作:いのかしら

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第25話 練習試合

 

 

 

午前10時

審判の合図とともに、私たちはかーしまが見定めた決戦の地へと砂嵐を巻き起こしながら車輌を進める。途中でIV号ことあんこうチームを残して、他車輌は予定地点へ向けて離脱。ウサギさんチームが少々対応が遅れたが、予定通り私たちは台地の中でもちょっと高めのところへ赴いた

 

ここは前から一本道、後ろにも一本道。そしてどちらの道の両側も灰色で高くそり立っている。ここにIV号を囮にして誘い込み、上から撃ちかければ全部撃破して勝てる、というのがかーしまの見立てだ

戦車は上から殴れば弱い。だから高所に陣取って下に誘い込む。話の流れとしてはいい。実現不可能なことに目を瞑れば

 

西住ちゃんが言っていたように、この作戦は失敗するだろう。作戦としては悪くないんだろうけど、こっちの作戦に大人しく乗っかる聖グロとは思えないしね

 

だがいずれにせよ、こちらは西住ちゃんがここに敵を引っ張ってくるまで暇だ。こんな暑苦しい車内に敵がいつ来るかもわからない状況で待ち続けられる精神力は、まだ私たちにはない

だからアヒルさんチームがバレーボールのパス回しを始めたり、カバさんチームがなんかゲームし始めたり、ウサギさんチームが戦車の上でカードゲームを始めても、私たちには止める理由もなかった

むしろ仮にここを狙ってくる敵車輌がいても外に人がいては、人には当たらない仕様になっているとはいえ攻撃するのは躊躇われるはず。それならこっちの方が都合がいい

 

こうして西住ちゃんが敵5輌を引き連れてこちらに向かっているとの連絡が入るまで、丘の上では非常に穏やかな時間が流れていた

 

 

砲撃が近づいてくる。西住ちゃんがこっちに連れてきている

とはいえ私はちょいっと装填を手伝うほかは何もしない。しない方がいい

が、IV号が予定地点を通りかかるやいなや、かーしまは自ら発砲した上で攻撃開始を宣言した

 

オワタ

 

こうして各車輌の存在と各車輌の位置まで自分から露出狂と化した私たちが、動き回る聖グロの車輌相手に予定地点で全滅させられる訳もなく、かくして聖グロの戦車隊は集中射撃を突破し、ウチらの両翼に回り込んできたのである

 

「撃て撃て!撃ちまくれ!」

 

そして隊長のかーしまは以前このままである。実戦で砲撃を外してから変な高揚に呑まれてしまった

 

幸い現状向こうも狙いを絞り切れていない。が、近くに砲弾を当てるくらいなら造作もなかった

 

「あれっ?あれっ!」

 

近くに落ちた砲弾で履帯が外れたか、小山がしきりにレバーを引いても車輌は動かない

こうしてここに動けなくなった車輌が置き去りにされた

そして初めて砲弾に晒されたウサギさんチームはあまりの火力を前に全員車輌から脱走。ウチらでまともに動く車輌はあっという間に3輌だけになってしまった

 

動けぬ中で指揮は取れない。かーしまにも諦めさせ、この場については西住ちゃんに一任した。幸い向こうは動けなくなった我々にとどめを刺すことなく、その場をカメさんとアヒルさんとともに撤退したウチらを追撃し始めた

 

追撃戦だ。そっちの方が明らかに相手に損害を与えやすい。それくらいは分かる。それで潰した後に私らをのんびり潰す気なのだろう

ともかくも時間ができた。だがここから動くには履帯を直さねばならない

 

「かーしま、小山。履帯直すぞ」

 

「やるんですか……会長」

 

「やるしかないでしょ」

 

時間的には余裕はないしね。早く合流した方がいいのは間違いないだろう。そう言いつつも私にもなかなか乗り気になれない仕事だ。一応練習の中でもやるだけやったから、やり方は知ってるけどね

 

まず小山を車輌に残したまま履帯を戦車の後ろに一列に敷く。もちろん何十枚の履帯を持ち運べるわけもなく、かーしまとなんとか引きずって寄せる

ここが草地じゃなくてよかった。草を引っこ抜きながら、そしてそれを取り除きながらの作業になれば、面倒なことこの上ない

そしてその端をワイヤーに括り付け、履帯の上へ。そして無理矢理折り畳みながら車輪の上に載せる

あとは小山がゆっくりと車輌をバックさせながら私とかーしまで全力でワイヤーを引っ張り続けるのだ。これがt38だからなんとかなってるけど、もっと車輌がデカかったらこんな人数じゃ動きやしないだろうし

 

「かーしま。噛み合ってるか確認してこい」

 

「はい、会長」

 

時折車輌を止め、しっかり履帯と車輪が噛み合ってるかを見る。そこがズレてたら動いた瞬間この仕事はチャラだ

そして持ってきたら端と端を固定する。最後に全体的に緩みがないか確かめたら終わりだ。もともと緩んでる感じはするけど。車輪には主だった歪みがなかったから、まだ早く済んだけどね

 

何十分という時間をかけて、ウチらはなんとかこの作業を終わらせた。ピーカンの中だ。ウチらも水を飲みながら少し休む

 

「西住さんの方は大丈夫なんですかね?」

 

「さぁね。向こうに行ったらもう終わってるかもしんないよ?」

 

さて、どこまでやってくれてるかな?

 

「……ま、少なくとも試合がまだ終わってないのと、ウチらが急いだほうがいいのは確かだろうね。かーしま!」

 

「はい、会長」

 

背中を経由して、ウチらも追うことにした

 

 

音からしてウチらは市街地に向かわなきゃならないらしい。幸いその途中は結構コンクリートで塗装されてるから、時間はそこまでかからない。この途中に敵がいたらおしまいだが、そんな事してくるならウチらの負けだ

 

んで、大洗での場所なんて目を瞑っていてもわかる。山から降りて探っていくと商店街の道中だと目算がついた

 

「小山、多分ちゅう心の辺りだよね?」

 

「大進の辺りじゃありません?音移動してますし」

 

「そっちか。んじゃ、突撃ぃ〜」

 

「でもあそこらへんって確か……」

 

そうして選んだのは福本楼の脇の道。そこに入ろうとすると、一本道の奥の奥を通り過ぎるものがあった

 

IV号、あんこうチーム。車輌の色や外観からして間違いないだろう

そして他の車輌は続いてない。となれば、砲撃音からしても追撃を喰らっていると踏む。となれば、それを遅らせられれば儲け物だ。この車輌で正面から撃破は難しくても、履帯切って足止めとかもワンチャンあるしね

 

「小山、次来たら右、来なかったら左に曲がって!かーしま、砲撃用意!」

 

「は、はいっ!会長」

 

そしてその間に敵は通り過ぎず。されば……左!

 

「参っ上〜」

 

ウチらが飛び込んだのはIV号と聖グロのチャーチルとマチルダ2輌の間。そして小山は確実に敵3輌の方へ曲がり切り、停止した

 

「発射!」

 

距離は10mもないだろう。視界にも確実に捉えている

 

だがかーしまの放った砲弾は前3輌のいずれにも当たる事なく、風切音のみ残して虚空の彼方へと飛び去っていった

 

「桃ちゃんここで外す〜」

 

「桃ちゃん言うな!」

 

そんなウチらを見逃すわけがない。そもそも敵の砲塔はこちらを向いていたのだ。3車輌同時に放たれた砲弾によってt38に白旗が昇ったのは、それから間も無くだった

 

そしていくら西住ちゃんをもってしても1vs3で完全勝ちは難しかった。それでも福本楼の前でウチを撃ってきた相手の1輌を撃破し、一本脇の道に逃げた後並走で逃げて角でもう1輌撃破。そしてチャーチルとの一騎討ちには持ち込んだ

 

だが元の戦車の質が違う。周りの装甲ガッチガチのチャーチルに対し持久戦が不利と判断した西住ちゃんは突撃を仕掛け、失敗した

 

「大洗女子学園、残り車輌0輌!よって聖グロリアーナ女学院の勝利!」

 

笛とアナウンスはたいして気にするものでもなかった

 

「小山……かーしま」

 

車輌撤収の最中、車内で声を掛けた。エンジンの切れた車輌の中はそのギャップもあってか静かだ

 

「やれるよ」

 

「ですね」

 

 

試合こそ負けたが、まだ祭りは続く。昼過ぎなのだから、今から夕方くらいまでやらねば元が取れん。目玉は無くなったとはいえ、他にも企画は準備してくださってるしね

 

んで、ついでだ。私たちからも企画をぶつけようと思う

 

「いやー、お疲れ」

 

目の前を流れる撃破された車輌を前に茫然としていたあんこうチームのメンバーの中に、私はいつも通り割って入った

 

「会長さん……」

 

不安げだなぁ、揃いも揃って。当然っちゃ当然だけど

 

「健闘には感謝する。が、約束は約束だ」

 

そう。負けたらあんこう踊り、そんな約束をとりつけていたのだ。んで、実際に負けた

 

「にっひひ〜」

 

もってきたのはピンク色の全身用タイツ。実を言うとこれが正式と問われると違うのだが、元から恥ずかしい格好で踊るものだし、罰ゲームなんだから十分でしょ

 

「んじゃ、ここの8人全員やってもらうよ」

 

「ええっ!」

 

私の手元にあるタイツは8枚。もともとそういうつもりだ

 

「隊長車がやらないわけはないよねぇ〜」

 

 

こうして商店街にて被害状況の検分が始まる中、トレーラーの台車を借りてのあんこう踊りのパレードが行われた。パレードを見にきた人たちからはカメラを向けられ、ケータイで動画を撮ろうとしている人も見受けられる。その中で隣のぶちぶち文句を言う数人を尻目に、ただ踊り続ける

 

私にとってこれはそんなに嫌いじゃないものだ。むしろ楽しくすらある。だから私にとっては罰ゲームではない。こうして罰を決められる立場になれるのは地味にメリットだろう。世の中もそういう立場に付けたもん勝ちなのだろうか

 

心情的には問題ないのだが、弊害は疲れることだ。この踊り、けっこう激しい動きを繰り返すのだ。それが面白いんだけど、明日は筋肉痛をちょっと覚悟しなければならないな

 

 


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