作:いのかしら

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第2話 私と学園

 

 

私が大洗女子学園に入ったのは5年前のこと。大洗で生まれ大洗で育ち、大洗の海と海産物、商店街と磯前神社の恩恵を受けながら育った私にとって、脳みそ云々はともかく小学校を卒業したらそのまま大洗女子学園に入学するのは至極当然のことであった

 

小学校時代に生徒会らしきものに在籍していたこともあり、顔見知りの先輩に流されるままに、干し芋片手に生徒会に所属することになったのである

 

もう最初の1年は慣れぬ一人暮らしと仕事に忙殺されていた気がする。書類、書類、書類の山。それに加わるは来客対応。特に地元の建築業者、大洗のショッピングモール、艦上の商店街組合、そしてコンビニのオーナーに至るまで。その際にさっきの男のようなお茶出しとかをしていたのだ

 

そしてその後も事務処理などをし、課とその下の局へと細分化された中でもそこそこの職に就くようになったのは高1に上がってすぐの頃。職は学園課の総合局の局長であった

他にも学園課には校内環境局や備品整備局、行事遂行局に運動部管理局、文化部管理局などと名前で何をしているか分かりやすい局名が付けられている中で、この局は実に分かりづらい名を受けていた

総合って何の総合だよ。小学校の社会の代わりか

だがその分かりづらい名の中で、私はこの学園の実態、そして構造的難題についての一層の理解を含めていくこととなる

 

この総合局、その名前からの仕事の分かりにくさは、その本来の意味を覆い被せようとする。生徒会の会報に私の名前はあまり乗らないし、乗らない方が良い。そういう立場だった

 

簡単に言えば議会調整。そう、生徒会長と一院制の生徒議会が個別に選出される、という大統領制に近い体制をとる大洗女子学園において、議会与党とはもちろん、場合によっては議会野党、無所属議員と生徒会の中継を担うのがこの総合局だったのだ

あと学園長の許可絡みもあるが、だいたいYESが来るのでここでは省略

 

議会与党、すなわち生徒議会で最大議席を確保する政党は大洗学園フォーラム。私が局長に就いた時には生徒議会議員総数の750人のうち241人と1/3にすら満たなかったが、それでも立派な政権与党である

他にも新大洗クラブ、公正会、海の民、職人連合組合、学生自治権党、人民による大洗、そして多くの無所属議員が所属している

これらの調整により味方を作り、予算や条例案、校内法案など他の局、課からあげられる代物を通過させるのが仕事であった

よって各課の仕事とそれに絡む内容も、私のところには目を通じて入ってきていたわけである

 

 

この学園、学園都市、学園艦には多種多様な問題が転がっている。

まずは学園の問題。メインは入学試験倍率の低下だ。要するに昨今の少子化を受けて、公立中堅ラインのウチは思いっきり影響を受けているわけだ。

そうなると選抜の意味も薄れてくるし、将来的には最悪倍率が1を割ることも想定される。

生徒数の減少は学費収入に留まらず、家庭の収入レベルの低下による市場規模の縮小、街の縮小に繋がりかねない事態であった

 

そして市場規模の縮小は、入港できる港が限られてしまう、ということとも絡む。

受け入れ先としても一度に入港できる学園艦の数が限られる以上、利益がデカイ方により長く、より頻繁に入港してほしいからね。ウチはすでに大洗を除くどこの港でも順位が低い

 

そして家庭の質の低下は生徒全体の質の低下をもたらしている。その影響が大きいのが船舶科だ。

この船舶科、学費を学園艦の航行で稼ぐという形で免除されているが、それを求める層というのは必ずしも多くはない。8時間労働と引き換えだからね。

それを希望する層はせめて学費がタダになるなら、と私立や公立上位校を希望してくる。

そうなるとウチに来るのは出身地の問題か能力的な問題か、どちらかを抱えたものしかいない。

幹部層はともかく、船の底の方に仕事も割り当てられずに屯する奴らは、次第に派閥を形成して武装し、収入源を巡って抗争を繰り返すようになっていた。

大洗のヨハネスブルグと呼ばれる学生のくせにヤクや酒、売春も絡む凶悪地帯が誕生していたのである。

 

これだけで済むならまだ良いのだが、そうもいかない。続いて学園都市の問題だ。

先ほどの市場規模の縮小もあるし、インフラ網の不足が指摘されている。

艦上の1万8千の学生が毎朝学園という一つの敷地に集結するのだが、生徒の足は徒歩だのみであることが多い。というのも朝の需要には参入しているバス会社では対応しきれないのである。

これは小型とはいえ全長7kmはある学園都市にとって、最大で生徒に徒歩40分以上を強いていることになる。時間と学生の体力を考慮すると由々しき事態だ。

かといって昼間は大した需要がないし、バスを増量しても置ける敷地もそうそうない。そのうえ置くための敷地や施設の負担がバス会社側になるとなれば、こちらからは強くは言い出せないし、向こうはほぼ受けない。

プラウダみたいに市内鉄道を通せるところは話が違うのだが、人口3万じゃそんな需要は流石にない。その他のインフラ改修も考えると手を出せないのが実情であった。

 

そしてインフラ整備が学園に絡むものに集中せざるを得ない関係上、なかなかそれ以外、すなわち地場産業の育成に繋がらない。産業といえば生徒を目当てにしたサービス業くらいだ。

それは艦上の職の不安定性と卒業後の人材流出に繋がっている。

生徒がメインの市場規模が縮小すれば、きっと簡単に学園都市は立ち行かなくなる。

 

そしてもう一つが学園都市の政治的発言力の弱さだ。選挙権はこの先改正があるとしても今は20歳以上である。そしてこの学園都市の人口の6割が高校生以下。そして小学生もいる関係で、有権者は1万人いるかも怪しい。投票率を考えれば大きな票田ではない。

一応今の所は日本政府が学園都市自治保証条約に加盟し、県と町から自治権を認められているからこうして生徒会が学園都市政治に携わっているが、万一それが止められたら物資搬入の関係もあり反抗は難しい。

大洗町の飛び地である関係上、大洗町の政治には絡めるが、せいぜいその程度。県政に食い込めるかすら危ういのである。というか実際無理

 

 

そして最後が学園艦の問題。単純にいえば老朽化だ。完成から50年近く経つこの大洗女子学園学園艦。石油ショックや円高不況、それ以外の数多の影響で、大規模な改修が行われていないのだ

私立なら自費で小規模な改修を繰り返していけるが、ただでさえ戦車を売り払わなければ財政の成り立たぬほどの公立校にそんな予算を捻出できるはずもなく、対処療法すら満足にできぬままでいるのだ

それもまた新入生を減らす一つの要因になっている

まぁ新入生からしてもその親からしても、仮に何かあったら一連托生の学園艦。より安全性の高いものを選ぼうとするのもごく自然のことだしね

 

そして最後は直近のとある事案が原因のものだ

 

東日本大震災

 

日本の東北、北関東沿岸を中心に未曾有の被害をもたらしたM9.0の巨大地震とそれに付随する災害群である

 

これにより大洗女子学園には二つの大きな逆風が襲ってきた

一つは大洗港を学園艦が使用不可になったことである

地震により発生した大津波は大洗をも襲い、沿岸施設を破砕。さらに引き上げた際に多くの土砂が港に流れ込んだのである。復帰には底の土砂を浚っていかねばならないのだが、水深300mのところで作業できる業者がそんなにいるわけもなく、おまけに東北復興がより目立つ以上仕回される事も向こうが中心。事業者としてもどっちも困難なら社会的にネームバリューをあげられる仕事を優先する

結果としてこちらは震災からしばらくしても復旧の目処が立たないのだ。普通の輸送船とかフェリーの寄港ならそこまで必要ないしね

 

 

もう一つはこの巨大な学園艦を動かすエネルギー源である

原子力。船の中にある鋼鉄で覆われた区画の一つにある巨大な発電機が、この学園艦を動かすエネルギーのほとんどを占めるものである。だがその原子力発電所の一つ、福島第一原発。それが震災により水素爆発を起こしたのは記憶に新しいだろう。そう、それに近いもの足元にある学園艦なのだ。一応潮力とか人の移動とか他のエネルギー源も使っているけど、ハッキリ言ってこの学園艦を動かすにゃ微々たるものでしかない

 

他の学園艦では私立を中心に自然エネルギーへの転換による代替計画を発表するなどしている。黒森峰は左派の主張で原子力エンジンの2022年までの完全停止を掲げたし、プラウダも環境5カ年計画を発表。サンダースはその財力で艦内一掃計画を立てているという話だ。羨ましい

しかしそんな艦内を総入れ替えするような金は、大洗には学園艦をひっくり返して振っても出てこない

 

 

さてこんな風に問題が両の手にも余るほど転がる大洗女子学園だが、救いと言える部分もある。実績が県内でもそこそこの部活たちと学力。あとは水産科などの養殖技術研究や必修選択科目による伝統文化の継承協力など、売り込める部分はないわけではない。いくらなんでも弱いけど

 

 


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