作:いのかしら

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第51話 プロリーグ

 

 

 

 

「角谷さん、シャワー空いたわよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

戦車道連盟本部から去り、紙切れをまた眺めながらベッドの上に腰掛ける

だが彼女が出てからすぐそれはポケットに戻す

 

都内のホテル。よくあるツインで蝶野氏と同室だ。机は壁際の小さいののみ、あとはテレビが置いてある程度のよくあるビジネスホテル

私はここですでに数日過ごしているから知っているが、ここは明かりも薄暗く細かい動作はそこまで目立たない

 

向こうは丁度湯気の立ち上る髪の毛をバスタオルで巻き上げている。髪と手とタオルは私を短時間だが彼女の視界から外してくれた

 

バスロープ姿のまま私の隣のベッドに腰掛け、ビールの缶を早速1本空けた

 

「あー、美味い!やっぱり一仕事終えたらこれね!」

 

ビールの味は知らないからなんとも言えん。とりあえず買ったジュースを飲んでこの場の空気に少しだけ合わせる

 

「……」

 

「……流石の私も未成年に飲ませはしないわよ?」

 

だよね

 

「そうではなく……一つだけよろしいですか?」

 

「どうしたの?」

 

「その……こうして長らくご一緒していただいてますが、ご予定とか職務は問題ないのですか?2日後に西住しほ殿にお会いできるところまで同行なさるとのことでしたが……」

 

彼女は缶をベッド脇の棚の上に置き、緩んだ顔にら力を入れる

 

「……私は貴女の協力者。大洗女子学園を取り戻すためのね。同時にもう一つある」

 

「……なんでしょう?」

 

「護衛」

 

「護衛……ですか」

 

「私も歴とした自衛隊員よ。格闘でもそんじょそこらの人間には負けないわ

貴女がやろうとしているのは、国家の方針への反抗、反逆よ。こうして目立つ形で行動している以上、向こうから何も妨害がないとは考えづらい。どいう形かわからない以上、最善の対策は取っておくべきね」

 

「……一人の女学生相手にですか?」

 

「話を聞く限り廃校を確定させたいなら、貴女を動けなくさせるのが一番手っ取り早いもの。じゃあ聞くけど、貴女が動けなくなった時に廃校回避のリーダーシップ取れる人はいるの?」

 

真っ先に挙がるのは小山。私も友として、同じ生徒会幹部として誰よりも信用しているのは間違いない

だが全体のリーダーシップ。つまり世論を煽動し廃校を裏付けする力があるかと言われると、ない。官僚として対官僚、対政治家相手の丁寧な対応をする能力については私も及ばないが、演説とかで人々を惹きつけられるか、となると無理だろう

 

あとは次の生徒会長候補の五十鈴ちゃん。理路整然とした話はできるだろうけど、単純に経験が足りない。そもそも政治家にさせるのも、生徒会がバックにつくという信頼あってのものだしね

 

そしてその二人には無理な世論を味方に付けられる可能性があるのは……西住ちゃんだ。親に流派から勘当されるも、それを乗り越えて双方を兼ね備えた西住流を打倒した。それだけでも話のネタになる

だが彼女が学園を纏めることができるか、となると、どうしても彼女が今年の4月に来たばかりの新参で、都市内外双方で政治と実務の経験がないことが重荷だ

仮にも学園都市の軍事力扱いできるものの一つの隊長の西住ちゃんを政治のトップに据えることにはシビリアンコントロールを鑑みても拙いし、尚更突っ込まれる要因になる

 

つまり

 

「……いません」

 

「そういうことよ。ま、自衛隊員、私の直属の上司相手くらいなら説得できるわ」

 

……省庁の間で閥があるのか?文科省は廃校にする気でも防衛省はそうしない、と

 

「防衛省がなぜ……大洗廃校回避を支持なさるので?」

 

「いやそう大きい話じゃなくて、私のいる富士学校の戦車教導隊の中……くらいの話よ。その中のトップ相手は流石にきついわね

私みたいに戦車道出身の自衛官ってそこそこいるから、戦車道全国大会優勝校が廃校になって怒ってる人って多いのよ。だからそこに共感している人は丸め込めるってわけ」

 

「ああ、そういうことでしたか」

 

戦車道経験者の多いところ、集まっているところ……自衛隊くらいだな。それでこんなに一週間近い同行とかいうムチャをこなせていると

 

「とはいえね、例えば教導隊の連隊長クラス、一等、二等陸佐とかになると男性の比率がガンと上がるから、そこら辺になると話が通じないのよねぇ。だからヘリ使うときも私のいる第一中隊を通じてやることになるわ

戦車道やってた人はここら辺の地位に上がるくらいまで出世する前に寿退社、というか退職する人が殆どだもの」

 

まぁ確かに駐屯地暮らしは家庭持つと重いのかもしれない。そこの男女差は易々とはなくならないか

 

「ちなみに蝶野一尉は……」

 

「バリバリ狙ってます!」

 

 

 

 

 

「……それにしても本当なんですか?さっきの話」

 

この流れの中でも、彼女は迷わず二個目のプルタブを引いた

 

「ほぼ間違いないわ」

 

……プロリーグ設置委員長になるのは、つい最近西住流家元に就任した西住しほ

 

「ですがプロリーグの話はまだ公のものではないはずです。なぜそこまで言い切れるのです?」

 

「……戦車道でプロリーグを開催するなら、どんな試合が望まれると思う?」

 

「……どんなものでしょうか?」

 

「デカい戦車がデカイ大砲をバンバン撃ちまくる派手な試合よ」

 

派手、ねぇ

 

「サッカーだって目立つのはエースストライカーだし、野球だってイチローが出るまでに一般まで名前が知られていた選手は王長嶋に野村、清原とかのホームランバッターに、村田とか金田とかの三振バッタバッタ取れるエースじゃない

興業とする以上重要なのはルールがわからない人でもハッキリわかる派手さ、豪快さなのよ」

 

なるほどね。新規にもわかりやすくってわけか

 

「高校戦車道でも実質黒森峰を始めとした強豪が優遇されているのもそう。決勝戦がテレビで全国放送される以上、広告収入のためにも一般に名の知られている、かつ試合を盛り上げられるところが上がって来て欲しい

今年は例外だったけど、今回は貴女達『勝ったら廃校回避』という話のタネがあったからまだマシだったわ。そうでもなかったら黒森峰対サンダースかプラウダの決勝戦が連盟の理想よ」

 

……ここも大概か。西住ちゃんが流れて来た一因はここにもあるかもな

 

「……つまりその派手さを形作る為にも勝利絶対、火力重視の西住流がプロリーグの舵を取る。いや取らざるを得ないだろう、というわけですか」

 

「そういうこと。それ抜きにしてもプロ選手の候補の中でも結構な割合が西住流門下生出身だから、プロリーグのレベルを高めるには西住流の協力は不可欠ね。西住流の選手なしで回すのはかなり無茶じゃないかしら」

 

西住流の不参加。確かにこれがあれば文科省へのダメージは大きい

 

「……島田流が絡む公算は?」

 

「あまりないんじゃないかしら。島田流は大学戦車道に確固たる地盤を抱えているうえに手を広げることにそんなに熱心じゃないし、プロリーグに必要な協賛企業との繋がりだと黒森峰をはじめとした学園都市に近い西住流に分があるし」

 

学園都市に近い協賛企業。なるほど、西住流と戦車道への悪影響は、その協賛企業や黒森峰学園都市内の独占企業にも響く。対黒森峰をメインにしていても、親黒森峰の学園に卸したりもしているだろうしね

そこからそこの労組に……は流石にハードル高いか。そこまで絡めるには黒森峰自体を廃校反対に持ち込まねばならない……

 

「黒森峰と……西住流……ですか」

 

 

 

黒森峰と西住流。この二つは私に味方し得るのか……

彼方の立場になって考えてみよう。こちらに味方に付くメリット、それは戦車道の実績が有用だと示せる。つまり西住流、黒森峰双方にとって自身の持つ戦車道の価値を多少なりとも上げられる

さらに黒森峰は大洗に負けた。勝つことを何より求める西住流とはいえ、負けに何の価値もないよりは大洗廃校回避に値するものだった、とした方が良かったのは事実だ

 

とはいえ負けた相手というのも事実。さらに去年勘当、追放した者に率いられて負けたのである。誰がどう見ても恥辱の歴史である以上このままその母体、それを為したチームを残そうとするのが最善か、となるとそうはなるまい

何よりこの回避撤回により名義上黒森峰に勝ったから廃校を回避できた、とはならないのだ。それを持ち出すのは無理がある

西住ちゃんを引き戻し、来年黒森峰が優勝を狙う。それはそれであり得る話だし、黒森峰が大洗に送ってきた際に想定していたシナリオも、今年優勝できたかという違いこそあれどそれだろう

 

さらに西住流にとっては引き戻すデメリットが薄い。一度勘当したという事実がある以上、お姉さんとの後継争いをするなら立ち位置はかなり悪い。つまりお姉さんの後継は呼び戻そうとも揺らがない

 

しないと思うけど一応ね

 

そして生徒の引き渡し先が決まってない中で黒森峰が西住ちゃんの復学を要求したら、学園がなくなってる以上まず断るのは無理だ。国もそれは黒森峰の国の近さから容認するだろう

ついでにウチの戦車道の人材数人引抜けたら万々歳だろう。そして勝利を望むならそれが最も手っ取り早い

 

 

 

そしてなにより西住流がもし私たちの要求を飲んだ時彼らが文科省に突きつける条件になるのは、プロリーグ設置委員会委員長の辞退だ

 

つまり

 

「それで構いませんから大洗の件には口出ししないでください」

 

と文科省が言い出す可能性を西住流は考慮する必要がある。実際それがあり得ないとしても、それがないと向こうの納得する説明を私はできない

 

その結果は?西住流と国の距離、プロリーグから距離を置くことによる日本国内の戦車道における主導権の喪失、それも最悪奪回不可能なほどの……

プロリーグにはそれだけの利権が絡む。選手の人気、チケット販売、グッズ販売、会場での広告収入、スポンサー企業との提携。私の片手の指で数えられるものでもこれだけある

これを失うことを口走ることすら許されるのだろうか。家を守り流派を守る家元として

 

そして黒森峰にしても然りだ。ルーツから見ても戦車道あってナンボの学園である。提携先がそのリスクを負うことを、果たして許すものだろうか

さらに連盟からの補助金も元手の一部は国の支援金だし、黒森峰の学園都市自身もある程度の補助金を得ている、削減傾向だとはいえ。国との距離を広げることはそれらの更なる削減を招きかねない

自分らに反発するところにわざわざカネを回してやりたい政治家と官僚はいないよ。特に官僚相手は頭が変わっても変わらない

なんならそれはウチらが廃校回避の条件を得られたとしてもあり得る道だ。私が大学を卒業する頃になってもダメージが残っている可能性すらある

 

 

そして彼らが基盤としてきた高校戦車道。そこには来年から長野の中立学園が加入を申請している。ウチらが抜けても数は合うから、ウチらがこのまま廃校になっても規模は維持できる。連盟が強く出なかったのはそれもあるだろう

 

 

纏めると

 

大洗再興に協力するメリット

 

・廃校回避に手伝ったという宣伝内容

 

 

デメリット

 

・国との距離が開き、黒森峰と戦車道連盟の補助金減

 

・勘当した者に負けたという話を引き摺る

 

・廃校により流れる大洗の人材(西住ちゃん含む)を獲得できない

 

・(上記を含めて)来年度の黒森峰の優勝可能性が下がる

 

・プロリーグに関与できない可能性と、それによる国内の戦車道における権威の喪失を考慮に入れねばならない

 

 

 

……うわぁこれは……デメリットには可能性の話が多分にあるとはいえ、上に立つなら考慮に入れねばならないのも事実。私が西住流の立場でこの話を持ちかけられたら、まず考えておかねばならない

 

それを上回ることのできるメリット……廃校回避の暁には黒森峰系の企業を被服科の業務絡みで使うとか、西住流の戦車整備業者をこちらでも依頼するとか……

 

だが廃校回避できたとしてもまず回復からだし、回復できたとしても元々人口、経済力そのいずれも小さい学園都市だ。黒森峰での利益に比べたら風で飛んでいくレベルのものしか無理だろう

 

 

「どうしたの?顔色あまり良くないわよ?」

 

「あ、いえ……少々退艦時の疲れが出たのかと……」

 

一つの結論に達さざるを得なかった

 

 

 

 


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