「まもなく土浦〜土浦です」
また一枚干し芋をいただく
「この列車当駅で特急列車の待ち合わせをいたします。発車は10時29分です」
暫くかかるんだねぇ、これ
「土浦より上野方面、フレッシュひたち20号上野行きをご利用のお客様、向かいの2番線ホームから10時23分発です」
前は1時間ちょっとで上野だったのに、こっからあと1時間半ほどかかるんだってね
それなのに私の今月の小遣いはそのかなりが吹っ飛ぶことになった。しょうがないことなんだけどさ
旧上岡小に二人を残して出たのは今朝のこと。背負うはリュックサック一つ、向かう先はまたまた文科省だ。今度はたった一人、交通費も出やしない。だから乗ったのは普通列車。しかも乗り換えて新橋まで行ってから歩きだ
そして常陸大子の駅すら遠いから、朝早くに出た。その分他の生徒には見つからなかったしそこは良かったけどね。どうなるかわからない以上、誰に何を言ってもどうにもならない
皆に与えるべきは結果のみだね。それしかない
かーしまは何も言わずに出かけてきたから心配そうだったけど、それでも泣かず喚かず送り出してくれた。仕事はこっちを本部扱いする仕事が来ても小山で対処可能だろう
出かける前も面倒ばかりだったさ。食糧と水に電力の補給こそ何とかなったけど、全員いるかちゃんと点呼取ろうとしたら風紀委員が呆けてるとかーしまが言ってた。写真に撮っとけ、とだけ言っておいたけど、どうなるかねぇ
これは将来があれば強請るネタになる。風紀委員のお陰にはしたくないし、将来的に何かあった時に『お前ら学園の危機を前にこんなんやったやん』と詰め寄れる
艦底絡みで何かあった時とか含め生徒会の意に沿うよう動かせるようにしときたいね
五十鈴ちゃんじゃそれを押し切れるかわからないからね。いくら芯は強いとはいえ、仲間扱いしている彼女ら相手に押し切れるかは判然としない
「土浦〜土浦〜」
それにしてもある程度方針は纏まってきたのは救いかな
「お忘れ物、落とし物には十分ご注意ください」
まずこの辻氏との面会。『私は役人として立ち会います』とだけ言われた。文科省は彼の居場所にして、何より私たちの敵だ。その中でおおっぴらに繋がりを示すわけにもいかないだろう
扱いは私が陳情に行った、というものだ。廃校にするんじゃねぇ、理由を聞かせろ、って吼えればいいわけだ
だがこうして呼ぶんだ。何かしら伝えることはあるのだろう
私が向こうを納得させたら提示しうる条件を聞き出せればまだやり易くなるかな
そしてその次が蝶野氏を通じた戦車道連盟会長、児玉七郎氏との面会だ。蝶野氏のメアド貰っといてよかったわ。戦車道を絡める、そして国と交渉し得る話に広げるなら、まずこの方を頼るのは筋だろう。実現する力がどの程度あるかはともかく
そして蝶野氏、流石にこの人を経由するだけで会えるとは思ってなかったわ。昔有名選手だった一介の審判なのかと思っていたら、一応そういう伝手もあるのね
連盟に頼むとしたらなんだろうかね……
それにしても『交渉なんてバーと条件出してダーッとすり合わせてバーンと結論出せばいいのよ』ってさ、蝶野氏曰く
無茶言うな
「交渉……ねぇ」
ハッタリをかますにしてもどんなハッタリを繰り出せるのだ?ただの廃校舎の住人に過ぎない我々が
「廃校の件は決定しているのです」
文科省の廊下は私に白い目を向けた
何も意味がないはずなのだ。廃校がここより上の閣議で決まり、それなのにその回避を陳情に訪れる。他の官僚から見ても私が来るのはなかなかよくわからないことなのだろう
「ですが、優勝すれば廃校は免れるとの話をしたはずです」
だがあくまでここに来た理由は陳情だ。その体は突き通さねばならない。そうしなければ彼が疑われてしまう。彼が本当に味方かどうかは抜きにしても、味方だったのにそうでなくなってしまえばもう未来はない
彼という伝手抜きに成り立つものではないのだから
「口約束は約束ではないでしょう」
「口約束も約束と認められています。民法91条、97条に示されています」
この反論めいたものを用意するためにわざわざ生徒会室から持ってきていた六法全書なんて調べたしね
つーかあるんだねそんな文面。夜通し調べたら本当にあってびっくりしたよ
「可能な限り善処したんですよ」
というか、この喋り参考になるね。使う機会がまた戻ればいいのか悪いのかばともかくね
「おわかりください」
「……わかりました」
この体裁さえ取れば、どこかで盗聴とかされていても問題ない。口約束していただけなのも事実だし、それはここ文科省でした話だ。バレても大して影響ばない
「廃校にしたところで住民の皆さんの新規就職などは既に斡旋しましたし、生徒の配置も固まりつつあります」
脅しているようで、内実を示してくれているな
時間がない。それだけは疑いようもない
「国際関係を始めとした各所に悪影響もません。わざわざ撤回して差し上げる理由がないのです」
国際関係。やはりこれがこの人を、そしてその上を動かす鍵
支持層が難しい以上は……そこを攻めるしかないのか
「さぁ、私は生憎あなた方の学園艦を廃艦にする準備で忙しいのでね」
彼が窓際の椅子から立ち、大きな机を迂回して近づいてくる
「いい休憩になりましたよ。とはいえ、もうお会いする機会はないでしょうが」
必ずや会ってやる。何としても……
彼がポケットに入れていた手をこちらに差し出す
「ではまた」
応じた。やはりこの大きさ、そして背丈による威圧感……
廊下を抜ける。私は堂々と歩くのみだ
時間以内だしちゃんと辻氏にはアポを取っていた。手続きにおける不備は一切ない
二本のレールの隙間を抜けて外。何度来ても首が痛くなるここは私が相対しているところ
数多の官庁、そして国会議事堂、ひいては首相官邸
その全てがここ内幸町、日比谷、永田町、溜池山王に囲まれた約2平方キロメートルの長方形の中、よく言う『霞ヶ関』と『永田町』の中にある
そして特に斜向かいの経産相、隣の財務省、そのもう一個となりの外務省に総務省。桜田門までのこの通りに多くの『敵』が固まっている
とはいえ今敵がなんかしてくるわけではない。下見というわけでもないが、近くのコンビニで買ったお茶を片手に平日昼間、陽光の下を進む
皇居を左に見る。隙間を開けながら青々とした松の木が並び、所々の石に腰掛けながら皇居ランナーが駆ける
人の目には目立ちにくい場所。誰もがゆっくり歩く私のそばを通り過ぎる。逆に私が追い抜く人たちも喋るか奥を見るか、と一人の女学生に気付いているかすらわからない
それでいい。丁度良い
その中でやっと私は右手を開いた
折り畳まれた紙切れ一枚
ポケットに戻した
「文科省が一旦決めたことは、我々にもそう簡単に覆せないのだ」
蝶野氏の車で拾われて来たのは、都内の日本戦車道連盟本部。ここに呼び込む限りは何かあるのかと思いきや、何もなかった
んで、椅子の向こうで窓の外を向いている小太りの親父が児玉氏とのこと。蝶野氏からそう聞いた
「向こうの面子が立たないということですか?」
「そういうことになるかの?」
そういうことなのか
今後の連携に不備が出るとかそこら辺だと睨んでたけど……ということは、戦車道連盟は文科省と距離を取ること自体はそこまで嫌ってない……のかも
いや違うか。こうのらりくらりした様子を見るに、彼もまた与党が長くないと知っていて政権交代のゴタゴタも近い今だからこそ、文科省との諍いは起こしたくない
……我々が仮に交渉を成立させても無理。どう足掻いても廃校は免れない。ならばわざわざ敵対する意義は薄い
そう思っている、つまりリスクを避けようとしている人間にリスクを取れ、と説得するのは難しい。何よりそれがこの条件というハードルの高いものであるならなおさら
「面子ということであれば、優勝するほど力のある学校をみすみす廃校にしては、それこそ戦車道連盟の面子が立ちません!」
そしてここには紹介人として蝶野氏が帯同している。車で話を聞いている限りでもとりあえず彼女は味方……らしい
理由は予想つくし、まだ納得できる。この廃校によって戦車道の抑圧に動かれれば、審判をしている彼女らの仕事にも響く。優勝校を廃校にするのだ。戦車道全体にダメージが出るとしても不思議はない
ここで与党に勢いづかれたりしたら行き着く先は何か。学園艦、学園都市にある戦車道そのものへの批判だ。プラウダとかからしたら軍事力としての側面もあるのは否定できないしね
仲間を守る。仲間の生きる道を守る。その仲間に『自分』を含んでるんだから、おそらくそうそう外れでは……ないはず
「蝶野くんも、連盟の推進委員の一人だろう」
「ですが理事長、戦車道に力を入れるという国の方針とも矛盾しますし、何よりもイメージが下がります」
蝶野氏が見せたのはパソコンの一画面。大洗の廃校について取り上げたネットニュースだ
だが、そんなものだ。情報もそれくらいしか出回っていない中、どうしようもないのが実情……か
しかもその記事もネットニュースらしくタイトルから煽り文句ばかりだ。今度の戦車道世界大会はインパール作戦級の暴挙だとさ
これが説得になれば良いのだが、こんなネットニュースで国が動くならそんな楽なことはないのにね
もう今の与党に次政権を取る気は薄い。ただ野党になっても二大政党制を続け得る基盤、今の野党に対抗するだけの実績。一つが消費増税なのは見えるが、それに付け加えられるものを求めて起こしたのがこれである
野党が政権を取る時期に開催される世界大会は与党にとってダメージにならない。つーか最悪開催失敗したと煽り倒すことができる……今の与党が私が中学生くらいの時に参院過半数を取ってやっていたことだ
だが、こんなものでも気持ちは揺らいでいるようだ。俯き気味に唸る
「……私たちは」
攻めるは今。完全に、じゃなくていい。少なくとも中立、こちら寄りに引き込む
「優勝すれば廃校が撤回されると信じて戦ったのです。信じた道が実は最初からなかったと言われ、引き下がるわけにはいきません」
これは私だけの言葉じゃない。西住ちゃんをはじめとした戦車道履修者、成立を支えたフォーラム、議会無所属、そして生徒会のメンバー、何より都市住民の総意
そういうことにしておこう
少なくともそれが道として存在していたことは、私がメディアや試合会場を通じて広めてあるのだから
「しかし文科省は2年後に開催される世界大会のことで頭がいっぱいでなぁ。有識者を集めてプロリーグを発足させようとしているくらいだから……とりつくしまがないよ」
「プロリーグ……」
プロリーグ……それを文科省は必要としている。そしてプロリーグそのものに届かずともその組織委を立ち上げさえすれば、それは与党の実績として残る
『プロリーグの基礎を作ったのは我々だ』
と言える材料が揃うわけだ。少なくとも世界大会までは戦車道を興隆させたいのは間違いない
与党の実績になり得るものを切り崩す。それをしない代わりに……
「それですね」
「ここは、超信地旋回で行きましょう」
相変わらずその脳みそは理解不能だが……なんだ?コペルニクス的転回?パラダイムシフト?
まぁとにかく、切り崩すとしたらそこになるかな……
机の上のシベリアに手をつける暇なんてない