作:いのかしら

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第46話 校門前

 

 

「校門前だそうですが……そこで何が?」

 

私と辻氏は捕まえたタクシーの中にいた。タクシーはトラックの並ぶ通りの隙間を所狭しと駆けていく

 

「そろそろなんですよ。戦車道のメンバーが車輌の簡単な整備を終えて帰ってくるのが」

 

「そこに行けと」

 

「そうです。そうすれば皆にとって恨みの対象は貴方になる。国そのものより貴方としてしまった方が皆にはわかりやすいのでね。そのくらいは頼んでもいいでしょう?」

 

「はぁ……そのくらいなら構いませんが」

 

こいつの思惑さえ潰せばいい、とただ怒りの対象となるだけだ。戻ってきた後でも恨みは残るかもしれないが、そもそもここに戻った後で顔を合わせる機会があるかすらわからない。このくらいやらせてもいいだろう

 

「私の方からも彼女らには直々に伝えますが、話の入りは貴方にお願いしたい」

 

「はぁ……しかし、私の方からも一ついいですかな?彼女らに伝える上でですが」

 

この期に及んでなんだというのか

 

「そちらに都合の悪いものじゃありませんよ」

 

 

 

 

 

 

「君たち、勝手に入っては困るよ」

 

そして彼はその点に関してのみ約束を守っている。そして思っていた通り、『Keep Out』のテープでがんじがらめにされた校門の外に立ち尽くしていた

 

「あの、私たちはここの生徒です」

 

「君たちは生徒ではない」

 

駄目だ。私は怒りを見せてはいけない、彼女らの前では、決して……

 

「どういうことですか?」

 

「君から説明しておきたまえ」

 

辻氏は私の前から立ち去った。私と彼女ら、その間の壁はない

 

「会長!どうしたんですか、会長!」

 

「会長!」

 

まだ小山とかーしまにも話は届いていなかったらしい。今の生徒会室はそれどころじゃないしね。さっきの処理の話しちゃったし

 

そして、私もこの言葉を口にせざるを得ない

非常に屈辱的だ。だがその屈辱の道を選んだのも、私だ

 

そう、本来ならそこの辻氏と駐屯する県警を血祭りにあげて反乱を起こしてもいいのだ。だが……私がその道を選ばなかったのだ

 

「大洗女子学園は……8月31日付けで廃校が決定した」

 

「ええっ!」

 

彼女らにとっては驚き以外の何物でもないだろう

 

「それに基づき、学園艦は解体される」

 

「戦車道大会で優勝したら、廃校は免れるって……」

 

彼女らは私のその言葉を信じて戦っていたのだから

 

「あの言葉は……確約ではなかったそうだ」

 

「何っ!」

 

「存続を検討しても良いという意味で、正式に取り決めたわけではないそうだ」

 

そして先程出されたのが、国に関する話は控えたほうがいい、とのことだった。国の細かい話をしても皆こんがらがるだけだろうから、とね。後々各々で知ればいいだろう

嘘ではないしね。ほぼ実現に近い段階まで検討されていたが、閣議決定で捻り潰されたというのが真実だし

 

「そんな……」

 

「それにしても急すぎます!」

 

「そうです。廃校にしろ、もともとは3月末のはずじゃ……」

 

「検討した結果、3月末では遅いという結論に至ったそうだ」

 

遅いだろうよ。与党どもの首の皮が繋がってないだろうからなぁ!

ふっざけんなよあいつら。とっとと過半数割って内部分裂加速でもしやがれや

 

「なんでそうなるんですかぁ!」

 

かーしまはもう泣いている。こっちのほうがまだ予想できたことではあったが

 

「じゃあ、私たちの戦いは何だったんですか。学校がなくならないために頑張ったのに……」

 

そうだ。何をやっていたというのだ、私は。ここで今、彼女たちがもってきた結果を潰しているのだ。私は彼女たちが澤ちゃんのその言葉が刺さる

私はこの実績片手にもっと学園存続確定のために動くべきだったのだ。一本道に絞る必要はなかったし、これだけの横暴だ。止めようはあったはずだ

ただその結果に甘んじて動かなかった、何とかなるだろうと思ってしまっていた私の責任だ。皆が全力を投じて掴んだ結果を一銭の価値もないガラクタにしたのは、私だ

そして気づいた時にはこのザマだ。彼女たちが必死にもたらしたものだったはずだったのに

 

 

「納得できん!我々は抵抗する!」

 

「何をするの?」

 

「学校に立て篭もるぅ!」

 

そしてもちろん、この流れが来るだろう。戦車は修復済み。戦車のみならまだ一戦するだけなら可能だろう

 

だが風紀委員の準備不足、そして住民の安全、安定と引き換えになった時私には決断ができなかった

 

「残念ながら本当に廃校なんだ!」

 

それに何より、もう遅い。これからの抵抗はここの住民すら敵に回す

有権者の支持を失った武装組織など、辿る末路は決まっているものだ。この状況ならなおさら

 

「我々が抵抗すれば、艦内にいる一般の人の再就職は斡旋しない。全て解雇にすると言われた」

 

「酷すぎる……」

 

校門に縋り付いていたかーしまが崩れ落ちる

 

「じゃあ何?学校がなくなるってことは、私たち風紀委員じゃなくなるわけ?」

 

「バレー部、永久に復活できないです!」

 

「自動車部も解散かぁ……」

 

「私たちも1年生じゃなくなるの?」

 

安心しな、すぐにその地位に戻してやるよ。そんな言葉が言えたらどれほど良いだろうか。だが仮にも文科省の役人の手前、味方だったとしても易々とそういうことは口にできない

今の、生徒会長としての地位すら怪しい私に口にできるのは

 

「みんな静かに。今は落ち着いて指示に従ってくれ」

 

そんな何も価値のない戯言だけだ

 

「会長、それで良いんですか?」

 

良いはずがないが、さっきの風紀委員と同じく今の私には何もないのだ。この先の道すらも……あるのかわからない

小山は……ある程度わかっているだろうけど、どこまでわかっているかな?

 

「みんな、聞こえたよね。申し訳ないけど寮の人は寮に戻って。自宅の人も家族の人と引越しの準備をしてください」

 

何も言えない私に代わり、小山が皆にやるべきことを伝えてくれた。そして私はこの場を立ち去り、事務作業の山と格闘する

 

 

「あの……戦車はどうなるんですか?」

 

かと思っていた私を、西住ちゃんのその一言が引き留めた

 

「……全て文科省預かりとなる」

 

この人の手前嘘はつけない。そのまま処分予定と言わないのがささやかな抵抗かな

 

「戦車まで取り上げられるんですか」

 

「そんなぁ……」

 

そう。その結果くるのは絶望。一度は危機を救ったに見えた戦車道すら、私たちには残らない。だったら何が残る?全てを失った今、ここから反撃の術などあるものか。戦車道大会優勝以上の結果を残せる方法なぞあるものか

世論を使った争いにはなるだろう。奴らを一分一秒でも早く政権から引き摺り下ろすための。だがそれだけでは時間がかかるし、何よりたった一つの身分すら失った学生如きによってそうそう早まるものでもない

その間に学園艦が解体されてしまえば、仮に廃校回避をとりつけ得ることをしてももう遅い

 

あの場でこそ威勢のいいことを言ってみたものの、今目の前にあるのは間違いなく1月頭よりもかなりの難題である。彼女らの反応は、私にそれを思い起こさせるには十分すぎた。そして私の無力さにも

 

「……すまない」

 

私は公約を守れない道、それもほぼ底無し沼に片足を突っ込んでいる。ただ平謝りするしかなかった。辞任しようにも選挙どころではないし。さっき一瞬上向いた気分はどこへ行ったのやら

 

 

 

 

戦車道の皆を家に帰し、艦橋。訪れていたのは通夜であった。文字通り学園艦の通夜、そう言って差し支えないだろう

 

「私たちが今できるのは、学園艦の引き渡しに一切の滞りを起こさないことだ。学園艦を、学園都市を預かる者の責務として、市民にほんの少しでも不満を持たせるな!

私はこの生徒会の主人として、ここの仕事に携わってきた者として、生徒会の都市管理に一切の不安はない!明日中だ。明日中には市民含め全員退艦させる。お銀派を通じて艦底も引き摺り出せ!」

 

「む、無茶です!都市住民3万人を……全員ですか?」

 

「そうだ、無茶も承知だ。だがこの大洗女子学園生徒会、その実力だけは人に蔑まれるものではないと示すんだ!」

 

見渡すと皆似たような顔だ。とんでもなく苦いものを口に含んでいる

この暴虐を前に何もできない。それは皆知っている。私が来るまで『本当に何もできなかった』のだから。私抜きでもそこで手を抜く人を揃えてはない

 

「……くそがっ!」

 

この怒気は、新年早々を遥かに上回っている

 

「みんな、気持ちはわかるけど今はやるべき事をするほかないの。そして早くやった方が印象いいから、みんなやりましょう!」

 

小山が加勢する。私と小山、その二人の支持が併されば……

 

「会長……誰が何と言おうと私は必ずこの地を踏みましょう、明後日より先のいつか、再び」

 

田川ちゃん……が、か

 

「だが、今ではない。あなたはそう仰るはずだ。ここで諦めるような方ではない。仮にそうでなかったら、あなたは『角谷杏』じゃない」

 

「……」

 

今は甲板に集中しているかもしれないが、ここにも文科省の目があるかもしれない。だがこれに応えなければ……

私直属だった田川ちゃんがこうなのだ。下手なことを言えば彼らは私の手から離れる

私の手からこの生徒会が離れたら……想像しただけで背中を冷や汗が伝う

 

「……私は次の代が決まるまでここの生徒会長だよ。それがルールだからね」

 

……ギリギリだが、今はまだ大洗女子学園は存続している。そのルールに乗っかっただけと言い訳は効く。これが限界だ

辻氏の前以外では……私は従順でなくてはならない

 

「……よし、みんなやりましょう!財政と税務、それと都市衛生は都市開発の手伝いで窓口受付。学園課は業務書類の処理!校外交流は各校及び艦底への伝達!それ以外はここ生徒会室の片付けね!いい!」

 

「はいっ!」

 

小山には今日は本当に助けられてばかりだ。これで終わったとは思えないけどね

 

 

 

 

 

「こんな形でこの学校と別れることになるなんて、思わなかったね」

 

小山も都市開発課自体は下に任せているため、その他の仲間でここ生徒会室を片付けている。撫でているのは、今までの書類の山。今年出されたものも多い

 

「もう、決議案も予算案の書類も、要らないのかな……」

 

……無駄にはしたくないが、現状無駄になる確率こそが一番高いのも事実。というかほぼそれだ。博打にしたらそのまま廃校にかけた人が手数料だけで損をする

そして何より……私自身この先のプランを一切描けていない。戦車はまさに我々の武器。そうそう処分するのを見過ごしてくれるとは思えない

そして文科省に持っていかれたら最後、抗える手段は……そうだねぇ、亡命政権でも立てて演説でもする?いやダメだ。国は解体まで4年も待ってくれやしない。そしたら残る道は他校を借りての亡命政権か……

 

いや、なおさら無理だろう。ウチを亡命政権として抱えるということは、政府方針に思いっきり反発することだ。私たちを使ったのはネームバリューを使った見せしめの側面もあるようだ

 

つまり私たちを匿うということは、国の方針になおも反発するっていうことだ。流石に軍事最強の黒森峰でも、GDP(国じゃないけど)最強のプラウダでも、資金力最強のサンダースでも、国に、つまり究極的に自衛隊に抗う術はない

仮に警察と揉めたら公務執行妨害でブタ箱入りだ。いくら自治権あるとはいえ、日本国憲法下の法に逆らえる理屈は立たない

 

何より国がこうして手段を選ばないことを示しているから、学園都市は仮に政権が早めに潰れるものだとしても、少なくとも今年中は反抗を表立ってすることはないだろう。つまりウチに手を貸すところはない

仮に私が他校の幹部だったら、死んでも手は貸さないね。貸したところでメリットはたかが知れてるし

 

「これは全部持っていくぞ。これは我々の……歴史だからな」

 

「この椅子も持って行くからなー」

 

私はちょっと前の気楽な姿にまた戻ろうとしている。今の私には本当に何もないのだ。何も期待させない姿が、一番いい。何もできないのが結末かもしれない

 

そしてまぁ……このタイミングで電話だ

 

相手は予想のつく範囲内。竹谷氏

 

 

 

「か、角谷くん……どうするつもりだね?」

 

向こうが望むのは廃校阻止のための動きだろう。この都市存続を望んでいるのは向こうも同じ。しかしこうして電話かけて求めてくるくらいなら、国道封鎖して引越し業者を止めてくれればよかったのだが……

 

「どうするも何も……こうされてしまっては受け入れる他ありません。今の時点では、学園艦からの住民の早期退艦を進めています」

 

「な……受け入れるというのかね?この……廃校を!」

 

こちらの抵抗しない様。それに対する向こうの驚愕が見える

 

「……住民の安全を、この先の雇用を人質に取られた以上、私は少なくとも今は彼らの将来を取ります」

 

「だ、だが前にも言ったと思うが、これが受け入れられてしまったら……」

 

そう。大洗の町も終わる。高齢化率がとんでもない割合の単なる田舎町になりさがる

だがそれは……私にはなおさらどうともしがたい。私は少なくとも約定通り戦車道大会優勝という実績をもたらした。それでもあの三人での合意がならなかった以上、最早故郷に錦どころか泥をぶっかけることしかできない

 

「それはわかっています。が……申し訳ありません。この生徒会長としての地位すら怪しい私には……確定的なことは何も……」

 

「……そう、か」

 

「私もこの身分である以上最善は尽くしますが、情勢が情勢ですので……」

 

「……わかった。何かあったら教えてくれ」

 

かといって特段頼むこともない。なにせこの大量の引越し業者を止めることすらできないのだ。集められるのは交通安全の旗を持ったお年寄りのボランティアが精一杯

そして資金力、政治的発言力、大洗内部ならともかく、国を相手にする上では一地方公共団体の力はあまりに弱い。それに彼の目的はほぼ達成された。今から何を報酬に協力を頼むというのだ

 

私たちは3人はそれぞれ足の一つとなって一つの目標、大洗の存続に向かって進んでいた。だが足の一つが欠け、目標も消えつつある今、この器は私たちの願いを汲み取るには足りない

 

 

 

 


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