緋い羽根のおはなし   作:西風 そら

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欲しいモノ あげたいモノ・Ⅲ

   ***

 

「ただいま戻りま……した?」

 執務室の御簾を開けて部屋に入ったナーガだったが、中の空気が不穏なのに気付いた。

 大机の向こうで、ノスリとホルズがしらじらしく、明日の天気について話している。

 絶対、自分が入って来るまで別の事話してたんだ。

 

「シンリィ、いました」

「あ、ああ、いたか。よかったな」

「今日の仕事に連れて行きます」

「そうか? まあ気を付けてな」

「いや、親父、いつまでも仕事に子供を連れ回すのもどうかと思う」

 ノスリはナーガに甘いが、ホルズは兄貴代わりの遠慮無さで意見した。

 

「でもやっぱり、シンリィは目が離せないです。今も……」

「どうした、何かあったのか?」

「修練所の子供達に羽根が欲しいって言われて、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく風切り羽根を引っこ抜こうとしたんです」

「そりゃ、また……」

 その意味が分かるノスリは言葉に詰まった。

 

「ほお、そいつは気前が良いな。風切り羽根は抜けたら生えて来ないのか?」

 ホルズは呑気に聞いた。

 

 シンリィが羽根を持った経緯は、ナーガとノスリの胸だけに収めてある。

 守護の羽根が譲り渡せるなんて、絶対に広めてはいけない禁忌だ。譲り渡したカワセミがどうなってしまったのかも。

 色が違うせいもあって、ホルズや里人は、たまたま後から生えて来た・・ぐらいに思ってくれている。羽根持ちのカワセミの息子なんだから、不自然ではない。

 

「そもそも『護りの羽根』なんだろ? あれは」

 

「その護りの羽根に何かあったらどうなるか、我々は何も知らないんです。知った時は手遅れな状況かも。僕はもうそんな後悔、したくないんです」

 

「ふむぅ」

 そう言われてしまうと、ホルズも引き下がらざるをえない。

 

「すみません、あまり危なくない仕事を選んで回して貰っているの、分かっています」

「おお、気にするな。最近身体を動かすようになって腹回りの肉が落ちた。ありがたい事だ」

 ノスリが豪快に笑って片目を瞑って見せたので、ホルズも渋々、見習いに行かせようと思っていたヌルい仕事を回してやった。

 

 

 ナーガが子供の手を引いて馬繋ぎ場へ下りて行ったのを見計らってから、ノスリは大机に両肘を乗せて、ホルズに顔を寄せた。

 

「で、誰だっけ? その……」

「エノシラだよ、叔父方の遠縁の。親父が先月名前を授けたろ?」

「というと……ああ、あの娘! 何というか、その……」

「癒し系」

「そうそう。その『癒し系』がナーガと親しげに歩いていたというのか? あの女嫌いのナーガと」

「ナーガ限界説と言われていた二往復半を大きく越えて会話していたって。しかも荷物まで持ってやって」

 

「おお、そりゃ快挙だぞ! しかしここからが大事だぞ、ホルズ」

「分かってるよ。今までは早過ぎるタイミングで焚き付けて、スタートラインにすら立たせる事が出来なかった」

「そうだ。だからだな、ここは大事にだな、大事に大事に……」

「遠くから急かさず触らず、優しくそっと見守るんでしょ。俺も兄弟姉妹にネットワーク張って、暖かい包囲網を形成するぜ。何たって里の未来がかかってる」

 

「ああ、頼んだぞ。いやあ大家族作っといてよかった。こういう時、身内の結束が物をいうなぁ」

「一日も早く所帯を持って子供の世話からも解放されて貰わんとな。こちとら、あいつの能力にあんなヌルい仕事をあてがっているような余裕はないんだ」

 

「所でホルズ、そのエノシラだが」

「んん、目立つ娘ではないけれど、気立てはいいと思うよ」

「そこじゃなくて」

「あ?」

「尻はデカイか?」

「えと?」

「子沢山の素質があるかって事だ」

 

 今までナーガの縁談が壊れまくっていたのは、案外ナーガの女性嫌い以外の原因もあったんじゃないのか? と、ちょっとだけ思ったホルズだった。

 

 

 

   ***

 

 馬を曳いて出かける素振りをすると、シンリィはその時だけ腕にしがみ付いて来る。

 懐(なつ)いて着いて来たがっている訳じゃない。

 空飛ぶ馬で飛べば、いつかあのヒトのいる浜に戻して貰えると思っているのだろう。

 

 だから目的地に到着すると、あから様なガッカリ顔になる。

 その度にナーガは、どうしてやったらいいのかとオロオロするばかりだった。

 

 自分は本当にこの子供をきちんと育てる事が出来るんだろうか? 

 カワセミ長が命掛けて託してくれたというのに。

 最近のナーガはその事で頭がいっぱいだった。

 

 こうやって飛びながらもボケッと考えて、傍から見たらそれこそ外に出始めたばかりの見習いに見えてしまう。

 

 不意に懐のシンリィが、身体をこわばらせて腕を掴んで来た。

「どうした?」

 ワンテンポ遅れたが、ナーガも気付いた。

 

 ――!!!――

 

 馬を急旋回させると同時に、何もない空中から炎の帯が走った。

 

「フラフラ飛びやがって、隙だらけだぜ!」

 

 野太い声がして、炎が渦巻いて野牛ほどもある巨大な狼の姿になった。

 銀の三白眼が刃物のように鋭く、蹴爪(けづめ)とたてがみからは炎が立ち昇っている。

「蒼の妖精の次期長様じゃなかったのか? それともクビになったのか?」

 

「またお前か」

 ナーガはマントを引っ張って、懐のシンリィを覆った。

「去れ、邪悪な獣」

 

「隠す事ないだろう。俺様がガキに優しいのは知っているだろ?」

「ここにはお前の糧になる者は居ない。去れ」

「ご挨拶だな。俺様を呼んだのはお前だぞ」

「・・・・・・」

 

「必要になったら何時(いつ)でも駆けつけてやるって言ったじゃんよ、お前さんがそいつと同じくらいのガキの時」

 狼はニヤニヤしながら空中を歩き、騎馬のまわりを回った。

「契約しといて良かったな、ん? 今、お前さんの心は不安でいっぱいだ、俺様には一発で分かる、お前さんの一番の理解者だからな。さあ、望みは何だ? 遠慮なく言ってくれ、その欲望のままに」

 

「契約など、し・て・い・な・い! 去れ!」

 ナーガが腰の剣に手を掛けたので、狼は宙返りして後ずさった。

「まあいいさ、今回はそのガキの顔を見ておくついでもあったしな。この世の総ての厄介事を抱え込んだ、可哀想な蒼の長の血脈がまたひとり……」

 

「去れええぇ――――っ!!」

 

 剣を抜くと同時に、狼はシュッと音を立てて消えた。後に小さな残り炎がポッポッと瞬いた。

 

 何事もなかったかのような青空に、ナーガの騎馬だけポツンと浮かんでいた。

 シンリィが珍しく、ナーガを見上げている。

「・・ごめんよ、びっくりしたかい」

 やっと言ったが、額の脂汗とカタカタいう震えは止まらない。

 

「あれはね、シンリィ、邪悪な獣。欲望の赤い狼」

 喋っても分かる訳ないという気楽さから、ナーガはつらつらと言葉に出した。

「まだ小さい時、自分の能力が信じられなかったんだ。それで焦って、あんな獣に付け入る隙を与えてしまった。ヒトの欲望を糧にして生きているんだって。それ以来忘れた頃に現れては、ああやって誘惑して来る。久し振りだったな、もう諦めてくれたと思っていたのに」

 

 見ると、シンリィはこちらの目を覗き込んで強張(こわば)った顔をしている。

 まさか分かるのか?

「僕さえ毅然としていればどうって事はないんだ。里の者には言わないでくれよ……ああ、それは大丈夫か」

 

 分かっているのかいないのか、ナーガが話し終わっても子供は掴んでいる腕を緩めなかった。

 まああんな魔物を見たら、普通に怖いよな。

 この子に当たり前に物を怖がる所もあってよかった。

 

 

 

 

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