作:いのかしら

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第37話 聖地

 

 

 

 

「さぁ、次は決勝戦だよ〜。狙うは優勝だからね〜!」

 

「大それた目標なのはわかっている。だが、我々にはもう後がない。もし負けたら……」

 

戦車も運び出され始めた倉庫の前に並ぶ。もはや何度も繰り返された言葉だが、今ではこれだけで士気を高められるんだからやりやすくなったものだ

 

「んじゃ、西住ちゃんも何か一言」

 

「えっ?」

 

これもかなりリスキーだ。西住ちゃんに明確に隊長の仕事をさせ続けることは。だが西住ちゃんを使うのは、対黒森峰の意識を高める上では使えてしまう

 

「明日戦う黒森峰女学園は……私のいた学校です。でも今はこの大洗女子学園が私の大切な母校で、だから……あの……私も一生懸命落ち着いて、冷静に頑張りますので、皆さん頑張りましょう!」

 

いうほど締まらないけど、それでも返事は大きく纏まってたから良し

 

 

そしてその日の練習は少し早めに切り上げさせた。明日試合で朝も早いし。冷泉ちゃん起きてこれるかな?

私たちも午後の仕事は下に任せ、練習後は珍しく即帰宅が可能だった

 

「あとは試合開始を待つだけか」

 

「泣いても笑っても、明日で最後ね」

 

「ちょっと景気づけに寄ってくか」

 

 

「ガンガン食べてよ!これもだね!カツカツ食べて明日はガンカツて!」

 

「ありがとうございます」

 

出てきたのは二段重ねのカツ。間にはアスパラが砲身のように突き出ている。なんでも戦車道復活に併せて開発した新商品なんだとさ

 

「頑張るよ〜」

 

「勝つといいねぇ〜」

 

ここの気前のいいおっちゃんが経営しているのは、ちょっと街の中心からは離れたところのトンカツ屋だ。チキンカツとか他にもいろいろある

正直学生にとっては財布を一回確認したい値段だが、ここも町内会系の一角。市民への近さをアピールしておこうとするのは間違いじゃないだろう。それに……

 

「カツカツ言えばいいってもんじゃない!」

 

「かわしま、そうカツカツすんなって」

 

「会長まで!」

 

カツだけに勝つ。なんとも雑な願掛けだが、それでもソーセージには負けるまい。胃もたれへの懸念を除けば

 

 

 

運命の日が来た

朝早くに私とかーしま、小山とで辿り着いたのは戦車道の聖地と謳われる東富士演習場だ

皆も後からバスで合流させ、鉄道で輸送済みの車両準備を整えさせる

 

視界に広がるのは一面の緑。ここにはテレビ中継含めメディア系がこの大会で一番揃う場所。ここに出れるだけでも儲けものだが、そこでさらに結果が必要だ。勝てなければ、ウチに一から仕切り直せる余裕はない

 

準備を整えてる最中、聖グロのダージリンとサンダースのケイ、あとプラウダのカチューシャが応援に来たらしい。そして西住ちゃん相手に好き勝手やったあげく帰っていったとのこと

私には来なかったけど、向こうが隊長だし他チームも西住ちゃんこそを好敵手と捉えてるってことでしょ

あとは政治てきな意味合いを薄めたかったのかね。特にサンダースは黒森峰と距離的に近いし

 

 

さて、試合前。こちらから挨拶に出たのはかーしまと西住ちゃん。相対するは西住まほと銀髪。その銀髪はやけにニヤついてたね

何を話していたかは知らないが、西住ちゃんが戻ってくる最中で黒森峰の服を着た子に呼び止められて何か話してた

 

だがこれらは細事。過去には用はない

 

「相手はおそらく火力にものを言わせて一気に攻めてきます。その前に有利な地点を確保して長期戦に持ち込みましょう」

 

もう口ごたえする者はいない。正面から来るのに対し、正面から応じる必要はない

 

「相手の試合開始地点までは離れていますので、すぐには遭遇することは無いと思います。試合開始とともに速やかに207地点に移動してください」

 

こちらの主な作戦計画はなんとか秘匿しながら進めていたが、黒森峰も負けじと手は打っている可能性がある。この作戦も流出しているかもね

とはいえ実際すぐには来れないだろうし、西住ちゃんの指定した場所が取れれば大きいのは私でもわかった

 

「では各チーム、乗り込んでください!」

 

「はい!」

 

 

私たちも黒から茶へと外装を大きく変えたヘッツァーに向き合う

 

「さぁ、やるしかないねぇ」

 

「そう……ですね」

 

なんとか砲身のクセは掴んできた。距離次第かもだがある程度はいけるはず。かーしまも新しい弾の持ち運びにある程度なれたし、小山もバランスの変化があったのによく調整してくれた

前のような機動戦も、砲塔がないという問題除けば不可能じゃない

 

 

かーしまの背中経由で乗り込んでしばらく、打ち上がった白い煙が、私たちが向かうべき最後の試合の始まりを告げた

 

「パンツァーフォー!」

 

 

向こうの陣容は見た限りティーガー、パンターといったちょっとでも戦車をかじれば知らざるを得ないものばかり。128ミリ砲とか載っけてたりするんだって。頭がおかしい

 

 

だが何より驚かされたのが、その重そうな奴らが開始早々森の中からこちらに速攻を仕掛けてきたことだった

 

こちらのパンツァーカイルの横っ腹。小山が思わず「もう?」と喋ったほどの奇襲だった

 

「森をショートカットしてきたのか?」

 

そう、本来は悪手である

森は平地より足場が悪い。すなわち履帯破損のリスクも大きいうえ、戦車の前身の騎兵は森が苦手、つまり機動力にも制限がかかる

脱落かつ機動力の低下。本来戦車道の戦場として選ぶ場所ではない

よって黒森峰は平地へと迂回するので時間がかかる。それがこちらの読みだったし、その猶予を使って207地点を確保する予定だった

 

それを向こうが避けたのはその脱落を誤差と捉えられるほどの戦力の優位があるのと防衛戦に移行される弊害からなんだろうけど

 

こちらは西住ちゃんより回避しつつ森へ突入せよとのこと。その最中三式が敵の攻撃で脱落。向こうの損害はなし

初心者とはいえこちらが75ミリ砲を失ったのが悪く響かないといいのだけど……

 

 


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