緋い羽根のおはなし   作:西風 そら

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草原の子・Ⅲ

 うす惚(ぼ)けた緋色のバサバサ羽根が、白い霧の中に見え隠れする。

 

 蒼の里、肌寒い初秋の早朝。

 朝イチの厩当番の為に修練所の厩舎に向かう途中、ジュジュは、霧の中を泳ぐように移動する緋い羽根を見付けた。里はまだ目覚めていない。

(ええっ、そっちは結界の境目だぞ?)

 

「おーい、羽根っ子、シンリィ!」

 声を掛けたが羽根は止まらない。追い掛けようとしたジュジュだが、思い直して厩に走った。

(あの様子だと、どうせまた追い付けない)

 

 放牧地の最奥、後少しで結界の境目という所で、羽根の子供の前に碧緑(へきりょく)色の騎馬が降り立った。

「上から来る者には効かなかったな、お前の目くらまし」

 

 顔も上げずに馬の脇を通り抜けようとする子供を、ジュジュは馬から飛び降りて捕まえた。

 顔を覗き込んでギクリとした。羽根の子供は今まで見た事もない不機嫌な顔で、鈍く光らせた上目を向けて来たのだ。

 ごくたまに怖がったり笑ったりするシンリィだが、こんなに不機嫌な表情は初めて見る。

 

「お前でもそんな顔をするんだな。大人のやり口にキレたか?」

 

 昨日、シンリィと同い年のチビッコ達が、それぞれに自分の馬を宛(あて)がわれ、乗馬訓練が始まった。この子供だけその場が見えないように引き離されて、上級生の座学の教室に座らされていたのだ。

(そんなその場しのぎでごまかしたって、何に解決にもならないのにな)

 別に正義の味方ぶりたい訳ではないのだが、ジュジュにも何となく面白くなかった。

 

 シンリィは表情を変えずに、掴まれたままズンズン進もうとする。

「分かった分かった、まあちょっと待て」

 

 ジュジュは無理に引っ張ろうとしないで、子供の前に回り込んで両肩に手を置いた。

「大人はお前の事を、儚げで、か弱い子供だとしか思っていない。お前がどんなに豪胆でどんな目的があって外に出ようとも、居なくなれば大騒ぎになっちまうんだよ。エノシラさんが泣くの嫌だろ? 俺に任せれば、穏便に上手く連れ出してやる。お前の行きたい所に付き合ってやるよ、どうだ?」

 

 羽根の子供は光を湛えたままの目で、ジュジュをじっと見つめた。

 

 

 

「だから、てっきり修練所の課外授業か何かだと思っていたんだ」

 

 夜の執務室。

 丸机の上に置かれた手紙を睨んで茫然とするホルズ。

 今朝、執務室の入り口に挟まっていた物だ。

 

《――今日は里の外へシンリィも連れて行きます。遅くなるらしいので、小間使いはお休みさせてください。ジュジュ――》

 

「そんな、外に出る行事なんてやっていませんよ」

 顔色を失くすサォ教官。こちらは、たまに小間使いの用事で修練所を抜けるジュジュや、好きな講義にしか来ないシンリィなので、居なくても気に止めていなかった。夜になってのホルズの問い合わせに、慌てて執務室にやって来たのだ。

 

「絶妙な言い回ししやがって。こんな書き方じゃ、『大人の誰かが知っている外出だろう』と勘違いしちまう。しかも嘘はついていない。どこで覚えるんだ、こんな小賢しい悪知恵」

 

 壁際で腕組みするノスリ。

「まあ、嘘をついたら小間使いをクビにするって最初に脅したからな。しかし馬を勝手に連れ出したのはまずいぞ。そんな事の分からん子じゃなかろうに」

 

 修練所を卒業していない学生が許可なく馬で外に出るのは禁止だ。誇り高く頑固な馬事係を怒らせると、非常に面倒な事になる。事情があろうとなかろうと、たとえ執務室がとりなそうと、彼らは筋を違えない。

 

 皆で頭を抱えている所に、入り口に気配がした。ナーガが帰って来たのかと思ったが、気配は外で止まった。ささやき合う数人の声がする。

 ホルズがそっと立って、扉をバッと開いた。

 

「うああっ」

 三人の男の子が転がり込んだ。ジュジュより三つ四つ年下の、ハウスの子供だ。

 

「お前たち……」

 あきれて見下ろすサォ教官の足元で、三人はホコリを払って立ち上がった。

「へぇ、シツムシツってこうなってんだぁ」

「おっきい机! ジュジュお兄ちゃんの言ってた通りだね」

「剣がある、剣! かっけぇ――!」

 

「こら、ここは遊び場じゃない」

 外へ押しやろうとするサォ教官の脇から、慌てて子供達は叫んだ。

「指令で来たんだってば、ジュジュお兄ちゃんの指令!」

 

「し、指令って、ジュジュは帰って来ているのか?」

 

「ううん、朝に指令されたの」

「夜になるとサォせんせが執務室に呼ばれるから、出て行ってからゆっくり百数えて、それから追い掛けろ、って」

「ちゃんと声に出して数えたよ!」

 

 豆鉄砲喰らった顔のサォ教官の脇から、ホルズが覗き込んだ。

「指令とは?」

「手紙の配達!」

 三人はそれぞれに、懐やポケットから紙切れを取り出した。三枚合わせると一枚の手紙になる。……手が込んでいる、大人に簡単にバラさない為なんだろうが。

 ホルズがひったくって丸机に並べた。サォ教官とノスリも覗き込む。

 

《――これを読んでいるって事は、夜になっても自分は帰っていないんですね。って事は、けっこう時間が掛かるのかも。えっと、これは自主的な家出です。帰る時になったらちゃんと帰りますので、あんまり心配しないで下さい。食糧や野営装備も持っています。あ、シンリィは一緒です――》

 

「これだけかよ!」

 ホルズが叫んだ。ノスリは考え込んでいる。

 

「ジュジュは他に何も言っていなかったのか?」

 教官が焦った様子で子供たちに問いただした。

 男の子三人は口をつぐんで下を向いている。これ以上の事は聞き出せそうにない。

 

「どちらにしても放って置く訳には行かないぞ。馬事係の方では『馬の行方不明事件』として動くだろうし」

 

 

「ただいま戻りました! どうなっていますか?」

 扉が開いて、仕事帰りのナーガが飛び込んで来た。後からエノシラが続く。馬繋ぎ場で待っていた彼女におおよその事を聞いたのだろう。外套も外さぬまま、ホルズに指さされた丸机の手紙に喰い付く。

 

「……捜すのは僕が行きますから、大事(おおごと)にはしないで下さい」

 しばらくして手紙から顔を上げたナーガは、周囲を見回してゆっくり言った。不思議に落ち着いた声だった。

「ノスリ長、申し訳ありませんが、馬事係の頭領を説得して下さいませんか。ひとまずナーガ・ラクシャに預けて、抑えて頂けないかと」

 

「分かった、引き受ける。……おい、ちょっと休んで行ったらどうだ」

 

 引き止める声に「後はお頼みします」と会釈だけして、ナーガは今入った扉を忙(せわ)しく出て行った。

 

 

 サォ教官と子供たち、エノシラを帰宅させて、執務室にはホルズとノスリが残る。

 

「親父、俺はジュジュを手放したくないんだがな。やっぱりクビにしなきゃならんか」

 悲痛に語るホルズに、ノスリは丸机の二通の手紙をもう一度眺めながら言った。

「あぁん? クビにする理由なんかないぞ」

「は?」

 

「ジュジュは巻き込まれただけだ」

「誰にっ!?」

「シンリィに、に決まっているだろうが」

 

 ノスリは二通の萱紙を指で辿りながら、両目尻にシワを寄せた。

「この家出の主役はシンリィだ。ジュジュは多分、放って置けなくて付き合ってやっているだけ。分かるだろ、この行間で。シンリィのせいに見えないようにしたいのが見え見え過ぎて、逆に丸分かりだっつーの」

 

「いやそんなの分からんって。親父こそ何で分かるんだ」

「俺は大昔、カワセミとツバクロのそういうのに無茶苦茶振り回されたんだっ」

 

 

 外套をはためかせながら坂を下るナーガを、サォ教官が追って来た。

「私も行きます。ジュジュの事は私の監督不行き届きです」

 

 ナーガは立ち止まって、ゆっくりと振り向く。

「あの子が……シンリィが、初めて大人に歯向かって来た。そしてそれを助けてくれる友達がいる」

 振り向いたナーガの顔に、教官は目をまん丸に見開いた。

 

「ねえ、サォ教官、僕は今、どんな顔をしていますか?」

 

「・・すごく嬉しそうです」

 

「でしょう。ここは僕一人に行かせてください」

 

 長い髪をひるがえしてナーガは坂を駆け下りて行った。

 

 

 

   ***

 

 

 蒼の里より遠く離れた丘陵地帯。

 

 夜闇に光る沢山の目が、ゆっくりと輪を縮めている。

 その輪の中に、羽根の子供と明るい髪色の少年。そして怯える碧緑色の草の馬。

 

 ――バシィッ!!――

 輪の一角で衝撃波が炸裂し、獲物を囲んでいた狼たちが、怯んで後退りした。

 

「シンリィ、連続で上げろ!」

 

 膝から先をブラブラさせて構えながら、ジュジュが叫ぶ。

 シンリィは真剣な顔をして頬を膨らませ、両手を合わせて風の渦巻きを作っている。

 ブンブンうなるそれを、ジュジュの頭上に投げ上げた。

 

「行けえっ!!」

 体重を乗せて蹴られた風玉はブーメランみたいな弧を描いて、親玉狼の鼻先で炸裂した。

 

 ――ギャウン!――

 親玉狼は悲鳴を上げて、三歩退いた後、踵を返した。

 厄介な相手と判断したのだろう、他の狼たちもパタパタと退散した。

 

「今の内だ、行くぞシンリィ」

 ジュジュは馬を引き寄せて、素早くシンリィを押し上げた。

 自分はお尻の側から飛び乗って、風を巻いて上昇させる。

 下界に、藪で様子を伺う狼たちが見えた。

 

「お前さすがだな、あんな風の蹴り玉を作れるなんて。伊達に自然法術の講義を受けていたんじゃないな。話の合間に教官がちょっとやって見せてくれるだけだったのに」

 羽根の子供は懐で、フウ・・と息を付いている。

「全然か弱い子供じゃないよな、お前」

 

 

 ジュジュの飛行術では、馬は一度のジャンプで丘ひとつ越えられる程度だ。しかも二人乗りなのであまり連続して飛べない。本当なら、一日がかりでも里からそんなに離れられない筈なのだが……

 

「まただ」

 頬に受ける風がぐにゃりと歪み、周囲の空気が一気に変わる。暗くてよく見えないが、眼下の景色も変わっている気がする。里を出てから何度か、ジャンプした時この感覚に見舞われた。

 前に乗っている子供は、ひたすら遠くを見つめている。行きたい先を思う心が、無意識に空間を歪めちゃうんだろうか。

 

(そら恐ろしい奴……)

 ジュジュは溜め息して、袖をまくって腕に巻いていた布を裂き、細工してから地面に落とした。

 

 目の前に広葉樹の山稜が広がる。もう、ジュジュにはまったく見当の付かない土地だ。

「お前いったいどこまで行きたいんだ?」

 

 シンリィは相変わらず前を凝視している。

 思う方向から逸れたら、腕を上げて行きたい方向をさす。

「王子様気取りかよ」

 後ろ頭を軽くこずくと、子供は呑気にゆらゆら揺れた

 

 月と星からして、彼が見つめる方向は一定だ。明確な目的地があるのは確からしいのだが、距離がさっぱり分からない。さすがにちょっと不安になって来た……が……

 

「まあいいか」

 

 ジュジュは自分の無鉄砲さに自分で驚いていた。手堅く生きて来たつもりだったんだけれどな。

 不安より、行った先に何があるかのワクワク感の方が勝るのだ。

「俺もまだまだ子供だったって事か」

 

 

 ―― ヒュ――――ィイイ ――

 

 前方の山麓に微かな音が上がった。

 鳥の声? いや、あれは誰かの指笛……?

 

 シンリィがビクンと揺れた。

 

 

 

 

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