緋い羽根のおはなし   作:西風 そら

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ひとつめのおはなしの最終話です





受け取ったモノ

 執務室のホルズは相変わらず忙しい。しかし最近ちょっぴりの変化があった。

 診察や急患でオウネ婆さんの所を閉め出されている時、シンリィがちょこちょこっとやって来るのだ。

 言葉も通じず、澄んだ目を真っ直ぐに向けて来る子供を、彼は苦手に思っていた。

 

「呑気な奴だな」

 長椅子に収まって羽根の先っぽをいじくっている子供を眺めていて、不意なデジャヴに襲われた。

(昔の執務室……)

 

 大机の父の横で、子供だったナーガが雑務を手伝い、ツバクロ長が御簾を跳ね上げて元気に帰って来る。カワセミ長は長椅子で羽根をだらしなく投げ出して、半目を開けてオカエリって言ったっけ。

 三人長の師匠であった大長もまだ健在で、後方から頼もしく支えていて。まだ若造だった自分は、そんな頼もしい大人達の、安心出来る執務室が大好きだった。

 

 さして術力のない自分が大机を預かっているのは、父が亡くなった二人の長の代わりに飛び回らねばならなくなったからだ。人数が減って執務室はカツカツで余裕もない。

 自分の憧れの場所は二度と戻りはしないと思っていた。

 

「無くなったモノを惜しむのではなく、新たにこれから作ればいいんだよな」

 フッと口を付いて出た。

 言ってしまってから我に返ると、長椅子の子供が例の澄んだ目で見つめていた。

 しかしその時は少しも苦手に思わなかった。

 

 ああ、自分はこの子供を苦手だったのではなく、自信のない自分が嫌だっただけなんだ。

 別に忙しいのが変わる訳ではないが、ホルズの心にちょっぴりの余裕が出来ていた。

 

 

 

 夕刻、御簾を上げてノスリが戻って来る。

「親父、お疲れ」

「んん?」

「どした?」

「いや、何となく……何か変えたか?」

 

「別に、ああ、シンリィが、午後一杯手伝ってくれた」

「シンリィがか?」

「大した事じゃないよ。書類に穴を開けて綴じたり道具の手入れをしたり。やって見せれば飲み込みは早いよ、アイツ」

「ほお」

 

 ノスリは長椅子の上に残っていた一枚の羽根を拾い上げた。

「思えば、大人がもて余して疎んじるのを聡く感じて、居場所を捜して里をさ迷っていたのかもしれないな、あの雛鳥は」

「…………」

「ここもあいつの居場所のひとつになれたか?」

 

 薄緋色の羽根がクルクル回ると、なんだか暖かくなった気がした。

 

 

     

 

   ***

 

 もうすっかり夏草の放牧地を、ナーガはゆっくり歩いていた。

 前の方をシンリィが、羽根を少ぅし膨らませて、ツーステップで跳び跳ねながら歩いている。

 まったく、エノシラといると、思いも寄らない動きを会得して来る。

 

 金鈴花はもう終わって、今は所々にカンゾウのオレンジがポツポツ見える。

 久し振りに明るい内に仕事が終わったので、執務室にいたシンリィを伴ってこちらまで来てみたのだ。

 

 思えば、やらなければいけない事に追われて、こんな風にシンリィとそぞろ歩く気分になったのは初めてかもしれない。色んな意味で余裕が出来たお陰だが、ずっと張り付いていた時よりもシンリィが近くにいる気がする。

 

 牧場(まきば)には、あどけないクリクリ目の当歳馬が、三々五々遊んでいる。

 懐っこい仔馬に鼻を寄せられて、シンリィは嬉しそうに鼻を押し付け返している。

 

「馬は好きかい?」

 振り向いて片えくぼを作ったシンリィは、馬の背中に触ってナーガを見た。

「駄目だよ。出来立ての当歳は、まだ草がしっかりしていないから」

 

 ちょっとガッカリ顔な子供に、ナーガは生まれて初めての感情が湧いた。

「ね、シンリィ」

 しゃがんで自分の両肩を子供に示す。

 よく分かっていないシンリィの後ろに回って、足の間に頭を突っ込んで持ち上げた。

 

 初めての経験。ナーガも、シンリィも。ちょっとヨロけ気味の頼りない肩車。

 

 いきなり視界の高くなったシンリィの興奮が、体温で伝わる。

「ハァ!」

 子供は感嘆の声を発して、空に向かって両手を突き出した。

「シンリィも馬に乗れるようになろうな。僕の肩よりずっと気持ちいいぞ」

 

 ナーガはゆっくり歩き出した。子供ってこんなに甘い匂いがするんだな。

 心のどこかで、今まで凍り付いていた塊(かたまり)が、溶けて流れる気がした。

 

「シンリィ、お前のお母さんは……」

 肩の子供がじっとナーガの言葉に心を預けているのが分かる。

「お前のお母さんは、里で一番馬に乗るのが上手な子供だったんだ。だから、お前もきっと上手に馬に乗れるようになるよ」

 

 ずっと封印していた妹の顔を思い浮かべた。

 何故か一番覚えているのは、シンリィと同じ位の、里へ来たばかりの頃の妹だ。

 

「それとお前のお母さんは、太陽みたいで、大輪の花みたいで、ヒトを幸せにして。僕はそんな妹が、羨ましくて……」

 言葉が頭を通さないでサラサラと流れ出て来る。

 シンリィはナーガの肩で揺られながら大人しく聞いている。

「羨ましくて、憎たらしくて………・・大好きだった……!」

 

 土手を登った所でナーガが立ち止まり、しゃがんだので、シンリィは羽根を広げてフワリと前に降りた。

 振り向いた子供が見た物は、片膝着いたままのナーガの情けない顔だった。

 

「ごめんな、お前のお母さん、護れなくて、ごめんな……」

 

 ナーガの頭に小さな手が触れる。顔をあげると、子供は羽根を大きく広げていた。

 バサバサで野放図で、陽に透けて半透明な羽根。

 その向こうに、あの時の妹の笑い顔を見た。

 

「そこに、いたのか、ユユ……」

 

 次の瞬間、細い両腕が花冠のように、頭をギュッと抱いて来た。

 

 

 風が丈の高い夏草を撫でて、波のようにうねらせる。

 今、確かに何かを受け取った。

 

 草の海の中、ナーガはゆっくり立ち上がる。 

 小さな手を今度こそ離さないよう、しっかりと繋いで。

 

 

 

 

 

 




挿し絵「かたぐるま」

【挿絵表示】

~ひとつめのおはなし・了~





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