緋い羽根のおはなし   作:西風 そら

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山の子谷の子・Ⅱ

 

 

 賑やかな掛け声の屋台の間を、ヤンは浮き立つ気分で泳ぎ歩いていた。

 

 年に一度の麓の街、壱ヶ原(いちがはら)の大市。

 さっき漢方薬商人に売った大鹿の角が、思いの外高額になった。

 これなら若馬一頭買っても、残りで母さんにお土産を買って帰ってあげられる。

 甘い物がいいかしら、それとも新鮮な果物? 

 

 キョロキョロと歩く少年の前に、突然何かが転がって来た。

 

「痛ぁい・・」

 転がったのは細い手足の男の子で、ヤンに蹴飛ばされる形になった。

 色白の釣り目で、頭は綿帽子みたいな白い猫っ毛。この辺の部族にはいないタイプだ。

 

「ごめんごめん、だいじょう……」

 ヤンの言葉が終わる前に横から野太い腕が伸びて、子供の首根っこを掴まえた。

 屋台の料理人らしい前掛けの、赤い顔をした大男。

 

「このガキ逃げやがって! 俺様の店で食い逃げとは太ぇ野郎だ」

「違うよぉ、急に怖い顔で迫って来たから」

「お前が食ってすぐ立ち去ろうとしたからだろ」

「あ、そうか、ごめんなさい」

 

 降ろされた子供は胸の前で両手を組んだ。

「ごちそうさまでした」

「…………」

 

「じゃあね」

「こらあああああ!!」

 

 輪をかけて真っ赤になった料理人が再び子供を捕まえた。

「金を払えって言ってんだ、金を!」

「カネってなあに?」

「ふざけんな!」

「おじさんが、どうぞ食べて行ってって呼び込んでたんじゃないか」

「このガキィイ!」

 

 クスクスいう笑い声に、料理人はキッと振り向いた。

「あっすみません」

 思わず吹き出してしまったヤンは、慌てて謝った。

「あの、僕、少しなら払えます。その子幾ら分食べたんですか?」

 

 払いはお土産に考えていた金額で足りた。母さんには今の面白かった話で勘弁して貰おう。

 ちょっと出来ていた野次馬も散った。

 

「えと……」

 子供はヤンに頭を下げた。

「ありがとうございました」

 

「うん」

 ヤンは屈んで、子供の両肩に手を置いた。

「僕は狩猟の民だ。皆で力を合わせて大変な苦労をして獲物を捕る。ね、あの屋台の肉は誰かがそうやって捕ってくれた物、おいしく料理してくれるのはあのおじさんの労力。市場でそれらを頂くには、対価を払わなくちゃいけないんだよ。それを便利にする為に『お金』って物があるの」

 

「そうだったんだ」

 子供は、ヤンが見せてくれた銅貨を見つめて、素直に頷いた。

 

「あの、僕、『お金』持ってないけど、これ……」

 腰ベルトの物入れから、猫の形の木彫りが出て来た。よく見ると笛になっている。

 

「へえ、可愛いね」

「僕が作ったの」

「そう、有り難く貰うね。お土産に丁度いい。僕の母さん猫好きなんだ」

 二人は、小さく笑い合い、手を振って別れた。

 

 

 

「ここにいたんだ、どうしたの? フウヤ」

 一人になってボウッと突っ立っている子供に、長い髪の男性が歩み寄った。

「着る物とかだいたい揃ったよ。他に欲しい物ない?」

 

「本当にいいです、ナーガさま、そんなにしてくれなくても」

「ちょっとくらい何かさせてよ。『現し身人形』の件では、君に沢山お世話になったんだ」

 

「……ねえ、僕、やっぱり蒼の里に行かなきゃダメ?」

「まだそんな事言っているの? 里で預かるって事でラゥ老師にも話を通したんだよ。その方がフウリだって安心だろうし」

 

「そんなんじゃ、あそこを出た意味がない……」

 フウヤは口の中でゴニョゴニョ言った。

 

「まだ十歳なんだから、里でゆっくり勉強しながら将来を決めればいいじゃないか」

 奉公先を紹介する事も出来るが、この子はあまりにも世間を知らなさ過ぎる。

 ナーガにしたら、せめて手元で少し学ばせてやりたかった。

(それに、この子が来たら、シンリィがきっと喜ぶ)

 

「そうそう、馬を見に行かないか? 草の馬は蒼の一族しか乗れないから、フウヤに合う馬を捜しに行こう」

 気乗りしなさそうな子供の背中を押して、ナーガは馬市の方に向かった。

 

 

 

 ヤンは、馬商人の勧める色とりどりの馬の間で、目移りしまくっていた。

「イフルート族長はなるべく肩の立った馬が山に向いてるって言っていたな。ああでもよく分からない」

「坊ちゃん、馬ってのは相性でさぁ。最初にビビッと来た奴でいいのさ、ビビッとね」

「そうは言っても……」

 

 不意に、後ろから何者かがヤンの腕を掴んだ。

「!?」

 さっきの白い髪の子供だ。

 腕を絡めて思い切り引っ張られたので、三歩ほどよろめいた。

 

「お兄さん、走って!!」

「えっ、えっ?」

 

「フウヤ、待ちなさい!」

 人混みをかき分けながら、長い髪の男性が追い掛けて来る。

 そして何故かその後ろから、先程の屋台の大男も走って来る。凄い形相で。

「えええっ!?」

 

 ヤンは何が何だか分からないままに、子供と走り出した。

 その子供の反対側の手には、よく焼けた骨付き肉がしっかり握られている。

 

 追い掛けるナーガの肩を、大男がガッシと掴んだ。

「あんたあのガキの連れだろ? 金払え、金!」

 

 

 

 黒と茶色の大きな牛達の間に、子供とヤンは隠れるように座り込んでいた。

「何だってんだ、一体。その肉、盗んだのか?」

「ううん、あの長い髪のヒトがお金を払うから大丈夫。一緒に食べよ、お兄さん」

 子供は飄々と肉をかじったが、ヤンは訝(いぶか)し気に睨んだ。

 

「ね、お兄さん」

「ヤンだよ」

「そう、ヤン、僕はフウヤ。物は相談だけれど、僕をヤンの村へ連れて行ってくれない?」

「はあ?」

 腰を浮かしかけたヤンを、フウヤが空いている方の手で押さえた。

 

「ヤン、狩猟の民だって言ったよね。僕も狩猟の民になりたい。自分で選んだ仕事で働いて、きちんと対価を得られる者になりたいんだ」

「いやいやいや、無理だろ」

「どうして?」

「そんな細っこい身体で」

「お肉いっぱい食べたら、すぐにヤンみたく大きくなるよ」

 

 子供は意地を張るように肉をガシガシかじり、ヤンは溜め息ついて隣に座り直した。

「さっきのヒト、お兄さんか? 心配しているんじゃないの?」

 

「僕には家族なんかいない」

 かじり終わった骨で子供は地面をガリガリ引っ掻いた。

「あのヒトとは行きたくない……」

 

 ヤンの表情が曇った。

「まさか、ヒト買い・・か?」

 先の災厄でどの部族も子供が少ない。身寄りのない子供をお金で売り買いする商人がいるって聞いた事がある。物扱いで売られた子供は、行った先でもだいたい物扱いになる……とも。

 

「ヒトカイ? えっと、うん、そうそう」

「…………」

 

「ここにいた!」

 牛の頭越しに、さっきフウヤを追い掛けていた長い髪の男性が覗いた。

「まったく、いきなり、どうしたの?」

 

 ヤンは男性をジッと睨んだ。

 一見優しそうだけれど、この虫も殺さなそうな顔で子供を家畜みたいに集めて売り飛ばすのか? 

 すっくと立ち上がって、懐から巾着袋を引っ張り出した。ヤンの全財産だ。

「足りないかも。だけれど、これでこの子を自由にして!!」

 

 押し付けられた財布に目を白黒させる男性を尻目に、ヤンはフウヤの手を掴んで駆け出した。

 

 

 

***

 

 市を抜け、街を抜け、少年二人は手を繋いでひたすら駆けた。

 

「追って来る感じじゃないよ」

 フウヤが振り向いて言った。それでも用心して岩影に隠れて息を付いた。

 

「あれで足りたのか? お前安かったんだな。まあ細っこいもんな」

「でも丈夫だよ、ヤンの役に立つよ。あのお金の対価の分、ヤンの為に働く」

 

「いやいや、僕はヒト買いじゃないし。フウヤ、もう自由なんだから家に帰れよ」

「僕には家族なんかいないって言ったでしょう」

「…………」

 

 

 微かに草を踏む音がした。

 フウヤが岩影からそっと覗いて、声を上げた。

 

「ヤン!!」

「追って来たのか?」

「違う、ヤン、あれ!」

 

 ヤンもそちらを見て息を呑んだ。

 夕陽のオレンジの草原を、肩を並べて二頭の馬が歩いて来る。ヒトの姿はない。

 

 二頭とも骨格の綺麗な若駒で、新品の馬具を付けていた。

 片方は四白流星の栗毛に黒い鞍。

 片方は一点の白もない黒砂糖みたいな栃栗毛に白い鞍。

 

「誰かの馬かな?」

「いや……」

 ヤンは栗毛の頭絡に結ばれていた手紙をほどいた。

《親切なビーズ飾りの少年へ。馬商人さんのお勧めです。ビビッと来てくれればいいんですが》

 

 黙って栗毛の鼻面を撫でるヤンを、フウヤは神妙に覗き込んだ。

「何か分かんないけど、よかったね、ヤン」

「そうか?」

「だってヤン、ニコニコしてる」

「そうか……」

 

 

 黒砂糖はフウヤの分の馬なんだろう。

 そう考えるともうヤンはフウヤを突き放す気になれず、結局一緒に三峰に戻った。

 

 ヤンが馬のオマケに子供を連れ帰ったと聞いて、村人がワイワイ集まって来た。

 集落に子供は少ない。どんな子供だ? と、皆が首を伸ばして覗き込む。

 

 鷲羽のイフルートが総括した。

「いいんじゃないか? 若い者は宝だ。お前、三峰の子供になるか? この集落で大人になって所帯を持ち、三峰の民として骨を埋めるか?」

 

「分かんない、僕、来た所だもん」

 白い子供はキョンと答えた。

「でも、ヤンは好きだし、狩猟の民になりたいって思ったの。大人になって死ぬ時の事、今決めなきゃ駄目?」

 

「正直者だ」

 イフルートは白い歯を見せて苦笑した。

「その場限りの迎合を言うお調子者なら要らない。三峰の一員になるかは暫(しばら)く居てから決めるがよい」

 

 皆の信頼厚いイフルート族長が認めてくれたのなら安泰だ。ヤンもフウヤに微笑みかけた。

 

「でも、ヒト買いから逃げたのなら、故郷へ帰りたくないの? お母さんは?」

 一人の女将さんが女性らしい心配をした。

 フウヤは俯(うつむ)いて黙った。

 

「馬鹿ね、子供をヒト買いに渡すなんてよくよくの事情があったのよ」

 助け船を出したのはヤンの母親だ。

「うちへおいで。フワフワ猫毛が可愛い事」

 

「マァサ、猫じゃないんだ。ヒトの子だぞ」

 彼女の猫好きを知っている村人達は笑った。

 

「だって、ヤンにだって兄弟が欲しいわ。ティコだってビィだって、生きていればこれ位……」

 そこまで言って、母親は慌てて口を塞いだ。

 それは言わない約束なのだ。災厄で幼子を亡くしたのは彼女だけではない。

 

 何にしても、仲のいいヤンの家庭に引き取られるのが自然だろう。

 その日はお開きになり、皆帰宅した。

 家の物入れの奥にしまった子供用の衣服、あの子に合うかしら? 明日持って行ってあげようと考えている者が、複数いた。

 子供の数より、しまわれた小さな衣服の数が多い村だった。

 

 

 

 三峰の真上の夜空。

 星を背景に一頭の騎馬が浮かぶ。

 

「まったく、誰がヒト買いだ!」

 ナーガは苦笑して馬を上昇させた。

 

「結局、自分で道を切り開いてしまった。フウリ、君の弟は君に似て、岩のように頑固で……たいした大物だよ」

 

 

 

 

 

 

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