作:いのかしら

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第52話 西住流家元

 

 

 

 

 

 

 

ヘリというものは轟音を立て酷く揺れるものだ。下から突き上げられるようなそれは低気圧に突っ込んだ輸送船に勝るとも劣らない。それが富士を発ってから3時間近く続いていた

だがこの気分の悪さはそれによる酔いだけではあるまい

 

 

 

阿蘇の山を越えてしばらく、田んぼの広がるその土地の中で屋敷とそれに付随する敷地は、眺めるとひと目で判別が可能であった

 

その一帯のみに広がる茶色の土地。そここそが正に彼女の故郷なのである

 

「……もう直ぐ着くわ。準備はいい?」

 

いいわけがない

 

あれ以降も頭を悩ませたが、導かれるのはただ一つ

 

 

『西住しほは首を縦に振らない』

 

だった。西住流を守るためなら実の娘すら勘当する。それほどの彼女の西住流の思考法への絶対的な忠誠、または西住流の背後の組織の発言力。それらを考慮してもせずとも彼女はこの提案を受け入れない

……そうとしか思えない

 

「……ええ」

 

だからこそ、返せるのは気の抜けたような返事でしかなかった。気分がもう少しまともでもそうとしか返せなかった

 

「まず私から対応するわ。門下生の私からの方がやり易いしね」

 

「……宜しくお願いします。私の印象は良くないでしょうから」

 

「良くない……まではないと思うわよ。確か家元プラウダ戦観戦なさっていたし」

 

そこではないのだ。西住ちゃんを戦車道絡みはないという名目で取っておきながら、結果戦車道をやらせた挙句戦車道で西住流を負かせ、おまけに彼女を残せを要求する形だ

それの総指揮をしたのは紛れもなく私だ。西住流にとって印象が良いわけがない

 

「……大洗は曲がりなりにも黒森峰のメンツを潰した一角ですし」

 

「試合は試合な以上気にされないと思うけど……」

 

「確証はないでしょう?それに西住流の家元が直々に負けを許す、または認めると?」

 

仮に負けを認めるのを口にしていたりしても、それは決して証明ではない。嘘ではないとは誰も言えないしね

 

 

 

ホバリングを経て、周囲の木々を揺らしつつ建物の隣に降下していく。それが収まってから私は久々に地面を踏んだ

 

「ご連絡頂いた蝶野様ですね。家元がお待ちです」

 

「承知しました。直ぐに向かいます」

 

和服姿の女性が降りた私たちを迎えた。使用人だろう

 

「それで……そちらの方は?」

 

「私の同行人です。許可を頂けるまでこちらには上げませんので」

 

「ではそのようにお伝えしておきます」

 

そう言うと蝶野氏は私に機体に戻るよう指示した。私を連れてくることは伝えていないようだ。実際私が来ると言っただけで拒否される可能性もあるわけだしね

 

 

 

 

 

何もない。椅子があり、視線の先には計器がずらり。燃料の残量がどれなのかすらもわからない

開け放たれた扉からは時折湿った風が流れ込む。ほぼ秋に近いとはいえ、ここが九州というのもあってか夏の痕跡はまだ根深く残っている

まだ気分は万全じゃないというのに

 

「しかし大変なことになりましたナァ」

 

降りて機体の確認をしていたパイロットが、操縦席に戻る最中始めて話しかけてきた

 

「はぁ……」

 

「蝶野一尉の申し出とあらば喜んで協力しますが、それにしても今回の廃校は変な話ですよネ」

 

答えるべきか……何かを探っているのか?蝶野氏に近いしここに連れてくるくらいなら大丈夫だと思うが

 

「私も昔、戦車道やってたんですヨ、黒森峰で。今はこうしてパイロットやってますがネ」

 

「……戦車道やっていらっしゃったんですか?」

 

「黒森峰は観戦とかの際に幹部がヘリを使うのは珍しくありませんからネ。私みたいに高校の時からヘリを操縦できる戦車科の者も少なくありませんヨ」

 

「そうなんですね」

 

「んでまぁ、その戦車道やっていらした身から言わせてもらいますと、こんなの戦車道に対する侮辱以外の何ものでもないでしょう。家元も強くは出れないとはいえ、国に思う所はあるはずですヨ」

 

思う所ねぇ……あったとしても動くとは……

 

「何より先代を引き継ぎ家元に就任したばかり。家元も何かしら結果を望んでると思いますヨ」

 

「結果?」

 

何をだ?勝利か?

 

「一門衆や有力門下生、そして黒森峰を少しでも抑え得る、ナメられないような実績ですヨ。特にみほさん追放には一門衆と黒森峰の影響が大きいと聞きましたからナァ」

 

彼女も当主であるとはいえ、その力は絶対的ではない。私からするとそこまでではないが、若いと見做されても仕方ないのかも知ない。だが今回はその一門衆を乗り気にさせられるような話でもないだろう

 

「先代はともかく、今の家元は追放の時は積極的ではなかったそうですからネェ。後々みほさんが大洗で戦車道をやったと知ったら勘当支持に回ったそうですが、それでも未だされていないとは……わかりませんナァ」

 

……疑問はある。明確に黒森峰に反逆した形の西住ちゃんは、確かに未だ勘当されていない。それを黒森峰が取り戻すための前触れと見るか、それとも西住ちゃんを許したと見るか。その話を信じるなら後者も少しばかり説得力を持つ

 

 

 

「同行人のお方」

 

ヘリの外から声が来た

 

「奥様がお呼びです」

 

話し合う気はあるようだ。何故かは知らないが機会が来たのだからやってみるしかない

 

 

 

 

「この奥よ」

 

木製の長い廊下の先、ある部屋の外で待っていた蝶野氏に示されたのは何枚にも並ぶ襖だった。この奥にあの西住流家元、西住しほがいるとのこと

 

彼女が首を縦に振らないと予想する中でも一応計画はある。だがどうなるかは本当に運

 

心臓が一層嫌な音をたてて耳元にある

 

だが……行くしかない

 

「頑張って!ファイトよ!」

 

前にも彼女から似たような言葉を聞いた。だが相も変わらず空虚だ

 

 

 

「失礼致します」

 

両手でゆっくりと視界を広げた先、少し遠くに、黒いスーツを身に纏った彼女はいた

 

威圧感

 

彼女だけは仮に世界を敵に回そうともそこにあり続けるだろう

 

「……入りなさい」

 

初めて見て、そしてただ座っているだけなのにそう思わせるだけの力があった

 

「はい」

 

正座のまま手を使って進もうとしても、体の硬さはなかなか取れない。やっとのことで爪先が溝を超えた

 

それでも彼女までは黒く大きな机を挟み、そしてさらにもう一個机を挟んだくらいの距離がある。このくらいでいいだろう

 

「……茨城県立大洗女子学園高等学校生徒会長、角谷杏です。本日は御拝顔の栄に浴すること、恐悦至極にございます」

 

ただひたすらに頭を擦り付ける。後のためにも今はひたすら持ち上げるほか無い

 

「……顔を上げなさい」

 

「……はい」

 

「用件を言いなさい」

 

無駄話はいらぬ、と

 

ここからが本題……か

 

「……我が校は8月31日を以って廃校する旨を文部科学省より通達されました。戦車道優勝をもって廃校回避を為す、との取り決めをしていた我が校としては全く持って受け入れられるものではありません

これを撤回させるべく文部科学省学園艦教育局を交渉に引き出すために助力を願いたく参上致しました」

 

「……それは蝶野から聞いたわ」

 

「つきましては、貴女から文部科学省に対しプロリーグ設置委員会の委員長就任を辞退する旨を申し出ていただきたく存じます」

 

まさに直球どストレート。なんの変哲も誤魔化しもない

 

何も答えがない。無理か、やはり無理なのか?

 

「……戦車道全国大会を制した大洗女子学園がそのような事態になっていることは、私も聞いています。ですがそれは私を動かす理由としては足りないのでは?」

 

利がない。そう伝えてきた

 

「……仰る通りです。この話には西住流に大したメリットはありません。そもそも大洗と西住流、黒森峰は距離もあって関係は深くないのです。こちらも対黒森峰、対西住流の優遇措置は取りますが、そちらの心が変わり得るものにはなり得ないでしょう

その一方でこの話を文部科学省が受け入れてしまえば、西住流に対するダメージは計り知れません。プロリーグに絡めなくなるのと同義ですから」

 

そこはどうしようもない。事実としてそうなのだから

 

「私も戦車道に身を投じた者。西住流についても多少齧っております。西住流が何より重んじる『勝利』という点を鑑みれば、この提案は拒絶されるべきでしょう」

 

さて、ここから。うまくいくかもわからないし、鋼の心を持つこの人が動くとも思えない

 

「ですが……恥ずかしながら、それでも我が校の未来を守るには、貴女様のお力にお縋りする他ないのでございます。何卒、娘様の所属する我が校を守るために、彼女の仲間と笑顔を守るために、助力を……助力をお願い致します……」

 

泣き落とし。何もない者が取り得る最後の手段。しかも彼女の娘の存在を騙った上での

 

だが事実よりまだ可能性はあるのが悲しいところだ。これに……そしてこれからの困難に大洗の未来は委ねられている

 

委ねたくはなかったが……致し方あるまい

 

「……蝶野からはこう言われたわ。貴女たちを残さなければ、黒森峰が来年大洗を叩き潰すことは能わないと」

 

だが大洗が無ければ……『勝ち』は得られるだろう。少なくとも、可能性は高いはず

 

「仮に私がその話を受け入れたとしても、文科省もタダでは撤回しないわ」

 

「その点は覚悟の上でございます。対価を、それも全国大会優勝と同等、またはそれ以上が要求されるのも確実ですし、それが達成されなかった場合は…… その時は覚悟する他ありません」

 

そしてその時、これに加担した西住流家元の立場は……この提案が受け入れられても委員長のメンバーからは外される可能性もある。だとすれば尚更……

 

「……みほは今、どうしているのかしら?」

 

「はい。私も数日の間離れているので断定できませんが、恐らく茨城県内の待機場所にて転校先の決定を待っているものと思われます」

 

一応気にするのね。少なくとも西住ちゃんの名前を持ち出したのは悪くなかった……かな

 

「戦車はあるのかしら?」

 

「なんとか手配しました」

 

沈黙。向こうの思案の間、私に口を挟めることなんてない

 

ただこちらにもう手駒はない。カネは生徒会の機密費含めこちらの手元にはないし、本当に口にした言葉のみがこちらが提示し得るものなのだ

 

これが潰えた時、他に取り得る手段。即効性のある手段……

 

頼む……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかりました。その提案を受けましょう」

 

「…………」

 

「……なに豆鉄砲喰らった鳩になっているんですか」

 

マジで?マジマジのマジで?

受けるの?受けてもらっていいの?大丈夫なの?これ壮大なドッキリじゃないの?いやドッキリで廃校までドッキリだったらそれはそれでいいけど

 

「あ、いえ……こちらとしては感謝の念に絶えないのですが……宜しいのですか?その言葉は西住流家元としての意見と理解して宜しいのですか?」

 

「私自身が西住流です。私が個人としてこのようなことは申しません。協力するのは西住流家元として、西住流としての意と理解して頂いて構いません」

 

ええんかいな?ほんまかいな?

 

「……書面で捺印頂いても宜しいでしょうか?」

 

「疑り深いわね。もちろん、必要とあらば作成しましょう」

 

「あ、いえ……仕事柄手続きには拘ってしまうもので」

 

いや、あの辻氏に裏切られた趣返しが実情かな。ここで期待させて手を切られたらたまったものじゃない。疑り深くなったのは間違い無いけどね。これまで人に裏切られ、人を裏切らせて政治家やってきたから

 

 

 

書面にはしっかりと『西住しほ』の名前。文面にはしっかりと文科省に通達する文言一言一句まで記載した。捺印もある。いざとなれば……文科省も巻き込んで訴訟かな

 

理由は聞いてないからどうしてかはわからない。ただ私が欲しいのは彼女の理由じゃない。ただ文科省にその旨を伝えるという事実。書面で確約が得られた以上、その先は気にするところじゃない

 

 

 

 

 

 


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