわざ……」

 

 それでもエノシラはハイマツをよじ登りくぐり抜けして、ふうふう言って丘を登った。

 頂上の開けた砂利の広場にたどり着き、反対斜面を見て・・心臓が止まりそうになった! 

 

 赤い獣・・!! 

 

 血のような真っ赤な野牛程もある狼が、空中をゆっくり円を描いて歩いている。

 首の周りのタテガミと蹴爪からは炎が立ち、周囲の空気までをも赤く揺らめかせている。

 どう見たって普通の獣じゃない。

 

 その円の中心に、羽根の子供が立っている。

 こんな状況なのに怖がりも泣きもせず、ぼぉっと赤い光に照らされている。

 狼はだんだんに円を縮め、柔らかそうな頬に鼻先を近付けている。

 

「や、やめてえぇ――!」

 エノシラは飛び出して、抱えていた風呂敷包みを投げ付けた。

 勿論そんなのでこの獣を追っ払えっこない。でも注意は引ける。

 

「あ、あたしの方が丸々してて、食いでがあるよ!」

 狼がこっちを向いてくれれば、子供に逃げる隙が出来る。

 

 しかし狼の銀の三白眼は、妖精の娘ではなく、ほどけて落ちた風呂敷の中身を凝視していた。

「……ふうん?」

 炎の口元から言葉が出て来た。

「あの小娘が着ていた物だ。次期長殿から貰ったのかい? お前さん、奴の気に入りか?」

 

 狼は空中を歩いてエノシラに近寄った。

「ふうん、ふうん・・ なあ、お前さん、俺の姿がどう見える? 恐ろしいかい、そんなに身を強張らせる程に?」

 熱い鼻先が頬をかすめる。

 

「ほおお!」

 狼は感嘆の声を発して、一足飛びに下がった。

 エノシラが歯をガチガチ言わせながらも、懐剣を抜いて振りかざしたのだ。

 

「あ、あっちへ行け!」

「物騒なモン持ってるな」

「刃物は助産師の基本だって、師匠が」

 

「しまえ、しまえ。俺様に本気で相手して欲しいってんなら別だが?」

 薄ら笑いを浮かべ、狼は空中で腰を下ろした。

「そこのドチビとたまたま会って、値踏みしていただけだ。心配すんな、こんなつまらんガキに用はない」

 

「つまら……ん?」

「ああ、つまらんつまらん、こんなガキ。欲がカケラもない」

「欲……」

「そう、欲! ヒトの欲は面白い。欲望が大きい奴ほど、俺様の姿が偉大に恐ろしく見えるのだ。そういう者の欲を叶えれば、俺様はその通りの姿になれる!」

 

 獣の目的が血肉ではなさそうなので、エノシラは肩を降ろした。

「でも欲がないって、それは、良い事じゃないの?」

「良い事ぉ?」

 狼は口の端を上げて歯を見せた。

 

「欲ってのは生きるエネルギーだ。生きとし生ける者の糧だ、お嬢ちゃん!」

 妖しい銀の目で見据えられ、背中に鳥肌が立った。

 同時に金縛りに遭ったように動けなくなった。

 

「キレイなおべべが着たいだろう? 誰にも嫌われたくない好かれたい、スゴイねエライねって褒め称えられたい。恥ずかしい事じゃない、生きる原動力だ」

 すぅっと狼は立ち上がった。

 

「ヒトの子が最初にどうやって言葉を覚えるか知っているか? 欲を満たす為だよ。自分を見ろ! 自分を自分を自分を! しかしこのガキにはそういうのが一切無い。だから言葉を覚えない」

「…………」

 

「今、俺様が興味あるのは、お嬢ちゃんの方なんだよなあ・・」

 いつの間に、エノシラの目の前に、炎をまとった真っ赤な口が迫っていた。

 

 

 

  ***

 

 空を斬って光が走った。

 

 獣は後方へ飛び退(すさ)っている。

 

――・・破邪! ――

 

 瞬間、エノシラの身体の呪縛が解け、前のめりによろめいた。

 その目の前に、群青の長い髪がフサリと降りる。抜刀したナーガだ。

 

「去れ、獣!」

 

 遥か上空から、草の馬が後を追って来る。

(あんな高さから飛び降りてらしたの?)

 息を呑むエノシラの横に、馬は砂利を飛ばして着地した。

 

「シンリィを連れて逃げて!」

 

「は、はいっ」

 エノシラは最初の場所で突っ立ったままの子供の所へ走った。

 

――――!!??――――

 目の端で、群青の髪がくずおれるのが見えた。

(えっ?)

 

「おや、おやおやおや~」

 狼の愉快そうな声が聞こえる。

「いつの間に破邪の術なんか使えるようになったんだよと感心してやったのに。そのチビを捜すために術力を使い切っちまったのか? 情けねぇなあ、お嬢ちゃんを逃がす間くらい、平気なふりして踏ん張るモンだろうが……おっと」

 狼はぴょんと跳んだ。ナーガが片膝付きながらも剣を振り回したからだ。

 

「だ、だまれ・・」

 汗で髪が張り付いた額も蒼白だった。

 強い術は術者の血を蒸発させる・・オウネお婆さんが言っていたのを、エノシラは思い出した。今このヒトの目の前は真っ暗な筈だ。

 

 エノシラは慌てて左右を見回した。助けになる物なんて何もない。

 とにかく子供だけでもと、身体を抱えて馬上に押し上げた。

 しかし草の馬はおろおろと動揺している。

 

「行って、逃げなさい」

 尻を叩いて叱咤しても動かない。倒れた主に気が行っているのだ。

 ああ、どうしたら……

 

「おじょうちゃん~~」

 見逃しはしないぞとばかりに狼が振り向いた。

 今一度銀の眼で捉えられ、エノシラはまた動けなくなる。

「俺様と契約しない? そしたらこいつらには何もしないで見逃してやる」

 

「な、なに? ケイヤクって?」

「耳を貸すな、エノシラ」

「今、い~い所なんだ、黙ってろ、ガキ!」

 

 炎をまとった蹴爪が跳躍し、ナーガの背中と剣を握った腕を踏み付けた。

「・・!!」

 嫌な音がした。

 

「待って、やめて、あ、あたし何をすればいいの?」

「エノシ・・」

 再び踏み付けられる鈍い音。

 

「簡単だ、望みをひとつ言え。その欲望が俺様の糧になる」

「そ、それだけでいいの?」

「俺様の力で叶えられる望みだ。『草原の久遠(とわ)の平和』なんて嘘っぽい奴もダメだぞ。思いっきり私利私欲にまみれたえげつない奴を頼むわ。欲の力がなきゃ糧にはならんからな」

 

「…………」

「時間を掛けるとこいつの手足が一本づつイイ音を立てるぞ。さあ早く言え、早く早く」

 

「やめろエノシラ、ひとつで済むもんか、一度嵌(おとし)められたらズルズル脅されて……」

「黙ってろと!」

 狼はナーガの頭を乱暴に踏み付け、口を塞いだ。

 

「ああ、言います、言います!」

 エノシラがおろおろと叫び、狼は喉で笑いながら彼女に向いた。

 

 

 

 

 次に何が起こったか。

 砂利に押さえ付けられているナーガには、見る事が出来なかった。

 

「あ、あんた、ダメ・・」

 エノシラの緊迫した声。

 ザクザクと砂利を歩く音。

 その二つは、狼の慌てふためいた悲鳴にかき消された。

 

「よ、よせ、やめろ! やめろやめろやめろ!!」

 

 獣の足に一瞬力が入ったが、それは彼が飛び退(すさ)る為だった。

 

「あの小娘と同じだ、嫌なガキだ、嫌なガキ・・やぁめろぉっていってるだろうがぁぁああ!!」

 

 狂ったような叫び。それがだんだん早くなり、そして途切れた。

 

 

 静寂。

 

 ナーガが軋(きし)む身を起こしてそちらを向くと、羽根の子供の後ろ姿があった。

 赤い逆光に縁どられ、いつもと変わらずぼぉっと突っ立っている。

 

 子供を正面から照らしているのは、狼の残り炎だった。

 そこから上空に赤い帯を引いて、逃げ去った直後なのが分かる。

 それらはポッポッと瞬いて、ほどなく消えた。

 

(何があった? 何をやった? シンリィ)

 

 反対側には、棒立ちになっているエノシラ。 

 

「エノシラ、エノシラ!」

 

 ナーガの声にハッと我に返ったエノシラは、慌てて駆け寄って来た。

「大丈夫ですか、ああ、動かさないで、見せて下さい」

 言いながら娘はひざまずいて袖をまくり、ナーガの踏み付けられた腕をなぞった。

 

「いや、それより教えてくれ、いったい……うぁっち!!」

「痛みますよね、ちょっと我慢して下さい。ああ、これは……ね、あんた、ここを持って」

 呼ばれて子供は素直に寄って来て、ナーガの腕を支えた。

 

 エノシラは、転がっていたハイマツの枝を拾い、そして自分の衣服の袖をむしり取った。

「え、いや、いいです、貴女の衣服……」

「応急手当もしていない怪我人と帰ったら、オウネお婆さんに叱られます」

 

 てきぱきと添え木を設えるエノシラは、さすが医療師の弟子といった所だ。

 ほんの一時前、狼に脅され怯えていた娘とは思えない。

 医療従事者だから? ……そういう物なのだろうか。

 

「あの、エノシラ、見ていたんだよね。シンリィは何をやった?」

「それが……よく分からないです」

「術を使ったの? それの光が眩しかったとか?」

「ええ、はい、多分……」

「……??」

 

 カワセミ長がシンリィに何らかの術を教えていた可能性は、無きにしも非(あら)ずだ。

 落ち着いたらもう一度、エノシラに思い出して貰おう。

 

 迎えに来たノスリに無茶苦茶に怒鳴られたので、ナーガの思考はそこで中断された。

 

 

 

 

 

 

 

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