作:いのかしら

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第40話 戦車前進!

 

 

 

その巨大なモニターの中はある一色によって締められた

 

 

客席のどよめき

 

そして、車輌なき者らの沈黙

 

だがこの場にいる者らが関心あるものは共通している

 

どっちだ?

 

この混戦の中で、フラッグ車同士一騎打ちという激戦の中で、最後に立っているのはどっちだ?

 

あの移動からしてもうIV号は動けない。ティーガーに白旗が上がっていなければ、もう一発放てる余裕があるなら、負けだ

 

そしてその時、道は潰える

 

 

まだか、まだ晴れないのか

 

靄を晴らしてくれないのか

 

最悪の結末でもいいのだ。一年近く私の心に巣食った病源は早期に取り除いた方がいいのに

 

それでもどちらも発砲した衝撃は大きかったのか、またはそれまでの戦いで瓦礫が多かったのか、姿はうっすら見えてきたがまだはっきりしない

 

 

 

 

そして、まずは茶色のティーガーの側面。そしてそれより濃いIV号の車体、もう取り付けてたシュルツェンはおろか、足元は履帯がカケラも残っていないほどボロボロだ

 

だがそれ以上に、それより薄茶のティーガーは車輌後部がさっきの原因となる煙を吐いていた

 

そして、両車に纏うものが周りで燃える小さな炎達の煙しかなくなった時、白く光るものが姿を現す

 

 

 

 

 

 

 

 

ティーガーの上に

 

 

 

『黒森峰フラッグ車、走行不能。よって……』

 

 

 

 

 

『大洗女子学園の勝利!』

 

 

歓声。客席からの途絶えることなき声

その全てが、胸中の靄を霧散させるこの結末を、かつて一度はジョークと切り捨てようとした夢の実現を歓迎していた

 

 

「勝った……のか?」

 

かーしまがウチらの中で初めて沈黙を破る

 

「そうだよ桃ちゃん!」

 

「優勝だ」

 

優勝。大いなるものよ、正義よ。よくぞそれを望んでくれた

 

大洗女子学園の全国高校生戦車道大会での優勝

 

あの約束で望まれたことを、私は達成した

 

あの約束抜きにしても、この実績を目の前にして幾ら何でも即座に廃校とはできなくなるだろう。戦車道を奨励しているのもまた文科省なのだから

 

私の公約、政治家としてなすべきことは、ここに形となった

 

ついさっきまで懸念していたことも、皆全く意味のないものになってくれた

 

西住ちゃん、戦車道の仲間、生徒会の皆、フォーラムの議員たち、そして有権者の人たち。その全てが望んだ結末だ

 

「いよっしゃぁぁぁ!」

 

その顔を次々と思い出しながら、私はバンザイして背中から地面に倒れ込んだ

 

「ははは……」

 

空は未だ青い。青い大洗の旗も、まだ未来へと続くことだろう

 

 

 

 

が、若干夢見心地な私を揺らしたのは、ケータイのバイブレーションだった

 

「……会長、電話きてますよ」

 

小山にそう言われるまで気づかないほど、私は半ば呆然としてたわけだけど

 

「……誰からだろ?」

 

名前に出てたのは、竹谷氏だった。反応早いなこの人

 

「どなたです?」

 

「……町長さん。ちょっと話してくる。小山とかーしまはみんなと喜びな」

 

 

 

 

「よくやってくれたぞぉぉぉ!角谷くん!」

 

耳をつんざくような声だった。スピーカーにしてなくて良かったよ

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「何はともあれ、これで大洗の知名度は格段に上がるだろうし、君たちが廃校にされることもない!いや〜それだけでどれほどありがたいことか!」

 

「……こっちも会場誘致など協力いただき感謝しております」

 

「なーにそんな固くなるな!私がやったことなんて些細なものだ!この実績だけでフォーラムも君たちも安定するだろうし、長期的な改革にも腰を据えて行えるだろう!それだけで支持した価値はあるものさ」

 

そうだ。この過程の中で竹谷氏が望んだものは達成された。生徒会権限は強化されたし、フォーラム=生徒会政権は今後も安定するだろう。それと大洗町政との繋がり。意志決定の統一と教育、都市運営改革への下地は整った

 

「あと補助金で復興予算も結果的に縮小できそうだし、こちらの財政も潤沢じゃないが君たちの貢献を考えたらこっちから戦車道への支援金を出せるかも知れんな、ハハハ」

 

だとしたら戦車道が終わる時も決めやすいかもね。戦車道が実績を残せなくなる時、そしてその支援金が切れる時。財政規模を縮小されて勝ち残れるほどこの世界は甘くない。今回優勝できたのは軽く見られてたおかげもあるだろうしね

 

「というわけでだ。君たちも忙しいかも知れんが、帰ってきたら優勝パレードをしてもらいたいんだが、どうだね?熱の冷めぬうちにこの結果はアピールした方がいいと思うが……」

 

「もちろんやりましょう」

 

とはいえ当面は続けるし町予算から支援金を受けるとでもなれば町民の支持も必要になる。さらに学生の親へのアピールにもなるしね

 

「では君たちの今後のスケジュールを教えてくれ。細部を詰めよう」

 

「わかりました」

 

 

 

そんなこんなで長話していたのだが、それが終わって陽が沈みかけてても西住ちゃん達は帰ってきていなかった。早く歓迎してあげたいんだけどなぁ

 

「どうしたのさ?こんな時間かかる予定だったっけ?」

 

「なんでもポルシェティーガーとティーガーIIが最後に戦ってた場所の出口を塞いでて、さらにそれが結構ギチギチにハマってるらしくて……」

 

あ、なるほどね。確かに最後の方黒森峰のティーガーII結構無理やり乗り越えようとしてたしなぁ

 

 

 

そして空もほぼオレンジ一色になった頃、牽引車に引かれて英雄となったフラッグ車は私たちの前に姿を現した

 

ウサギさんチームが見かけるや否や飛び出していき、それに他のチームのメンバーも続いていく。皆口々にキューポラから頭を出した西住ちゃんを褒め称えながら駆け寄っていく

 

「……行かれないんですか?」

 

だが私たちは一歩距離を置く

 

「……この状況が一番大洗の戦車道っぽいだろ?」

 

皆で楽しげに話し、何かあれば笑い、そして互いを信頼する。その姿が皆の戦車道、なのだろう

 

「……ここでいきなり真面目な雰囲気にしちゃうのも申し訳ないさ」

 

……という目的もあるんだけどね

 

 

西住ちゃんはちょっと力が抜けたらしく、少しよろめきながら、そしてそれを他のメンバーに支えられながら降りてきた。降りた後もどこか支えが抜けている

……紛れもなく彼女に重圧が乗っていた証拠だろう。だがそれを跳ね除けて彼女は勝者の隊長としてここにいる

 

 

「西住!」

 

皆の歓迎を受け、自分たちの戦車に思いを馳せている中、かーしまが彼女らの背後から切り出した

 

「西住。この度の活躍、感謝の念に耐えない。本当に……本当……に……ありが……」

 

言葉に詰まり始めたと思ったら、かーしまはその場で思いっきり泣き始めた。かーしまがこうなるのももっともだ。一番学園都市と運命共同体なのは彼女なのだから

 

「桃ちゃん泣きすぎ」

 

許してやれ。私たちと違って親の未来とかも全部背負っていたんだからさ。かーしまにはその資格がある

 

そしてこの場で私が、彼女の運命を運命を決めた私が、結果はともかく彼女に相対しないわけにはいかないでしょ

 

 

「西住ちゃん」

 

「は、はい」

 

「これで学校、廃校にならずに済むよ」

 

「はい!」

 

「私たちの学校……守れたよ!」

 

「はいっ!」

 

しっかりした返事。私はその力強さに身を預けてみることにした

 

結構勢いつけで抱きついたけど、西住ちゃんは少しだけ驚くだけでしっかりと立っていてくれた

 

「……ありがとね」

 

「いえ……私の方こそ、ありがとうございました。皆さんがいたからこそ……私もここまで来れたんです」

 

……ダメだね。泣かないようにするのが精一杯。返事すらまともにできないよ

 

「……うん」

 

落ち着かないと厳しいかな。色々言いたいことはあるけどね

 

流石にちょっとしたら降りた

 

「……ありがとね」

 

「……泣いていらっしゃいます?」

 

「泣いてなんていられないさ。西住ちゃんの分も私は強くなきゃいけないからね」

 

そして精一杯、笑ってみせた。その時に一筋溢れた気がするけど、隣でまだ泣き続けているかーしまの姿が霞ませてくれるだろう

 

「よーし、じゃあ行くぞ!」

 

「ちょっとだけ、すみません」

 

この高揚を抑えるには事務作業、撤収作業に移ってしまった方がいい。そう思った矢先、西住ちゃんは視界の左の方へ駆けていった

 

その先には黒森峰の服。遠目だが見た目は試合前に話してた人とは違うみたいだ。あの銀髪は車の方か

 

「お姉ちゃん」

 

少し話し込んで離れたと思ったら、やっと誰かわかる情報が耳に入った

 

「やっと見つけたよ、私の戦車道!」

 

 

優勝旗は、西住ちゃんに持たせたよ

 

 

 

パレードは手っ取り早く次の日にされた。その日のうちに大洗まで車輌を運べたとはいえその時点ですでに深夜。やはりIV号の救出のために全部のスケジュールが遅れてるし、貨物で戦車運んだんだけど遅れたせいで運転停止ばっかり食らってた。しょうがないけどね

明日は全車牽引車でパレードか、と思ってたけど、何より驚いたのが

 

「ウチらが徹夜でやっときますよ」

 

「パレードするなら走れるくらいにはならないとねぇ」

 

自動車部がそう言って本当に次の日の朝までに自走できるレベルに仕上げてたことだった

 

「流石に車輌の見てくれは勘弁してくれよ。到着予定も遅れたし」

 

「……いや、あれだけの試合の後だってのによくやってくれたよ」

 

あのスッゴイボロボロになってたヘッツァーのエンジンやIV号の履帯すら稼働可能だ。どうやってんだウチの自動車部

 

「ヘッツァーはカーボン付け替えるんでしょ?それまで試合は無理だよ」

 

「わかってるわかってる。今後しばらくは他も時間置くでしょ。あとさ、ここまでやってくれたのは本当にありがたいけどさ」

 

「どうしたんですか?」

 

「パレード開始前まで寝てていいけど、徹夜明けならそれ込みでも運転気をつけなよ」

 

「わかってますよ」

 

 

 

パレードの起点は大洗駅。ここから海岸まで進む道中の途中100mから300mが当てはまる。通行止めにする都合上時間的に通行量の減る11時から始め、そのまま学園艦に帰る

そして昨日今日のことなのに沿道からは人の声がもう聞こえてきている

みんなには町のホテルに前泊させできるだけ寝かした上で10時半に集合させた。服装は制服だ。戦車服はだいたい汚れてるからね。あ、ちなみにホテル代は町持ちで

 

空は今日も晴れ。大洗の明るい未来を祝福している

 

「各車輌安全確認は済んだな」

 

「配置も大丈夫です」

 

「スピードはゆっくりだぞ。前の車輌との車間に気をつけろ。抜かすのはもちろん近づきすぎてもダメだからな!」

 

「わかってまーす」

 

「あとはできればでいいが住民へのサービスもやってくれ。ただし安全には配慮しろよ。モノを渡すのは禁止だからな」

 

「はーい」

 

「あんこうチームは優勝旗の固定大丈夫だな!それを落としたりしたらシャレにならないからな!」

 

「確認済みです」

 

一日空いてかーしまも落ち着いていつも通りに戻った

 

時計を確認。10時55分

そろそろ時間だ。出発の前だ

 

「隊長!なんか言え」

 

「は、はい」

 

西住ちゃんに出発の挨拶を投げる。急だったけど、このチーム全体に関してはやっぱり私たちは少し引いているくらいがいい

 

「あ、あの……えっと……」

 

少し戸惑った様子を見せながら、西住ちゃんは拳を天に突き上げた

 

「パンツァー、フォー!」

 

「おー!」

 

 

 




まだ続くんじゃ


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