緋い羽根のおはなし   作:西風 そら

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白蓬・Ⅵ

 うう・・気持ち悪い・・・

 ジュジュは悪寒と共に目を覚ました。

 どうしたんだっけ。向かいの山の集落に一飛びした時、急に視界が歪んだんだ。

 

(ああ、一緒にいた白い頭の子供、どうなったんだ?)

 辺りは薄暗い。室内か? まだ夜なのか?

 身を起こそうとしてびっくりした。後ろ手に縛られている。足もだ。

「えええええっ!」

 

 落ち着け落ち着け落ち着け。

 里からあれだけ離れたんだ。蒼の長の威厳が通用しない地域の可能性も十分有り得る。

 空から降って来たらそりゃ怪しまれるよな。

 大丈夫、話をすればきっと分かってくれる。さっきの子供だって会話は通じたし……

 

(え? もしかして、あの子供が落ちた時にどうにかなっちゃったとか?)

 背筋が冷たくなった。

 

 細い光が射した。

「お、坊主、起きたか」

 光は男が持ったカンテラで、彼の後ろに見える暗がりから察するに、まだ夜らしい。

 

「あ、あの・・!」

 ジュジュが何か言う前に男は背後に回った。縄を解いてくれるのか?

「痛っ・・つつ!」

 

「男の子だろ、ちょっと我慢しな」

 肘のすり傷の手当てをしてくれているみたいだ。ツンとする薬の匂い。

「膿まずに済みそうだな。他に痛い所は? 頭はどうだ、はっきりしてるか?」

「はい……」

「待ってろ、何か食べ物を持って来てやる」

 

「あ、あの、子供は無事でしたか、白い頭の子供」

「心配するな、ピンピンしている」

 よかった……  

 

「じゃ、あの子に聞いてくれたら分かると思うんですけど。俺、迷子を捜しているだけで、怪しい者じゃないです、縄を解いて下さい」

 

 一度出て行きかけた男は、気の毒そうな顔で戻って来た。

「悪いな、出来ないんだわ、族長の命令だから諦めてくんな。痛かったら緩めてやるから言え。でも抜け出そうとしてくれるなよ、俺が罰を受ける」

「…………」

 気のいい男のようだが、上の者でないと話が付けられないみたいだ。

 

「これから族長や主だった者が出掛けるから、帰って来るまで我慢しろ。迷子も見付けたら連れ帰ってくれるってさ。やせっぽちでボケッとした男の子……だっけ」

 

 あの子供、ちゃんと伝えてくれたみたいだ。その点は良かった。

「あ、あと、羽根があります。背中に緋いバサバサの羽根」

 

 男の顔色が変わった。

「羽根? 羽根って言ったか? 蒼の一族の、羽根持ちの子供?」

 

「はい? でも、あんまり役に立たない、でかいだけの羽根ですよ?」

 

 ジュジュが話し終わる前に、男はバタバタと出て行った。

 

「だから、いったい何なんだよ。食べ物……持って来て貰えそうにないな……」

 本当によく分からないけれど、厄介なヒト達の住む山に降りてしまったようだ。

 

 まったくシンリィ、なんだってこんな山の上空で、いきなり飛び降りたりするんだよ。

 

 

 

 ガチャリと音がして、さっきの男性が戻って来たのかと思ったら、覗いたのは白い頭の子供だった。

「えっと、カペラ?」

「うん、ごめんなさいジュジュ、こんな事になって」

 

 子供は足早に近寄って、縛られた縄を切ってくれた。

 持って来てくれたパンをかじり、足のいましめを自分で外している間に、子供は奪われていた腰ベルトとナイフも捜し出してくれた。

 

「草の馬は桑畑の方の馬房。さっき確認して来た。でも今はゴタゴタしてるから、もうちょっと待った方がいいと思う。案内するから」

「ありがとう。本当に助かるんだけれど、カペラ、大丈夫なの? 罰とか受けるんじゃないか?」

 

 暗がりだが子供が微笑んだのが分かった。

「いいヒトだね、貴方」

 

 外の物音が遠ざかって静まってから、子供の導きで、ジュジュはそこを抜け出した。

 閉じ込められていたのは石で作られた頑丈そうな倉庫だった。

 結構ガッチリ監禁するつもりだったんだな。

「なあ、何で俺、拉致られたの? 蒼の一族が何か恨まれるような事をやったのか?」

 

「恨まれてはいないと思うよ。皆に聞き回って、だいたい把握出来たんだけれど」

 物陰に隠れながら前を行く子供が、小声でささやいた。

「草の馬が欲しいみたい」

 

「ええっ!」

「声が大きいよ」

 

 ジュジュは慌てて口を押えた。

「いや、確かに、よく知らないで、ただの空飛ぶ馬だと思って欲しがるヒトが多いって話は聞くよ。でも、草の馬ってのは……」

 

「蒼の一族と共に在り、蒼の一族と共に生きる。一人が一生に一頭だけを与えられ、飛行術がないと飛べないし、扱いには厳しい掟がある……でしょ」

 子供はシレッと答えた。

 

「わ、分かってるじゃないか。馬だけ手に入れても意味がないぞ」

 

「僕は、たまたま教えてくれるヒトがいたから知っているだけで、この辺りのほとんどのヒトは知らないんじゃないかな。それに、この集落のヒト達は、多分、空を飛ぶ事には興味がないと思う」

 

「じゃあ何で欲しがるんだ?」

 

「ただ、欲しいから」

 

「ええ・・」

 ジュジュは脱力した。子供かよっ!

 

 

 人家がまばらになり、桑畑のシルエットに家畜小屋の三角屋根が突き出ている。

 そこに草の馬が入れられているらしいが、入り口に寝ずの番が居る。

 

「ここで待ってて」

 子供が立ち上がった。

「おじさん!」

 

 遠目に、子供が番人に何かの瓶を渡すのが分かった。

 男は上機嫌でそれをラッパ飲みしている。おいおい……

 

「少し待ってね。あのおじさん、飲むとすぐ寝ちゃうから」

 戻って来た子供はシレッと言って、隣にしゃがんだ。

 

「本当にいいのか? 君、部族のヒト達をめっちゃ裏切ってない? いや、俺が言うのもなんだけどね。俺、ほんのちょっと前に君に会ったばかりの、ほぼほぼ初対面だぞ」

「あはは」

 子供は軽く笑った。さっきからこの子供は、喋っている言葉が何だか上滑りしている。

 

「なあ、さっき手当てをしてくれたおじさん、『羽根』って言葉に反応してたけど。もしかして草の馬と一緒な感覚で、『羽根』も欲しいの?」

「そうだね」

「いや草の馬は分かるけど、羽根ってどうなの? そんなに欲しがる要素ある?」

 

「どうだろ。さっき聞き回った時に誰かが言ってた。黒い病で地獄だった時、空から来た羽根のヒトの無敵感がハンパなかったって。あれは神様の依怙贔屓(えこひいき)だって。その羽根が常時部族にあればなあって思っちゃう気持ちは、何となく分かる」

「…………」

 

「だからって『有翼人を誘拐してでも囲い込んで、部族にその血脈を流し入れる』って発想になるのは、ビックリした」

「え”・・??」

 

「ねえ、僕、よく世間知らずって言われるんだけれど、それにビックリしちゃうのも、やっぱり世間知らずだからかなあ?」

 

 

 見張りの男性が眠かけ漕ぎ出した。

 二人はそろりと動き、小屋の壁沿いに奥に回った。

 碧緑(へきりょく)の馬は臨時に仕切られた馬房で大人しくしていたが、ジュジュを見ると嬉しそうに鼻を鳴らした。

 

「馬具はそっちの棚。僕が鞍置くから、頭絡やっちゃって」

「分かった、ありがとう」

 

「今度は落っこちないでね」

「ああ……」

 ハミを掛けていたジュジュは手が止まった。

「何で落っこちたのか分からないんだ。初めてなんだよ、あんな事。飛んでいる最中、急にクラッと来て。体調は悪くないと思うんだけどなあ」

 

 子供も手が止まったが、すぐ動き出して、腹帯を締めながら言った。

「『術切れ』って事は? 飛行術も、術の一種なんでしょ」

 

「術? 俺は術なんか……・・あ・・」

 『道標の呪符』、あれって細工して落とす時、術を使った事になるのかな。そういえばナーガ様オリジナルの呪符なんだよな。

 うわっ、もしかして、気付かない内に術力をゴッソリ持って行っちまうような術だったんじゃないか? あのヒト、基本術力(ベース)の桁が違うし。そもそも俺って、術力あんまり高くないんだよな……

 

「大きい力を使う術、例えば誰かを捜す術とか、そういうのを使い過ぎたら、しばらく飛行術すら使えなくなる、最悪倒れちゃって回復するまで目を覚まさない。……知っているヒトが、そうなっちゃったコトある」

 

「へぇ……」

 ジュジュは訥々(とつとつ)と喋る子供の後ろ姿に聞いた。

「ずいぶん詳しいんだな。誰、その、知っているヒトって?」

 

 子供は振り向かないで、ピシャリと言った。

「大嫌いなヒト」

 

 

 馬を引き出した所で、居住区の方が騒がしくなった。

 ジュジュが逃げたのがバレたんだろう。

 

「朝までは大丈夫だと思ってたんだけどな」

 子供はそちらを向いたまま言った。

「最後にひとつお願いがあるの」

 

「ん、何でも言ってくれ、俺に出来る事か?」

 ジュジュは鞍を掴んで馬に上がりながら聞いた。

 

「ちょっとそこまで、乗せて行って貰えない?」

 

「あ? ああ、構わないぞ。少し眠ったから、多分もう落っこちないだろ。ほら、手を出して」

 何だ、この子もここを抜け出したかったのか。待遇悪いのかな、早く言ってくれればいいのに。

 白い子供の手を取って引っ張り上げた。

 

 二人を乗せて、馬はフワリと舞い上がる。

 

 居住区からこちらに向かって来る松明やカンテラの灯りが見える。男達が出掛けているので、女性と年寄りばかりだ。

 子供は遠ざかるその灯りをじっと見つめていた。

 

「ヤン、僕は君みたいに賢くないから……×××××……」

 

 呟いた声が小さ過ぎて、ジュジュには聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

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