作:いのかしら

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第18話 一歩の権利

 

 

 

「貴女に党勢は押されてはいますが、いくらなんでも野党としてフォーラムと共同歩調は取れませんよ?貴女がたの予算案にだって同意するのは無理でしょうし」

 

「それは君たちはここの廃校を目前にしてその存在意義を失ってもいい、ということかい?」

 

「いや、そこまでは申しておりませんが……」

 

「だったらここで提示した戦車道再興、そしてそれで優勝以外の条件を文科省から取り付けられるのかい?」

 

このことは一応伝えた。流石にこの基盤なしに交渉は無理だしね。さて、クラブが文科省を動かすなんてのは無理だろう。そこで動くのなら私の仕事は必要なかった

 

「仮にそうでも我々としては賛成できません。今回の予算案は都市内のインフラ整備などへの増資などもせず、あいも変わらず補助金漬け政策を支持するものです。これに賛成してクラブなし、それが我々の意志です」

 

「だーかーら、学園を残す策があるのって話よ。こっちも削るだけ削ったし、それでもカネがある程度なきゃできないしさ」

 

「戦車道しかないとしてもこの予算案は飲めません」

 

戦車道をやること自体はそこまで問題でもない、ということか

 

「……私が思うにね、戦車道は始めたとしてもそう長くは保たない」

 

「何を仰りたいのです?」

 

「学園が存続した後の話。今回ね、計画としてはある意味カンフル剤みたいなのを投入するつもりなのよ。私としても何としても優勝したいからさ」

 

「カンフル剤、ですか……」

 

「でもそんなのに頼れるのはそんなに長い期間じゃない。直接で2年、影響を受けても4年間だ。そこから先は恐らくどうにもならないだろうね」

 

要するに西住ちゃんが直接いる時期と、その姿を間近で見た者が継承する時期、そこまでだ。それ以降は西住ちゃんは雲の上の存在みたいになってしまうだろう

ウチを優勝させたならさせたでその活躍から引っ張りだこになるだろうしね。戦車道連盟もメディアもこんな金づる放っておくわけがない

 

「ということは……戦車道再興は本当に廃校回避の手段以上のものではない、と」

 

「そうならざるを得ないと思うよ。今回優勝狙うといっても、それは有力校の隙を突いてなんぼだ。ウチが強豪校の枠に入ったら、金銭面で張り合えなくなるだろ」

 

「まぁ、ウチ公立ですから私立みたいに学費上げたりとかは無理ですからね。OG会からといったって卒業生的にそんなにバンバン金を出してくれる人ばかりじゃありませんし」

 

「あとブレが大きいだろうしね。広告収入とかを狙ってもそれは他所もやっていることだ。この前とかスポーツドリンクのCMに黒森峰の隊長さん起用されてたし」

 

「ああ、そんなのもありましたね。ではまた件のカンフル剤と同様なものを引っ張ってこさせるようにしたら……」

 

「……そんなに毎年のようにカンフル剤が出てくる業界なら、尚更お断りだね」

 

感謝もすれ、軽蔑もする。とはいえこれは私の感情だ。仕事人としてやるべきはその軽蔑する道しかない

 

「問題はその学園が残った後、その猶予で何ができるかさ。結局のところウチが廃校候補に入っているのはなによりもこの少子化社会で将来性がない、と見られたことに尽きる」

 

「そこは同意ですね。政府の方針もあるでしょうが、留学生誘致でもしない限りいずれは選別の時が来る。それは間違いないとこちらも考えています。そして現状海外留学生受け入れなんて環境はウチでは作れません」

 

「そうなると道は二つ。一つが学園の教育的魅力を高めること。もう一つが都市の経済基盤を整えて自活できるようになること」

 

「いずれにせよ、現状維持を打破するには金がかかるというのは間違いありませんな。だからこそ民間を引き込み、その活力を引き出さねば……」

 

「まぁそこはおいおいだ。そう、君が言う通り金がいる。そして金は、戦車道に勝った時はそりゃ来るだろうさ」

 

「志望学生増による偏差値レベルの上昇。それだけ見てもメリットは大きいですね。もっともその時は時流か戦車道の拡大に動きかねないでしょうが」

 

「させないね。うちの経済力で続けられるとは思えないし」

 

「それで4年で区切る、と」

 

「そう。長くても5〜6年。それで余裕ができた資金は都市の経済基盤に投資するなり、教育設備を整えるなりに投入すればいい

まずはそもそもの財源確保。戦車道はそのためさ。そして被服科での企業誘致もしてさらに金を膨らます。その際に債権発行は場合によっては認めるけどね」

 

「債権発行……」

 

そう、それはフォーラムの相応経済の放棄と同じだ。まさかの一言だろう

 

「学園存続の信用さえ得られれば、私は学園都市を担保に借金するのは、制限付きで許されて良いと考えているよ。企業誘致の基盤整備には大金がいるだろうしね」

 

「輸出入用の港湾設備の改修と工場との接続の改善に設備投資の支援と、あとは通勤通学ラッシュの解消と、ウチに金があって困ることはありません。借金はそこの固定資産税と社員の町民税で利子くらいは埋め合わせが効きますし、波及効果を考えればプラスなはずなのです」

 

経済面ではこっちの方がある程度分かっているか……使っていくしかない

 

「ウチの生徒会と生徒議会は大きく二つの役割を握っていると思うんだ」

 

「また藪から棒になんです?」

 

「なんだと思う?」

 

「……学園と都市、二つの行政を握っているということですか?」

 

「だいたいそう。そしてそこが分かれていることが、フォーラムが勝ててクラブが勝てない要因」

 

「なっ……」

 

まずは怒らせる。気を高ぶらせて合理的判断をする力を弱める

 

「だって考えてごらんよ。フォーラムは基本学園をメインの政策に据えてる。部活の予算支援とか学生向けの物品への補助金政策。結局学生向けだ。一方でクラブの政策は都市メインだ。都市の経済発展のためのインフラ拡充とかね

じゃあここで都市民の比率を考えよう。知っている通りここでは学生の数が多い。なにより生徒議会の議員、そして有権者は生徒だ

確かに親と一緒にこの年に暮らしていて都市経済の発展を望む親の意見を汲む親孝行な子供もいるさ。でも勝てない。親の幅広さだけ支持層は広範囲になるけど、やはり数では負ける」

 

「うぬぬ……」

 

「そしたら君達が取るべきだった手は一つ。その都市経済発展を支持する層を議会に取り込むことだった。だから私も町内会系対策に苦労してきたわけだけどね

だけど君達はこの前の市民議員設置に反対した。自分たちが生きる道を潰したんだ。もっとも先んじて公正会が市民系に食い込んでたこともあったんだろうけど

だけどそうしなかった。だから君達は次も負けるのさ」

 

何も言い返せまい。むしろ党の運営に関してあれだけの議員がいながら適切な方針を決定できていなかったのか。そこの点に関してはフォーラムに頼ってて正解だった

 

「じゃあこの市民議会となってどうするか。話を元に戻すけど、私は学園都市を学園都市として残すには、経済発展をしつつ学園の魅力を高める、それを同時並行で進めるしかないと思う

学園一方だけ進めた結果はこれだ。部活や学校の学科の発言力が嫌なほど高まり、何も決まらなくなった。だが都市だけ進めたら結果は単純だ。地上の都市に負ける」

 

「……そこは分かります。学園都市は物資搬入などの点で明らかに不利ですし」

 

「その通り。ならば学園だけでも都市だけでも学園艦は保てない。だからこれからは都市に対しても一定の施策はとる。だがそれ以前に」

 

「学園都市は廃校を回避しなければ意味がない、と……」

 

「そういうことだ。他に移って党を立ち上げて生きていける自信があるなら構わないけどね」

 

プレッシャーはかけた。あとは向こう次第だろう。鴨崎ちゃんはなかなかに頭を悩ましてからこう告げた

 

「……我が党として賛成は無理でしょう。私が首を縦に振ったところで党内の幹部が賛成いたしますまい」

 

なら何も変わらない、か……流石に

 

「しかし我が党としては、です。私はそれ以外は断言しませんし、貴女をその点以外で妨害するつもりもありません」

 

何?

 

「ということは、こちらがそっちの内部に介入してもいいと?」

 

「……我が党があるのは、学園に依ります。そして事ここに至って学園を残すすべをお持ちなのは……」

 

「それ以上はいいよ」

 

……流石に酷すぎるというものだろう。自分の身と政党の未来を半ば犠牲にすることを認め、それを反芻させるというのは

 

「……ただし一つ条件が」

 

「なにさ」

 

それと引き換えならある程度の要求はしてくるだろう

 

「先ほどの件をフォーラムと生徒会の次期幹部と合意しておきたいのです。それを文章化して各党に代表のサインをした上で保管してもらいたく思います」

 

「ふむ……」

 

確約を得たい、と。フォーラムが党勢を強めた際に拒否されないように、か。そこに生徒会を巻き込むことで安定性も高めたい、と

 

「良いよ。なんとか引きずり込んでくるし、生徒会の次期幹部なら一言で集められるさ。本来、私自身は無所属だ。単に生徒会がフォーラムと提携しているだけに過ぎない。各党の今後の活躍に期待するよ」

 

「はい……」

 

うなだれる彼女の肩を叩いて礼を述べてから、私はその場を去った。そしてすぐにケータイを取り出す

 

「田川ちゃん」

 

「会長、どうなさいましたか?」

 

「クラブの議員の懐柔を進めて。予算案を通せるようにするよ」

 

「はい?よりによってクラブですか?乗ってくるとは思えませんが……よろしいので?」

 

「やっちゃって!戦車道をやること自体は大きな反発はなさそうだしね!それと次期幹部クラスを集められるように!」

 

「え、この時期に次期幹部ですか?役職もなにもありませんよ?」

 

「候補生だけで良い!あとはフォーラムにも同様の要望出しといて!」

 

「は、はい!」

 

 

 

その先に開かれた生徒会、フォーラム、クラブの次期幹部層による秘密会談で、来年度以降の運営における3派合意が交わされた。基本的な内容はそう変わるものではない

 

・戦車道は設立すれども必要以上の延命はしない

 

・戦車道勝利に伴い将来的な学園の存続に信用を得られる場合は、翌年度より都市債を発行し、それは都市開発にのみ充てる

 

・都市の経済発展、地場産業の育成により学生の都市残留を支援する

 

が内容だ。補助金面での支援はこれまでと同様の水準なら黙認する、もしくは反対はするがそれ以上の妨害はしない、ということを承認した。これでやっとこさ予算が通る道ができた

 

 

これでやっと一つ報告ができる。二人には時間がかかったがやっとこさ前提条件は満たせたとの一報を入れた。反応は辻氏の方は了解の一言と単純なものだったが、竹谷氏はもう少し細かかった

 

「こちらは言い方は悪いが君たちよりは苦労せずにすんだよ。練習試合するなら言ってくれ。連盟への登録作業は済ませてある」

 

とのことだった。練習試合の舞台は大洗になるかな。開発のためにも早期にやったほうがいいだろう

 

 

時間はもうあまりない。4月には始めねばはならないのに、すでに3月の頭に入ろうとしたとき、2012年度予算案は賛成多数で議会を通過した。賛成370、反対342、棄権38。クラブの一部を棄権させてなんとか賛成多数を占めることができた

来年度の予算に関する合意と、クラブが廃校回避の対抗案を出せず、フォーラムと同じく廃校受け入れに賛同するものが現れる状況に一部が見切りをつけてくれた。離党までしたのは殆どいないけどね

 

これで来年度の予算のめどは立った。あとはこれを元手に勝ちを得るしかない

 

これによって得たものは三つ。一つはさっきからずっと示しているように戦車道の設立の目処が立ったことだ。これだけが学園を生かす道。その茨の細い道のまず一歩を踏み出す権利を得た

もう一つは政党の形骸化を示せたことだ。フォーラム議員の一部造反こそあったが、一方でクラブの議員の離反と棄権が相次ぎ、他の職人連合、学生自治権党などからも賛成が出た。もはや政党の枠が大した意味を持たないとありありと伝えたのである

そして最後は、これで完全に学園の存続が方針として効力を持つ程度に固まったことだ。まだ廃校回避の件は公にはしてないし、戦車道設立も名目は学園の威信の再興だ。だがこれで、学園は存続されるべきであるということが、大洗の未来の指針となった

 

そして数で過半数を占めることならどんな手を取ることにも躊躇いがない、そうメディアの目に映ったせいか、私は大洗の女傑というよりも強引な指導者というイメージが付いてきているらしい。私が今回の件に関して、戦車道があまり話題になりすぎないよう予算案に関する取材を控えたせいもあるだろう

彼らの書いていることは間違いないね。これからもっとその印象を強めることになりそうだし

 

 


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