作:いのかしら

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第38話 孤軍

 

 

 

 

こちらはまず一旦その場を離脱。予定通り207地点に急ぐ

 

「全車、もくもく作戦です!」

 

だが私たちは、この「全車」には含まれない。煙の効果は味方を隠すだけでない。それに視界の一部を覆わせることで、どうしてもそちらに注意が向くようにしてあるのだ

風に揺れわずかに動きながらそこにある塊、どうしても意識が引っ張られる

 

灰色の煙が味方車輌を覆っていく。そして黒森峰も砲撃をやめ、その後を追っていく。この煙じゃ弾はそうそう狙えないだろうから、その判断は正解だ

何より足の遅いポルシェティーガーがいるし、こちらは最大火力のそれを置いていくわけにもいかない。行軍速度はそれに合わせざるを得ない

……他の車輌で引っ張り上げでもしない限りね

 

 

そしてなんだっけ……「パラリラ作戦」とかで全体に再度煙幕。横っ腹とかを見せやすい配置の間の砲撃を防ぐ

 

「……見事に作戦通りですね、会長」

 

「そりゃー、誰よりも黒森峰を知っている西住ちゃんが立てた策だしね」

 

西住流は王道をゆく戦いを好む。この数的、火力の優位の中では数と火力で押し切るというセオリー通りの動きをしてくれるってわけだからね

 

「そして元々速攻を狙っていた黒森峰からしたら、こちらには警戒が薄れる……」

 

「だけどその優位も逃亡した陣容を把握される時まで……」

 

ウチらがあの煙幕の中にいない。そうバレたら分散するメリットは少ない。フラッグ車があの中にいるから全くないわけじゃないけどね

 

そして目の前には、ノコノコとブラックを追いかける奴らが二人。思わず笑みが溢れる。回転砲塔を失ったからにはこういう戦い方が活きる

 

まず1輌の履帯と車輪。火力が増えたからこの距離でも有効だ

そして砲塔を右にずらしてもう1輌

 

「会長!2輌履帯破壊です!」

 

「かわしま、当たったぞ〜」

 

「知ってます!」

 

流石に75ミリ砲でも撃破は容易いものではない。だったら履帯を破壊して足止めを喰らわせた方が西住ちゃんの準備時間を延ばせる。特に黒森峰の車輌の履帯は私たちのよりはるかに重い。いくら黒森峰の精鋭とはいえ直すのだって時間と手間がかかるだろう。それで気力と体力を削る

だが流石の黒森峰、履帯を破壊されても砲塔はこちらを狙ってくる

 

「2輌が限界か。撃破したいねぇ」

 

流石に狙われたら敵わないし、あまり障害と思わせない方が行動に幅が出る。結果的に西住ちゃんの姉上を撃破しなけりゃ意味がないのだ。自らの功績より勝利だ

 

また森の奥へ。深追いはしてこないようだ。向こうもフラッグの撃破優先だろう

 

 

そして忘れさせるんだ。西住ちゃんに、山の上の味方に全力を注ぎ込ませるんだ

 

 

 

207地点は戦車からしたら急な斜面を持つ小さめの山だ。その斜面の中腹やや上くらいに陣取る。背後への迂回を防ぐことで、こちらの車線に入る正面に注力させるわけだ。上からなら戦車の弱点の上部装甲も狙えるしね

 

だが相手も馬鹿じゃないし、いくら斜面があったところで貫徹力は向こうが遥かに上だ。このままでは多少戦力を削れるかもしれないが、距離を詰められたらこちらはジリ貧になる

そして押し込んでその最中でIV号を葬る。それが向こうが描いている速攻の勝ち筋だろう。向こうの姉ちゃん乗ってるのティーガーだからこっちじゃ山の上からでも正面撃ち抜けないしね

 

「凄い砲撃です……」

 

「真綿でじわじわと首を絞められるようだな……」

 

「こっちがあそこを要塞にすると見越していたようだね。まぁ当然か」

 

そう。それを続けられると負けるのだ、こちらは。だとすればここから撤退するしかない

 

「西住ちゃん、例のアレやる?」

 

「はい。おちょくり作戦、始めます!」

 

だが撤退のためには敵中突破が必要になる

 

「準備いい?」

 

「はい」

 

「おちょくり開始ッ!」

 

見せてくれよう。天下無双の嫌らしさを

 

 

まず1輌。遅れてノロノロ追いかけているヤークトパンター。これの履帯を後ろに回り込んで再度破壊。というか平原に一人だけどは警戒心なさすぎでしょ

こちらの位置がバレるという弊害こそあるが火力あるから合流されると厄介だし、何よりこれも砲塔がないから射線から外れれば追撃されない。こうした方が楽ってものよ

なんか残してった後ろが騒がしいが、反応したところで利点なし。やるべきことは一つ

 

「突撃ぃ!」

 

 

「こんな凄い戦車ばかりのところに突っ込むなんて……生きた心地がしない」

 

「本当に無謀な作戦だな」

 

色合い的に近いから合流するふりをして黒森峰の戦車に紛れ込む。そして近くからできたら攻撃。確かにあの黒森峰の車輌に突っ込むとは正気の沙汰ではない

 

「前に進んだ方が安全なんだってよ」

 

だが今向こうは西住の姉ちゃんの統率された射撃の下にあり、正面を鎮めることにご執心だ。統率が取れているのは強みでもあるが、タイミングを合わせることに神経を割いているとも言える

だからウチらは容易に黒森峰の戦車の間に割り込むことができた

 

だが流石は天下の黒森峰。紛れるまではいかず速攻で気付かれた。撃破までは厳しそうか

そうなればあとは車輌の隙間を縫い駆け回るしかない。止まったらこの距離なら確実に白旗が上がる。動いていれば相手は同士討ちを警戒して打てない

だが敵がいるとなれば回避行動はするし、せめての援護を狙って横を向く車輌も出る。側面なら高所に陣取った味方にとっちゃ大きな隙だ

 

隊列の乱れ、砲撃不可、そして撃破される現状。味方にじりじりと押し寄せていた重厚な壁は脆くも崩れ落ちていた。それらは全て西住ちゃんがいたから、元々の自分たちの弱点を誰よりも知っていたから為せる技

あとはその中で1番薄くなったところを駆け抜ければ脱出成功、というわけだね

 

ウチらは合流せず、再度敷地内にある森林地帯に逃れる。森に隠れればゆっくり走れるから、履帯がやられやすいウチらでも戦えるしね

そして西住ちゃんたちを追撃する向こうの本隊はなかなかキツいだろう。火力を上げてきたのはいいものの、ドイツ戦車はウチとかレオポンを見て取れるように足回りが弱い。走り回るだけであの巨体故の負担がのしかかるのだ。勝手に離脱するものも出るだろう

だからこちらは、好きに戦場を選べる

 

のんびりとこちらも裏を取るべく動いているが、次は奇襲3度目だ。さらに敵本隊相手になる。そう易々とはいくまい。ということで再び敵が注意を味方に向ける時を狙うことにした。なんでも通信によると川を渡る途中で行軍が停滞してるとのこと

だったら狙うのは敵がそれを狙う時だね

 

こちらがまだ川の中にいる最中に離脱したものをまとめつつ本隊到着。さっき207地点に向かっていたのはほぼ全ているようだ

隊列を組み、前進開始した時を狙う

 

「よーし……」

 

だが上手くいかないもので、こっちが狙いを定めたときにはもう黒森峰の車輌の砲がこちらに照準を定めていた

 

「ありっ」

 

幸い撃破は免れたが、もう向こうも警戒済みというわけだ

 

「流石に3度目はないかぁ」

 

奇襲できないし、話によると市街地に向かう道の途中に古い橋があるんだとさ。レオポン乗ったらヤバそうだからこれを渡る前に合流って言ってたし、私たちも橋へと迂回しながら向かうことにした

 

 

森を迂回しつつ、黒森峰の重戦車が上流を抑えてくれる時に下流を渡河。ティーガーとかもバリバリ川渡っていくのが遠巻きから確認できる

向こうを水流の盾にするわけだ。こっちも改装キットつけて多少は重くなってるけど、重戦車ほどじゃないからねぇ

 

「あんなんでも川越えられるんだねぇ〜」

 

「むしろあの大きさで渡れる橋が少ないからってことらしいですよ」

 

それでも数がいる向こうに比べれば、こちらはサクサク渡って森を進み、なんとか橋の手前で合流することができた

 

 

「橋を渡ります」

 

「これ落ちないかね」

 

「私たち最後尾でいいですよ」

 

そう名乗りを上げたのがレオポンだった。それより前の段階で橋が傷む可能性はあるのだが

 

「この橋、黒森峰も使うかもしれないんでしょ?」

 

「ええ、ティーガーIIとかは避けるでしょうが、ラングやパンターとかなら使ってもおかしくないかと。では、レオポンさんお願いします!」

 

西住ちゃんを先頭に橋を渡り、私たちも間に挟まって橋まで渡りきった。最後のレオポンは他全てが渡りきっても橋の向こうにいる

 

と思ったら速度を上げて車輌前方を橋に叩きつけて駆け抜けてきた。あまり頑丈でなかった石橋は見事に真ん中に風穴を作ってしまった

レオポンがとんでもない速さで私たちを追い抜く中、その崩れる音を耳にしつつ少し呆然とならざるを得なかった

 

あの地点を脱出する時の盾といい、この走りっぷりといい、予算割いてでも自動車部を取り込んだのは今のところ正解だね

 

 


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