作:いのかしら

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第57話 滅私

 

 

 

 

 

「殲滅戦ってなんだったっけ?」

 

「相手の車輌を全部やっつけた方が勝つやつ」

 

「そうなんだぁ」

 

 

んで、その未来は時を経て今眼前に聳え立っていた

 

「あの、30輌に対して8輌で、その上突然殲滅戦っていうのは……」

 

 

殲滅戦

 

8輌対30輌の、戦車の質は30輌の方が有利なそれ。フラッグ戦の場合との勝率と比較すれば明確な差がある

 

どうあがいても認める気がないことの証左に他ならない。実際この試合は私たちを見ていない。見ているのは西住流と戦車道連盟。その二つの口を塞ぐのに都合のいい話に過ぎないものだったってわけ

 

 

そしてこの理屈は容易に成り立つ。珍しく西住ちゃんが反駁してもどうにもなるまい

 

「予定されるプロリーグでは殲滅戦が基本ルールになっていますので、それに合わせていただきたい」

 

「もう大会準備は殲滅戦で進めてるんだって……」

 

 

プロリーグ

 

 

私が辻氏との交渉に用いたもの。大学強化チームを利用してそれの予行を兼ねる面があるなら、プロリーグの形態に合わせろという話は全くの筋違いじゃない

 

話ぶりから考えて児玉氏は通してないだろうが、事後承諾に持ち込んでる。これも彼がこちら側にいたことを考えれば当たり前

 

論理、人間で固め切っている話だ。つまり呑むしかない

 

「辞退するなら早めに申し出るように」

 

そしてそれは、私たちの廃校回避の可能性がますます低下したことを意味している

 

「それと角谷くん。明日の試合の手続きのため、試合本部まで来るように」

 

「はい」

 

 

 

チームのムードは晴れない

当たり前だ。前プラウダや黒森峰に勝てたのはフラッグ戦というルールの存在も大きい。89式がもう一発撃ち込まれたら、ポルシェティーガーを乗り越えたティーガーIIがIV号に1発撃ち込んだら。その二つのパターンから導かれる先を予想すれば自ずと分かることだ

殲滅戦。戦争の……なんとかの法則的に戦力比の二乗が実際の損害比になるとかなんとか。これだって同等の戦力の質があることを前提にしている。これを覆すには私たちは何十倍の力を必要とするというのか

 

それが無謀だとは誰しも思っている。だが口にしたら終わりだ。結果として風の音、隙間からの夕焼けが主調を強めてくる

 

 

そこから去ってしばらく。通路途中のプレハブの物陰に辻氏はいた。あまりに人気がないので、背後からの声に私の足は少し止まった

 

「……こんなところで何を?」

 

「話を手短に。まずこの事態は申し訳ありません。こうでもしなければ説得できませんでした」

 

すぐに謝罪か。庶民の前では強気であらねばといったところ

 

「……過ぎたものは致し方ありません。どこまで厳しい環境に置かれようと、私は覆すために万全を期すのみですから」

 

「ですが君たちにとっての朗報もあります。殲滅戦の穴が埋まるほどではないですが」

 

「ほう……それは?」

 

「審判代表が蝶野氏になりました」

 

……なるほど。確かに朗報だ

 

「戦車道大会の試合開催のピークにあたる夏の期間が終わったので、兼業している審判員が多くてこの時期の予定がつかず、審判代表を務められる実績がありかつ北海道に来られるのが彼女しかいなくてですね」

 

確かに下手に中立を謳う審判よりはいい。何より最悪なパターンではない。西住流の名も背負わなくてはならない以上、我々に有利な判定を誘導するかも知れん

かといって見るからに有利にはしないはず。後でそこを突かれて廃校決定となるのだけは勘弁願いたいし。心象がマシになるのが関の山か

 

「幸運ですね。彼女なら上への抵抗も辞さない存在。向こうに有利な裁定をしろと命令しても必ずNOと言うでしょう。それだけでも救いです」

 

「それで……君はどう戦う気なのです?私が言うのもなんですが、この絶望的な状況で」

 

「さぁ」

 

「さぁって……」

 

はたして彼はどのような返答を期待していたというのか

 

「戦車に関しては私みたいな凡下がどうこうするべきではなく、西住ちゃんに任せるだけなので。ここまで来てしまったのです。もう後は……」

 

 

 

 

 

 

満点の星空。私にはその存在すら大洗への皮肉に思える。昨日の夜眠れたとは言えない私だが、今日もまだまだ寝る気は、眠れる気はしなかった

 

明日である。明日のこの絶望的な試合で全てが決まる。それでも皆希望を持てるのだろうか、それが何よりの不安だった

彼女らは試合に出なくても未来がある。この先の未来を良くするなら、実際ここはいっそ諦めるのも一つの考えだ。いくら廃校回避のために戦車道をやったとはいえ、かーしま同様それぞれの家庭の事情を無視することはできない

だがあえて纏めるというのなら、頼れるのはこの人くらいなもの

 

「苦労かけるね」

 

そう、西住ちゃんだ

 

「あ、いえ」

 

この人がどう転ぶかだ。前の判断もフラッグ戦であることを想定したものだろう。彼女自身のこの先の戦車道でのキャリアを考えるなら、身を引く、無様な姿を見せずに終わらせることもできる

どう考えても負ける試合を前にするなら……いくら仲間を大事にする西住ちゃんでも取らないとは言い切れない

 

「どうする?明日の試合」

 

だが表情を見るにどうにもそこまで考えてはないようだが……

 

「辞退するという選択肢も……」

 

「それはありません!」

 

珍しく言葉を遮られたね

 

「退いたら、道は無くなります」

 

「……うん」

 

それが聞けただけでも十分。大洗は戦える

 

戦える……

 

「……厳しい戦いになるな」

 

「私たちの戦いはいつもそうです。でも……」

 

「みぽりーん!」

 

背後から声。武部ちゃんか

そこそこ遅いとは思ってたけど、まだまだ起きてるもんだね

 

「みんながいますから」

 

「……そっか」

 

結局はそこに行き着くんだな。この人は

 

「……ま、悪い話ばかりじゃないしね」

 

「何かあるんですか?」

 

「審判、蝶野さんだってさ。本部で聞いた」

 

「彼女……ですか」

 

「周り敵に囲まれてないだけマシさ」

 

「敵……」

 

「ほら、仮に審判が島田流の出身だったらさ、明日あの娘が負けるのを良しとはしないだろう?この戦力差で

こちらが勝てそうになった時に試合を止めたりと妨害してくるさ。それだけの投資を島田流は彼女に行ってる」

 

「しかし蝶野さんも……」

 

「正々堂々としたものを好む人だ。西住流で学んだにしては西住流らしくないよね、あの人。西住流なら私たちが始めて紅白戦した時西住ちゃん以外は怒鳴られてるはずさ」

 

「確かに私の母とかならそうなりそうです」

 

「だろう。じゃ、仲間来てるみたいだし、偵察の邪魔しちゃって悪いね」

 

私にとっての確証と試合を考えるピース。それが揃えばとりあえず良い。彼女の時間を邪魔しちゃいけない

その時間が彼女の決心を深めるならば

 

 

星空には少しの雲。このくらいの方がいい

 

「あの、会長さん」

 

去り際、呼び止める声

 

「母に会いましたか?」

 

契約書の書面に西住氏の名前があったところからだろうか

 

「……会ったよ。あの人と共にいられるならば人生もっと楽だろうね。お互い無理だったみたいだけど」

 

 

 

私には一つ誰にも言っていないことがある。どうなるか予想もつかないことが

あの紙の山は果たしてどんな形で私たちに帰ってくるというのか

今のところ何もない。直接の連絡はおろかどこからかの噂話すら

常に最悪の事態は想定しておく必要があるし、今はそれに近い。私の手を痛めさせた以上のものではないと仮定する他ない

 

 

 

次の日の朝。窓の外がやっと白んできた頃にその微かな光で目が覚めた

 

この日に全てが決まる

 

……そうだ、負けたら終わりだ。ここでいくら市民意識を盛り立てられるような活躍をしたところで、すでにバラバラな市民がまた集まることはない。影も形も無い幽霊で集団意識を堅持するのは不可能だ

私のこの時代に市民が消える。学園艦創設以来受け継がれたものが

 

私が……この、私のせいで……

 

「そうだ。そうなんだよね……」

 

どう転んでも、この事態を招いた責任はトップだ。そうなるし、そうなるべきなのだ

 

まだ下半身を布団の中に残したまま、私の右手は震えていた。指先から手首を超えるところまでひっきりなしに

 

……事ここに至っても、かーしまにあんなことを言った後でも、私は怖いのだ、私に迫ってきている責任が。あの椅子に座った以上、あの話を聞いていた以上覚悟しなければならなかったものが

 

いつまでも私は西住ちゃん相手にウジウジしていた時と変わらない

 

恐怖

 

今でもそれから逃れたいとばかりに必死なのだ。この身体は

 

私は大洗学園都市を滞りなく動かすための駒だ。西住ちゃんだけではなく、私自身が駒であり、この学園都市を進ませる足なのだ。なのに……私は今、無心に機関になることを受け止められていない

 

「会長、おはようございます」

 

「ああ、おはよう……」

 

隣の小山が目を覚ました。昨日は皆思っていたよりも遅く起きていた、いや眠れなかったらしい。だからか他の人が起きる兆しはない

 

「……いよいよですね」

 

「ああ」

 

ここまでできなかったとしても、今日の一日だけはならねばならない

 

出来る限りの力で、震えを握りつぶした。これは不要だ

封じろ……『私』を

 

「行こう。負けるわけにはいかない」

 

 

 

 

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