緋い羽根のおはなし   作:西風 そら

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巣落ちの雛鳥・Ⅲ

  ***

 

「ツタを登る崖の所で。霧で下が見えないんだ」

「あ、案内して!」

 

 ナーガは馬の所までまろびながら辿り着いて、フウヤを手招きした。

 

 オドオド近寄るフウヤを引っ張り上げて前に乗せ、馬を急発進させる。

 いつものナーガなら、子供を乗せてそんな飛び方は決してしない。

 下に硬直しているフウリが見えたが、気にしている余裕はなかった。

 

 

「シンリィは崖を見て怖がったんだ。だからツタを身体に結わえて、先に登って引っ張り上げたの」

 フウヤは馬のタテガミにしがみ付きながら、震え声で言った。

 

「うん、それで?」

 ナーガは早口で冷たい口調だった。今、すべてにおいて余裕をなくしている。

 

「あと一息って所でシンリィの懐から何か転げ落ちたの。それを掴もうとして身体が逆さまになって、ツタから抜けちゃって」

「・・!!」

 一体、何を掴もうとしたってんだ、あいつ! 

 

 眼下に岩山と、霧の崖に掛かるツタのロープが見えた。

 ナーガは馬を空中で止め、印を結んで集中する。

 

《同じ血で結ばれし者、血に応えよ!》

 

 谷中の『気』がナーガに集まる。植物の気、動物、虫の気……

「……い・な・い……??」

 どんなに神経を凝らしても、蒼の妖精のシンリィの気配はない。どうして? 

 

 ナーガは馬を急降下させた。

 フウヤは目を開けていられなくて、ただただ馬にしがみ着いている。

 ミルク色の霧の海に突入し、目を凝らす。

 ごつごつした崖の表面が見えて来た。

 

「!!」

 突き出た崖の岩肌に、点々と朱の色が見える。

 近付くと、数枚の羽根が岩肌に引っ掛かっているだけで、血ではなかった。

 

 だからって安心って訳ではない。

 ここでバウンドして下に転がり落ちたか? 

 恐ろしい光景が脳裏を横切って息が詰まりそうになった。

 あの羽根が『護りの羽根』といっても、生まれ持った物ではないし、こんな時にあの子を護ってくれる保証なんて何処にもないんだ。

 

 だんだん角度が緩やかになる崖をジグザグに飛びながら下へ向かう。

 視界を遮る濃霧が忌々しい。

 

 どこかで痛い、辛い思いをしているシンリィ。一刻を争う状態かもしれない。

 一秒でも早く見付けてやらなくては。

 

「ナーガさま……」

 懐のフウヤが凍えそうな声で言った。

「ごめ、ごめんなさい……僕、自分が落ちないようにしがみ付くだけで精一杯で……」

 

 そこでナーガはやっと我に返って、岩肌にフウヤを降ろした。

 馬に乗った事すらない子供は、ガクガクと地面にヘタリ込む。

 

「すまない、ごめん」

 しかしナーガはフウヤに気を配っている余裕はなかった。

 

 再び馬を上昇させ、風向きを変えながら何度も印を結んだ。

 だが、血の呼び掛けにはクスリとも反応がない。

 

 

「ナーガ様ぁ!」

 岩場に大勢の人影が現れた。

 フウリの報せを受けて、風露の部族の若い者達が降りて来ていた。

 掟だとか言っている場合ではないと、ラゥ老師が寄越してくれたのだ。

「フウリと何人かは、谷に直接降りる方の道を行っています」

 

「す、すまない、ありがとう」

「何か手掛かりは?」

 ナーガは首を横に振り、部族の者も顔を曇らせる。

 長い歴史の中で、誰も塔から落ちなかった訳ではない。

 

 皆で手分けして谷をくまなく捜したが、羽根の一枚も見付からなかった。

 フウリの組とも合流したが、やはり見付けられなかったらしい。

 フウリは真っ青で泣き出しそうだった。

 

 塔の根元の工事が先週で終わってしまった事が悔しい。

 せめて草の馬を持つ蒼の一族がいてくれたら。

 

 

 日暮れかけ、若者の一人が遠慮がちにナーガを呼んだ。

 さっきの崖の延長で、そのまま下の川に落ち込んでいる箇所がある。

 

「……………」

 ナーガはドウドウと流れる濁流を見つめる。後ろに皆も集まって来た。

「………ありがとうございました………」

 流れを見据えたまま、彼は小さな声で呟いた。

 

「禁を破ってまで、探してくれて、ありがとうございました。暗くなると危ない。皆さん、もう、戻って下さい。僕は、下の川を、捜します。だから、皆さんは、もう……」

 

 あれだけ呼び掛けても谷にシンリィの反応はない。

 川に流されたか、『気配のない存在』になっているかだ。

 ナーガは馬を引き寄せた。誰も何も言えない。

 

 

「ナーガさま!」

 静寂を破るフウヤの叫び声。皆、一斉に振り向く。

 

 岩を越えて下って来た彼の手には、羽根の子供の手がしっかり繋がれていた。

 

「シ、シ、シシシシンリィ・・」

 

 ナーガがフラフラと駆け寄る。

 

「さっきの、岩に羽根が引っ掛かっていた所の風下に行ってみたの。落ちた時羽根を広げたように見えたから、もしかしてって思って」

「…………」

 

「だいぶん風に流されたみたいで、遠くの木の上で降りられなくて困ってた。怪我はないみたい。な、お前、あんなに飛んでくなんて凄いよな」

 

 フウヤが喋っている間にナーガは無言で歩いて、真ん前まで来ていた。

 シンリィはフウヤの手を離して、ナーガを見上げた。

 

―――ぱし―――

 乾いた音がして、シンリィが横を向いていた。叩かれた頬に赤みがさしている。

 

「ぼ、僕でしょ、叩かれるとしたら!」

 フウヤが慌てて割り込んだが、ナーガは膝を折って、フウヤごとシンリィをガバリと抱きしめた。

「うぎゅ、く、苦しい」

 

 二人に寄り掛かったまま動かなくなったナーガを、フウリが覗き込んで言った。

「気を、失われています」

 

 

 

  ***

 

「ナーガさま、凄い勢いで術を使いまくっていたから」

 

 草の馬で運ばれ関の小屋に寝かされても、ナーガは目を覚まさなかった。

「蒼の妖精の偉いヒトでも、やっぱり術を使い過ぎるとぶっ倒れたりするんだね」

 

 風露の若者達は、まあ良かった良かったと言ってくれて散り、ラゥ老師にはフウリが報告して来た。

 小屋にいるのはフウリとフウヤ、神妙なシンリィ、そしてノビてるナーガ。

「僕らとあんまり変わらないんだね。心配して取り乱したり、ひっぱたいたり」

 

「当たり前だわ、どんなヒトだって大切な者を思う心は変わらないもの。でも無事で良かった、本当に」

 フウリは両手に温かいコカ茶を運んで来た。

「叩いた手も痛いのよ。叩かれたホッペタと同じ位」

 

「へぇ、お姉ちゃん、いつもそんなに痛かったの? 僕をひっぱたく度」

「フウヤ、ちょっと黙りなさい。今、この子にお話しているの」

 フウヤは不満そうに鼻を膨らませたが、黙ってお茶をすすった。

 

 フウリは羽根の子供にお茶のカップを渡してから、温みの残った手で叩かれた頬を撫でた。

 ナーガ様はこの子は言葉を解しないと仰っていたけれど、ヒトの心はちゃんと分かっている気がする。

「大丈夫よ、口琴も見つかって良かったわね」

 

 そんなフウリの目の前に、いきなりヌッと不気味な木彫りの顔が現れた。

「ひっ」

 フウリは思わず尻餅をついた。

 シンリィが懐から出した人形を、真剣な表情で突き出しているのだ。

「え? ええ??」

 

「あ、その人形、さっき落っことしそうになった奴。うわあ、そんな不気味な人形が大事だった訳?」

 フウヤが覗き込んで顔をしかめた。

 

 シンリィは更にグイグイと、フウリの目の前に人形を押し付ける。

「ええと、私にくれるの?」

 どう見たって可愛くない、目玉の飛び出した二等身人形。

 

「あ、ありがと……」

 フウリは口の端をヒクヒクさせながら、両手を伸ばして人形を受け取ろうとした。

 しかし、何故かシンリィは人形を離さない。

 

「あっ?」

 二人の間で人形は弾んで、落っこちた下には、お約束通りナーガの額があった。

 

―――ゴン!!―――

 

 

 額のコブを濡れ手拭いで冷やしながら、ナーガはシュンとしたシンリィを睨む。

「まったく、皆にどれだけ迷惑かけたと」

 

「許してあげて下さい」

 人形を両手で持ったフウリが口を挟んだ。

「このお人形、私にくれるつもりだったみたいです。それを落としそうになって慌てたのね」

 

「…………」

 ナーガは大きな溜め息を付いた。まあ、無事だからよかったものの。

 

「お茶、入れますね」

 フウリは人形をもったまま立ち上がって、釜戸の方へ歩いた。

 その時丁度霧が流れて、窓からの月明かりが彼女を照らした。

 

《私はフウリ・・》

 いきなり無表情な声。

 ナーガは振り向き、フウヤも、えっ、って顔で姉を見た。当のフウリも驚愕の表情だ。

 

《私は、風露の谷のフウリ。二胡造りのフウリ・・》

 フウリ本人の口は動いていない。声は別の所から聞こえる。

 

「その胸のブローチだ!」

 フウヤが叫んで指差した。

 フウリの胸には滑らかな水晶のブローチがあり、その中に小さなフウリが映って喋っているのだ。

 

《昨日は大事な化粧板を磨ぎ損ねて割ってしまった。火曜日は何だか作業に集中出来ないの・・》

 ナーガも目を丸くしている。

 フウリ本人は空の月より蒼白だが、ブローチの中のフウリは屈託なく笑った。

《水曜日は朝からウキウキしてる。朝から髪を念入りに結って・・》

 

 声が途切れた。

 フウリが人形を取り落として、胸のブローチを引きちぎっていた。

「ヒドイ! こんな、こんな物を!」

 

 恥ずかしさに身体中震わせて、フウリはそれをナーガに投げ付け、小屋を飛び出した。

 そのまま全力でツタまで走って、あっという間に夜の闇に滑り入ってしまった。

 

「ナーガさま……」

 フウヤがブローチを拾った。

「これ、ナーガさまのプレゼントだったの?」

 

「ああ、でも……」

 ナーガは茫然自失と凍り付いている。

「そんな、術なんて、掛けていない。掛ける訳ない……」

 

「うん」

 フウヤは次に、木彫りの人形を伏せたまま拾い上げた。

「犯人はこっちの人形じゃないかな」

「えっ?」

「だって、何だか薄く光っているよ。術が掛かってるんじゃないの、これ」

 確かに人形は、言われなければ気付かない程度にうっすら光っている。

 

「ね、ナーガさまは蒼の里のえらいヒトなんでしょ。だったら蒼の里にはナーガさまの交際相手を探りたいヒトだっているよね。そういうヒトがシンリィを利用したんじゃないの?」

「い、いや、その、交際とかじゃないし」

「傍(はた)から見たら十分交際だけれど」

 

 ナーガは、腕組みするフウヤと泣き出しそうなシンリィを交互に見た。

 そう言われてみれば、思い当たる節は、ありまくる。

 

「はあぁ……」

 思いっきり脱力して、ナーガはシンリィの頭に手を置いた。

「うん、そうかそうか分かった。シンリィ、いいよ、もう帰ろう」

 

「ええっ、何が分かったの。お姉ちゃんの誤解、とかなきゃ」

「いいんだ、もういい」

「何が!」

「これは僕への戒(いまし)めだよ。自分の事だけにかまけていて、シンリィが危ない事に気付いてやれなかった」

 

 フウヤの顔がフッと能面みたいになったが、ナーガは気付かなかった。

「馬鹿みたい。そんなすぐ諦めちゃうようなヒトに、お姉ちゃんを譲ってやろうとしていたなんて……」

 少年は口の中だけで小さく小さく呟いた。

 

 ツタを滑って来る者がいる。風露の民の若い男性だ。

「どうしたんです? フウリが来て、番人の交代の時間を早めてくれって」

 

 入れ違いにフウヤが男性の腕を掴んだ。

「僕が戻って来るまでそのヒトを引き止めておいて。絶対だよ!」

 

 

 

 

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