緋い羽根のおはなし   作:西風 そら

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「みっつめのおはなし」の最終話です





白蓬・Ⅹ

「それで、相手方の部族に、何のお咎めも無しで帰って来たのか」

 

 蒼の里、朝イチの執務室。

 今帰ったナーガが、長椅子で伸びている。

「嫌ですよ、あんな場所に出て行くの。空気変わっちゃうじゃないですか」

 

 ホルズは腕組みをして鼻から息を吐いた

「連れ戻しに行った二人に姿も見せないで、先に帰って来ちまうのも分からん」

 

「カッコ悪いでしょう、こんなヨレヨレの姿。追い掛けやすいように細工されていたのも何だか癪(しゃく)に触ったし。まあいいんじゃないですか? 結構充実した家出だったみたいだから。気が済んで自分の意思でおうちに帰るまでが家出ですよ。あいたたた・・」

 

 ナーガは顔をしかめた。背中の負傷にはオウネ婆さん特製の湿布が貼られている。

 高空飛行でここまで飛ぶのが精一杯で、充分に治癒する術力も残っていなかったのだ。

 

「しかし、他の二部族はともかく、三峰に対しては、何も無しって訳には行かないぞ。ジュジュと草の馬を監禁されたのは事実だからな。シンリィにだって良からぬ計画を立てていたのだろう?」

 

「言ったでしょう、心に悪影響を及ぼす性質(たち)の悪い魔性が大繁殖しちゃってたんですよ。まあ、栄養をあげていたのはあのヒト達ですが……もういいじゃないですか、退治したんだし」

「そういう問題じゃないだろ」

 

 ナーガはだるそうに寝返りを打った。

「じゃ、ジュジュの報告を受けてから、それなりの裁定をして下さい。夕方には帰って来るでしょうから」

「投げやりな奴だな」

「ちょっと寝かせて下さいよぉ。超苦手な破邪の術を連発で、おまけにあんな高さまで蜥蜴を振り切って急上昇させられて・・何だよ、あれ、あんな規格外な馬、反則だろ・・勘弁してくれよ、シンリィ・・ うぐぅ、頭痛い・・」

 

 大机の奥で黙って聞いていたノスリが、聞こえない声でボソッと呟いた。

「カワセミがそこにいるみたいだ」

 

 

 

   ***

 

 

 万年雪の神殿。

 エントランスの階段で、白いヴェールの女性が、風に吹かれている。

「あら、居たのですか?」

 女性は機嫌がよさそうに、振り向いた。

 

「ずぅっと居たんだがな、そんなに面白かったのか、今の風が持って来た噂話は?」

 赤い狼は退屈そうに寝そべった。相変わらずこの神殿にいる時は、彼の炎はチロチロと瞬(またた)くのみだ。

 

「ええ、シンリィが自分の馬に出逢えたんですって」

「ああ、何かそんな事になっていたな。主に似てトンでもなく抜けてる馬で、大笑いだったがな」

「そうなのですか?」 

 

「羽根のガキと会う前に、たまたま出会った山岳民族(ハイランダー)のガキを気に入っちまって、勝手に主認定しようとしやがったんだ。あのガキの愛馬が必死に『この子はボクのモノ!』って説得して諦めさせたんだが」

「あらあら」

 

「草の馬の自覚あんのかって話だぜ、まったく」

「それ、実現したらどんな事になっていたでしょうね。ちょっと見てみたかった気もするわ、うふふ」

 

「阿呆ぅ、お前さんの息子がストレスで禿げ散らかすぞ」

「それは困るわ」

 

 女性は、ヴェールを揺らして棚の端まで歩いた。遠くに霞む下界は、この万年雪の山と違って季節がある。

「ナーガがシンリィに出逢ってそろそろ一年ね」

 

 世界は少しづつ変わって行く。

 蒼の里も、それを取り巻く草原も、来年の今頃は今よりずっと変わっているのだろう。

 

 

 

 

   ***

 

 

 初雪の薄い白に蹄跡(ていせき)を連ねて、二つの騎馬が行く。

 

「おーい、無理するな。包帯が取れたばっかりなんだぞ」

 ヤンがイフルートに借りて来た地図を広げながら、先を行く子供に叫んだ。

 

「大丈夫だよ。……あ、あれ! あの山の間の谷だよ」

 秋からかなり背の伸びたフウヤが、弾んだ声で指差した。

 腕の長い彼にピッタリのセーターは、糸玉夫人の特製品だ。

 

 冬の間、三峰では狩猟の頻度を落とす。

 冬を生き抜く強い獣を狩り過ぎると、山が活力を失うからだ。

 それで二人は旅に出たいと願い出た。

 

 秋の三部族の争いは、二人にとってショックだった。

 でも、自分達の知る範囲はとても狭いという事を知った。

 もっと世の中の沢山の事を見たい、知りたい、そう言うと、イフルートは目を細めて送り出してくれた。

 

「僕達が大人になって今よりもっと強くなったら、今度は族長さんを送り出してあげるね」

 生意気を言う白い子供を軽く小突いて、鷲羽の族長は峰の上で見送ってくれた。

 

 幾つもの塔のそそり立つ谷に二人が到着したのは、冬空が微かな夕色に染まる頃だった。

 馬から降りて、二人並んで倒木に腰掛ける。

 

 一際高い塔から一つの音が流れ、一拍置いて沢山の音が空から降って来た。

「よかった、『音合わせ』、ヤンに聞かせたかったんだ」

 

「うん」

 ヤンは谷に満ちる音が見えているかのように目を細めた。

「フウヤはこの音を聞いて育ったんだね」

 二人はしばらく目を閉じて、音を心に沁み込ませた。

 

「寄ってく? フウヤ」

「ううん、行ったってお姉ちゃんには会えないもの。僕、もう風露の者じゃないから」

「……」

 

「平気だよ。ちゃんと帰る場所があるんだ、僕には」

 

 居場所って、頑張って無理やり作る物じゃない。

 色んなヒトに出逢って、好きになったり好きになって貰ったりして、自然に出来て行く物だったんだ。

 茜に変わって行く空を見つめながら、フウヤは心の中で、大好きなお姉ちゃんに別れを告げた。

 

 

 

 

 




挿し絵・「白蓬」

【挿絵表示】

みっつめのおはなし・了
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