作:いのかしら

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やりますねぇ





第33話 安息の終焉

 

 

 

 

 

まずは偵察だ。敵情を知らなければどうしようもない。気づかれたらどうなるかわからないが、無いよりはマシだ

こうして秋山ちゃんとエルヴィンちゃん、もう一つを冷泉ちゃんとソド子で組ませて雪の中に放り出すことになった

遅刻魔と風紀委員で組ませていいのかって?アレはアレだ。喧嘩するほど仲がいいってやつ。多分、恐らく、メイビー

 

 

残った方は車輌を動かせるようにしとくしかない。エンジンを温めたり履帯を締め直したりと作業が続く

 

「手の空いたものは暖をとれ」

 

「スープ配ります」

 

外の雪は激しくなる一方だ。だが激しくなる前に帰ってきた2組の偵察によって、こちらは向こうの戦車の半数以上を把握することに成功した

 

 

だが良く無い情報もある

 

「ただいま試合続行をめぐり、協議が行われています。しばらくお待ちください」

 

連盟による話し合いのようだ。これによって時間が伸びれば、体力、精神力的にこちらがますます不利になるのは否めない

 

それ抜きでもタイムリミットまであと1時間。その間試合は動かない。窓もまともにないこの建物の中でこの悪天候

 

「あと1時間この建物で待つのか……」

 

「いつまで続くのかな、この吹雪……」

 

「寒いねぇ……」

 

大丈夫なわけがない

 

「……お腹空いた」

 

そんな屋根以外設備もないところで、なんとか手に入れたお湯に粉を溶かしたスープ以外食事を用意できるはずもない。あと一応乾パンあるけど、幸か不幸か撃破車輌がないため全員に配ったら腹の足しどころではない

 

寒さ対策は各自が持ってきた毛布とかカイロ頼みである。焼いた煉瓦も薪ストーブもこのボロボロの建物にはない。窓すらないのだ。仮にあっても対して意味はないだろうが。いや、風除けにはなったかな

 

寒さと空腹、人間をかつては死へといざなった二つの猛威が私たちの足元にあった。あと一歩進んだら『もう死にたい』が心にやってくる

 

死への恐怖。本当に来たら、私たちから掛けられる言葉など些末に過ぎない

 

「さっき偵察中、プラウダ高はボルシチとか食べてました」

 

言うな。資金力の差だ

 

「やっぱり、あれだけの戦車揃えてる学校ですからね」

 

秋山ちゃん、わかってるじゃないか。プラウダにとっちゃ一応地上戦力としての意味もあるからね。あそこだだっ広いし、国とも反目しがちだし。昨今は特に

 

 

「学校、なくなっちゃうのかな」

 

「そんなの嫌です。私は、ずっとこの学校にいたい。みんなと一緒にいたいです!」

 

そっか、そういえば秋山ちゃんはこの都市住民か。それだけ思い入れがある、と信じてる

 

だが、それでも現実は重い。いくら阿呆でも優勝確率が高いと思える人間はいないだろう。現状見てればなおさら

 

「みんなどうしたの?元気出していきましょう!」

 

空元気で人を動かせるならどれほど良かったか。それでもともと夏場だったのがこの天気だ。士気を落とすなという方が無理だろう。仮に前を向かねばならない理由があったとしても

 

 

だからといって、あんこう踊りやれとは私は言ってないからね。結果的にあの激しい踊りで動きまくったから寒さも軽減されたし、しっかり士気上がったから良かったけど

画面の向こうの人たちからしたら私たち気でも狂ったかと思うんじゃないかな

 

実際気を狂わせちゃった方が楽なんじゃないかな。学園廃校を阻止するために勝利に拘った気狂いになったほうが、できることは多い

でも私はなれてないし、西住ちゃんをそうさせられるとも思ってない。させちゃならないことだ

果たして勝たねばならない場で信念を持とうとするのは、私たちの傲りなのかね

 

 

「あのっ!」

 

踊りの最中で響いたのは、女の子や声だった。あの3時間前に降伏を勧告してきた子だ。なかなか声をかけづらい環境だったに違いない。あと一歩踏み出せば新興宗教の仲間入りみたいになるだろうし、それをプラウダが許す道理もない。ルーツがロシアにしろソ連にしろ、ね

こっちとしちゃ、ちゃんと曲の終わりを見計らってくれたからまだやりやすいけどね

 

西住ちゃんは自分から彼女の前に進み出た

 

「もう直ぐタイムリミットですが、降伏は?」

 

私たちの答えは決まっている

 

「降伏はしません。最後まで戦います」

 

非常にはっきりと言い切ってくれた

戦う。その結果勝つかどうかは私なんかに分かるわけがない

だが理屈は単純だ。私は政治家として公約遂行のため、学生としてこの愛する学園を残すため、戦車道の一員として

 

勝つ

 

 

やることは決まっている。そこの小さな入り口から敵の包囲網に向けて打って出るだけだ。建物をぶっ壊して裏から出るとかも考えたけど、そんなことしたら後が続けるかわからない

 

燃料、残弾数、エンジンの調子、この絶望的な状況に光をさせる作戦。戦う上で必要なことの最終確認を済ませ、その時を前にして戦車に乗り込む

 

「本当に、良かったんですか?」

 

背後からの声

 

「ああ」

 

「任せて」

 

先んじてかーしまと小山が応じる

 

「でも……」

 

「さぁ、行くよ!」

 

一旦返事は保留にした。まだ不安な彼女にただの返事じゃ弱い

かつて捨てた道をもう一度踏ませる人間の心は、ストレートじゃ厳しいのさ

 

「西住ちゃん」

 

「ん?」

 

だから西住ちゃんにかけるべきは発破でも慰めでもない

 

「私らをここまで連れてきてくれて、ありがとね」

 

感謝

 

そしてそこに含む決別

 

ここから先を征くのは戦車道への愛とか履修とかではない。私の志だ

 

学園が残るのはその志の産物に過ぎない

 

意義の逆転?上等だ

 

最初から、あの家で伝えられた時からそうだっただけのことだ

 

 

ここまで来た以上取るべきは、それを為すために最善のこと

 

威圧感だの生徒会の肝煎りだの私の威信だの、そんなものにこだわってる暇はない

 

さっきの疑問にも返事を出そう。傲りだ

 

西住ちゃん

各チームのメンバー

小山とかーしま

今ある大洗の戦車たち

プラウダ

その次の黒森峰か聖グロの存在

大洗女子学園学園都市

 

全てが盤上にある

 

駒を読み、駒を使い、詰ませる

 

詰むのではなく、詰ませる

 

確率は高くない

 

だから、リラックスタイムは終わりだ

 

 

もっとも、此処に至るまでそれが分からなかった私は、やっぱ政治家向いてないんだろうね

 

 


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