緋い羽根のおはなし   作:西風 そら

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 一年以上おいて、「みっつめのおはなし」を全面改訂する事にしました
 どうしても4人の子供の関係性が物足りなくて、いつか書き直そうと思っていたのですが、
やっと形にする事が出来て、ホッとしております。




みっつめのおはなし
山の子谷の子・Ⅰ


 抜けるような青い空に、鳶(とび)が円を描いている。

 

「いいなあ、鳶は」

 

 初夏の三峰の岩尾根で、スラリと手足の長い少年が、空を見上げて呟いた。

 赤っぽい黒髪に鮮やかな絹織りのバンダナ、髪の両側に垂れる派手なビーズ飾りは、この辺りの山岳部族(ハイランダー)特有の物だ。

 

「ヤン!!」

 尾根の下から狩猟化粧の男が叫んだ。

「呆けているんじゃない! 鹿はどっちへ行った!」

 

「あ、えと……」

 少年は慌てて谷を見渡す。自慢の視力が灌木の僅かな揺れを見止めた。

 

 ――ヒュ――ピピピピ――

 

 指笛の音色と長さで、獲物の居場所を谷の仲間に知らせる。目のいい自分の役割だ。

 これが出来るから、まだ成人の歳ではないけれど、狩猟に同道させて貰えている。

 

 

 

 大きな獲物を担いで、男達が集落に帰還する。

 出迎えの女達が労い、巫女が祝詞(のりと)をあげて厄落としの儀式を行う。

 若者が極端に少ない。

 ヤンが幼児の頃流行った疫病で、同年代の子供が根こそぎ失われたからだ。

 

「族長、イフルート族長! ねえったら!」

 賑々(にぎにぎ)しい人混みをかき分け、男達の中心の鷲羽飾りの逞しい男性に、ヤンはやっと辿り着いた。

「今日の牡鹿の角は僕が貰う順番だ。この間約束してくれたでしょう!」

 

「ああ、ヤン、今日はよくやった」

 イフルートと呼ばれた男性は、包容力のある優しい瞳を少年に向けた。

「しかしずっと追い続けていたあの牡鹿が『たまたま』今日仕留められたのは、『偶然』かい?」

「…………」

 

「まあ、約束は約束だ。角を手に入れてどうする?」

「麓の街の市の立つ日に持って行って、馬と交換するんだ」

「お前、まだそんな事を……」

 

 三峰の集落は、幾重もの尾根と切り立った崖で構成された、大きな洗濯板みたいな地形にある。

 狩猟に馬は役に立たない。

 家畜は乳を出す山羊と毛を採るヤクが主だ。馬を養う習慣はない。

 

「僕は、自分の乗用馬が欲しいんだ。家畜小屋の端も確保してあるし」

「……やれやれ」

 族長もそうだが、この集落の大人は数の少ない子供に甘い。

「乗用馬は猫のような愛玩動物とは違う。きちんと自分で管理するんだぞ」

 

「うん、勿論! ああっ、その角、僕の! 僕の――っ」

 少年は解体される鹿に向かって、また人混みをかき分けて走って行った。

 

「いいのか族長。馬なんか持たせたら、外の世界に憧れてここを出て行ってしまうかもしれんぞ」

 側近らしい男が、横から渋い顔で進言した。

「それはそれで構わんさ。見分を広めて戻って来てくれれば」

「戻って来るとは限らんぞ」

「来るさ、俺はちゃんと戻ったろ?」

 

 鷲羽のイフルートは若い頃、放浪癖があった。だけれど、どこに何年出掛けても必ず戻って来た。

 そして帰って来る度に、新しい便利な知識をこの集落にもたらした。

 今でも彼の豊富な知識は度々皆の役に立っている。

 だから若い者はどんどん外に出て世界を見て来るべきだと、彼は考えている。

 

「それに外に出てこそ分かるのさ。三峰のこの山がどれだけ掛け替えのない物かって事がな」

 側近の男は首をすくめて苦笑いをし、族長は角を掲げて満面の笑みの少年を目を細めて眺めていた。

 

 

 

 角と肉を抱えて自宅に戻る途中、桑畑の小高い所で、ヤンはまた空を見上げた。

 夕焼けに色付く雲の間、数頭の騎馬のシルエットが見え隠れしている。

 あちらの草原地帯を統べる、蒼の一族の空飛ぶ騎馬だ。

 どこかへの通り道になっているのだろう。この時間によく見られる。

 

「カッコいいなあ」

 種族が違うんだから自分が飛べないのなんか分かっているのだが、憧れるのは自由だ。

 憧れに近付く第一歩が、彼にとっては馬を持つ事だった。

 

 

 

   ***

 

 霧深い風露(ふうろ)の谷に、様々な楽器の音が響く。

 朝イチの音合わせの時間。

 

 今なら皆、音に集中しているから、怪しい動きをしても見つからない。

 白い猫毛の少年は、小さな風呂敷包みを背負って、山の近くの塔の壁を降りていた。

 表の梯子を渡ると関の番人に見つかるからだ。

 張り出した木の枝を掴み、幹を伝って山の斜面へ辿り着く。久々の苔とシダの匂い。

 

 もう一度、風露の集落を振り返る。ミルク色の霧に包まれた、生まれ育った尖塔の谷。

 門外不出の技術を守って、世界に広がる音色を削り出す事に一生を捧げる風露の民。

 少年もその一員でいるつもりだった。

「ごめん、お姉ちゃん……」

 

 

 

「フウヤ!?」

 

 尾根の裸地を歩く少年の前に、深緑の草の馬が降りて来た。

「どうしたの、確かもう弟子入りだよね? 集落を出てはいけないんじゃなかったっけ?」

 馬上には長い髪の蒼の一族の男性。曇り一つない額に翡翠の飾りが揺れている。

 

 まったく何で、今日という日に、このヒトに見付かっちゃうんだよ。

「ナーガさま、どうしても行きたい所があるの。見なかった事にして貰えない?」

 

 

 

 風露の谷より少し離れた、山の麓の川沿いの集落。

 川の浅瀬に桟橋が作られ、女達が布を晒している。

 それらを見渡せる崖の上に、ナーガとフウヤが立っていた。

「『川柳(かわやなぎ)』と呼ばれる集落はここだけだよ」

 

「ありがと……」

 結局しつこく問いただされ、馬で送って貰う流れになってしまった。

 あまり世話になりたくなかったのだが。

 

「フウヤが会いたいヒトって、あの中にいるかい?」

「……」

「遠過ぎる?」

「顔を知らないんです」

「??」

 ナーガは怪訝な顔をした。

 てっきり、山で見かけた女の子に一目惚れでもして会いに来たかった……ぐらいに思っていたのだ。

 

「えと、誰なの、フウヤの?」

「……おかあさん……」

「えっ?」

 

 フウヤは、話す事にした。下手にごまかしてもしようがない。

「僕のおかあさん、風露のヒトじゃないの」

「そう……」

 ナーガは言葉少なに頷(うなず)いた。

 風露の民からかけ離れた彼の外見から、それは気付いていた。

 

「おとうさんは分からないけれど、多分ここにはいない」

「……」

「僕のおかあさん、お腹の子供と一緒に神様の所へ行こうと、山をさ迷ってたって。雨の日に」

「……」

「そんで、風露の集落に助けられて、大人のヒト達で色々、色々話し合って、僕は風露の子になったの」

「……そうか」

 

 ナーガは小刀を取り出した。

「左手を出して。少し我慢しなさい」

 少年の薬指の先を小刀で突くと、赤い血の玉が膨らんだ。その指を右手の薬指と血で張り付ける。

 ナーガが呪文を唱えると、重ねた両手がすうっと動いて、前に突き出された。

「君の血が呼ぶのは、あのヒトだね」

 

 目の前のくっ付いた薬指の指す先に、一人の女性がひときわ鮮やかな布を川に浸していた。

 他の女性に比べて肌も髪も色が薄く、そしてフウヤと同じ猫みたいな釣り目。

 フウヤは口をキュッと結んで、その女性を見つめた。

 

「優しそうなヒトだね」

「うん」

「それに、きっともう、神様の所へ行こうとはしなさそうだね」

 女性の周囲に小さい子供が二人まとわり付いていた。女性と同じ髪色の猫目の子供。

 

「会って行く?」

「ううん、一目姿を見て、けじめを付けたかっただけ」

「そう、じゃあ帰ろう。掟破りがバレちゃう前に」

 ナーガは少年の両肩に手を置いた。

 

「帰らない」

 フウヤは首を横に振った。

「僕は風露の民にはなれない。音が全く分からないもの」

 

「えっ、いや、それは……音が分からなくても出来る事はないのか?」

「お姉ちゃんは、漆とか彫金とか細工専門の職人になればいいって」

「うん、フウヤ器用だもの、それでいいと思うよ」

 

 フウヤはフッと能面みたいな顔になった。

「自分の人生を『それしかないからそれでいい』って、そんな決め方したくないと思う」

 

 ナーガはぐっと詰まった。今、この子をとても傷付けてしまった。

 

 そんなナーガには無頓着に、白い猫毛の子供は振り向いて笑顔を作った。

「要するに、僕は風露を出た方が道がいっぱいあるって事。今すっごいワクワクしてるんだよ!」

 

 

 




挿し絵「三峰の少年」

【挿絵表示】


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