そんなこんなでかーしまのおかげで手配は済んだ。結構気軽に応じたらしい。やはり機会はあるようだ
艦底の一角に、私もかーしまの案内で向かった。あいも変わらず治安が悪いというのは間違いないらしい。煙臭いし足元はゴミだらけ。これでもマシになったというのだから驚きだ
着いたのは薄暗く裸電球ひとつ照らす部屋。椅子がいくつか置かれているだけで他には何もなく、鉄板がそのまま光を反射している
「ここかい?」
「はい、ここなら色々と気づかれにくいだろう、とのことで……」
「ふーん」
確かにここの廊下は同じような部屋がいくつも並んでいる。ここだけに目を向ける人はいないだろう
「済まないね。桃さん」
少しして、ノックして扉が重く開いた。お相手の到着のようだ
「案内するつもりだったんだがこの前の処理が遅れてね。悪い悪い」
小柄な少女が、その身に会わず低めな声でかーしまに近づく
「そうか、私がここ知ってたから大丈夫だったぞ」
「ありがとね。んで」
やっと顔がこちらを向いた。左目に眼帯をして頰に縦長の傷が入っている。なるほど、見た目が厳ついのは事実なようだ
「こちらが次期会長様かい?」
「そ、そうだ。余り下手なことは……」
「しないよ」
そう言って私の向かいに椅子を置いて、座面を手で確かめてからドカッと腰掛けた
「で、角谷さんだっけ?よろしく」
「そう。そちらはロイヤルとでも呼べばいいかな?」
「なんとでも呼べばいいさ。んで、貴女が直々に出張ってきて、そして私にだけ……とはどのような要件かな?」
「君、何か資格持ってる?」
直球で攻める。通じるところはあるはずだ
「……一級海技士の通信」
「一級……ってことは、この学園艦でも働き口はあるわけだ」
「……一応な。こんな事を訊いてくるとは、あれか。あんさん、もうひと枠船舶科のローテでも作る気か?」
頭の回転が速い、というのも嘘ではないらしい
「よく分かったね」
「ここでそんなの気にすんのは参謀にするか否か考える時しかないからな。生徒会に参謀役はいらんだろ?だとしたらこの資格がいるのは、私をまた上で働かせよう、という人間くらいだ。そして直近、上で人が欠けたって話はない」
「なるほど。それが分かるなら話は早い。君、上に戻る気はないか?」
「無理だね」
早いな
「……私は無理だ」
「どうしてだい?資格はあるんだろう?」
「もう切れてるよ。それにまた受けたって受かるわけがないんだ」
受かるわけがない……そこが重く来ている
「受かるわけがないって……」
「身体検査」
かなりぶっきらぼうに言い放たれ、私の言葉は遮られた
「現役でもこれに引っかかったら仕事ができない。そして私はこの目だ。見るかい?」
そして彼女は、ロイヤルはその眼帯を外した。まさに紫に染め上がり、皺くちゃに閉じられた瞼。明らかに、光は入っていない
「これさ。通信士とはいえ、この目じゃどんな身体検査も通りやしない。私に上に戻る資格はないんだよ。
上で一緒に勉強して、そして私より出来の悪い奴らの下についてペコペコする部員になるくらいなら、こっちの方がまだマシだ。乱闘騒ぎも悪くないぞ、会長さんよ」
「ロイヤル……そういえばお前また出張ったそうだな」
「これだけは桃さんの頼みでも止めねぇですよ。安心してくださいや。私が飛び込むのは絶対勝てるから起こした騒ぎのみ。時々前線行かないと参謀は見放されちまうんでね」
なるほど、確かにこの怪我は直せる代物ではあるまい。かといってここで切るわけにはいかない
「私はこうだが……」
と思っていたら、向こうから話し始めてきた
「他にやると言い出しそうなやつは、いるかもしんねぇなぁ」
「え、それは艦橋で働ける人?」
「そう。例えば西北会の向井。あいつは元々艦長候補だったやつだったな」
「西北会か……余り聞かないな」
「そりゃ、十数人のちっちゃい派閥のトップでしかねえっすから。でも相当の切れ者ですぜ」
艦長候補……そんな人が
「どうして……艦底に?」
「他の艦長候補の奴と大喧嘩して辞めてきたらしい。その後その西北会を作って、こうしてウチが他を押し込んでる中でも、のらりくらりと交わして上手くやってやがる
あいつがもうちょいデカい派閥にいたら、ウチらは結構ヤバかったな。頭の良さなら私より上だ」
使えるかな……
「あいつは言動のせいで艦長になれなくて、他の艦長の下につきたくねぇ、って辞めてきたからな。他の艦長として肩を並べる、これなら妥協できるんじゃねぇか?
あとはそうだな……ほら、青森連合の鮫沼。桃さんも知ってるだろ?」
「ああ、あそこのか」
「あいつ機関の一級持ってたはずでっせ」
しかし……よく話すな。この人
「あとは通信の二級ならちらほらいたはず」
「君、よくそんなに話すね」
「そりゃ、ある意味商売敵だからな。上が吸い取ってくれるなら悪い話じゃない」
「で、君たちには?」
「ん?」
「この艦底のかなりを占めるお銀派だ。そういう人材もいるんだろ?」
「……私がこんな地位にいるんだぞ?」
「だが、いるんだろ?」
いないわけがない。ここまでデカくさせたのだ。頼る奴も増えてくるさ。向こうとしては他派の資格持ちに目を向けさせる気だったらしいが、その分お銀派にもいると示す結果になる
「……そう言われちゃ、こっちは何も言えないね。きっと上のデータ調べりゃ出てくる話なわけだし」
「それを出せないかい?」
「引き換えに何をくれる?流石にタダじゃ他が納得しねぇ」
やはり、これくらいしかない
「各派の生徒会による公認」
「各派の、ねぇ」
「すなわち現状維持の承認だ。お銀派としちゃ現状最大勢力だし、そんなに悪い話じゃないと思うけどね」
「足りんな。もう一つだ」
「ほう……」
「各派人数は同じ、これでどうだ?」
「相対的にお銀派の負担を軽くしろ、と」
なかなか図々しいな
「抗争を防ぐならこれが大きいぞ?それに生徒会に近いところが相対的に強くなるなら、一番いいのは艦底管理したいあんたらじゃねぇか」
お銀派以外との関係は現状ほぼない。そうなるとこれも理屈として成り立ってしまう
「こっちとしてもお銀とかを説得せにゃならんのでね。あいつらは理屈より利益の方が早いぞ」
「ええい、わかった。それでいい!」
「会長!宜しいのですか?」
「希望者募集はかけるけど、それ以外は各派から同数集める形で進める!」
「なら乗った。それにしても……風紀委員はどうすんだい?」
「こっちで説得する」
「できんのかい?言っちゃなんだが、ウチらを最も毛嫌いしているところだぞ?」
「だからこそ、できる」
「……まぁいいか」
ここまでトントン拍子に話が進んだところで、私は一つの疑問をぶつけてみた
「それにしても……」
「ん?」
「君さ、よく話に乗ってきたよね。そんなに艦底にとって都合のいい話じゃないのに」
「あんさんが言うか。まぁそうだろうけどさぁ……」
赤毛のウエーブをかけた髪を撫でながら、バツが悪そうに話しを続けた
「ウチらは、もうはっきり言って上に抵抗できる力は削られてきてんのさ。撃退こそしているが、風紀委員の鎮圧作戦もこっちにダメージがないわけじゃない。言いたかねぇが、あんたらからの援助金がなければ首が回らない、というのが実情だ。お銀すら話してもなかなか分かっちゃくんねぇがな」
艦底のこの地位の者が話しているところを見ても、やはり事実らしい。ありがたい話だ
「補給能力から考えて、総力戦でジリ貧になるのはこっちだ。そんな中で生徒会との関係悪化はあっちゃならんだろう?」
「それはその通りだ。まぁこちらとしても下手に関係悪くしたくはないけどね」
「それは助かる。私も今でこそこの地位だが、元は自棄っぱちになってこの艦底でお銀に助けられた身だからね。多少はこの場とお銀に恩返しせにゃならん」
「そのためにお銀派に少しでも有利な状況を、って感じかい」
「そういうこった。その為の案をあんさんが呑んだし、その件に関してはこっちも協力する。私が隗となってもいい」
「かい?」
「お銀派の参謀として名が知られてる私が率先して賛成して参加すれば、他派も容易く拒否はできまいよ」
「ああ、まずは隗より始めよ、と」
「そういうこと。艦底の奴が艦長になるなら、私は部員にでもなってやろう」
「いいのかい?それを嫌ってるんじゃ……」
「ここでの苦しみを知ってる奴なら、まだ上手く付き合えるさ。艦長になるであろう向井の野郎の下なら、上の井上とかいう奴よりは百倍マシだ。それに……いつかはこんな場所、無くなった方がいい」
「そりゃそうだ。学生の本分を果たした方がいいさ」
「……ちげぇねぇ。折角こんな土地に故郷を捨てて住んでんだしな」