私が警戒するべきは彼らが無事帰れるかだ。ただでさえ戦車が詰め込まれまくって重いのに、飛行を妨害されるようなことがあれば戦車はもちろん彼らの身も危ない
「大橋ちゃんに周辺航空機への伝達を頼んでくれる?」
「はい。予定外の飛行ですから、そこの管理は重点的に行わせます」
「それとサンダース側、燃料足りてんの?今航行しているところとかなり距離あるはずだよ?」
彼らは本来九州の学園艦だ。それで夏休み直前。母港の近くにいるはずだろう。往復2000km。ここで給油できない以上ハードルは高いはず
すまないね。そういう資源も降ろすんだわ。しかも危険物は真っ先に
「他の学園都市に給油での立ち寄り許可をもらってはどうでしょう?幸い今の時期なら把握は容易ですし」
「他が受け入れるかね?ウチの手助けそのものだよ?」
「サンダースの飛行機ですし、親サンダースのところに絞ればいけるのでは?」
「航路上で新サンダース……となると、コアラの森かな?」
「聖グロに話がつけばワッフルあたりも候補ですね」
「少なくとも公立はNOだろうしねぇ」
公立はうちに協力する真似なんて尚更できまい。そんなことして補助金削減くらいで済んだらマシな方だしね
戦車道優勝校が潰されるからその抵抗を助けて、なら戦車道やっているところに対し多少の交渉材料になるだろう
「とりあえずコアラに繋いでみます」
「OKOK。こっちには向こうから話しつけとくさ」
こっちも助かってるとはいえ、何でこんなことまで考慮せねばならんのだ。まぁ今日1日のことだ。向こうも特に考えず突発的に来たのだろう
そりゃ行きの段階で燃料満タンにしてきても、こんだけ戦車乗っけて帰るんだから燃料消費は馬鹿にならないわな
そんな中、最後の一輌が機体の後ろから登って腹の中に吸い込まれる。というかデカいとは思ってたけど、本当に8輌入るのね
「確かに預かったわ!移動先がわかったら連絡頂戴!」
「はい!ありがとうございます!」
「届けてあげるわ」
西住ちゃんとのやりとりは私の耳にも入る。戦車の詰め込み自体は人がほぼ揃っていたというのもあってサクサク進んでいた
さて、出発前に取り付けられるかな。墜落されたら困るのでね
「コアラの森から連絡です。『サンダース所属機なら給油を受け入れる。ただしそれ以外の積み荷の詰め下ろしは禁止』とのこと」
「よしよし」
逃げたね。積荷を知らなかったと言えば戦車持ち出しについて問い詰められることはない。安全のために緊急的に認めたとか言えば尚更ね
もっともそこまで気にされないことが一番なんだが
「ケイ!帰りにコアラの森に立ち寄りな。着陸許可もらったから!」
「サンキュー!ちゃんと無事に運んでいってあげるわ!」
タラップの上でグッドサインを作るケイは、まさに弱きを救うヒーローだった。何の利もなく、ただ自分の信念のみに依る
真似できないね。あまりしたいとも思わないけど
その輸送機は先ほどよりも音を轟かせながら発進の準備を整える
「飛べるのでしょうか……」
見守る戦車道のみんなからも不安が漏れるのももっともだ。さらにここは滑走路も粗悪で短いしね
だが、飛んでくれなければ困る。私たちは皆をさらに下がらせて様子を見守るしかないのだが
一度後退して校庭の奥にたどり着いたそれは、ますます空気を震わせて前進し、ギリギリ柵を越える形で大空へと帰っていった
よかったよかった。あとはコアラを無事経由できれば、ね
「学園は守れなかったけど、戦車は守れました」
最後の秋山ちゃんの声は、轟音がしながらも耳にこびりついた
そこからは生徒会も私からの指示を全うすべく寝る間を惜しんで働き続けた。私も多少は意欲を増したさ
「農業科の備蓄倉庫の方に車輌を回せ!足りんぞ!」
「先端右にて順路を間違えた車輌が出ました!」
「名前、元住所など特定可能な情報をつけたらどんどん運び出せ!降ろしてから配分すればいい!まずは学園艦を空にしろ!」
皆文句は控えるようになった
戦車が助かった。そしてその非合法的な避難を私が拒否しなかった。それだけで希望を見させられる
「明日の午前中には生徒会の半分を各待機場所に送り込み、配分した生徒の管理に充てさせる。そして最後の退艦と同時に私を含め残り半分が出るよ。これが明日か明後日にできれば理想。小山、配分は任せた」
「はいっ!」
田川ちゃんとか幹部層が担っていた陣頭指揮を私が行うようにした。先ほどのような事態はないし、スピーディーにこなす為にも全体を把握する人間がいる
「会長ぉぉ!やっとお銀に通じました!すぐに出るよう交渉します!
「お銀に繋げ!お銀派を引き摺り出せれば後もいける!」
「いえ、それが……青森連合とか反発している組織もいるとのことで……何よりお銀本人が聞く限りこの動きに懐疑的です……」
ええい喧しい。おおかたこれが彼らを引き摺り出すための罠だとでも見ているのか
「変われ」
「は、はい!」
面倒な。さっさと解決しよう
「君がお銀か。かーしまが世話になってるよ」
「貴女が会長さんかい。前にロイヤルが話してたって言ってたねぇ。そんな人が私にどうしろと?」
「かーしまから話は聞いているだろう?それが事実だから早く出てきてくれないか?」
「断るね。いくら桃さんの頼みといえど、それだけは変えられない。だってあなたが達成したって言ってただろ?廃校回避を」
「嘘だと思うなら甲板に出てきて見てみるといいさ。この無情ともいえるトラックの群れを。そうでもなきゃ君たちの存在を承認しているウチらだってこんな事は言いたくない」
「それでノコノコ出てきたところを乗っ取られちゃ堪らない。まだ次のローテの話すら決め切れてないんだ。こっちも家を失うわけにはいかないのさ」
しぶといなこの野郎……時間もないし、最後の手段、か
「小山、風紀委員集めて!」
わざと電話の向こうに聞こえるように
「どういうつもりだい?」
「お銀ちゃん、戦車道の戦車にはね、機銃がついてるんだよ。非殺傷銃弾が使われてるけどね」
「非殺傷?そんなおもちゃがどうした?」
「とはいえ威力は本物。撃ちかけて怯ませるだけの力はある。どういうことかわかるかい?」
「……それを引っ張り出して風紀委員の突撃と連携させられたら、我々は負ける……」
撃ちかけて怯ませて、そこに意識を向けさせた隙に斬り込み。王道の策だが、威力さえあれば足る
いくら何でもありの艦底とはいえど、飛び道具への対処は容易ではあるまい
もっともその機銃、サンダースが持ってっちゃったけどね
ワロス
いやそんな笑える話でもないけど
「そっちだってこれまでの風紀委員との戦いでダメージがないわけがないだろう。このまま残ったとしてももちろん生徒会から支援はできないし、ただ何処かに行って解体される最中に追い出されるだけだぞ?下手したら私たちより強引な手でね」
「……そこまで言うか。本当と見ていいんだな?」
「嘘なんてつくし本来ウチの学生相手にこんなことしたいわけがないだろう」
さて、ここでのるかそるか……実際これでも抵抗されたら、もう手の打ちようはない。風紀委員を説得して引き摺り出すしかないのだ
そしてそれはこれまでと同じだ。武装訓練を多少させたからといって成功率が変わるものでもない
「……受け入れよう。お銀派はこれよりをもって学園艦からの退去を進める」
はぁー。これで退艦前に一騒ぎ起こさなくて済んだ
「助かるよ。それで他派も巻き込んだ上で明日中によろしくね〜」
「いやそれは流石に急すぎ……」
「こっちもそうしているからさ。逆らうところは潰していいよ。私が認める」
「いや現状維持、各派承認ってのは……」
「それどころじゃないしこれが彼らのため」
「手厳しいんだな」
しょうがないね。本当だし
「じゃ、それでよろしく」
「わかった。やっておこう」
「とゆーわけで話まとめたから、かーしまはちゃんとやってるか監視できる体制をよろしく」
「はいっ!」
もう時間も23時を回っている。日付を跨ぐまでもそう時間はない。しかし住民の転居届の処理はかなり進んできたものの、実際の荷物の運び出しはまだまだだ
学科のものとかは詰まっているし、引越し業者は大量に読んだくせに輸送艦が足りなくて回せていない。というか港に接岸できないのにトラック呼んでんじゃないよ
船舶科の伝手を使っても新規に呼ぶのは流石に無理だ
やっぱりふざけんな
「明日から生徒の待機場所への移動、及び配置について進めとくから、先行組の各施設担当は割り当てたクラスごとに配置を決めといて」
「上陸した後の輸送は?」
「バスを港に用意してくれるってさ。それで待機場所まで送るって」
「港の受け入れ足りますかね?」
「……まだ連絡来ないけど、引っ越し荷物がこっちの港付近に溜まってるって言うから明日だけじゃ無理かもね。こんな時期に輸送船まで貸してくれるところはそうそうないさ」
「わざわざこのためだけに買いたくもありませんしね……」
「明日までに手続きば終わらせておくので精一杯かな」
「会長!」
また下の学年の子だ。今度はなんだい?
「学園艦内の小学校の児童の転学についてはどのようになっていますか!」
「艦上のコンビニ各店のオーナーが連名で強制閉店への補償を要求してきてます!」
「学園艦内の石油を運び出したいのですが、輸送船が石油タンクの積み出しを危険物扱いの責任者がいないと拒否してきました!」
「明日中に全員退艦となりますと、スーパーの在庫の食品が処理しきれません!彼らを退艦させるにしても、商品の補償はある程度必要なのでは……」
知るかよ……
「全員揃ったな」
「はい」
コンクリートの埠頭が足元を涼しくさせる。私の手荷物もリュックサック一つ。暫しの、いや最悪永遠の別れとなる
我々生徒会メンバーが降りるのは最後。もう学園艦には最後の輸送手続きに必要な人しか残っていない。つまり大洗の港に降り立つのは私たちが最後だ
結局ここに至るまで3日かかった。荷物の中身の認可は済んでも運べないものが山ほどあった。それらを24時間フル回転で運び出すまでに2日。そしてそれを手伝いに手伝わせた船舶科と風紀委員を降ろしてから最後に私たちだ
もう、あの場所には何もない
私にできたのは、こうして目の前に戦車道のメンバーを揃えることだけだ。なんとか戦車道のメンバーは同じ待機場所にすることができた
生徒会と風紀委員の主要幹部が揃う場所だ。自動的に全体統括の意味も持ってくるだろう、その廃校舎は
「もう直ぐ出るんだよな」
「はい、最終確認の取れ次第とのことでしたし、間も無く……」
その返事が聞き終わる途中、海から低い、単調な音が
住む者なら聞き慣れている学園艦の警笛だ
「出航……してしまうんですね」
「これでお別れなんですか……」
「さらば」
皆の頭の中では、もう2度と見ることのないものとされているものだろう。未来を信じ背を向けようともしたが、一度見たその時から私も他の皆と同様目線を外せない
目を背けられる理由がない
「行かないでー!」
「ありがとー!」
「元気でねー!」
動き始める巨体。その姿を見るやいなや、ウサギさんチームが揃ってかけて追いかける
追いつくわけがない。それは彼らとて分かっている
最後の一分一秒、できるだけ長くその視界に収めておきたい、その意志が彼女らを突き動かす
「さようならー」
だがどんな声も、あの船を止めるには足りない。些細な慈悲もなく船は水平線の先でその姿を縮めていく
「さようならー!」
旗を振り、涙を流す。そして海風は私たちを一層遠ざけんと吹いてくる
されど彼女たちと同じ言葉は言いたくない