作:いのかしら

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第47話 馬鹿

 

ケータイの画面を一旦閉じて椅子に深く座りこむ

 

「ふぅ……」

 

見えぬ息を吐き出した先には、白い天井に少し青っぽく光る蛍光灯。私がこの先どうなるかは知らないが、この光景も見なくなってしまうのだろうか……

 

「角谷会長……客人です……」

 

首を回す契機となったのは、受付を担当していた中3の一人が、やつれた顔で取り次いだことだった

 

「誰?」

 

「それが、クラブの……丘珠さんです」

 

「クラブがなんだというんだ、このクソ忙しい時に……下手な用なら帰してしまえ」

 

かーしまはお銀派への連絡に四苦八苦しているからか、廃校に未だ憤りを覚えているからか、気が立っている

しかしクラブ……ねぇ。議会も意味が消えたというのに

 

「急ぎとのことですが……どうしましょう?」

 

「なら呼んでくれ。流石に用もないのにくるほど空気の読めない子じゃないよ」

 

 

そしてこちらも背中を丸め怯えた様子で生徒会長室に入ってきた

 

「あの……角谷会長、このような事態の最中に失礼します」

 

「わかってくれてるなら手短に頼むよ」

 

「はい。サンダース大学の夏村さんからの連絡で……」

 

 

 

 

 

「は?」

 

いくら私でも、アイツらの話のデカさを見にしみて知っていた私でも、彼女の一言は理解しがたかった

 

「驚かれるかもしれませんが、事実です。何度も確認しました……すぐに船舶科に問い合わせませんと……」

 

「いや、帰らせろ!これが政府の意向によるものかは分からないけど、どちらにせよそうするしかない!大橋ちゃんに繋げて!すぐに!」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

「大橋ちゃん。繋がってる?」

 

「はい。お話に聞いた通り、サンダース大学所属を名乗る航空機との通信が繋がっています。向こうは当学園艦への着陸要請を出しているのですが……C-5程の機体になりますと……」

 

サンダースの飛行機。その名前の機体は知らないが、まぁまたバカでかいものだろう。だからうちには空港はないと……

 

「来ても着陸できないだろう」

 

「私もそう思うのですが、向こうが校庭ほどの広さがあれば問題ないとのことで……」

 

それサンダース基準じゃないといいけどね。無理でなくても引き上げてもらうつもりだけど

 

「……理由は?」

 

「なんでも『引っ越しの手伝い』だそうですが……」

 

引っ越し……ねぇ。政府に呼ばれて退艦の手伝いにでも来たか。サンダースからしたらウチは大会で負けた相手だし、仮にケイがどう思ってようと学園が国に手を貸すのはあり得ないわけじゃない

来年自分たちが優勝する為に敵候補を潰すのを手伝う。戦車道が学園都市の威信としての性質を持つ以上、十分ある話だ。逆に我々を助ける動機はない。サンダースは関東の学園都市との連携は薄いしね

 

……仮にこれが学園都市執行部の意向に背いたものだったら、尚更帰さねばなるまい。ここで下手にサンダースが何かしら関わっていたとなったら、サンダースの存続に悪影響を与えかねん

私自身サンダースを守る義務はない。だけど……彼女らの母校まで私たちのせいで廃艦になったりしたらいただけない

 

「通信は誰から?治安維持隊辺り?」

 

「『ケイ』、そう名乗ればアンジーならわかる、と。アンジーって会長で合ってます?」

 

「へ?」

 

ケイ?

 

「……あ、いや、多分合ってる。代わってくれるかい?」

 

思わぬ名前が飛び出したが、やることは変わらない。考えられるのは……サンダースが国に協力するのにケイを使ったか、ケイが私たちに何かしら協力するために無断で持ち出したか。飛行機は戦車道で使わないからね

後者なら……尚更返さなくてはなるまい。私たちは泥舟だ。握らせるには脆すぎる

 

「ハァイ、アンジー!大変なことになったわね……」

 

悶々としている最中に、あの明るい声が刺さる。いやこれでもいつもより暗いか

 

「なんだい運送業者。こちらはもう文科省がありったけ業者呼んでくれてるから必要ないんだが……」

 

もう駄洒落を言う余裕はない

 

「あら、私たちはその業者が運んでくれないものを運びに来たのよ」

 

「運んでくれないもの?なんだ、この気に水産施設でも奪いに来たのか?艦内の施設は持ち出すのが面倒でね、やってくれるなら助かるが……」

 

「ノンノン、なんで私たちが来てそんなものなのよ?戦車よ戦車」

 

戦車を、サンダースが持っていくだと?この隙に文科省より先に手に入れる算段か?

 

「……ウチ、アメリカ製はM3Leeしかないけど、要るのかい?しかもサンダースはもうありったけ戦車あるだろうに」

 

「ありったけあるからこそ、8輌くらいなら誤魔化しも効くのよ!」

 

「いや、誤魔化し効くというか、わざわざ輸送機飛ばしてまで要るのかい?元々は売れ残りだよ、ウチの戦車」

 

なんか話が噛み合わないな……

 

「アンジーたち必要なんでしょ?」

 

「そりゃ有れば嬉しいけど、だったらなんで君たちが出てくるのさ?」

 

「一回貰って後で返しに行くからよ」

 

……え?

 

「まさかとは思うけど……ウチに、協力する気かい?廃校決定してるんだよ?それに……国にバレるリスクを払ってまでそんなことして……そっちにいいことなんて一つもないだろう……

つまりサンダースが君らの行動を承認しているとは思えない。恐らくだけどケイ、君の独断だね」

 

「……流石ね。確かにこれは私の独断よ。この飛行機自体は戦車道も使ってるけどね」

 

「だったら君は引き揚げるべきだ。こんな国への反抗、君が独断でやって許される範疇じゃない」

 

「いいえ、私は行くわ。だって正直、あなた達から戦車が奪われたら、この決定をひっくり返すなんて絶対できないじゃない」

 

それは否定できない

 

「それにこんな横暴、どう考えても戦車道の侮辱だし、そしてフェアじゃないわ。私の友達にこんなことする奴らに味方するって言うなら、大学なんて知らない」

 

「なっ……だったら尚更やめたほうがいい!そもそも君は私たちとは関係ないんだ!君の将来なんかと天秤にかけるものじゃ……」

 

「戦車道をやるもの同士という関係はあるし、何よりその天秤にかけた結果よ。友達を助ける、それは私の信条なの。これを無くしたら私は私じゃなくなる。私じゃなくなってまで、将来には拘わりたくないわ

預かった戦車は後日指定された場所に届けるわ。だから着陸を認めてくれない?」

 

馬鹿なことを……馬鹿、か。ここまで言うとは本当の馬鹿か

 

「……わかった、認めよう。本当にウチの校庭に着陸できるんだろうね?サンダースのよりはるかに狭いよ?」

 

「オフコースよ!でも、校庭に斜めにライトを並べて置いてくれると助かるわ!30分後ね!」

 

馬鹿は使ったもん勝ち、相手の戦略的ミスは利用するに限る、そう考えることにしよう。急すぎるけど

 

「了解した!」

 

人を思いすぎる奴のおかげで戦車を残せる。戦車がある。それだけで立ちはだかる壁に、ただ一つ楔を打ち込むことができた

そして私たちが先に繋げられた。これに国が対応していないところを見るに、私たちが退艦を素直に受け入れたことから警戒緩めているね

 

「……校庭に着陸させるから、着陸誘導お願いするね」

 

「え、本当に許すんですか?やれと言われましたら全力を尽くしますけど……」

 

「勿論。これで戻ってこれる確率は倍以上にできるさ」

 

「倍以上って……そもそもゼロなら何倍してもゼロじゃ……」

 

「私は……元々諦めてないよ」

 

これを言うのは賭けだ。これで後日何かあれば私の予想が間違っていたことになるが、だがこれだけは口に出しておきたい

 

「私は……ここに戻ってみせる!さぁ、準備だよ!」

 

馬鹿から学ぶこともある。私じゃなくなってまで将来には……か

政治家として私が私であるためには、諦めかけていた廃校回避が必要なようだ

 

 

 

 

「えっと……話はわかりましたが、どうするんですか?」

 

理解ができないし藪から棒の話だが、対応は全力で、だ。先ほどから浮き沈みが激しすぎるとは思っているが、それだけのことだ

 

「まず言われた通り滑走路の代わりになるようグラウンドにライト設置。これは窓口と片付けの手が空いたメンバーを回す!そして小山、書類で何とかしといて!」

 

「わかりました」

 

「あと30分もないよ!急いで!」

 

学園からは必要な備品を運び出して閉鎖されている。もう役人と警察の目はひっきりなしに港を往復する市民の荷物に釘付けだろう。戦車は運び出すところで見張っているだろうし、文科省が最後に運び出す気らしいしね

 

だからこそ、この空からの一手は大きいはず

 

 

 

グラウンドには斜め一直線の白線を2本引き、そこに等間隔に高出力のライトを並べていく。距離は隣の練習場前と繋ぎ合わせても数百mが精一杯だけど、ほんとうにこれで着陸できるのだろうか……普通2000mとかなんじゃないの?滑走路って

 

「会長!」

 

「小山、どうやった?」

 

「全車輌の紛失届を作成しました。最悪問い詰められても学園艦を引き渡すので中をそちらで調べればいい、と逃れられますので何とかなるかと」

 

「OKOK。誰か来る気配は?」

 

「風紀委員を集めるまでいかなかったので正確にはわかりませんが、妨害されたという話はありません」

 

辻さんが見逃してくれているのか、それとも向こうも急な話だったらしいからゴタゴタ続きなのか。どちらにせよこちらに都合の良いのは間違いない

 

「大橋ちゃん、向こうと繋がってる?」

 

「はい、向こうはこちらの滑走路の確認中とのことです。確認次第私からお伝えしますので、5分以内に滑走路周辺から退避してください!」

 

ふむ……あと5分ちょっと、か

 

「んで、飛行機が着陸する時ってどのくらい離れてれば良いもんだろうね」

 

「このタイミングで、ですか……」

 

なぜかこのタイミングで、この校舎に戦車道メンバーが集まり始めているのだ。皆丁度寮や家の片付けがある程度まとまってきたところで最後のお別れに、といった感じかな

 

都合は決して悪くない。この戦車道のメンバーがほぼいる状況で戦車が救われる姿を見せられるのは、この絶望的な状況から希望を持たせられる点で大きい

 

「混乱は?」

 

「ウサギさんチームがウサギの飼育小屋からウサギを逃してしまったことくらいですね。校舎の外に逃げてしまったらしくて……あとはアヒルさんが勝手にバレーボール持ち出したくらいかと」

 

「ならいいか……ま、本当に来たら皆音やらなんやらで勝手に集まってくるでしょ」

 

その時の管理は……今ここにいる生徒会のメンバーでなんとかなるかな

 

 

 

そして間もなく、音が、光が、ここに近づいてくる。地面も結構明るいので目立ちにくいが、それでも確実にそのライトをこちらに向けている

 

思っていた通り通そうにしてはえらくはっきりと見える機体だった。そしてそれは凄まじい音をかき鳴らしながら大きくなっていく

 

「そろそろか……点けて!」

 

着陸直前に一斉点灯。明るすぎるとバレる危険があるから、ギリギリまで引きつけた

 

そしてはっきりと姿を現した白い巨体は、校庭の砂利など気にも止めず機体をほぼ覆う勢いで巻き上げていった。周りには私の身体すら吹っ飛ばしそうな風が吹き荒れる。大丈夫だったけど、校舎の窓ガラスが割れそうで怖かったよ

それと制動距離が足りるか不安だったけど、それは問題ないようだね。飛行機もこんな急に止まれるもんなんだ

 

「ひょぉー……」

 

「やはり随分と……豪快ですね」

 

「だねぇ。とにかく歓待の時間だよ」

 

雑談はこの嵐がかき消してくれる

 

 

 

 

 

思った通り、校庭付近に集っていた戦車道履修者はこの音と光に群がってくる。が、一方で距離はある程度取ってくれている

近づいてきたのは静止した後の秋山ちゃんくらいか

 

「サンダースがウチの戦車を預かってくれるそうだ」

 

かーしまに言葉にさせた時のこの違和感よ。何故かはいまだにイマイチ理解できないが、やってくれるのならまぁいいか

 

「大丈夫なんですか?」

 

「紛失したという書類を作ったわ」

 

「これでスクラップにされずに済むね」

 

武器が手元に残る、大きな交渉カードだ。これからどんな条件をわらしべ長者のように捕まえられるかね

 

 

 

 

 

「お待たせ」

 

タラップを降ろして3人降りてくる。部下も連れてやらかしたみたいだね

 

「全く、世話かけさせるわね」

 

その言葉はそちらの隊長に言え。というか巻き添えに近いぞ実質

 

「サンキューサンキュー!」

 

「こんなのお安い御用よ!」

 

そして英雄を気取りたい人間に対しては、こちらは感謝の意を示して持ち上げていればいい。人助けだなんだ言っていたが、結局は自尊心の埋め合わせの材料だ。褒めよ讃えよとやっていればいいのだ

こっちにそれをする理由もあるんだけどね。感謝という意味で

 

「さぁみんな、ハリアップ!」

 

「はい!」

 

 

 


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