さて、勝った以上考えるべきは次のプラウダだ。私たちが試合をした同じ日に二回戦進出を決めた。そして私たちが試合をするのはこんな時期にだが真冬に近いところだ。なんと北緯60度を超えるという。雪だって降るところだってさ
戻ってくるのにも時間がかかるし、寒すぎるところや暑すぎるところは単純にエンジンに負担がかかる。やっぱ抽選って糞だわ
西の黒森峰に相対する東国の雄プラウダの強みはその生産力の高さだ。資本力こそサンダースに敵わないが、それを中央、プラウダ共産党の統制で有効活用している、というのが名目だ
実際学園都市の中では重化学工業の割合が高いし、企業もプラウダが介入する企業との合弁しか認められない
だが何が真にプラウダを支えているか
移民の受け入れとそれによる賃金の安さだ
そもそもがロシア革命やその後の大飢饉からの亡命者でできた学園だからね。その歴史の都合上移民を断ることは難しい。日本本国よりも難民受け入れが多いって問題になるくらいだし
で、学園都市、自治都市であることを理由に国の命令と関係なく人件費を下げ、かわりに高齢年金とか食糧支援とかの保障を付けて心を掴んでいるわけさ。その分製品の質は低いって言われるけど。高校も学費はなしだし、その為特に今の政権とは仲が悪い
戦車道で黒森峰に負け始めたきっかけだって出先機関を青森の三厩に置こうとして政府の反対くらって、それ以降都市防衛に予算振り分けるようになったからだって聞くし
三厩は青函トンネルの本州側の出入り口だからね。政府も北海道物流を左右されることを嫌ったんでしょ
いずれにせよ上からの支援もあって生徒の団結心は強いし、上意下逹システムが戦車道でも完備されてる。サンダースみたいな切り崩しは効かない
おまけに今の戦車道のトップはエカチェリーナ、通称カチューシャ。去年黒森峰を撃破し黒森峰の10連覇を阻止した英雄だ。それだけに上からも下からも信任も厚い
さらにウチらは人民と敵対しているから、話もつけづらい。聖グロはそこそこ仲良いらしいんだけどね
彼女が破った西住ちゃんが率いている、そこから油断してもらうしかないかな。この弱点も予想でしかないけどさ
前回大会優勝校プラウダ。そこと戦うことは私たちにとって喜ばしいことではない。もちろん相手が強いから負ける可能性が高いというのも要素の一つだし、その試合に最大火力のポルシェティーガーを投入できないのも一つ
ここら辺はどうしようもないからあまり考えないようにしてる
「そこそこ戦力の補強はできたな」
かーしまがこう言っていたように、マシにはなってきてるからね
だがどうにかしなけりゃいけない問題が一つ。それは風紀委員のそど子とその部下二人、後藤ちゃんと金春ちゃんの参加と、彼女らの乗るB1bisがお披露目となった練習前で如実に示された
後ついでにIV号も拾った砲身で強化したってさ
「次はいよいよ準決勝!しかも相手は去年の優勝校、プラウダ学園だ!絶対に勝つぞ!負けたら終わりなんだからな!」
「どうしてですか?」
「負けても次があるじゃないですか」
「相手は去年の優勝校だし」
「そーそー、胸を借りるようなつもりで……」
つまり敢闘精神の不足。向上心の限界だ。ほぼ初心者が集結したこのチームがいきなり全国大会ベスト4。本来なら小説の帯にでも書かれそうな内容だ
だから上を目指す合理的な理由がない限り、もはや上を目指す動機がなくなってきているのである。これで良い、今くらいで良いってね
ちなみに最初のかーしまの発言は私が許可を出してる。負けたら『この大会では』終わりって意味だってゴリ押せるからね。それでいて皆に上を目指させる。ギリギリなのを察した上で、だった
「それではダメなんだ!」
だからかーしまのこの一言は余計でもあったし、必要でもあった
確かに皆に少なくとも決勝まで行かなきゃならない理由を隠していることを、遠回しとはいえ知らせた点で良いわけじゃない。だがかといって、このまま隠し通せるものでもないことを教えたのもこの一言だった
倉庫の中は困惑、疑念、畏怖などから静寂で満たされる。誰も、口を開かない
人によっては予想できているのかもしれないね。だけどそれは聞きたくない話。聞き直してウチらの誰かが語るのを聞きたくないのか
「勝たなきゃダメなんだよね」
それを破った私の言葉は、かーしまの発言を軽く裏付けるものでもあり、私自身に必要なことを思い出させるものでもあった
それ以上の追求を避けたかったってのもあるけど
「西住、指揮」
「あ、はい。練習、開始します!」
練習自体は大きな問題もなく始まった。まずは試合で頑張る為に練習する。その点に関しては共有できている。上達という結果も今のところついてきてるし
だけど私にはさっきの自分の言葉が繰り返される。そして私の肩にのしかかるものを、恥ずかしい話だが久しぶりに思い起こさせた
「西住ちゃん。後で大事な話があるから、生徒会室来て」
開始前にそう言わざるを得ない身の上だったのだ、と。これはもっと早く行うべきだったし、なんだったら全員に言うのが正解かもしれない
「やぁやぁよく来たね」
もう航路はかなり北へと進めていた。もう外でチラついているのは雪だ。こんな無茶ができるのも帰省してる人が多いからだね。だから私たちは7月の末である今この艦橋の上でコタツを囲むなんてジョークができる
窓を開けて寒くしておいて、んで久々に引っ張り出したってわけさ。海風入れたようなもんだからさ
「あ、はい」
「いや〜、寒くなってきたねぇ〜」
「北緯50度を超えましたからね」
それシベリアだよシベリア。もう西に横たわってんのはサハリン北部だってさ。そしてまだ北だよ?
「次の会場は北ですもんね」
「全く、会場をルーレットで決めるのはやめてほしい」
同意。ま、ルーレット回してダーツでも当ててんのかもね。こっちには通達が来るだけだからさ
「あの、お話って……」
「まぁまぁあんこう鍋でも食べて」
まだ、まだだ
「会長の作るアンコウ鍋は絶品なのよ」
「まず最初にね、あん肝をよく炒めるとこから、そこに味噌を入れて」
「いや、鍋の作り方はいいですから」
大洗人になって貰うからには、知っておいてもいいと思うんだけど、な
「炬燵、熱くない?」
「あ、大丈夫です……」
「言えなかったじゃないですか」
3人が囲む空になった鍋が蛍光灯の光を残す。そして後は、水かけ祭りとかハロウィンとかの写真
楽しかった『あの頃』の写真
私がまだ政治家はおろか官僚にもなりきれていなかった時のもの
「これでいいんだよ」
いや、よくはない。それは何より自分がよくわかっていなければならないはずだ
「転校してきたばかりで、重荷背負わせるのもなんだし」
「ですが……」
「西住ちゃんには事実を知って萎縮するより、伸び伸び試合して欲しいからさ」
それは……理由として、弱い。そうであって欲しいのは、我が儘だ
「お茶……入れましょうか」
「はぁ……終わりか」
「まだ分かんないよ」
分からないのだ。そしてそれが、何よりの問題なのだ
「会長、明日朝これの残り食べて行きます?」
「お、いいねぇ。ご飯パックのが冷蔵庫にあったっしょ、たしか」
「卵もありますし、ちょうどいいでしょうね」
「こんだけ寒けりゃ、明日まで外に出しといても腐んないんじゃない?」
「逆に凍ってますよ……」
炬燵にくるまって、小山が持ってきたお茶を含む。口に付いた油とコラーゲンをゆっくりと混ぜて流す
「会長」
「かーしま、どうした?」
「貴女は今、何者ですか?」
湯呑みを口から外す。ここまで一瞬とはいえ茫然とさせられるのも久々だね
「ほう……かーしま。言うじゃないか」
「西住には、言うべきでした。彼女が負けてもいいと言い出せば、我々は誰一人としてその流れを変えることはできません。だからこそ……西住は優勝を目指してもらわなくちゃいけないんです」
言い返せない。それが正しいからだ
「そしてその優勝にかかっているのは、この学園都市の未来そのものです。その一人のことに腐心して3万人を未来を変えるのです。だからこそ私は河嶋家の一人としても、生徒会の広報としても、そして戦車道の副隊長としても、西住に言うべきだと考えます」
「だったら私が言わないのを無視して言ったらよかったんじゃない?」
「私は生徒会では会長の下です。そして廃校云々はまず学園都市を運営する生徒会に絡む話。会長から話はまず進めるべきだと思案しました」
かーしまにしては本当に理路整然としている
「会長。いえ、杏」
あんず。その3文字が小山から放たれた
「小山……しばらくぶりに聞いたよ、それ」
「情が……移りましたか?」
そう呼んできたということは、今の私が生徒会長として、じゃないということになる。だとしたら……
「……そうだね。私は『彼女の友人の一人』として、このまま楽しそうに試合して欲しいんだ
見てるだろ?前のアンツィオ戦を終わった後、その前のサンダース戦が終わった後。西住ちゃん、すっごくいい笑顔してたでしょ
試合だけじゃなくてもいい。練習中でもいい。整備中だっていい。なんなら武部ちゃんとか秋山ちゃん達と一緒に帰っている時だっていいさ。そんな時に悲しそうな顔をされるのが、追い詰められた顔をされるのが、ウチらの戦車道のあるべき道かい?」
「そう……ですね」
「あれを護りたい、というのは、横暴かな」
「会長、貴女はもう……西住を『駒』としては見れない、と」
駒。そう、本来の西住ちゃんの役目はそれだった。戦車道で優勝し、学園都市を残すための、起死回生の駒。そして駒のまま扱うしかない、かつてはそう誓った
「……私が、言いましょう。会長でできないのならば、泥をかぶるべきは下です」
「かーしま、待て。このことを引っ張りたいのは、それだけじゃないさ」
一応だけどね
「杏、何かあるの?」
「万が一の話さ。いや、実際としてはかなりの割合あるんだろうけど。そのことを話しておいた上で負けたら……どう足掻いてもその責任は西住ちゃんに乗っかる」
それはどれだけ擁護しても避けられない。仮に西住ちゃんだけに知らせたら、逆に自分で背負い込むだろう。かつて実際に責任をぶつけられたことがあるから尚更さ
「考えたくはありませんが……そ、それは言わなくても廃校という結末は変わらないのでは?」
「関連させなければ、西住ちゃんは背負わなくて済む。生徒会の努力不足だけでね」
これも西住ちゃんにより良く、という話だ。結局駒として考えられないことを何より証明している
「負けた後西住ちゃんは黒森峰に復帰、で話は終わらないだろうさ。知らない方が向こうにとっちゃ幸せだよ」
「た、確かにそうですが……しかし……」
そうやって即座に否定してこないあたり、程度の差はあれどみんな同類だね
「杏。やっぱり杏は官僚だね」
「私は追い込まれるか言われなきゃできない、それで精一杯の根っからの官僚さ。政治家はやっぱり向いてないよ」
少し冷めかけたお茶を一気に流し込む。もう油だなんだは気にする必要もない
「だけど……かーしまの言うことがもっともだっていうのはわかってるさ。わかっているし、私はそれに応じて決断しなきゃいけない
だからかーしま。もし情勢が悪くなってチームの雰囲気や西住ちゃんが負けてもいいとか言い出したら……すまない、言ってくれ……
もっとも、ちゃんと言える頃には手遅れかもしれないけど……それ以上は無理だ」
「……わかりました」
目線を落とした先には、またあの写真だ。魔法使いの私に小山のティンカーベル。そしてかーしまのジャック・オー・ランタン
この学園も、私の心も、天国と地獄の狭間を彷徨っている
まーだプラウダ戦始まってないんですがそれは……