帰った私は田川ちゃんから貰った資料を読み込んでいく。時折最終決定を求められることもあるが、だいたい内容の予測はついてるうえ、ほぼ問題なく通過するから、さほど時間は取られない
さて、貰った資料を漁ってみる限り、戦車はあるにはありそうだ。売れなかった戦車や一部は意図的に売らせなかった戦車を学園艦のあちこちに隠しているらしい。向こうの辻氏の予想していた通りだったわけだ
しかしその数はほとんどない。隠す手間かけるだけ数は増やせなかったのだろう。おまけに資料には件の売却したことにしてある会社と戦車の名前しかなく、倉庫に1輌ある他は場所すらわからない
とにかく今回の資料で目算がついただけでも7輌。資料に残さなかったものを含んだとしても、10輌いけば御の字だろう
つまり無理だ
ハハハ、この状況で戦車道で名を残せだと?nice jokeにも程があろうに
調べたところこの高校生の戦車道の全国大会、テレビ中継されるのは決勝のみ。つまり決勝戦まで行かなければ我が校は全国区にはならない
で、その手前の準決勝の最大車輌数は15。決勝だと20になる。対してウチは多くて10。しかも早くても4月から掻き集めただけの素人たち。どう考えても幼い頃から鍛え上げているメンツの集まる黒森峰、プラウダの精鋭には勝てん……でしょ、実際問題
いやだってさ、今から弱小校を来年の甲子園で優勝させるとかさ、考えてごらんよ。無理
そしてかつての財政状況も確認しているが、戦車道が財政を圧迫していたのは事実のようだ。もっとも成績が良かった時代は多少の使いすぎも黙認されていたようだが、バブルがはじけて金が足りなくなってそこを追求され、あっという間に廃止となったらしい
だろうな、当時の私が同じ立場だったとしたら、これは多分切る。理念や題目のためにも学園は存続させねば話にならないし、当時は湾岸ジュリアナの覇権の後で戦車道は退潮気味だったんだからなおさらね
戦車道は一にも二にも十にも百にも金がかかる。練習するだけでも練習用弾薬、燃料、車輌整備費用。そして戦車は大概燃費がクソ悪い。それを何輌も動かしたらあっという間に何十Lものガソリンが排気ガスに変わってしまうようだ。試合になったら何だ。学園艦動かして試合会場まで自前で運んで来いだ
で、それでいて本来そこまで都市にメリットはない。軍隊に生産性を求めないのと同じで、別に都市の経済状況を好転させるわけじゃない。金食い虫にもかかわらずね。ま、試合開催での観光くらいか?
だからこそ今戦車道ができるのは金がある私立ばっかりだし、大金を握っている有力な学校が毎回ベスト4以内を占めるということになっている。権威の象徴といったところか
これが学園都市の治安維持に役立つとかならまだ多少の支出も目を瞑れるが、ウチにはそれはいらん。その点は風紀委員で何とかなる
つまり大洗に戦車道を導入するメリットは、学園の廃校回避さえなければ正直ないのである
さて参った参った。ああ言ってしまった以上できる限りはやらねばならないが、ハッキリ言ってフォーラムすらこの話に乗ってくるかは疑問符がつく。他の党なら尚更だ。こうなっては予算が通らなくなる
いやそれ以前だな。生徒会内部すら纏められるか……
だが好材料もないわけじゃない。件の西住みほ、という少女に関してだ
この少女、日本の高校生の中でも5本の指に入る逸材なのは間違いないらしい。本屋で見つけたちょいと古めの戦車道雑誌にも、彼女のことは結構しっかりと書かれていた。で、辻氏が話していた西住流や黒森峰の対応もその通りのようだ
正直気分のいい話じゃないが、きっと元老層の反発を考えると流派としてはそうせざるを得ない、って感じかな
確かに彼女を引き込めれば大きい。だがそれだけだ。彼女一人で勝ち進めるほど甘くはない
なにせ彼女の姉、高校生最優秀選手の西住まほが黒森峰の精鋭を率い、今年その黒森峰を破った立役者のカチューシャがプラウダを率い、そして物量のサンダースに古豪聖グロリアーナ。だいたいここら辺に5本の指の残り4本はいる。このうち最低一つを破っていかねばならないし、しかも他の学園もある
やっぱり無理じゃん
有用な点もなければ道も全て塞がってるよこれ
はぁ……しかし約束は約束だし、他に学園を残せる道があるわけじゃないんだよね。他で実績を残すのは無理だし、学園艦で籠城戦するわけにもいかん。今から急に来年の志願者数が倍増するとも思えないし、釣る餌を準備できるわけでもない
やるしかないとなれば……どうにかして戦車道の有用な点を示すか……いや、それともフォーラムをこの案に取り込むか……
フォーラムにこの案を呑ませる。それはかなり厳しいだろう。支持基盤が普通科とか情報科、商業科だけに、一般生徒が所属している部活動の援助額に響きうるこの話は、易々と受け入れられる話じゃないはずだ
戦車道に大金を割くのは彼らの党是である相応予算とも合わないし、私と完全にべったりと示すのも有権者受けが悪い
かといってフォーラムと手を切るのも少なくとも今じゃない。生徒会内部にも隠れた支持者がいるから、そこら辺が面と向かって手切れされるのも痛いし、野党第一党のクラブはあまり信頼できない。向こうもこれには流石に乗ってこないだろう
それに何といってもフォーラムは総議員数281人とでかくなったとはいえ、未だ過半数を取っていない。前に通せたのは海の民やクラブからも造反がいたからだし、何より町内会系の無所属をほぼまるっと取り込めたのが大きい。
しかし今回ばかりは町内会系も全員OKとはなるまいし、そんなに造反させられまい。そうじゃなきゃ野党が廃るとか言い出すだろう。さてどうしたものか
「……またどっか取り込めないかねぇ〜」
「どうしたんですか?課長」
悶々としていると、近くを通りかかった一個下の部下に独り言を聞かれたらしい
「ん?あぁ、いや。ちょっと考え事」
「なんか問題ですか?だーいじょぶですって。課長が生徒会長なら大概の問題は市民の支持得られますって」
「そうかね?」
「そりゃそーですよ。それじゃなきゃあんな得票率来ないですよ」
「それもまぁそーかもしれないけどさぁ」
「それに私みたいに4年も5年も側にいる人間からしたら、課長なんてなんでもサラッと干し芋食べながらやっちゃってる人に見えますから、きっとそのまま会長に就任されて、そして退任されますよ」
「そうだといいねぇ……」
「なんですか。課長らしくないですねぇ」
「いやさ、この立場になっちゃうと学園のお先が見えてるから怖いんだよ」
「こりゃ驚きましたね。課長ほどの方にも怖いものがあったんですねぇ」
「フォーラムがもうちょい強ければこうも悩まなくて済むんだけどさ……なんかできない?」
「フォーラムをですか?いやぁ、きついんじゃないですか?会長の選挙制度改革で取り込めた無所属が精一杯かと思いますよ。それ以外のところは支持基盤あるところだらけですからねぇ……」
支持基盤か。無党派層が流れがちなのはクラブぐらいだが、それはクラブもそこそこ大きいから惹きつけられるわけだ。他の支持基盤はその党に自分たちの願いを託しているから、その本質には切り込みづらい
「支持基盤……ねぇ」
私の中に一筋の光が宿った。かなりの技だ。だが、これができれば……やれる……かもしれない
だがこれにより第1党が確立されれば、そこの権力も自動的に強まる。敵対したら私を阻む議員条例案、という形のフリーハンドを渡すこともできてしまう
それでも、やるしかなさそうだ。まずは年度中に勝負を決めるしかないんだから。冬休みをまた亡き者としてまでも
「……やるか」
「何をです?」
「今再びの大改革さ」