嬉しいです。
IS学園を制圧するのはほとんど時間がかからずに済んだ。
最終的に専用機持ちの8人は俺が相手をすることになった。相手をしたとはいっても、更識楯無が死んだことで千夏を除いて膝をつき、戦おうとしない。
千夏だけは膝をつかなかったが、似たようなものだ。目の前で人を殺されたことに対する怒りに任せた特攻。
そんな程度に手こずることはない。操縦者保護機能が発動する程度に出力を抑えた、レーザーブレードで一閃。それだけで千夏は落ちた。
残った専用機持ちたちも同じように操縦者保護機能を発動させ意識を刈り取る。
国連の部隊もオータムと、数百を超えるUANCの数の暴力に耐え切ることができず壊滅。
たった数分の出来事だった。
「さぁてと。どうすんだこれから」
”どうするもない、帰還するだけだ”
「硬いこと言うなよ。もっと明るく行こうぜ?勝利にかんぱーいみたいな」
”・・・・・・・・・・・・・・・”
場違いでしかないことを喚くオータムに無言で返答する。時間の無駄だ。
オータムとの通信を切るとあたりを見渡す。
激しい戦闘の傷跡が残っていた。戦場となったアリーナは跡形もないほどに吹き飛んでいて、そこらじゅうに破片が飛び散っていた。跡形もなく吹き飛ばされたISの残骸。数千を超える熱量のブレードに切り裂かれ融解したもの、常識を超えた威力の銃弾に貫かれ穴だらけとなったもの、辺に散らばる肉片。生き延びたのは一年の専用気持ち8人のみ。
そして流れ弾で吹き飛んだIS学園中の建造物。森林には火災が起きていた。
いったい、どれだけの人間が死んだのだろうか。
戦闘に参加した人間だけで数百は超えるはずだろう。量産型には無人のもあれば、有人のもあった。流れ弾の被害で生徒にも死んだ人間がいるはず。
死んでいなくとも負傷者はかなりの数にのぼるに違いない。
これでIS学園は学園としての機能を失い、戦力として数えることは出来ない。ここの生徒が戦争に駆り出されることはおそらくないはずだろう。
幾らかの犠牲は出した。だが、そのおかげでこれ以上ここの人間は死ぬことはない。
これでいいんだと、自分に言い聞かせる。
今更になって微かに残った良心が溢れ出す。自分を落ち着かせそれを押さえ込むが、昔のことを思い出してしまった。
ずっと昔の思い出。楽しかったたった数ヶ月、されど数ヶ月のあの時期のこと。
もう、戻ることは出来ない。どうあがこうとあの頃の関係には戻れない。
心は捨てた。何もかも捨てた。あいつらとの思い出も捨てた・・・・つもりだった。
自分の中にある、人形になる前の織斑一夏が消えたくないと叫んでいるのだろうか。
だが、それはいらないものだ。
戦争に情けなど、情けなどいらない。
俺はたったひとつの目的を達成するためだけに動く人形。
そう。
俺は人形でしかないのだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
そうだ。
そうでしかない。
そう有るしかないのだ。
そこに俺の意思などない。
俺は人形だから。
人形に心なんていらない。
命令を淡々とこなす。
それが人形が存在する唯一しかない理由。
計画を遂行するためだけに生きる。
それが俺の存在する理由。
自分がすごく憧れていた人を、好きだった先輩を殺した兄の乗るスカイブルーの機体があった。
―――絶対に許さない。
手を伸ばす。だが体は無慈悲にもまともに動いてくれなかった。
微かに動くだけ。到底届くことはない。
全身が思いっきり叩きつけられたかのように痛い。
喉は枯れ、かすれた音しか出せない。
――――返せ。更識先輩を返せ。
意識がはっきりとしない。
焦点すら合わなくなってきた。はっきりと見えない。
頭が重い。
兄貴の機体が俺を見据えた、気がした。
――――返せよ、バカ兄貴・・・・・・
そして俺の意識は途切れた。
「死傷者28名。負傷者586名、か・・・・一夏、お前にはしてやられたよ」
その長い髪をかきあげながら千冬は顔を歪ませた。
千冬の手には一枚の紙があった。ただの紙ではなく、亡国機業、詳しく言うならば一夏とオータムの二名に被られたIS学園の被害報告書だ。
正確ならあの無人機の部隊も入るのだろう。だが実質攻め込んできたのはたった二名でしかなく、そもそも上に提出するものでもないために細かいことを記入する必要もないのだ。
おそらく死傷者はこれからもっと増えるはずだ。
この報告書も現時点のものであり、負傷者の中にもいつ死んでもおかしくない怪我をおったものも少なくはないのだから。
数時間後には役に立たなくなるであろう紙片から目の前で眠る弟に視線を移す。
規則正しく息をしていた。ISのおかげで目立った外傷はない。ただ、一夏たちが攻めてきてすでに2日が経過しようとしていた。
他の専用機持ちの面々はすでに目を覚ましている。同じく操縦者保護機能が働いたというのに、だ。
「更識が殺されたのが原因、か」
誰に言うまでもなく呟く。
千夏を診断した医者が下した結果だ。
目の前で殺されたからだろうと、残酷な方法でならなおさらだろうと、言っていた。
記憶をたどれば、更識をよく慕っていたな、と思い出した。葵が死んだあとはかなりふさぎ込んでいたが、楯無のおかげで今までのように立ち直れたものだ。
そんな中今回の出来事。葵の死に追い打ちをかけるかのようにしか、千冬には思えない。
楯無の死でショックを受けなかった人はいないと言っていいだろう。簪も同じようにショックで寝込んだまま。
まさか、死なないと約束してと言った本人が死ぬなど誰が予想できるものだろうか。危なくなったら真っ先に逃げてと言ったのに、楯無は逃げようとはしなかったと千冬は聞いた。
倒れた千夏を守るかのように立ちふさがったとも聞いた。
「お前が死んだら意味ないだろうに・・・・」
複雑な想いが千冬の心を渦巻く。
千夏を守ろうとしてくれたことには感謝しきれないほどに感謝している。だが、自分の命を「投げ捨てることなんてなかったじゃないかとも思う。
楯無が千夏を守ったおかげで、楯無は死に、千夏は生き延びた。
逆に楯無が逃げれば、楯無が生き延びる代わりに千夏は死ぬ。
どっちがはっきりと正しいと言える結果ではなかった。
強く唇を噛み締める。口の中に鉄の味がしたが気にすることなどなかった。
あの日。
一夏と幼い千夏を守ると、自分が責任を持って育てると決心した。
だけどそれはあまりにも現実は厳しすぎた。
一人の中学生の女でしかない自分にできることなどほとんどなかった。貯金は確かにあったが、それに手をつけようとは思えなかった。
自分は中学生で一夏はなりたての小学生だった。千夏などまだ小学校にすら入っていない。学校に通うだけでかなりの金額が必要になる。それが三人ともなれば途方もない額になるのは考えるまでもない。
そう考えるとその貯金は学費に当てるしかない。だがそれもどうにかというレベルだった。
途方にくれていたときに助けてくれたのは一夏だった。
不安に押しつぶされそうになって泣いていた自分を慰めてくれた。一晩中泣いていていれば一晩中そばにいてくれた。
本当に5歳だとは思えないくらいにしっかりしていた。それからはずっと一夏という存在に支えられてどうにか生活をしていたものだ。一夏が大きくなればなるほど家を任せられるようになり、働くこともできた。
だけどそれも長く続いてくれずに終わりを告げる。
一夏の行方不明、そして死亡。
そこでまた途方もないくらいに泣いた。千夏がいたからどうにか立ち直れたものの、いなかったことを考えるとぞっとする。もしかしたら後を追っていたのかもしれない。
そこで千冬は気づいた。気づかされたのかもしれない。
自分は一夏と千夏を守れていなかったことに。
自分と千夏を守ってくれていたのは、支えてくれたのは一夏だったという事に。
途方もないくらいに自分が弱いことに気づかされた。
結局、たくさんの生徒を失い、怪我をさせてしまった。
世界最強だからなんだ。
結局自分は何も守れないじゃないか。
たくさんの生徒が親友の死に涙を流している。未だに傷は癒えないでいるまま。
泣きたいのは自分の方だ。
何もかもを投げ出して逃げたいのは自分なのに。
でも、逃げたらIS学園の生徒は不安に押しつぶされるに違いない。
――――ん?
小さな若溜りが千冬によぎった。
[逃げたらIS学園の生徒は不安に押しつぶされるに違いない]
ついさっき自分自身が思ったこと。若溜りの正体はそれだった。
あっという間に分かってしまった。
――――そういうことか・・・・
楯無が最後の最後まで逃げようとしなかった理由。
逃げようとしなかったのではなく、逃げられなかったのかもしれない。
同じことを考えたのだろう。
IS学園生徒会長だから。
卒業してしまえば何の意味もなくなるそれの肩書きを守ったのだろう。
そして同時に一夏が去り際に残した言葉の意味も理解できた。
[一人のために他の人間を見捨てるか、ほかの人間のために一人を見捨てるか、選べ千夏]
楯無は自分という一人を犠牲にたくさんの生徒を守ろうとした、そういうことだった。
――――強いな、お前は。
おそらく自分じゃ怖くて取れなかった選択を取った楯無に尊敬の念を向ける。
今度は自分の番だと言い聞かせる。
家族一人ですら守れないくらいに弱いけれど、何もしないよりは全然いい結果になれるはず。
ブリュンヒルデだとか世界最強だとかそんなくだらない称号なんて意味ない。
他の誰でもない、織斑千冬として。
もう、誰ひとりも失わせない。
ぶっちゃけ誰得な話。
千冬さんが決心したことくらいしか見所ないですね。