作:いのかしら

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第56話 事情

 

 

熱が覚めるとは、その熱を起こすよりとても早きもの。放っておけば自動的にそうならざるを得ない。それが定めなのである

 

かくしてこの場の静寂も時がもたらした

 

 

 

 

「社会人を破ったチーム!?」

 

「幾ら何でも無理ですよ!」

 

大学選抜。その主人は島田流家元の娘にして13歳のうら若き少女だという。彼女が戦車に乗っている姿の写真が入った広報が、私たちの手元には転がっていた

 

「無理で当然だよ」

 

そしてそれと当たるのだ。こう返事するのもやむなしである

何せ与党の奴らはこの廃校の撤回を認める気なんてミドリムシの鞭毛すらもない。もともとやって不可能だとわかり切っているから、それで西住流の反発を抑えられるなら好都合と受け入れたってところだろうし

 

「西住、どう思う!」

 

「選抜チームの隊長、どこかで見た気が……」

 

そりゃあるんじゃない?仮にも西住流の娘と島田流の娘だし

 

「天才少女と言われているらしいな。飛び級したとか」

 

「島田流家元の娘なんだって……」

 

「つまりこの試合は島田流対西住流の対決でもあるわけだよなぁ」

 

だから西住流がこちらを直接支援するかとなると、西住ちゃんだけにこれ以上は無さそうなんだが

 

「で、相手は何輌出してくるんですか?」

 

「……30輌です」

 

「ええっ!」

 

大学、社会人のルールを基盤とするなら、その輌数は変えられない。数は決勝の黒森峰以上、質も然り、そしてこちらの数は一切変化せず、しかも山の中にいたことによる技量の減退も気になるところ

 

「もうダメだぁ!西住からも勝つのは無理だと伝えてくれ!」

 

試合の内実を知ってからかーしまはこんな感じだ。それにしても相変わらず浮き沈みの激しい奴だ。ま、言ってることはそこそこ間違ってないからタチが悪いのだが

 

「確かに、今の状況では勝てません」

 

そう。西住ちゃんならそれをわかっているはずだ。そこから……

 

「でもこの条件を取り付けるのも大変だったと思うんです

普通は無理でも、戦車に通れない道はありません。戦車は火砕流の中も進むんです。困難か道でも勝てる手を考えましょう」

 

……助かった。西住ちゃんが同調したら、ウチの戦車道は纏まる。今みたいにね

 

「はい!」

 

「わかりました!」

 

そして纏まれば大義名分はあるし士気を保てる。これがなけりゃ始まらない

 

確かにこの試合が無様なものとなれば、精神的にも大洗女子学園が海上に再臨することはなくなるだろう。だがそれ以上に勝負を避けるのは恥だ

なんとか勝つ、それしかないのだ。これ以上の条件は私には……無理だったのだから

 

「みんな車輌の準備を整えてください。今日の夕方には大洗に向かわなくちゃいけないので。あと2時間したら輸送車が来てしまいます」

 

因みに戦車については試合終了後に負けたら没収となった。というか連盟がそこは強力してくれた。実質的な黙認だ

勝ったら廃校回避、つまり戦車を没収する理由が無くなるからね

 

「みんな!ここの準備も手際よく済ませて、そして試合も勝って、大洗の戦車道は偶然なんかじゃないと見せようじゃないか!」

 

「おおっー!」

 

試合の会場は向こうの都合で北海道だという。戦車を急遽運べる余力があるのが海路に限定されるということで、ルートは大洗〜苫小牧便利用だ

船便で半日以上行って次の日投入の私たちに対し、向こうは1日ホテルで休息を取って試合だ。体力面でも向こうが有利

試合申し込んだのはこっちだからしょうがないけどね

 

 

あとこの情報は結構ばらまいておいた。取材とかが入って情報を拡散してくれた方が裏付け取れるし、世論を動かす一つの力になるのは間違いない。流石に大学選抜に勝ったとなったらねぇ

yourtubeでまた動画をあげたのと、前に取材に来た茨城新聞の記者、朝目の地方紙の記者にも情報をリークしといた。国はまずしないだろうしね

動画は編集特にできないしまた簡素なものになってしまった。字幕くらい付けられたらいいんだけど

 

これは負けたら取り返しがつかないことの裏返しでもある。が、奴らが学園艦の地を踏み荒らしたその要因を無くしてしまった方がいい。前は秘密協定の側面が強すぎたから

 

 

生徒会のメンバーにもメール一斉送信しておいた。そしてそのことを各拠点の生徒にも通知するようにした。田川ちゃんとか興奮がそのまま文面になったメールを秒速で返してきたし、他も「さす会(意訳)」って言ってきたんで、他の拠点でもネットを使ったりして試合の情報を見ることになるだろう

あとは……一応町内会長には連絡していた。旧町民への連絡網を使って話を広めておいてってやつ。住民的には……移転先で新たな暮らしを作ろうとしている人が多いから、そこまで大きな支持にはならないかもな……

 

あとはここ私たちが抜けると生徒会と風紀委員が欠けるから、生徒管理に不安が残るんだよね。万が一のために……と思っても誰かを残す余力はない

しょうがないからここにいる運動部を組織して夜間の見回りを任せて、生徒会の手伝いをしていたメンバーをそのまま業務に充てることにした。不安は残るけど他所から引っ張ってこようにも調整する時間もないからね

 

 

試合の結果はわからない。だけどそれをいい方向に向けるだけのことはしておいた……はず

 

「じゃ小山、かーしま。私たちも準備しておこうか」

 

 

 

 

 

できることといえば、こうして干し芋を齧ってることくらいだ。港を離れる前に竹谷氏から貰ったこれを

風がいい感じに耳元を流れていく。学園艦でもよくあった風だ

これをまた浴びれる未来が来るのかはわからない

 

「会長……」

 

「かーしま、眠れんか」

 

「……はい」

 

夜の航行の中である。明日も上陸関係の作業がある。さらにずっと慣れない環境での集団生活。疲労が溜まっていないというわけではなかろう

だから皆早めに休ませた。ここの船の上の方が逆に慣れてるしね

 

だが例外というのはどこにでもいるものだ

 

「……らしくなかったな、かーしま」

 

「は?」

 

「私に西住ちゃんへの『情』を糾弾したかーしまは……どこへ行った?」

 

「……」

 

かーしまは前までなんとしても廃校回避を追求していた。だが……帰ってきてからはそうでもない。この前試合を避けようとしていたように、どうにもそれに拘らない様子を見せている

これが変わらなければ……私たちの思考にも響く。副隊長とはそれだけ重い仕事だ。それに西住ちゃんに比べて発言力がある

昼間こそなんとかなったが、この先も維持する上で必要だ

 

「……何があった」

 

黙ったままだ。何も言わない

 

「……学園艦に戻りたくないと思わせる理由……か」

 

私と違うところか

 

「家族……だな」

 

背後にいてもわかる。かーしまの反応を全ての人間がするなら、深層心理はその用語すら誕生しなかっただろう

かーしまの家族は学園艦にいた。そして彼らの行動を予想すれば、自ずと結論は決まってくる

 

「……学園艦から出て私が出かけている間に、仕事を探している、とかか」

 

「……はい」

 

仕事ね……もちろん学園艦を去った住民は新生活を考えているだろう。この試合に賭けて何もしないという愚を冒す人間はそうそういない

かーしまの家は確か小学生くらいの子供も多い。彼女らの小学校復学、さらに中学以降への進学を考えれば仕事を探したりするだろう

 

「それと……母の体調が……」

 

「……病院か」

 

病院は学園艦上はそこまで多くない。地上より人口当たりの病床の比率は少ない

というのも基本住民の大半が学生だ。若い故に怪我病気は少ないし、学園艦上はそれで市場が固定される。何より重病の時は沿岸部の近くの都市にヘリで運ばれたりする。つまり病院は意義が薄い。それはかーしまの母にとって住みにくいことを意味してしまう

親の仕事に弟妹の将来、母の体調。これらの意向を受けたのだろう。とりあえず分散配置していたとはいえ、家族と連絡は取り合っているだろうからね

 

さて、なんと言うべきだろうね。これ

家族は私にとっても重く、有難いものだ。そしてかーしまには弟、妹たちを支え、親を助ける責務を、自ら定めて抱え込んでいる

これを解消するのは容易いことではない。だがそこまで長期間縛るものでなくていいなら……

 

「……かーしま」

 

「は、はい」

 

「お前は大洗女子学園の生徒会の一員、そうだな?」

 

「……はい」

 

「……仕事に私情を持ち込むのはよそうじゃないか」

 

仕事

 

封じ込められる手法はそれだ

 

「明後日まででいい。試合が終わるまででいい。まだ……お前には生徒会の、私の部下であって欲しい」

 

「……」

 

まだ逡巡があるか

 

「試合が終われば……好きにしたらいい。その時には全てが決まっている。だが……かーしま。すまないが……私が政治家であるために協力して欲しい。頼む……」

 

友情、文字から見てもまた情だ。家族を上回る理屈はなかなか準備できるものではない。政治家としてとは言ったが、それを全うするのも今年だけだろう

 

「……ですね。そうでした。すみません、こんな時になってまで……」

 

幸いこれでかーしまは折れた。これが小山だったらそうはいかなかったかもね

 

「しょうがない。家族のことは……最初に考えるさ、誰だってな。だけど……今回だけはそうしてくれ」

 

「勿論です。ここから引き返すなんて……あり得ません」

 

「よし、その意気だ」

 

「ありがとうございました!」

 

 

 

これでかーしまもゆっくり眠りについてくれるだろう。そうして欲しい

私もぼちぼち寝たほうが良いのだろうか。風はいいのだが、食欲も落ちてきた。試合のためにも休んだ方がいいのは間違いないのだが

いや……流石にそう楽にはさせてくれないか

 

「角谷くん。君たちは今君たちが考えているよりも相当厳しい未来を見ることになる。条件を引き出すにはこれが精一杯だった」

 

こんなメールが送られてきたならね

 

 

 


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