作:いのかしら

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第58話 風上

 

 

平原の向こうには見たこともない直線ができていた。そしてその鼻先は全てこちらを狙っている

 

戦車30輌。その数だけでも圧巻なのに、見るからにゴツいやつもいる。見た事ないヤツも

 

向こうの主力パーシングは第二次世界大戦末期、ノルマンディーに上陸された後に投入された戦車だ。その破壊力、装甲は言わずもがな

 

これを……大洗は殲滅しなくてはいけない

 

戦前製や主力になれなかった失敗が主力になっている大洗が

 

「両チーム代表者、前へ」

 

中央からの審判のコール。少し遠いが蝶野氏なのは事実のようだ

 

「西住ちゃん、頼む」

 

「はい」

 

このハッキリしている返事が救いか。しっかりとした足取りで向こうのちっこい隊長の待つ中央へと進んでいった

 

大洗の為に最善手は打ったはずだ。実際審判団の後ろでは数は少ないもののカメラを構えた連中が来ているし、実際に辻氏も観戦するとのこと。連盟の児玉氏も来ているとのことで、約定の裏付けはしっかりしているはずだ

 

ならば……この8vs30、やるしかないんだ

 

 

「ではこれより、大洗女子学園対大学強化チームの試合を行う」

 

この戦力で、勝つしか

 

「礼!」

 

 

 

 

 

 

 

「待ったー!」

 

試合開始の声にかぶさる形でこの草原の注意を総ざらいしたのは、そんな大声だった

 

誰だ、こんな時に。そして何を待てと……

 

そして声のした方向からやってきたのは

 

 

 

 

 

 

ティーガー?

 

数輌の薄茶色の戦車が西住ちゃんの後ろに向けて突入してきた

 

ティーガーを持っているところなんて日本でも片手の指で数えられるほどしかいないはずだが……

 

だがもっと驚かされたのは、そこから出てきた人とその言葉だった

 

「大洗女子学園西住まほ」

 

「同じく逸見エリカ」

 

「以下18名、試合に参戦する」

 

……はい?

 

「短期転校の手続きは済ませた。戦車道連盟の許可も取り付けてある」

 

……あ、あれ……か?いやだとしたら戦車は

 

 

 

 

 

そしたら次は別の尾根の裏から緑緑と……

 

サンダース……なのか。あのシャーマンは

 

「私たちも転校してきたわよ」

 

あんの英雄気取り……見事に英雄の真似をまた……

 

「サンダースが来た!」

 

「黒森峰とサンダースの皆さんがここに来るなんて……」

 

「鬼に金棒ね!」

 

「虎に翼」

 

彼女らが共に戦ってくれることは、もうこの中じゃ既定事実となりつつあった

 

そしてまた山の向こう……

 

 

 

 

緑と茶……あの頭でっかちもいる

 

プラウダと聖グロ、か。問い詰められる相手がいて何より

 

 

 

「大洗諸君!ノリと勢いとパスタの国からドゥーチェ参戦だ!」

 

そしてアンツィオ。お前さんらは1輌だけか

つーかお前さんのところも国じゃないだろうよ

 

ま、アンツィオは自力で来たなら上々じゃないか

 

 

 

 

「こんにちは、皆さん。継続高校から転校してきました」

 

そして文面だけあった継続だ。こいつらはどうしてウチに関わりたいのかイマイチ判然とせん。だがこの喋りっぷりからちゃんと言葉が通じる人間がいるのがわかれば十分

 

 

 

 

「お待たせしましたァ!」

 

……この声は

 

「昨日の敵は今日の盟友!勇敢なる鉄獅子22輌推参であります!」

 

知波単か……車輌もチハとかみたいだし、試合になってもデコイかね。前に一緒に戦って思ったけど

いや、西さん自身はいい人だよ?でもね……

 

んでよく知らないうちに半分以上はどっかに引き返していった

 

 

 

 

そしてあれよあれよと戦車は集い、西住ちゃんの近くに20輌近い戦車が揃うことになった

 

「これなら勝てるかも……」

 

そう。これが参戦できれば、彼我の戦力比はかなりマシになる。対等に戦い得る地盤を得る。それだけは確かだ。あとあの紙が使われた結果であることも

 

問題は……これが認められるかである。この転校がこの試合のためであるのは見るからに明らかであるし、何より試合開始前に結ばれた条項には入っていない

 

だが救いは試合用のモニターには参加車輌がこちらの味方として続々と並べられていっている。戦車道連盟がこの参戦を認めているというのは事実のようだ……が

 

国、つまりこの場だと辻氏も体面上易々とは飲まないだろうし、島田流は尚更だ。この試合は向こうにとっても負けられないものだ。仮にこちらも30輌だとしても所詮は高校生の寄せ集め。大学強化チームが負けるとなればその立場は危うくなる

何よりその総指揮を執っている島田流の権威とわざわざ飛び級までさせてトップに就けた島田の娘の経歴に傷が付くだけでなく、半ば暴挙に近いその行いに批判が集まるのも予想つくこと

 

その上での向こうの最善手はこの急な参戦を拒否することだ。『事前説明もなしに参加は不適切である』と。学園艦すらない中で転校させてるこちらに無理あるのも事実だし

 

「あの、会長。まさか……この事ご存知だったんですか?」

 

「いや、知ってたら流石にみんなに言ってるよ」

 

「ですよね……」

 

そもそも転校はともかく参加を私すら知らなかったんだし

 

「問題は……」

 

「大学強化チームが大洗女子学園新規車輌の参戦を承諾したため、試合を開始します」

 

……え?

 

「新規車輌の登録、検査などに再度準備が必要になるため、試合開始を予定より1時間遅らせます。双方それまでに準備を整えるように」

 

……なにはともあれ助かった、のか

 

「問題って?」

 

「いや、今消えた」

 

 

 

 

 

「とにかくダージリン、どういうことか説明してくれ」

 

「どうもこうも、貴女がしっかりサインしたじゃない」

 

まずはてんでばらばらに集まってきた車輌を並べるところから作業を始めた。数も車輌もこちとら確認取れていないのである。それを戦車道のメンバーに任せ、真っ先にチャーチルの足元に陣取った

 

「短期転校の書類にサインしたメンバーがここにいるのはわかるけど、こんなことをするためとは聞いてない」

 

大洗の制服に紅茶を持って降りてこようとするこのアマを待ち伏せする為にね

 

「そこはご容赦ください。これが確実に成功するか流石にわからなかったもので。そちらに期待させてなにもできなかったら厳しいでしょう?」

 

「そりゃそうだけど……確かにそれだったら確実に負けてるね。それにしても車輌はどうしたのさ?それぞれの学園から持ち出してきたみたいだけど……よく認めたね」

 

「我が校は戦車道の権威に傷が付くと伝えたらOG会が動いてくださいましたわ。他所のことまでは存じませんが」

 

「まぁ確かにサンダースやプラウダ、黒森峰のこの数は誤差の範疇かもしれないけどさ……」

 

整列の最後尾に置いたちっこい銀色のKV2まがいを指す

 

「継続はそうもいかないんじゃない?チョビ子が全てを握れるアンツィオはともかく」

 

「さぁ……あちらも何か事情があるのかと」

 

「ほーん……それとその服は?全員着ているみたいだけど、業者もよく応じたね」

 

大洗の制服は県内の業者に発注して製造してもらっている。だがこの廃校騒ぎの中で新規製造は取り止めに動いていたはず

 

「ヒトを動かすのにもっとも手っ取り早い手段をご存知?」

 

「カネか……」

 

「皆さん着てみたかったんですって、この制服」

 

「へぇ……ウチの制服も人気になったもんだね。それにしても制服も揃え、連盟に話をつけ……なかなか用意周到だねぇ。でも悪いけどパンツァージャケットは人数分ないよ。それで戦車戦するわけじゃないだろ?」

 

「皆さんそれぞれ自分のをお持ちなはずよ」

 

「それじゃ着替える部屋もいるな……向こうのプレハブの倉庫でいいかい?そこそこ綺麗だったと思うけど」

 

「……そのくらいしかないようね」

 

それじゃ誘導しとくか。揉められるわけにもいかないし

 

「おーい小山ー。みんなを向こうのプレハブに誘導して着替えさせてくれ」

 

「はい、わかりました!」

 

「隊長、車長は固めて配置しとして」

 

「え?学校ごと、せめて車輌ごとじゃなくていいんですか?」

 

「そっちの方がやりやすいからさ」

 

 

 

 

 

他のプレハブへの誘導も終わらせた。試合開始まではあと30分強。蝶野氏が時間を延ばしてくれたとはいえ、そこまで余裕があるわけじゃない

戦車道のメンバーは車輌の確認に戻らせ、一部は本部用のテントの増設に充てた。作戦の調整もあるだろうしなおさらね

 

されどこの時間は必要だ

 

「失礼するよ」

 

プレハブの一つ。さっき小山に言って車長、隊長を纏めさせたところに立ち入る

 

着替え途中の人が殆どだが、気にすることもないだろう

 

「……淑女の着替えを覗く趣味でもあるのですか?」

 

手前にいた聖グロの子が一言零したが、別にそんな趣味はないし

 

「いやいや、この後はみんな西住ちゃんと話すだろ。その前にちょっと話しておきたいことがあるのさ。あ、着替え続けてくれていいよ」

 

一回手を止めていた人も、その一言で多少の注意を向けつつまた動き始めていく

 

「突然失礼したね。大洗女子学園の生徒会長の角谷だ。今後ともよろしく

経緯はともかく、君たちは短期転校の措置のもと大洗女子学園の生徒になったわけだ。従って君たちは大洗の戦車道の履修者として行動してもらう。このことだけはハッキリ伝えておく」

 

「……どういうこと?」

 

「大洗の戦車道において隊長は西住みほだ。君たちは彼女の指揮下に入っていることを忘れないように」

 

そこは徹底させなくてはならない。独断先行されて自分たちの学園の利益のために動かれたら、統一された指揮系統を持つ向こうにはどう足掻いても勝てない

強気に出ていい立場じゃないかもしれないが、出ておかないと後で後悔する

 

「失礼します」

 

割って入ったのは背の高い女。前に見たがプラウダのノンナって言ってたっけね

 

「どうした?」

 

「それは即ち我々は西住みほの命令に唯々諾々と従え、絶対に逆らうな、と仰っているのですか?」

 

「……体裁上はね。西住ちゃんのお姉さんいるかい?」

 

「私か?私に何か用か?」

 

奥から目がキリッとした西住ちゃんみたいな人が出てきた。近くで見ると結構似てるもんだね。既に黒い舟形帽を頭にはめているけど

 

「いやさ、ひとつ聞きたいんだけど、西住ちゃんにここに集まった全車輌の指揮権限与えたら、独断で作戦とか全部決めると思う?」

 

「それはないだろう。少なくともみほに30輌ものチームを一手に指揮した経験はないし、性格からして我々にある程度振ってくるだろうな」

 

「……だってさ。一番西住ちゃんについて知っている人からの話だけど、それでどう?ノンナさん」

 

「……わかりました」

 

曲がりなりにもカチューシャが西住ちゃんに頭を下げる姿を出したくないってところかな。ダージリンとケイは貢献度高いけど、火力のあるティーガー、パンターを持ってきた西住のお姉さんやIS2とKV2を持ってきているカチューシャは無碍にするまい。その4人と西住ちゃんとで6×5のチームを編成するのかもね

 

「君たちにはそれぞれ母校があるだろう。個人的な関係も母校同士の関係もあるだろう。ただここ大洗にはそれを持ち込まないでくれ。この場に必要なのは大洗の勝利のために必要なことだけだ」

 

「勿論そうだ。我々が何のためにここに居るのか、それを考えれば個々の関係など考慮するに値しない」

 

「あ、当たり前じゃない。ミホーシャのいるところに来てるんだから!」

 

黒森峰とプラウダ、ウチもそっちも互いに言いっこなし、ってわけね

 

「その通りですな!」

 

「我々に必要なのは、大洗の勝利。それだけだ」

 

いやー助かるね、西住のお姉さん。ここまでハッキリしてくれるとこっちとしても扱い易い。雰囲気もよーく引き締まるしね。やっぱあの人の娘だわ

 

「すまないけど、あともう一つ」

 

「注文が多い会長さんだね」

 

なんか琴みたいな楽器抱えてるけど、此奴が件の継続のか……

 

「……とりあえず君は音を奏でる前に早めに着替えた方が良さそうだけどね。そうそう、そうやって西住ちゃんをトップとして行動してもらう以上、できるだけ西住ちゃんのIV号は守る方向で試合してもらいたい」

 

「……理由を聞いても?」

 

今度は黒森峰のあの銀髪かい。虫唾の走る顔だが質問は質問だ

 

「短期転校生に隊長代理は務めさせたくないんでね。あとあと揉める要因になっても嫌だし、ここに集まったメンバーには『西住ちゃんのために』参加したメンバーもいるだろう。西住ちゃんが戦線を離脱した後にこの混合チームが大洗の勝利のためのチームとして体裁を守れるか、すまないが君たちを信用しきれん」

 

「それって自分たちに元副隊長以外に隊長に適任な人材が居ないって言ってるようなものじゃないの」

 

……やっぱコイツ嫌いだわ。だがここで相手を煽るようなことも言えん

 

「大洗は人員少なかったからね。正直西住ちゃんの後継すら決めきれてないのさ。というわけでよろしく」

 

その点に関してはこの車長たちの間でも合意の取り易いものだったようだ。万が一西住ちゃんが撃破された後の代役争いなんて首突っ込みたくないだろうしね

 

「……最後になるけど、このような状況で試合に参加してくれること、本当に感謝したい。戦車も持ってきて、短期とはいえ転校までして、かなりのリスクを背負いながらの参加だろう。すまないが……ここで負けた後の君たちの将来を、大洗は残念ながら保障できない

それを……君たちとは直接関係ない大洗のために……背負ってくれているんだから」

 

彼女たちの立場で同じ判断を下せるか……

 

「ありが」

 

「ストップ、アンジー」

 

「へっ?」

 

顔を上げると、正面に最後のボタンを止めながら進み出るケイの姿があった

 

「本当にお礼を言われるべきは、この試合に勝った後でしょ?」

 

「そうだな!わ、私のところは1輌しか持って来れなかったが……やれることはやってみせるぞ!」

 

「凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。風に流されている時ではない。私たちは今まさに、高みを目指してますわ」

 

 

 


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