作:いのかしら

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第43話 97

 

 

 

 

知波単学園

 

そのルーツは千葉短期大学の分校でありながら、習志野の陸軍騎兵学校内の戦車学校関係者を取り込むことで戦車道を発展させ、『東の知波単』とも呼ばれた戦後戦車道の黄金期を支えた学園である

 

とはいえそのルーツから使用戦車は日本戦車に絞られてしまう

湾岸ジュリアナ高校の隆盛といったバブル期の戦車の高度化からは取り残され、結果が出ない故に予算規模も縮小される。そしてさらに結果が出ずに車輌更新もされず、戦車道を戦わざるを得ない、という我が校の未来を示す材料になっている

 

そのため新規車輌の調達も間に合わず、戦法も日本製の火力の低さから敵戦車に肉薄せざるを得ないため突撃中心。自分もやったので人のことは言えないが、知波単は実質それ一辺倒になりさらに負けが続いている。なんでも一回それでベスト4行ってから伝統にされてるんだとさ

全国大会も一回戦負けだしね、黒森峰相手だったとはいえ。しかし『西の黒森、東の知波単』なんて言われてたのが今じゃこうも鎧袖一触とはね

 

 

政治体制は近いとも遠いとも言えない。民主主義で議会はあるけど、行政の中心の総督、そして各担当官は学園長が任命する。そして議会もOBOG主体の監督院と民選の市民院に分かれ、市民院に先議権があるも監督院にも議決権がある

つまり法案、予算案などにおいてOBOGの発言力が否応なしに強くなるわけだ。議会と連携していない総督の地位の不安定さも相まって改革は遅々として進まない

 

かつて関東の公立校は親聖グロ派と親知波単派に割れていたところもあるという。だがそんな時代は今や昔。現状の知波単は伝統という空想の着物を纏った裸の王様だ

 

 

まぁしかし大洗から一つ南の港湾、銚子も拠点にしており時折大洗にも寄港する関係上、手を組んでくれという話になったら無碍にはできないのが実情

人口も経済規模も関東で二番手の向こうがはるかに大きいし、今は薄れつつあるとはいえ国とのコネクションも強い。学園の存続さえ決まってしまえば国との関係を必要以上に拗れさせることもない。近づいて損はないのだ

 

それでも相手はプラウダと聖グロの連合軍。軍質はかなり劣ると思うけどね……

 

 

 

 

「知波単学園より参りました、西絹代でございます。此度は学園長、総督及び生徒会長に代わりまして、大洗女子学園に参った次第でございます」

 

練習も再開し気合いを入れ直してきた一週間後、大洗の町に知波単の戦車道の隊長が鉄道でやってきた。黒く長い髪をした和風美人といったところか。白粉とかをしているわけじゃないけどね

 

「そこまでかしこまらなくても結構です。大洗女子学園生徒会長、角谷杏です。此度は非常に急な話ですが、エキシビションマッチでの協力、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ。あの西住さんの指揮を間近でみられるとは、またとない機会になりそうです」

 

向こうは戦車道の話をしに来ているが、対応は私だ。隊長同士で話を詰めた方が戦車道的にはベターかもしれないけど、知波単の好感度を得るためにもここは使者と会長が対等に接した方がいい。こっちが実質下手に出ていることを表すためにもね

 

「お土産と呼べるものではありませんが、こちら知波単名物の魚醤です。ご賞味ください」

 

「こりゃどうも。お返しにしては弱いけど、乾燥芋2kgです。仲間内で分け合ってください」

 

「甘味ですな!皆喜びますぞ!」

 

そこまでかね。知波単でも食べられてるのかと思ってたけど

 

「しかし急な話なのによく乗りましたね、今回の試合」

 

「我が校はこの時期になると銚子か館山に停泊となりますからな。大洗ならば戦車も鉄道輸送で往復可能ですし、新学期開始にも大きく影響しないとみなされたのです」

 

「なるほど。いずれにせよ大会ではないとはいえ試合は試合。一致団結して勝利を目指しましょう」

 

「勿論でございます。つきましては知波単戦車道は基本そちらの西住隊長の指揮下に入ろうかと思っております」

 

「はい?」

 

え?戦車道だけとはいえ知波単が大洗の傘下に?いいの?

 

「……宜しいのですか?こちらは今年戦車道を再開したばかり。しかも車輌数自体はそちらが多くなりますよ?そして何より……知波単の学校がそれを許すのですか?」

 

後から揉め事の火種にされたら厄介すぎる。『今年優勝しただけの公立の指揮下に入るとは何事だ!』とクレーム付けられるのだけはごめんだ

 

「そちらの西住さんの実績は世の人全てが知るところでございますし、かつては戦車道における立ち位置で大洗の方が上だったのです。いくらガチガチの我々でも対処できますゆえご安心ください」

 

「なら良いのですが……」

 

……使えるね、この人

 

自分たちが頭が固いって理解してる。それを知波単の中にいながらわかっているというのは大きい

戦車道内部で代替わりしたばかりだというし、それ絡みで付き合いも続くだろう

 

付き合いは深めておいたほうがいいな。この地を離れることになったとしてその先も考えて

いや、それ抜きでも関係を深めるためにも

 

「……先程は大洗の方が、などと仰っていましたが、昔は昔、今は今です。どう取り繕おうと今の大洗は今年始めたばかりの伝統も何もないところ。他校と連合チームを組んで試合をしたことすらありません

せめてもですがこちらの隊長と親睦を深めていただきたいと思うのですが、如何でしょうか?」

 

「ぜひ、と言いたいところなんですが……なにぶん私も今日中に戻らねばならない故、早めにここを出ねばならないのです。今からですとお呼びするのにお時間を要するでしょうし、仮にお会いしたとしてもたった数分のみとなってしまったら申し訳がたちませぬ

折角の申し出ですが、お断り致します」

 

「あらそうですか。残念」

 

うーんダメかい

 

「とはいえあと幾分か時間はありますが……予定の列車まで一時間強ありますし」

 

「ならもう少し話していきません?これは生徒会長と総督の代理という立場を抜きにしまして」

 

「宜しいのですか?」

 

「宜しいも何も、そもそも私たちはただの生徒ですよ?」

 

「それもそうでしたな」

 

よしよし、西住ちゃん抜きでも印象は悪くなさそうだ

 

「お茶でも一杯どうです?干し芋も付けましょう」

 

「是非に」

 

「お茶の淹れ方には多少拘りがありましてね……ちょっと淹れてまいります」

 

「茶、ですか……隊員にやっている者がおりましたな、確か」

 

「何をです?」

 

「裏千家でしたかな?私も詳しくないので間違っているかもしれませんが」

 

……ガチ勢じゃん。勝てんわ

 

 

 

彼女との付き合いは今後も上手くいきそうだ

知波単と聖グロ。その二つと大きなパイプができれば、たとえこの先国がなにかしようにもすぐには潰せまい。関東近辺のこの二つを完全に敵に回す真似はしない。その二つが寄港頻度とか物資搬入量を大きく減らせば関東の港湾都市に与えるダメージは馬鹿にならないからだ

そしてそれらはほぼ首都圏を外れる。東京から近くて大洗、三崎、館山レベルなのだから。与党さえ戻ってくれば地方を地盤としている彼らにとって学園艦は生命線だ

そして永田町に疎い私でもわかる。その時は近い

 

時間は我々の味方だ

 

 

さて、ともかくも8月も末に近づいた頃。試合だ。エキシビションマッチの時間だ

 

久々にあったダージリンとカチューシャと挨拶を交わした。カチューシャは一応私とも握手してくれたさ。なんでも

 

「あのt38で撹乱するなんて、上手くやるじゃない」

 

だとさ。認められたと喜ぶべきか、プラウダに見下されてると怒るべきか。間をとってそうかい、と軽く返すだけにした

とりあえず今日は敵だしね

 

「カチューシャにはてこずっておいでですか?」

 

「マシにはなりましたがね。生憎私は今年から付き合い始めたばかりなもので」

 

「慣れれば易きですわ。黒森峰ほどじゃないけど心を読むのは苦手なようね」

 

「心への伝え方は学んでるんですがねぇ。あ、すみません。私はこれで」

 

「あら、どうなさるので?」

 

「いや、ここからは各校の隊長に対する案内ですので、西住ちゃんに任せます」

 

ここまでは竹谷氏のところまでの案内。そこで竹谷氏から試合会場内の案内。今回は観戦区域のみならずそれ以外に発砲禁止区域なども設けられるため、安全上の説明を行うのだが、それを竹谷氏直々にやるとのこと

なんでも破壊『して欲しい』地域を伝えるんだと。議員の基盤とか町会の兼ね合いとかいろいろあるんだろうね。私の知り得ないところで

 

 

さて事務もほどほどに、試合の時間は時間だ。また主審は蝶野さんだと

なんでも全国大会の後で休暇取ってる審判員が多いから、自衛官兼任で手が空いてて、かつ近場の富士駐屯地にいた蝶野さんが呼ばれたんだってさ

なんでほんとにやることになったんだこの試合……これか大洗町じゃなくて連盟主導っていうから尚更だ

 

そして今回の試合開始地点は前よりも結構北の方。土地勘はこちらの方がある

手を組んでる知波単の質はともかく、私たちも向こうの勝手がわかっている。試合については西住ちゃんに一任しているが、勝てる試合だろう負けても問題ないとはいえ勝った方がイメージ良いのは間違いない

 

予定時間の午後1時。それに伸びた白い煙が途切れる。そして軽い発砲音と共に、指令が下される

 

「前進!」

 

あ、パンツァーフォーじゃないの

 

 

 


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