緋い羽根のおはなし   作:西風 そら

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白蓬・Ⅷ

 夜明け前のうすぼんやりした空を、ジュジュは白い子供を乗せて飛んでいた。

 

「今度は大丈夫そうだな、頭、はっきりしてるし」

 それでもいきなりクラッと来ても大丈夫なように、木にぶつからない程度の低い所を滑空する。

 

 前に乗せた白い子供は、上昇してからずっと黙ったままだ。やっぱり怖いのかな、最初乗せた時もムスッとしていたし。

 でもいい奴だ、事情があるんならハウスに連れて行ってもいいかな。ナーガ様にめっちゃ頼んでみよう。

 

(さて、この子を安全な所に降ろしたら、シンリィを捜しに行かねば)

 

 飛び降りた時、羽根を広げて風に流されて行ったから、行方の見当が付かない。

 さっきの部族のヒト達が物騒な考えを持っているみたいだし、ちょっと心配だな。

 あいつ、誘拐されても危機感なくてキョトンとしていそうだもんなあ。

 

 ・・ん? 山の中頃に、上方から来た二つの沢が合流して三つ又になっている谷が見える。その周辺に結構大勢のヒトがばらけて立っているのだが…… 

 何だろう、意味もなく背中がゾワゾワする。何だか雰囲気が禍々しい?

 

 

「僕、ここでいい」

 

 前に乗せていた子供が、いきなり片膝を付いて、鞍の上に立ち上がった。

「え? ちょ、待っ、今、降り・・!」

 

「ありがと、ジュジュ」

 子供は軽く跳んで飛び下りた。そして、すぐ下の梢の枝を掴んで、谷に向かって飛び移って行った。

 

 ええええ――――っ!!

 昨日といい今日といい、何でそんなにポンポン飛び降りられなきゃならないんだ。俺の馬ってそんなに乗り心地が悪いのかっ? 

 

 

 

「蒼の、妖精、の、ヒト?」

 

 いきなり後ろで声がした。こんな空の真ん中で声を掛けて来るのは?

 振り向くと、見た事もない馬(?)と、それに乗った赤っぽい黒髪の男の子と……

 

「シ、シ、シンリィぃいいっ!!」

 

 何だよその変な馬は、何だよその知らない子は、たった数時間の間に何やってたんだよ――っ!

 

「やっぱり迷子だったんですか? この子と九ノ沢の谷で出会って……」

 男の子は話を不自然に切った。下の谷を凝視している。

 

「ああ、そうそう迷子。捜していたんだ、ありがとう、助かっ」

「行って! 今すぐ、あそこの三つ又になっている所! あああ・・」

「えっ、えっ?」

 

 シンリィが慌てて馬を操作しようとするが、パニクってモタモタしている。

 

「こっちに乗れ、一直線で行ってやる!」

 何か知らんが、この子の様子で緊急事態なのは分かる。

 さっきの白い子供が行った方向じゃないか。

 

 黒髪の男の子は、横付けしてやった馬に滑り込むように移って来た。

「頼みます・・」

 

「シンリィは後からゆっくり来い!」

 ジュジュは馬をロケットスタートさせた。

 

 

 

   ***

 

 馬が地上に着く前に、男の子は飛び降りた。

 転がるように走る先には、何十人かの山岳民族が見える。

 

 ジュジュも後から付いて行った。

 ふたつの沢が合流して、斜面が三つに分かれている地形だ。

 

 上の斜面に、男の子と同じビーズ飾りの男達。

 左の斜面に、緑の狩猟装束の、重武装の男達。

 右の斜面に、赤い隈取り入れ墨の、馬を連れた男達。

 それぞれが三々五々に突っ立って、石弓をぶら下げて放心状態だ。

 

 彼らの視線の先、中央の沢のヤチブキの茂みの中に、立派な鷲羽飾りの男が屈み込んでいた。

 傍らに二人、それぞれの部族長らしき装束の男達が、同じ場所を見つめながら、やはり茫然と立っている。

 

 男の子はまろびながらそこに駆け込んだ。

 

「フウヤ――!!」

 

 ・・え、フウヤって・・

 

 ジュジュは胸をザワ付かせながら近付いた。

 

 

 背筋が凍り付いた。

 

 沢に赤い筋を作って、白い子供が、身体の半分を赤い水に浸して横たわっていた。矢は抜かれていたが、一体何本刺さっていたのか考えたくもない。

 

「フウヤ、フウヤ、フウヤ!」

 

 男の子は鷲羽の男を押し退けて子供にすがり付いた。

 

「我々が、今まさに挟撃しようとした時、上から飛び降りて来たのだ」

 左側の緑の装束の族長が、抑えた声で言った。

「逃げる時間はたっぷりあったと思う。我々は、この子供はすぐに逃げると思って、一拍待って弓を引いたのだ」

 

「俺達だってそうだ。この子は素早しこいから大丈夫だろうと」

 右側の赤い隈取りの族長も声が上ずっていた。

「両手を広げて、何も言わず、そこに留まっていたのだ。・・何故だ!!」

 

「最初の矢が身体に刺さっても、まだそのまま立っていた」

 緑装束の族長の言葉を聞いて、上方のビーズの部族の何人かが、膝から崩れ落ちた。

 

 その様子を見て、それから自分の部族をぐるりと見渡してから、緑の族長は鷲羽の男に声をかけた。

「この子供は三峰の者か?」

 

「生まれは別だが、我が部族に迎えた所だった……」

 鷲羽の男は俯(うつむ)いたまま、絞るような声で答えた。

 

「そうか、天よりの授かり物だったやもしれぬな」

 

 

「フウヤは普通の子供だよ!!」

 

 男の子の絶叫に、三部族の男全員、ビクンと揺れた。

 

「何も特別な事はない、何処にでもいる普通の子供だよ!」

 

 ずぶ濡れの身体を抱き締めて、彼は目を見開いた。

「心臓が、動いてる!」

 

「本当か!」

 

「でも微かだ。ねえ、助けて、フウヤを助けて!」

 

 

 

 勘の良い何人かがハッと頭上を見上げた。

 上空で慌しい気配。

 

 ――ボギボギ、バサバサバサ――

 

 枝葉と共に、緋い羽根の子供が落っこちて来た。

 斜面に落ちてゴロゴロ転がり、羽根を踏んづけながら立ち上がったその姿は、皆が思っている雄々しい有翼人とは違った。

 

 唖然とする視線の中、子供は沢の二人に駆け寄ろうとして、また羽根を踏んで転んだ。外面も何も無い、立ち上がる事を諦めて泥だらけで這いずる彼の目には、大切な友達しか映っていない。

 さすがに今、羽根の子供に手出ししようとする者はいなかった。

 

「あ・あ・あ・・」

 声にならない声をあげながら、シンリィは白い子供の前につんのめった。

 

 ――ブチブチブチ――

 

 妙に響いたその音に、立ち尽くしていた男達は顔を上げた。

 羽根の子供が思い切り引き抜いた両手一杯の羽根を、フウヤの胸に押し当てている。

 

(どうにか出来るのか? いや、あそこまで血が流れていたら、ナーガ様にだって無理だ……)

 そう思いつつもジュジュは、もしかしたらと、一抹の期待を持った。けれど……

 

 羽根はすぐに真っ黒に干からびて落ちた。血は一瞬だけ止まったが、すぐにまた溢れ出る。

 シンリィは慌てて背中から右の翼を引っ張って、そのままフウヤに押し当てた。緋色の翼がみるみる黒く干からびて行く。

 

 だが傷口に変化はない。血は止まらない。ちょっと止まっても、すぐ押し返すように溢れて来る。焼け石に水、というのが見ていて分かった。

 

 翼を押さえた手にパタパタと雫が落ちた。シンリィが声をあげて泣いている。翼はもう半分真っ黒だ。いや、彼の身体の右半身も、血の気を失くして青黒い色が透け出して行く。

 

『あの子の羽根に何かあったらどうなるか分からない。気を付けてやってくれな』

 ジュジュの頭に、ノスリ長に言われていた言葉が過る。

(悪者になっても、俺が言わなきゃならない!)

 ジュジュは息を吸った。

「シンリィ、もうやめろ」

 

 

 その言葉の前に、傍らの鷲羽の男が、シンリィの手を取って翼を離させていた。

 

「誰か、血止めを持っていないか!? 頼む!」

 

 朗(ろう)としたその声に、周囲の男達は、今まさに『我に返った』。

 

「ち、血止めなら、うちの薬師の親方の十八番だ!」

 赤い隈取りの族長が、自部族の男達に叫んだ。

「皆、ありったけ出せ。他の薬も全部持って来い!」

 

「ウェン!」

 緑の装束の族長の声に、後方から弾かれたように一人の理知的な顔の男が駆けて来た。

「湯を沸かしてくれ。布を敷いて平らな所に寝かせろ。清潔な布をあるだけ集めてくれ」

 

 すべての男達が動いた。

 誰一人余計な口は利かなかった。

 

 

 

 子供三人は、大人達の治療の輪からはじき出されて所在なく突っ立っていた。

 シンリィはもう泣いていない。肌の色はまだ少し悪いがしっかり立って、フウヤの居る方向をただ見つめている。

 

「あのさ、君……」

「ヤンです」

「そう、ヤン、俺はジュジュ、こいつはシンリィ。で、あいつはフウヤ……で、いいの?」

「はい」

「あのさ、シンリィがあんまり役に立たなくてごめんな」

 

 ヤンは不思議そうな顔を向けて来た。

「どうして?」

「え・・だって、いかにも何とかなりそうな登場だったじゃん。期待しちゃうだろ、知らない奴は」

 俺だって一瞬期待したし……

 

「ああ、そんな感じだったかも」

 ヤンは気遣っている風でもなくサラリと答えた。

「でも羽根がどうのって九ノ沢のヒト達も言っていたけれど、僕が昔に見たのと違い過ぎるし、それに……」

「それに?」

 

「この子、普通の子供じゃないですか」

「普通の子供、シンリィが?」

「そう、ドン臭いけど一生懸命出来ない事をやろうとして、思い通りにならないと不機嫌になって、思い通りになったらはしゃいで、……口をきかない以外は、まるっきり普通の子供じゃないですか」

 

「そうか、普通の子供か……」

「そうですよ」

 

 谷に遅い朝陽が射した。

 

 

   

「縫合は終わった。運を天に任せねばならぬような傷もあるが」

 ウェンと呼ばれた治療師は、手を洗いながら呟いた。相当腕が良いらしく、他の部族の治療師は彼の助手に徹していた。

 

 白い子供は包帯でぐるぐる巻きで、どこが顔やら手足やら状態だったが、最初よりは生命力が戻っているように見える。ウェンは目を上げて、子供を囲む多くの瞳を見渡した。

 災厄の時代以降、とても手が届かないと憧れていた蒼の一族の神秘の力、それ以上の力が、こんなに身近にあったのだな。

「家に帰れるぞ、坊主」

 

 

「やはりその子供は天からの授かりモノだ。命の糧や水や大地のように。ないがしろにしてはならぬな」

 そう言って、緑装束の族長は、仲間を引き連れて去って行った。

 

 赤い隈取りの族長は、鷲羽の男と少し話し、簡単に何かを取り決めてから握手して、仲間に号令を掛け山を下って行った。

 去り際にヤンが小さく手を振ると、照れくさそうに振り返していた。

 

「俺でよかったら運びます」

 という蒼の妖精の少年の言葉を丁寧に断って、フウヤは三峰の者が戸板で運んで帰った。

 斜面の下になる一番重い部分を、糸球夫人の夫が、揺らさぬよう大切に持ち上げていた。

 

 

 大人達がいなくなってから、妖獣が姿を見せ、三人の子供の側へやって来た。あの獰猛さは何処へやら、すっかり羽根の子供に懐いている。

 

「空を見せてくれてありがとうな」

 ヤンがそっと話し掛けると、妖獣は夕陽みたいな赤い瞳を瞬かせた。

 遠くから見て憧れるのと、実際乗ってみるのとは全然違う。でも……

 

「あの透き通った紺碧の空、僕は一生忘れない」

 

 

 

 

 

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