緋い羽根のおはなし   作:西風 そら

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 ~ふたつめのおはなし~の最後のおはなしです


巣落ちの雛鳥・Ⅳ

  ***

 

 フウリは自室の作業場で、一心に化粧板を磨いでいた。

「あんまりだわ」

 あんな物を利用して、ヒトの心を探るヒトだったなんて。

 

「だからそれはナーガさまの台詞(セリフ)だって」

 戸口からフウヤがズカズカ入って来た。

 

「フウヤ、大人の話に首を突っ込まないの。早く寝なさい」

 言われた事を無視して、フウヤは持って来た人形をギッと睨んでから、作業台にドンと置いた。

 そしてピカピカに磨かれた割れた化粧板を手に取って、人形にかざした。

 

「言う事を聞きなさ……」

 再度叱ろうとしたフウリの言葉は、どこからともなく聞こえて来た声に止められた。

 

《フウヤ、風露の民のフウヤ・・》

 弟は口をきゅっと閉じている。

 

《でも僕は知っている。僕は風露の民じゃないんだ。皆が当たり前にやっている音の聞き分け、僕だけ全然分からないんだもん・・》

 フウヤは唇を噛み締めて、化粧板をフウリに示した。

 そこには小さなフウヤが映っていた。

 

《ラゥ老師に問いただしてやっと教えて貰った。僕が捨てられ子だったって事。でもさ、僕は嬉しかったんだ。だってそれ、お姉ちゃんと血が繋がっていないって事で・・》

 

 バタンと音をさせて、フウヤは化粧版を伏せていた。

「ひぃゃぁあ、凶悪だな、こいつ」

 

「フ、フウヤ……」

「今の僕の奴はサクッと忘れてくれたら嬉しい。それよりお姉ちゃん、悪いのはこの人形だよ。ナーガさまは知らなかったんだ」

 

 

 

 

 番人の若者は途方に暮れていた。

 小屋の隅でどよーんと折れススキみたいになっている蒼の里の次期長様。

 フウリと何かあったんだろうなあ、あの娘(こ)生真面目過ぎるからなあ。

 掟厳しい部族だが、皆が皆頭が固い訳じゃない。

 

「あのぉ、坊っちゃん、無事で良かったですね」

 番人は当たり障りのない声を掛けてみた。

「はあ、すみません、ご迷惑をお掛けして」

「迷惑だなんて思っていません。子供が大事なのは誰でも一緒です」

 

「いえ、僕は名ばかりの親です。本当の親だったら、この子が危ない事とかちゃんと分かってやれただろうに」

 蒼の妖精は、隣で所在無さげに座る羽根の子供の頭を撫でた。

「すまなかったな。もうお前の他に大切なモノを作らないよ」

 

「あのぉ」

 番人はソロリと口を挟む。

「子供はそういうの、喜ばないですよ。子供は大人に幸せになって欲しいんです。でないと自分も幸せになれませんから」

 ナーガは顔を上げて若者を見た。

「あ、勿論、僕等は見識が狭い。風露の部族ではそうだって事です」

 

 

「どこでだってそうだよ!」

 フウヤがツタの所から一気走りして来た。

 後ろに罰の悪そうなフウリが続いている。

 

「ホンット、大人って馬鹿みたい。なあシンリィ」

 シンリィの肩に手を回し、反対の手で番人の若者も引っ張り、三人で外に出て、代わりにフウリを小屋の中に押し込んだ。

「ちゃんと仲直り出来るまで小屋から出るの禁止!」

 言うが早いか、フウヤは外からバタンと扉を閉めた。

 

 

 額に思いっきり縦線の入ったナーガに、フウリは恐る恐る声を掛けた。

「あの、私の誤解だって分かりました。早合点してごめんなさい」

 

 ナーガは下を向いて黙っていたが、決心したように外へ飛び出し、すぐ戻って来た。

 その手には不気味人形が握られていた。

「??」

 

「あ、貴女に恥をかかせてしまいました、すみません。ぼぼ、僕も、同じ目に遭いますっ!」

 一息にそう言うと、人形の目を見据えて光らせてから机に置いて、震える手でさっきのブローチをかざした。

「貴方がいいって言うまで、このブローチは降ろしませんっ」

 

 あまりに一方的で自虐的な償いにフウリは唖然としたが、気の済むようにやらせてあげたいとも思った。

 月明かりがクリスタルに小さいナーガを映す。

 

《ナーガ・ラクシャ、蒼の里の次期長。常にプレッシャーでヘコミがち。本当は全然自信が無い、何も護れる自信が無い・・》

 いきなりな暴露にナーガは目眩がしたが、頑張ってブローチをかざし続けた。

 

《いつもいつも失うのを恐れている。ユーフィ、父上、自分を育んでくれた平和な里。失ったモノを想うほどにどれだけ苦しい思いをするか。もうこれ以上失いたくない・・》

 ナーガは小刻みに震えた。何を言い出すんだ、この人形は……

 

《最初から何も持たねば失わずに済む。僕は……ヒトもモノも、好きになりたくなかった・・》

 赤いのを通り越して蒼白になるナーガを、フウリは紫の瞳をしばたかせてじっと見つめる。

 

《谷に落ちたシンリィを探している時、怖かった。この子がいなくなったら、僕はどんな気持ちになるだろう?・・》

 

「もう、許して下さい……」

 ナーガは小さい声で言った。

 

「駄目です」

 フウリは毅然と言った。

 

《失ってホッとするんじゃないか? 持ち続ける不安より、とっとと失ってしまいたい自分がいる・・》

 ナーガは愕然とした。これは間違いなく自分の心の奥底から出た言葉なのだ。

 

 フウリは目の奥を揺らしながら口をキュッと結ぶ。まだ終わらせちゃいけない……

 

《でも、でも……シンリィが岩の向こうから顔を出してくれた時・・》

 

「嬉しかった」

《嬉しかった・・》

 

 現実のナーガと幻影のナーガが同時に喋った。

 

 俯(うつむ)いた頭に、近寄ったフウリの体温を感じる。

 ブローチを持つ冷えた手を、暖かい両手が包んだ。

 

「もう、いいですよ」

 

 

 

  ***

 

「もう少し、休んで行かれれば宜しいのに」

 梯子の手前でフウリが心配そうに言う。

 

「いえ、明日も早い仕事があるので。シンリィも修練所に行かなきゃ」

 ナーガは目をそらして事務的に答えた。

 

 醜態を曝し過ぎて、一周回って頭が冷えた。

 仲直りはしたが、あまりにも気まず過ぎる。

 フウリはさっきの出来事以来、目を合わそうともしてくれない。

 

 フウヤともう一度口琴を合わせていたシンリィが、ナーガに呼ばれて駆けて来た。

 手には元凶の不気味人形が握られている。

 

 そうかあの人形、言葉を使わないシンリィの心を知るのに役立つじゃないか! と、ナーガが思い付いたタイミングで、シンリィが転んだ。

 

「あっ」

 そんなに強い衝撃を加えた訳でもないのに、打ち所が悪かったのか、人形は縦にパキンと割れた。

 

「あーあ」

 フウヤがシンリィを助け起こして、割れた人形のカケラを見下ろした。

「バラバラだね。でも潮時だったんじゃない? こいつ凶悪すぎたもん」

 

「あ、ああ、そうだな……」

 ナーガはちょっと残念そうにカケラを眺めた。

 結局一番ヒドイ目に遭ったのは自分だったような気がする。

 そして持ち込んだ本人はのほほんと……あれ? 

 

 隣でフウリが身をそらせて後退りしている。

 シンリィがいつの間にかそこに来て、割れた人形のカケラをフウリに向けて差し出しているのだ。

「え、ええ?」

 

 はなだ色の澄んだ瞳が大真面目にフウリを見上げる。

 

「お姉ちゃん、そんなカケラじゃもう術も効いていないんじゃない?」

 フウヤに言われて、フウリは恐る恐る手を伸ばして木切れを受け取った。

 確かに光は消えているし、もう魔法人形の役割は果たしていないのだろう。でも……

 

「ナーガ様」

「は、はい」

「二胡を置いて行って下さい」

「え? あ、でも」

 最悪の事態を想定してナーガは青くなった。

 

「造り替えたい所があるんです。来週来られるまでに仕上げておきますから」

「……って? 僕、来週も来ていいんですか」

「当たり前でしょう。まさかもう曲をマスターしたつもりなんですか?」

 ナーガは一生懸命首を横にブンブン振った。振り過ぎてクラクラした。

 

「この木切れ、ナーガ様の二胡の弦を支えるコマに使います」

 フウリはニッコリ笑って木切れを見つめた。

 そう、手にした瞬間、職人としての自分が、この木切れの行先を知ったのだ。

 

「これからこの二胡は、貴方の正直な心の音色を奏でる事になるでしょう。綺麗な音が出せるよう、一緒に頑張って行きましょうね」

 

 

 

 展開が急過ぎて着いて行けないナーガは、このフウリの言った言葉の一つ一つを里に帰り着く頃にやっと呑み込めて、いきなり雄叫びを上げてシンリィをビクッとさせるのだった。

 

 

 

 

   ~余話~

 

 ・・・・・・・・・・・・・・

 ミルクの海に沈む風露の谷。

 

 落ちたシンリィを捜して、フウヤは霧の中を駆けていた。

 

 僕のせいだ。もっとしっかり支えてやっていたら。

 でも一瞬だったけれど、あの子の広げた羽根が風に乗ったように見えたんだ。

 だとしたら真下じゃなくて、術の届かないくらい遠くの風下に流れて行ったんじゃないかな。

 

 一縷の望みだけれど、何もしないで待っているよりはマシだ。

 岩場を素早く飛び渡って、樹林帯に出た。

 

「!!」

 遠くの棚の上に人影が立っている。

 ドキドキしながら近付いたが、子供じゃなさそうなのでガッカリした。

 風露の誰かだろうか、でもこんなに遠くまで?

 

 更に近付いて、フウヤは首を傾げた。

 人影は、近付いているのに、まったくはっきりして来ないのだ。

 霧のせいじゃない。

 

 ただ、そのヒトが長い髪をしているのが分かる。

 ナーガさまよりも全然長いし色も白っぽい。

 細っこくて輪郭がはっきりせず、風に吹かれるようにユラユラしている。

 

 そのヒトはフウヤに気付いているようだった。

 こちらを向いて手招きし、右手を高く上げて、一点を指さした。

 

「あ!!」

 今度は歓びの声が出た。

 指された先の梢の上に、緋色の羽根の子供が見えたからだ。

 羽根が枝に引っ掛かってジタバタ動いている。

 生きている! しかも元気そうだ。

 

「シンリィ、シンリィ!」

 フウヤは駆け出した。

 

 ・・??

 指さすヒトが、フッと居なくなった。

 その場所に辿り着くと、木彫りの人形が落ちていた。

 さっきシンリィの懐からこぼれ落ちた奴だ。

 うっすら光っている気がしたが、手に取るとすぐ消えた。

 

 

 

 

 




「奏」挿し絵

【挿絵表示】



~ふたつめのおはなし・了~




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