作:いのかしら

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第39話 鼠

 

 

 

さて西住ちゃんの目論見通り市街地に流れ着いた私たちが初めに発見したのは、III号戦車だった。ティーガーとかパンターとかヤークトなんたらとか見続けていたせいかえらく小さく見えた。ウチらの中にはこれより小さいの結構いるんだけどさ

そしてこれを総出で仕留めにかかることになった。逃して主力に合流されたら面倒だし、こっちは数的不利である以上削れるうちに削りたい、その判断は間違っていない、はずだった

 

 

ただカモさんが仕留めようとした時に現れたのは、さっき挙げた面々をまとめてくっつけたくらいにどでかい車体だった。一瞬戦車とは思えなかったほどの

 

「壁?」

 

カモさんがそう勘違いするのを誰も否定できなかった

 

超重戦車マウス

 

足回りが安定する市街地に投入された、とんでもない火力ととんでもない装甲を備えた黒森峰の戦略を象徴するようなそれは、まさに無敵の要塞であった

 

「退却してください!」

 

そう、あの西住ちゃんの声からも露骨に焦りが見える

 

と思うのとどちらが早かったか。爆音とともに車体が右に吹っ飛ばされた

 

「やーらーれーたー」

 

こんなの正面に立たれて打ち勝てるわけがない。いくらなんでも……

 

「やられてません!」

 

「近くに着弾しただけです!」

 

……白旗の音がない。まだ生きている。右に左にまだ避けられる

 

だが、真っ先にIII号を追っていたカモさんには、もう退ける場所がない。両側はアパートのベランダと玄関で覆われている

 

二発の軽い金属音。それが弾かれた音とわかった時には、もうB1bisは縦になって宙に浮いていた

 

 

その後は指示通り撤退戦だ。こちらも打ち返しているが、向こうが正面を向いている、かつ側面、背後を取れないこの状況では、ポルシェティーガーの88ミリすら豆鉄砲だ

 

二発の砲撃のうち、片方は幸いなんとかなった。ポルシェティーガーの足元というのは不安だが。だがもう一発によって三突が履帯を吹っ飛ばされ、右側面を地面に立てて直立した事実よりはマシだ

こちらの二番手。あんこうをあまりガッツリ前線に出したくなかった以上、この損失は計り知れない。残り5輌

 

相手は……最低15輌はいるはずだよな……しかもティーガーとかで

 

 

その後は逃げながら何度か一斉砲撃で沈黙させることを狙った。正面に比べれば側面なら……とは思っても、どこも抜けない

足は遅い。だから逃げた後なら必ず先手が取れる。このアパート群の裏に隠れ、出てきたところを囲んで殴る。それはできる

だが……どこも抜けない。足を止めることすらできない

 

だがこのままマウス相手に戦力をすり潰すはおろか、時間をかけていたら主力が来る。橋を潰して時間を稼いだとはいえ、来るもんは来るのだ

同時に相手する力はない。今この状況で相手するのが精一杯なのだから

 

 

「カメさんアヒルさん。少々無茶な作戦ですが、こちらの指示通り動いてください」

 

そんな中で西住ちゃんからの通信が来た。こんな絶望の中で未来を見出した

私は一度生かされた、この試合で。そして案なんてない。勝だねばならぬと決めたのは私なのにならこの身を如何すべきか

 

「なんでもするよ〜」

 

「ちょっと負担をかけてしまいますが……」

 

「今更なんだ!とっとと言え!」

 

『正義』を為す。そのためならそれを可能とする彼女の策に乗ろう。たとえどのような結末になろうとも

 

 

 

右手に土手を眺めつつ、うちらは横一線。そして右奥からノコノコ出てきたのは、お目当ての超重戦車マウス

 

向こうにとって敵がこちらにしかいないなら、こっちに向かってくるのは道理だ

そして横一線。向こうは走行間射撃をやってくる。こちらの左右の隙間は狭い。縦軸さえ合えば当たるのだから。そしてその砲身は……

 

「こっち向いてるね〜……来るよっ!」

 

「はいっ!」

 

正面からの一発を回避。弾は大きいが避け方はT34と変わらない。後ろから聞こえる爆発音を除けば

そしてあんなにデカい砲弾だ。さっきまでの戦闘でも確認取れたけど、次弾装填までどうしても時間がかかる

 

かつての火縄銃相手には装填までに鉄砲隊に突入するのが対策だったって話を聞いたことがある。今やろうとしているのはまさにそれだ

 

「まさかこんな作戦とは……」

 

「やるしかないよ桃ちゃん!」

 

「燃えるねぇ〜」

 

ここまでで撃たれたら終わり。だが向こうも走っているし時間差的に可能。ただ全力で前に、気にせず前に、全速力で

 

「衝撃に備えるよ!」

 

砲身を下げ、狙うのはマウスの真正面

 

私も照準器から目線を外し、頭を下げる。そして片手で頭を抱え、もう片手は伸ばして前で固定する

 

いつ来るか

 

「来ます!」

 

その爆音は直後に、そして前へ方のとんでもない力とともに押し寄せた

小山はそのショックも利用してバーを倒したまま。履帯は前進している。だが車体は嫌な音を立てて動かない。そして正面上部の装甲からは破滅への足音が絶えず鳴り響く

 

マウスの足元に狙い通り食い込んだ

 

確かに言ってた通りムチャクチャな作戦だ。だがまだまだこれから

 

次はレオポンとウサギさんが横から機銃、砲撃で挑発。私たちは打てないからそっちに狙いを絞る。そして砲塔は横を向く

 

最後はウチらがかーしまになる

 

後ろからの振動に一回耐えたらあら不思議、戦車の上に戦車が乗っかったのだ。そしてマウスの砲塔を固定。これでマウスの火砲の危機は去った

 

 

だが問題はこちらの危機だ

 

「カーボンがぁー!」

 

上からこぼれ落ちる黒い物体

 

「車内はコーティングで守られてるんじゃ……」

 

「マウスは例外なのかもね……」

 

あのどでかいのを支えるのだ。しかも継続的に。砲撃のショックの比ではあるまい。さらに相手の履帯でも正面装甲はガリガリ削られている。いつ白旗が上がってもおかしくない

 

あとは土手の上から弱点を狙う。それだけなのだが……

 

「もうダメだぁー!」

 

「もう持ち堪えられない!」

 

こちらもこんな用途で作られないのだ

 

だが五十鈴ちゃんは見事だったね。一発でやってくれた。あと少し遅かったら小山を退避させてたかもね

 

ともかくマウスを仕留めた。これで市街地で戦う危険を多少なりは減らせた。こっちは市街地での戦闘に対し一定の準備ができる。損害もシャレにならないけどさ

 

だが結局はフラッグ車を巡る争いの序章だ

 

「黒森峰、あと3分で到着します」

 

「わかりました。戦闘準備に移ってください」

 

「はーい」

 

やっとこさこの単なる塊となった重石を取り除けたわけだけど、コーティングもまばら、砲身も歪んでしまっている

 

「まだ、戦えますかね……これで」

 

「白旗は立ってないしね〜」

 

「おい!ちゃんと動くんだぞ!」

 

そして足回り、エンジンに影響が出るのに、そう時間はかからなかった。明らかにスピードが落ちる。変な音が鳴りだす

 

「まだだ……まだだっ!」

 

皮肉にもその叫びとともに停止。エンジンも煙を吹いた

 

 

頭上で、前の試合にも聞いた音が一つ

 

 

 

「……よくやってくれたな。ここまで」

 

「うん」

 

「我々の役目は終わりだな」

 

煙の混じった室内から顔を外へ。ヘッツァーは、ここでリタイアとなる

 

IV号が車輌を止めた

 

「西住隊長!」

 

「すみません」

 

謝ってきた。これが西住ちゃんの性

 

「謝る必要はないよ」

 

「いい作戦だった」

 

返す言葉はそれでいい。これ以上のことはできない

そして……この一言を言わなければいけない

 

「あとは任せたよ!」

 

「頼むぞ!」

 

「ファイト!」

 

そう、本来駒だったはずの西住ちゃんに、この試合の全てを、大洗女子学園の未来の全てを、押しつけなくてはならない。美辞麗句を並べたとしても、結局そこは変わらないのだ

 

「はいっ!」

 

帰ってきた返事に覇気があった、意志が垣間見えただけまだ救いかな

 

 

 

 

「あー、こりゃ酷いですね」

 

「やっぱりですか」

 

マウスに四苦八苦する回収車の奥で、こちらの業者は車内を見てそう溢した

 

「これは上のコーティングは全部張り替えになりますね……そうしないと戦車道連盟の規格に通りませんよ」

 

「まぁ、だろうねぇ〜」

 

今までは酷くても装甲張り替えくらいで済んでたけど、これはコスト馬鹿にならないねぇ

 

「大会終わって時間空けてもいいので、それだけは次の試合までにやってもらってくださいね」

 

次の試合、ねぇ……

 

「こっちはやっときますので、早めに撤収しちゃってください。車輌呼びましたんで」

 

「え、車輌処理の手続きは?」

 

「後でいいので、早めに試合の状況見ててください。大事な試合でしょう?」

 

……下は気が効くのな

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「あと市街戦っぽいので、いつこっちに戦闘が波及するか読めないんですよ。安全性の観点からもお願いします」

 

あ、それもあるのね

 

 

 

そんなわけで近場に4両近く屯していた回収車のうち、後ろが空の1両に乗っかって撤収だ

 

「そろそろ本隊来てる頃だよねぇ……」

 

「ですね……」

 

「頼むぞ……西住……」

 

果たしてこの結果どうなる?

 

「……本来は、私たちがフラッグであるべきだったのかもね。元は私たちが始めたんだし」

 

「しかしこの体制のおかげでマウス撃破できたんですよ」

 

「それに仮に……仮に負けても、ここでの奮戦はテレビ通じて市民に伝わっています。決して道が途絶えるわけじゃありません」

 

「そう、その負けた時、だ。そしてその時の西住ちゃん、だ」

 

私にとっての大きな不安。それはその時最悪の『もし』が現実になりかねないことだった

 

「西住ちゃんはこの学園を愛してくれているし、仲間もできてる。ありがたいことだね、こっちが無理やり呼んだっていうのに。だからこそ……この先は怖い」

 

「どういうことでしょう?」

 

ちょっと後ろに下がり、本来戦車を置く場所に腰を下ろす。小山もかーしまもそれに倣った

 

「負けた時の西住ちゃんの対応として想定してるのは3つ。一つは運命を受け入れて黒森峰に帰る」

 

「まぁ……あり得てしまうでしょうね。黒森峰からは招聘あるでしょうし」

 

「もう一つはあの計画に参加してくれるくらい残ってくれる」

 

「……負けたら罪滅ぼしでやってくれるかもしれません。あまりそういうタイプでなさそうですが」

 

「最後は……どちらもしない」

 

「どちらもしない?」

 

「黒森峰に帰るわけでも、大洗に残るわけでもない。負けたら元はうちらが始めたとはいえ、西住ちゃんへのバッシングは……できる限り潰してこっちに振り向けるけど、避けられない部分はある。それを受けたときに、彼女はどうするかな」

 

「黒森峰でも負けてバッシング受けて、逃げた先でも……同じような目にあってしまう訳ですよね」

 

「……転校してくれた方がまだいいかもね。最悪なパターンがまだあるし」

 

「最悪、ですか」

 

「口にもしたくないよ、本当になりそうで。でも……2度目の、逃げても、何度でも味わう絶望。それを運命と見て、それから避けようとするなら……」

 

あり得てしまうのだ。そんな未来も

 

「西住ちゃんに廃校の話はせざるを得なかったし、今回の作戦に反対できる実力はない。でも……私たちが最後まで戦って、西住ちゃんには廃校絡みは知らずにやっていて欲しかったかな」

 

それを見たくない。ただそれだけの我儘なのはわかっているけどさ。そして何より、本当に今更すぎる話だ

 

「まだ……終わっていませんよ、会長」

 

「そうだけどさ」

 

車は元から遅かったスピードをさらに落とし始めた。ふと振り向くとどこの試合会場にもあるでっかいモニターが結構近くにあった

それに向かい合う位置の客席は沈黙一色。視線はただそのモニターを焦点としていた

 

 


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